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「問題は城にどうやって戻るか、ですよね……私、樽にでも変身出来たらいいのに」
既に一人でも散々考えていた悩みに立ち戻り、セシアは頭を抱える。そこは当然マーカス、手ぶらでここまでは来ない。
実は内通者であるアニタのことをメイヴィス経由で知ることが出来た二課では、セシアがこのまま潜伏を続けていられるのならば危険を冒してまで二課に戻す必要もないのではないか、という意見も出た。
無事セシアの嫌疑を晴らしてから、堂々と正面から城に帰ってこればいい、と。
しかしマーカスは、なんとしてでも迎えに行ってやりたかったのだ。
セシアは二課の大事な戦力の一人だと他の面々を説得したのだが、先程抱きしめた時に心細そうに涙を零した彼女を思い出して、本当に迎えに来てよかった、とマーカスは感じていた。
それだけは、私情だった。
彼がセシアの潜伏先に心当たりがあったからこそ迎えに来れたのだが、それでもマーカスや二課の面々と先に接触したことが警備部にバレたら、彼らごとジュリエット襲撃に関して嫌疑を掛けられてしまうかもしれないのだから、手ぶらでノコノコ迎えには来ていないのだ。
「ところでセシア」
「はい」
「お前は、赤い髪もよく似合うと思うが、どうだ?」
「…………はい?」
セシアは怪訝な顔で首を傾げ、マーカスは快活に笑った。
翌、早朝。
王城の裏手、下働きの使用人達が使う小さな通用口があった。その前に立つ門番の男は、こちらに向かって歩いてきたマリアを見てデレッと脂下がる。
「やぁ、マリアさん。今日は随分早いんだね」
「おはよう。この子は新しい皿洗い係」
「ああ、厨房は大忙しだもんなぁ。臨時雇いかい」
「ええ」
マリアはにこりと微笑んで、自分の身分証と臨時雇いの仮通行証を門番に見せた。彼はそれを受け取り、専用の魔導具で偽造ではないか内容を確かめる。
「はい、確かに。新人さん、頑張ってね」
今は亜麻色の髪色に染めているセシアは無言のまま軽く頷いて、マリアの後に続いて門を潜った。下働きの使用人専用の門を守る門番は、セシアの顔を詳細には知らなかったようだ。
正規の通行証を持ち髪の色を変えて堂々と顔を晒していれば、手配されている”黒髪のメイド・セシア”だとは疑われずに済んだ。
用具室のような小部屋に入ると、マリアは変装を解く。するりと現れたマーカスは、マリアの身分証をセシアに持たせた。
「これを持っていれば、下働きの通路は大抵通れる。でも上の廊下は通るなよ」
「……了解です」
「なんだその微妙な表情は」
マーカスが片眉を上げて聞くと、セシアはなんとも言えない表情で彼を見上げた。
「……マリアの身分証ってあったんですね」
「ああ」
「職権乱用……」
「当たり前だろ、俺を誰だと思っている。王子様だぞ?」
「うう……これで私も犯罪の片棒を……」
「何言ってる、この身分証は正規のものだ」
「実在しない人の身分証が正規のものなわけない…………」
セシアが意外にぐだぐだ言うものだから、マーカスは唇を尖らせる。仕事でなら、セシアだってどんどん人を欺いてきた実績があるくせに。
「別に悪用するわけじゃないんだからいいだろう?」
「……非常事態ですものね」
ぎゅっ、と唇を引き結んで覚悟を決めた様子のセシアを見て、マーカスも一つ頷いた。彼がそっとセシアの髪に触れると、亜麻色だったそれが燃えるような真っ赤に染まっていく。
「……うん。似合うな」
「そ、うでしょうか……」
空き家でのやり取りを思い出して、セシアは赤面する。
そんな彼女がたまらなく可愛く見えて、マーカスは眉を寄せた。困る。一度箍が外れると、外れやすくなってしまうのか、セシアに触れたくてたまらなくなるのだ。
だが勿論そんな状況ではないので、内心で自分を叱咤し表面上はなんでもないかのように取り繕った。
「殿下?」
「ジュリエットの方は、警備部の者が護衛として厳重に見張っている。アニタは拘束して、メイと共に二課に留め置いている筈だからそちらに向かえ」
「!メイ様まで、どうして……?」
「アニタと長時間連絡が取れなければ、ジュリエットが警戒するかもしれない。だが、主人であるメイの世話の為、ならば怪しまれることもないだろう」
セシアはメイヴィスがこの件に深く関わっていることに心を痛めた。
天真爛漫で、頑張り屋のお姫様。彼女をこんなことには巻き込みたくなかった。
「あれとて、王女だ。エメロードに関わりのあることならば、本人が傷つこうが役目を果たす覚悟はある筈だ」
マーカスは兄ではなく王子として見解を述べる。本当は誰よりも、メイヴィスの柔らかな心を案じているくせに。
「……そうですね」
ジュリエットの目的はまだはっきりとは分からないが、ここまで大がかりなことをやっておいて犯罪組織を使ってただ金を稼ぐことだけが目的とは考えにくい。
エメロードの国力を削ごうとしていることが確実なのは、以前から分かっていたことだ。昨日から急展開し続ける状況に、やはりジュリエット側も計画の大詰めに来ていると考えて間違いないだろう。
「ロナルドが誘拐された件はまだ公表されていない。偽装された赤子の死を見抜いたことも当然伝わってはいないだろう」
「……ではジュリエット側は、まだこちらがロナルド様が亡くなったと思っている、と認識している……?」
「たぶんな。あの遺体は見事だった、エメロードに来る前から念入りに用意していたものだったんだろう」
一時はロナルドの遺体だと思った魔法具のことを思い出して、マーカスは顔を顰めた。叔父である彼ですら今思い出しても胸糞悪いものなのだ、あれを見た母親である王太子妃の心情は察するに余りある。
「それって、ロナルド様のことを……誘拐しようと最初から考えていた、ということですよね」
「ああ」
生まれたばかりの赤子だが、順当に行けばロナルドは二代先の王になる存在。彼を害そうとする思惑は、ジュリエット個人というよりはグウィルトの思惑のように感じられた。
「許せません」
「同感だ。今回は徹底的に潰す」
ぐっ、とマーカスが拳を握ると、セシアも強く頷いた。




