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セシアが難しい顔をしていると、マーカスがその頬を指でつつく。
「……何です」
「膨れているのかと」
「膨れてません」
彼女がそう言ってムッとすると、その動きで僅かに頬が膨れてしまった為慌てて表情を取り繕う。マーカスは面白そうに瞳を輝かせてそれを見つめる。
「何も起こっていない内から、あまり気を揉むな。二人も夜会に潜入するし、何より今夜を楽しみにしていたんだろ?」
ちょんちょん、と頬を突かれて、セシアは頷く。
「はい……!」
そう、今夜の夜会の招待状はマーカス宛に届いたものではなく、ヴァレン男爵であるセシア宛に届いたものなのだ。
差出人は、ロザリー・ヒルトン。ロザリーと婚約者である子爵令息の婚前祝いの夜会なのだ。
結婚式は身内だけで取り行うのが子爵家の伝統らしく、その前に主だった貴族を招いて互いを紹介する、という主旨らしい。
伯爵令嬢と次期子爵の結婚祝いの会に王子が招待されることは稀だが、ロザリーが現在セシアに仕えている為、セシアの婚約者としてマーカスは出席する。
結婚する二人にとって王子が祝いに参加してくれることは名誉なことであり、ロザリーに侍女としての枠を超えて世話になりっぱなしだったセシアとしても自分の力ではないものの、少しなりと恩が返せた気がして嬉しい。そんなわけで彼女は、今夜をとても楽しみにしていたのだ。
「ご一緒してくれて、ありがとうございます殿下」
セシアがはにかむと、マーカスは優しく笑う。
「パートナーとして当然だ」
彼女の肩を抱き寄せて隙あらばいちゃいちゃしだした二人に、フェリクスはわざとらしく大きくせき込んでみせる。ハッと顔を赤くしたセシアが離れるところまで見て、エイダが感心した。
「殿下って恋人にはこんなに甘ったるい顔をする方だったんですね……綺麗な顔をした鬼だと思ってました」
「エ・イ・ダ・ン?」
にこ、と笑ったマーカスが腕を組んで名を呼ぶと、エイダは震えあがった。
「何も言ってません!!」
そしてそんな彼女を、フェリクスが呆れた目で見ていた。ひどい既視感である。
セシアはそんな彼らのやり取りを見て、目を丸くする。
「あの……殿下は、部下にとても優しいでしょう?」
つい彼女がそう言うと、エイダは信じられない、という目でセシアを見る。マーカスは、ただの部下だった頃からセシアを丁寧に教え導いてくれた。確かに厳しい時もあったが、それはセシアを思ってのことで理不尽なことで怒ったり暴力を振るうといったこともなかったので、とても優しい印象ばかりが彼女にはある。
「あの厳しい訓練のどこに優しさが……?」
「え……」
そんな風に言われて、セシアは狼狽えたようにフェリクスを見たが彼はサッと顔を反らす。裏切者め。仕方なくマーカスを見ると、彼はそれはもう美しく微笑んでいるものだから残りの三人は言葉を無くした。
「……そろそろ、出発しましょうか」
「遅れてもあれだしな……」
「私達は先に出ますね」
セシアが発言すると、フェリクスとエイダはすぐに飛びついた。
会場には、二課からの応援としてキースが護衛に扮して先に潜入している。勿論ロザリーとその婚約者にも事情は話してあり、もし何かあれば別室を使うように配慮してもらっていた。
「おめでたい会だから、何も起こらなければいいんですが……」
フェリクス達とは別に会場入りする為、マーカスと二人きりの馬車の中でセシアはぽつりと呟く。
「……セシア、大丈夫だ。俺がいる」
手を握られて、彼女は顔を上げた。
大丈夫か?と聞くのではなく、俺がいるから大丈夫だ、と言ってくる婚約者の強気さに、思わず笑顔が零れる。
そうだ、セシアにはマーカスがいる。世界中の人が敵になろうとも、マーカスだけは必ず味方でいてくれる。そう考えると、セシアの身の内が奮い立つ。彼に恥じない自分である為に、自分が正しいと思う行いをしようと思えた。
一人でいた頃にはなかった考えだ。あの頃は、ただ生きていくことに必死で、正しいか正しくないかは関係なかった。
今だって、ただの正義感で正しいことを成そうとしているわけではない。愛する人に、相応しい自分でありたいのだ。
「はい。何があろうと、殿下がいてくださるのなら私は誰にも、何ものにも負けません」
「勇ましいな」
彼は笑って、セシアの唇にキスをする。すぐに顔を赤くした彼女だったが、はにかんで微笑んだ。
そこで丁度、夜会の会場であるロザリーの生家の伯爵家に到着した。彼女の晴れの日に迷惑を掛けない為にもセシアは気合をいれる。
「さぁ、行くか。婚約者殿」
「ええ、未来の旦那様」
差し出された手に自分のそれを重ねて、セシアは馬車を降りた。




