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マリアっぽく変装したセシアは、いかにも頼まれごとをした風を装って大きな包みを持ち急いで使用人用の廊下を歩く。
マーカスは反対方向へ踵を返し王や王太子、他の重鎮達への報告へと向かった。
本来ならば、空き家に彼がわざわざセシアを迎えに来たのは危険な行為だったのだろう。確かにマリアは戦況においてイレギュラーで浮いた駒だったが、それでもマーカスが不在になることは確かだ。
セシアを迎えに来る姿を見咎められないことよりも、第二王子が城にいないことを気付かれる方がリスキーだった。
マーカスもそれを十分理解してはいたのだが、どうしても自分がセシアを迎えに行きたかったのだ。
この状況で私情を優先した申し訳なさはあるが、空き家で彼女を見つけた時の気持ちを思えば、その分の遅れを今から取り返す為に不眠不休で務めることになっても釣りが来る程だ。
堅物の王太子の許可を得ていたことだけが、マーカスにとって唯一の言い訳材料である。
奥に向かって歩き出そうとした時に、ふとマーカスはジュリエットに挨拶をしておくことを思いついた。
昨日セシアに襲われかけたことになっている彼女は、今日の予定を全てキャンセルして部屋から一歩も出ていないのだという。勿論彼女の部屋の前には警備の者を配置しているし、ジュリエットが部屋を出ていないことは証明されている筈なのだが、本当にそうなのだろうか?
確かにもっとも手薄になった瞬間だったとはいえ、ロナルドの身柄はすり替えられてしまったのだ。
あの場に残ったのが、護衛が一人と侍女が一人、という信じられないほど手薄な状態であり、皆騒ぎのあった方の部屋へと注意が行っていたとしても。
セシアがバルコニーから逃げたことこそ計算外だっただろうが、本来の計画では彼女を拘束する為に護衛達が動き、もっと人が入り乱れる状況になる筈だった。
あの状況で赤子のすり替えが出来たのだから、意思のある成人女性が一人こっそりと部屋から出ることぐらいやってのけるのではないだろうか。
マーカスだってセシアを城に戻せたのだから、あれだけ周到なジュリエットが城を抜け出す手段を用意している可能性は高い。
セシアにアニタのことを知られてしまった時点でジュリエットにもタイムリミットが出来てしまった筈だ。
内通者の正体がまだセシア以外の者にバレていない、とジュリエットが思っていようと油断は出来ない。
杞憂だとしても、一度確認しておいて無駄ではないだろう。
他の客には、具合が悪いからと面会を断ってはいるようだが、さすがに婚約者のマーカスの訪問を断ることは彼女も立場上出来まい。
ジュリエットが滞在している部屋に行くと、侍女達が目に見えて慌てた。
セシアの件があってから、エメロード側の使用人は信じられない、と言われてロザリーを始め他のエメロードから派遣されていた侍女やメイドは皆役目を解かれていて、今ジュリエットの傍にいるのはグウィルトから連れて来た者ばかりだった。
「マーカス王子、ジュリエット様は本日は誰にも会わぬと申しております」
「昨日もそう言ったな。メイドに襲われるとは大事だぞ、婚約者の無事な姿を確認するまでは今回は引かん」
マーカスがきっぱりと言うと、セシア曰く給料泥棒の侍女達は弱り切る。オロオロと顔を見合わせて、どうする?と目配せし合う様子に、マーカスはやはりジュリエットの不在という確信を深めた。
しかし、この目で確認して確証を得るまでは引けない。
「……どうぞ」
侍女の一人が、震える声でマーカスを部屋に案内する。貴賓室の居間、その豪奢なソファに座っていたのはジュリエットのドレスを着た、けれどジュリエットとは似てもにつかない女だった。
「ヒッ……」
侍女の一人が主に扮して、護衛達の目を誤魔化していたのだ。髪色や体格はほぼジュリエットと同じだった為、遠目ならば誤魔化せる。
しかし、これほど近くに来る者がいるとは想定外だったのだろう。
「……それで?ジュリエット殿下はどこにいる」
ソファに座ったまま、青い顔で硬直する侍女に向かってマーカスが問う。
「そ、それは…………」
と、いきなりガツンッ!と背後から思い切り頭を殴られそうになって、マーカスは素早くそれを避けた。
毛足の長い絨毯の上を滑るように後ずさって、彼の翡翠の瞳が爛と相手を睨む。まさかグウィルトの侍女達がこれほど愚かな行動をするとは思ってもみなかったので、単純に驚いた。
「ちょっと!何殴ってんのよ!」
ジュリエットに扮していた侍女が叫ぶ。壺を両手で持って、それでマーカスを殴ろうとした侍女の方が叫び返した。
「だってこんなの知られたらマズいじゃない!」
「だからって王子を殴る方がマズいわよ!」
これだけ大声で怒鳴り合っているのに、外から護衛兵が不審に思って窺って来ないのはおかしい。
防音の魔法か何かが部屋に掛けられているのだろう。ジュリエットの陣営にも魔法を使える者がいるようだ。ロナルド誘拐の実行犯も、そいつかもしれない。
考えてみれば当然の流れだ。他国に来てここまで大胆なことをやってのけたジュリエットのことだ、魔法使いの一人や二人伴っている方が自然だろう。ただしロナルド誘拐の現場でサロンに防御魔法が敷いてあったように、他国との技術提供にも積極的なエメロードは魔法防衛にも優れている自信があった。
セシアのように、その隙間を縫うような動きをしたのだろうか?もしくは相当な手練れだとでもいうのだろうか。
言い争う侍女達を無視して、とりあえず部屋の外に出ようと駆けだしたマーカスを、背後から今度こそ強く殴ってくる者がいた。
「!」
がく、と膝が落ちて、彼はその場に倒れ込む。全く気配がしなかった上に、侍女達の方に気を取られ過ぎたようだ。
頭が揺れる。殺すつもりで思いっきり殴ったのだろうか、マーカスの視界が赤く染まった。
「馬鹿!死んじゃったらどうするのよ!!」
侍女の一人が叫ぶが、もう一人が弱った声を出す。
「でも、ジュリエット様に知られたら……」
「だからあんたは馬鹿なのよ、王子を殺して無事で済むわけないじゃない!」
「とにかくジュリエット様に知らせなきゃ……」
「……! ……だから……!」
「!!」
二人の侍女の他に、倒れたマーカスのすぐ傍に誰かが立っている気配がする。なんとか掠れる視界で見遣ると、そこには見た事のある顔。
ジュリエットが伴って連れてきた、グウィルトの外交官だった。
その記憶を最後に、侍女が叫んでいる音が聞こえてはいたものの、マーカスはもはや意味を判別することが出来ず意識を手放した。




