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【書籍化】悪童王子と捨て猫~ワケあって、王子の推薦で執行官やってます~  作者: 林檎


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20

 

「本当、いい気味!」

「恥ずかしくて夜会に出て来れないから、駆け落ちしたんじゃない?」

 どうやら、エイミー様は皆に嫌われていたらしい。もしくは、嫉妬されていた?


 セシアは扇の影で溜息をついた。


 そして、勿論自国の王子のことなので知っていたが、海を挟んで向こうの国のグウィルトの王女と婚約している第二王子殿下、と、しょっちゅう組手の相手をしてくれるマーカスが同一人物なのだと、セシアの中では上手く結びつかない。


「……」

 相手は王子だ。

 今彼と比較的親しく話すことが出来て、近しい場所にいるからといって、決して勘違いはしてはいけない。



 別の令嬢の悪口に変わったのを潮に、セシアはそっと輪を抜ける。

 飲み物を取りに行くフリをしてあちこちに聞き耳をたててみたが、特に怪しい取引の話はしていなかった。


 それはそうだろう、こんな明るいフロアではそんな後ろ暗い話はしない。だから、出来ればフェリクスと共にちょっと暗がりに向かい、いちゃついているフリをして聞き耳をたてておきたかったのに、一人で暗がりにいてはまるで男を誘っているかのようだ。

 そこまで危険なことはしなくていい、とレインにも強く言われているので、残念ながら今夜は成果なし、ということになるのかもしれない。


 セシアは、この半年での訓練でそこそこ戦えるようになったとは思っているが、誰が来ても必ず勝てる、とまで自惚れてはいない。

 自分が長身で屈強な男だったら、もっと危険な潜入も出来るのに、と悔しくなるが、無いものねだりをしても仕方がない。セシアはセシアにだけ得意な分野を見つけていくしかないのだ。

 マーカスは、セシアだからスカウトしたのだと言った。その言葉を信じよう。


「女性ならではの作戦……ハニートラップとか?…………無理ね」

 ふっ、と思わず乾いた笑いが漏れてしまった。


 大人しくセシアは部屋の隅に向かうと、料理を皿に盛り飲み物をいただく。

 一応聞き耳はたててみてはいるが、誰かの悪口程度が関の山で、ある意味健全と言えた。




 今夜はハズレかもしれないが、現在王都は社交シーズン真っ盛り。浮かれた貴族に違法麻薬をばら撒くのにも最適な時期だ、別の夜会に情報収集の為に潜り込むことになるのだろう。

 コルセットが苦しいので、さほど食べ貯めは出来ないな、とセシアが残念に思っていると、フェリクスが戻ってきた。彼に成果があればいいのだが。


 フェリクスをよく観察していると、僅かに足元がフラついている。

 扇で口元を隠し、セシアは目を細めた。


 食べ終わった皿を配膳台の上に片付けて、彼女はフェリクスの元へ向かう。近づくと、甘ったるい香水の香りがして、セシアは片眉を上げた。

「フェリクス」

「……カトリン」

「どうしたの、様子が変よ」

 セシアが近づくと、フェリクスは思わず、といった自然は動作で彼女の背に掌で触れた。

 ぞわっ、と背筋に悪寒が走り、セシアはその腕を目立たないように捻り上げる。


「っ……!」

「何、痴漢?吹っ飛ばしてあげましょうか」

 剣呑な視線で睨みつけてると、彼は首を横に振って詫びた。

「すまない、手が勝手に……」

「……本当にどうしちゃったのよ」

 尋常ではない様子のフェリクスを促して、セシアは休憩室の一つに入る。


 扉を潜ると、狭い控えの間に入り、更に奥にもう一つ扉がある造りになっていた。その扉を開くと、部屋には大きなベッドが鎮座していて、休憩室の目的が一目で分かってうんざりとした。

 貴族というのは爛れているものだな、とセシアは幻滅してしまう。今夜は仮面舞踏会なので、特にその傾向が顕著なのかもしれない。


「今夜は収穫なさそうだし、具合が悪いならここで休んでいけば?私はさっきの小部屋で待機してるから」

 セシアが振り向いてそう言うと、顔を赤くしたフェリクスが彼女を抱きしめてきた。

「はぁ!?」


 セシアは咄嗟に、彼の足を払って投げ飛ばす。心底マーカスに体術を習わされていてよかった、と思った瞬間だ。


「何……まさか」

「……媚薬を盛られた」

 床に転がったフェリクスが、恥じ入るように小さな声で呟く。

 ゾッとしたセシアは、素早く壁際まで逃げた。

「……そんなあからさまな反応するなよ、くそ……」

 フェリクスは頭を振って、誘惑を散らそうとするが難しいようだ。セシアが控えの間に続く扉のノブを握って、青い顔のまま提案した。


「こっちの部屋に出たら、扉は施錠するわ。一人で頑張りなさい」

「……カトリン」

 熱っぽい視線でセシアを見遣って、フェリクスは口を開く。


 が、

「黙って。何を言っても、明日後悔するのはあんたよ」

 びし、と手を掲げてセシアは宣言し、確かに僅かに残った冷静な部分が、フェリクスを思いとどまらせる。


「……わかった。悪いな」

「いいから。部屋から出るんじゃないわよ。事情は明日聞くから。じゃあね!」

 早口でそう言うと、セシアはさっさと控えの間に下がった。

 鍵は勿論寝室側から掛ける内鍵タイプだったので、魔法でノブが回らないように拘束し、ついでに控えの間にあった飾り棚や椅子でバリケードを作る。



 最後に、何も聞きたくないので防音魔法を掛けて、セシアは外に続く扉の傍に蹲った。

「……とんだ夜だわ」



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