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夜。
美しく着飾ったセシアは、フェリクスにエスコートされて石造りの階段を上がっていた。
「仮面舞踏会で麻薬の売買だなんて、ベタな……」
「ベタってことは、今までも有効な方法だったってことだろう」
フェリクスに腰を引き寄せられて、セシアは顔を顰めた。
今夜のセシアは、髪の色を亜麻色に、瞳の色を青に変えていて、目元を覆うタイプの仮面を付けていることもあって、セシア・カトリンだとは一見して分からないように変装している。
ドレスは体のラインが強調されるような少し派手なもので、背中も大きく開いていた。
仮面舞踏会では、普段の貞淑な外面を剥ぎ取ることが出来る所為か、やや大胆な装いや行動・言動を取るものが多い。
対して、フェリクスの方は貴族に多い柔らかな色の金髪に青い瞳なので色は特に変えず、前髪だけ上げている。勿論セシア同様、目元を覆う仮面を付けているので、貴族が多いこの仮面舞踏会では埋没している。
長身に元騎士という経歴の彼は、がっしりとした体躯にパリッとした夜会服が似合っていて、そういう意味では目立っていたが。
「もっとくっつかないと恋人っぽく見えないだろ」
「くっつく必要ある?一緒に夜会に出てるんだから、パートナーってことで十分でしょう」
現在、エメロードで様々な理由により合法化されている麻薬は数種類存在する。それらはほぼ医療目的で使用され、資格を持たずに麻薬の元となる植物を栽培、精製することは当然禁じられていた。
正規のルートで手に入れた麻薬に、混ぜ物をして粗悪な麻薬として売買している者もいるが、過去にあった警備部麻薬課が一斉摘発の大捕り物からはなりを潜めている。
そして現在セシア達執行官が追っているのは、それとは全く違う種類の麻薬、だった。
闇ルートで市場に出回っているその麻薬は”天使の薬”、と呼ばれていて、その名の通り天国が見られると評判らしい。
これは他国から秘密裏にエメロードに入ってきているらしく、当然違法輸入。しかも内容は認可の降りていない麻薬、とあって、税関も警備部麻薬課もずっと調査を続けている件だ。
「他部署がそこまで頑張って調べているのに、ここで簡単に見つかるものかしら」
セシアは、グラスで口元を隠して疑問を口にする。
「あの方が仰ってただろう。夜会に違和感なく潜入する伝手がない、と。この辺りはまだ彼らは調査出来ていないんだろう」
「……麻薬なんて、貴族ぐらいお金と暇と持て余してないと買えないんだから、真っ先に調査すべき場所だと思うけど……」
フェリクスの言葉にセシアが繋げると、彼もそれには同意する。
「初動調査の遅れは、港の方を調べていれば犯人に突き当たると踏んだことにあるだろうな。おかげで、俺達に手柄をたてるチャンスが巡ってきた」
野心家らしいセリフが聞こえて、セシアはつい無表情になる。
第二王子直属の捜査部署、執行官だなんて御大層な名前をもらってはいるが、この半年という短いながらも濃厚な時間を過ごしたおかげで、セシアは痛感している。
この部署は、本当に出世に向かない。
手柄は常に別の部署に進呈するし、なのに先発隊として潜入することが多いので危険は付き纏うし、経理監査部としては禄に機能していないので、同じ監査部の一課からは睨まれる。
何でも屋、雑用係、閑職。ある意味出世や手柄から一番遠い部署なのだ。
「…………まぁ、夢みるのは自由だしね」
教えてあげようと何度もしたのだが、フェリクスはセシアのことを、”女を使って殿下に取り入った女狐”のように考えているらしく、ちっとも話を聞こうとしないのだ。
セシアとて聖人君子ではないので、何度も説明しようとして拒否されては、それ以上頑張ってやる気も失せる。
彼女も最初からこの部署がどういう場所か知っていて配属されたわけでないし、その内フェリクスも自分で事実を知るだろう、と今は放置していた。
「少し離れてお互い情報収集するか」
手柄をたてたいフェリクスは、今回の件に関してとても積極的だ。
セシアとしては、麻薬取引がされているかもしれない場所で離れて動くのは危険だと感じる。
「危険があるかもしれないから、あまり離れない方がいいと思う……けど」
「こんなに人がいるのに、か?お前は女だから、怖いのか。なら、この辺りでウロウロしていればいい、俺は少し嗅ぎまわってくる」
女だから、は余計だと感じたが、実際元騎士のフェリクスならば、何か揉め事が起こっても自力で鎮圧出来そうだ。ただし、この場合力技で解決してしまって良いものか。
「キース先輩に一応言った方が」
「すぐ戻る」
この会場には他の課員も変装して潜入している、誰かに指示を仰ごうとセシアは提案したが、フェリクスは笑ってさっさと人混みの中に紛れてしまった。
「嘘ー……」
セシアは呆然と呟く。
仮面舞踏会なので、ダンスよりも皆普段出来ないような刺激的なお喋りの方に夢中だ。
一人でぼう、と立っていては目立つので、セシアは慌てて傍の女性達の輪に参加しているフリをした。
皆仮面をつけているので、知らない女が一人混じっていても注目されないのは、助かる。
「そういえば、アクトン侯爵令嬢って最近見かけませんわね」
「あら、エイミー様なら従僕と駆け落ちしたって専らの噂ですわよ」
「従僕と駆け落ちだなんて、本当にロマンチックですこと。わたくしには無理ですわ」
「本当に」
ほほほ、とさざめくように上品な悪意の笑い声が、下品に響く。
セシアは、ハズレの輪に入ってしまったな、と内心で舌を出すが、参加した早々出て行ってはさすがに怪しい。
「エイミー様ってでも、少し前までマーカス王子に夢中じゃなかった?」
そこで突然上司の名が出てきて、セシアは気付かれないように表情を引き締める。
国民に大人気の第二王子の話題は、どこで出てもおかしくはない。
「そうそう、婚約者候補の本命って言われて、社交界でも鼻高々で調子乗っちゃっててね」
「蓋を開けてみたら、マーカス王子の婚約者はグウィルトの第二王女に内定していた、なんてほんとお笑い種だったわね!」




