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【書籍化】悪童王子と捨て猫~ワケあって、王子の推薦で執行官やってます~  作者: 林檎


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 クリスが温かいお茶を淹れてくれて、それぞれの前にカップを置いていく。

 ソファに並んで座ったセシアとマーカスを前に執行官の二人も着席し、予め調べておいた成果を報告した。

 日に日にチラチラと見遣ってくる視線は増えていて、今となっては対象がセシアであり彼らがヒソヒソと話している内容まで時折耳に届くまでになっているのだ。


「端的に言うと、噂が立っていますね」

 まずフェリクスがそう口火を切った。

「噂?」

 当然よくない噂だろうとセシアは眉を寄せる。エイダがフェリクスに向かって頷き、話を引き取って続けていく。

「セシア様が過去に罪を犯している、というものです」

 その言葉に、セシアは咄嗟に口元に手をやって悲鳴を飲み込んだ。


「罪?随分曖昧な言い方だな。この世に罪のない者などいないだろう」

 軽快に言い放って、マーカスはセシアの肩を撫でる。彼女が動揺しすぎると、フェリクスとエイダに変に誤解されてしまうかもしれない。

「殿下、色々やってきてそうですもんね……」

 仲睦まじい二人の様子にフェリクスが苦笑して言うと、マーカスは片眉を持ち上げた。

「どういう意味かな、バーンズくん?」

「なんでもありませんっ!!」

 わざと家名で呼んで揶揄うとフェリクスは激しく首を左右に振った。エイダはまた彼を呆れた目で見ている。セシアは知らないが、きっと今の二課では馴染みの光景なのだろう。

 意図的にマーカスが視線をそらしてくれたのでセシアは表面上はなんでもない顔を取り繕いつつも、内心はとても動揺していた。

 罪。セシアが犯していた罪と言えば、思い当たるものは一つしかない。


 セリーヌとして学園に通っていた、身分の詐称。


 ディアーヌ子爵とセリーヌは、王子のパートナーとしてあの場にいたセシアに対して暴行を働こうとした罪で警備部に連行されていた。しかし実際はセリーヌがセシアに殴りかかっただけで、大勢の見ている前で自分で勝手に転んだ、となっている為大恥をかいたものの大した罪には問われていない。

 だが、社交界での大恥は貴族の進退に関わる。しかもその際マーカスが大々的に吹聴するようにその場にいた者を煽った為、その年の社交シーズンにはその件はかなりの者の耳に広がっていた。

 その所為で見栄っ張りのディアーヌ家は一家揃って領地に引き籠り、この三年の間王都の社交界に姿を現してはいない。

 伯父のディアーヌ子爵は、セシアを娘の代わりに学園に通わせていたことが明るみに出れば今度こそ正式な処罰が下ることになるだろうから、わざわざそれを吹聴して回るメリットがない。


 もしもセシアが王子妃になることが気に食わなかったとしても、社交界にセシアの不利になる噂を流すよりもこっそりと彼女に接触してきて脅してくる方が、いかにもケチな伯父のやりそうなことだ。


 セシアは、聖人君子でもないので悪いことを想像するのは割と得意だ。二課での執行官としての経験も相俟って、犯罪者の考えそうなことを脳裏に列挙していく。

 最初の浮かんだ脅しが一番ありそうだが、現在セシアに接触してきてはいない。その代わりに社交界に噂が流れている、ということは出どころは子爵ではないのだろうか?


「その罪の内容に触れる噂はないのか?」

「今のところ聞いていません。その噂を聞いた者も、聡明な殿下の選んだ婚約者が罪人である筈がない、という意見や、つい最近まで平民だったのだから多少道に外れたことをしていてもおかしくない、といったものまで様々です」

 マーカスの前婚約者を考えれば、なかなかの皮肉である。

 エイダがセシアを気遣いつつ言い切ると、今度はフェリクスが話し出す。

「噂を流布させたい者からすれば、思うように広がらなくて焦れていることでしょうね。そもそも信憑性がなく中身のない中傷のようなものですから、広がらないのも道理ですが」

 彼の言葉に、マーカスは顎にトントンと指を当てて考え込んだ。

「セシアに対する中傷にしては弱いが、含みを感じるのが気になるな……とはいえ大々的に調査すれば、こちらに探られて痛い理由があるのだと誤解される可能性もあるか……?」

「それを狙ってのことでしょうか?」


 エイダの質問に、他の三人は微妙な顔をした。

 噂の急速な広がり方は発信源があちこちで吹聴していることが予想される、だと言うのにセシアを糾弾する者や尾鰭がついて広がっているわけでもない現状。

 貴族達は噂を聞き知ってはいるが、それをどうこうしようとは思っていない。つまり、重要視されていない、ということだ。

「何故中身のない噂を流すという方法を取ったのかは分かりませんが、吹聴して回っている発信源はあまり賢くはないように感じますね」

 フェリクスがそう言うと、セシアはちょっと意味ありげな視線を彼に送ってしまう。揶揄う気配に彼は身構えたが、確かに、とマーカスが喋り始めたことでセシアの視線はそちらを向いた。


「貴族に興味を持たせるのならば、もっと思わせぶりで少しずつ暴かれていくようなゴシップでないと食いつきが悪い」

 それを聞いて改めて貴族のゴシップ好きは性質が悪いな、とセシアは顔を顰める。

「……あとは下位貴族を中心に出回っている噂のようですから、発信源は高位貴族ではなさそうですね」


 こちらは言うまでもなく予想出来たことなので、マーカスは頷くに留める。第二王子の婚約者が罪人、などと立場のある高位貴族であればあるほど、真偽はどうあれ口には出さない筈だ。



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