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【書籍化】悪童王子と捨て猫~ワケあって、王子の推薦で執行官やってます~  作者: 林檎


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 セシアの涙が引き、赤みが残っていないことをマーカスが確かめる。

「冷やすか?」

「これぐらいなら大丈夫ですよ」

 なんとなくお互い照れくさくて、短い言葉で会話を交わす。


 誘拐されたままのロナルドのことは大いに心配だが、いつの間にか夜が更けてしまった。

 二人は今から下手に動くよりも、情報をしっかり共有して体を休めることにする。


 入口が見える場所にそれぞれ少し距離を取って座り、マーカスは彼女がバルコニーから飛び降りてからのことを詳しく説明した。

 ロナルドの遺体が見つかった段ではセシアは青褪めたが、魔道具とすり替わっていたと種明かしされてその為に人の目を惹きつける為に自分が囮に使われたのだと納得する。

 それでは、バルコニーから逃走したセシアは、さぞかしジュリエットの役に立ってしまったものだと歯噛みする。

 しかしあの後、案の定セシアの部屋からは給料以上の値打ちのある宝飾などが発見され、誰かにジュリエットを襲う為に金で雇われた、という推論が警備部では立てられていた。セシアが逃げても、捕まってもジュリエットには好都合だったのだ。


「悪知恵の回る女……!」

 悔しくて、セシアは拳を握りしめる。

 赤子を誘拐したことも、セシアを陥れたことも許せない。

「……それで殿下、内通者の件なんですが」

「ああ、お前が巻き戻したポットをメイが持ってきてくれたので、正体が分かった」

「!メイ様が……それは、とても……勇敢な決断をなさったのですね」

 セシアはメイヴィスを思ってつい目を伏せる。だが、マーカスの声は力強かった。

「ああ、エメロードの王族として立派に務めを果たした」

「……殿下は少し……メイ様に対して兄馬鹿ですね」

 ふ、とセシアは笑う。彼がこんな言い方をするのならば、メイヴィスは大丈夫なのだろう。

 大好きな侍女長を告発することになったとしても、メイヴィスは強い人だ。己の信念を曲げることなく、正しい行いをしたのだ。


「しかし、凶器のポットを元に戻すとは……大胆な考えだったな。ジュリエットやアニタが最初に見つけたならどうなっていたことやら」

「あの場にジュリエットの息のかかった者がどれだけいるのか分からなかったけど、他にマシな手が思いつかなかったし、凶器なので捜査の人の手に渡る可能性があれば、と思ったのですが……メイ様が最初に見つけてくれたのは本当に幸運でした」

 セシアがホッとして言うと、マーカスも頷いた。


「実際、ロナルドの乳母の一人がアニタの推薦で雇われた者だということは既に調べがついている。その者の証言を取ったところ、わざと赤子の機嫌を悪くさせてあの茶会の場へ連れていく口実を作ったそうだ。ただ彼女はアニタに指示されただけで、ジュリエットに加担していた自覚はなかったと言っている」

 そこで一つ息をついた彼は、目を伏せる。長い睫毛の先が、外からの僅かな光で影を作った。

「……とはいえ厳罰は免れんがな」

「そう……ですよね……人を、ロナルド殿下の乳母として潜入させることが出来るなんて、アニタさんって本当に王城で信頼されてるんですね……」

 この様子では、メイヴィスがポットを二課に持って行ってくれたからこそアニタが内通者だと皆理解出来たが、ただ襲撃事件を捜査する者があのポットを見てジュリエットが最後に持ったと知ったとしても、内通者=アニタと信じられたかどうか怪しい。


「そうだな……アニタは五年前に立派な経歴書と紹介状を持って現れ、王城で侍女として雇われた後は優秀で勤勉だった為どんどん出世していったそうだ」

「でも侍女って貴族のお嬢様とかが務めますよね」

 五年。それだけの時間を立場と信用を得る為に費やしたのだ、アニタをそうさせたものは何だったのだろう。


「家柄は、伯爵家の娘であり身元は確かだった。ただそれまで外国で暮らしていた為エメロードの社交界では知られていなかったが」

「その外国が……」

「グウィルトだ」

 ようやく点と点が繋がって、セシアは目を瞬く。


「詳しく聞こうとその伯爵家を調べたが、既にアニタの父親は病気で亡くなっていて今は兄が爵位を継いでいた」

「そんな……」

「だが現伯爵は確かにアニタは父親の子だが庶子であり、母を亡くしたので父を頼ってエメロードまで来た為、身元は保証したがそれ以来会ってもいない、とのことだ」

 セシアが城を離れメイヴィスがポットを二課に届けて、内通者がアニタだと分かったのは今日の夕方ぐらいだった筈だが、そこまで調べがついていることにセシアは舌を巻く。

「アニタさん……ご両親を亡くされてるんですね」

「だからと言って、罪を犯していいわけではない」

 王子様らしい公平な物言いに、セシアはマーカスを見つめる。


「……でも、庇護してくれる相手のいない子供は、悪いことをしないと生き残っていけない時もあります。私がセリーヌのフリをしていた様に」


 彼女の真剣な表情を見て、マーカスは頷いた。

「然り。だが、罪は罪だ。その内容に応じ、必要な罰を受けなければならない」

「……はい」

「無論、罪を犯した者の全てが二度と陽の当たる場所を歩く資格がない、とは俺は思わない。再生の道を示すことこそ、権力のある者のすべきことだ……とは、思ってはいる、が…………」


 それは以前、セシアがマーカスに言われた言葉だ。

 道を誤った時、彼女にはマーカスが手を差し伸べてくれて、アニタにはジュリエットが手を差し伸べたのだろうか?


 そう考えて、セシアは眉を顰めて瞼を閉じた。

 悔しい。似たような境遇でも、アニタには悪の手が差し伸べられてしまったのだ。


「……私、アニタさんのことすごく尊敬してたんです」

「分かっている。王城に、彼女のことを嫌っている者などいないだろうな……」



 マーカスの声は落ち着いているが低く、重く。セシアは泣いた所為なのか、痛くなってきた頭に触れて小さく唸った。





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