16(2章)
本作は王子と捨て猫の恋愛小説です、が、その恋の成就の過程で他者が介入する展開が、今後あります。
マーカスが浮気したり、セシアが誰かに心惹かれたり、という描写にはならない筈ですが、ちょっとでも嫌かも、と感じる方は読む際に念頭に置いていていただけると、幸いです。
「お前は、生意気なんだよ!」
解せぬ。
眉を八文字にして、目を半眼にして、セシアは目の前に立つ”後輩”を黙って睨み返した。
この世にあまたの運命あれど、ステージが変わる度に「生意気!」と罵られるなどという、チンケな星の元に生まれる確率のいかほどのものだろうか。
セシアは思わず、普段は考えもしない運命論などに思いを馳せた。
だって現実を直視したくないし。
「おい、聞いているのか!セシア・カトリン!!」
しかし指をさされたので、咄嗟に相手のそれを掴んで逆に曲げようとする。
「イテェ!!何だよ、お前、野生の猿か何かか!?」
野生の猿に出会ったことなどないから知る筈もなく、セシアは最近覚えたお姫様直伝の優雅な笑顔を浮かべてみせた。
「あら、人を指すのは失礼なことだとママから教わりませんでした?フェリクス卿」
「てめ……馬鹿にしてんのか!?」
「あ、よかった。馬鹿にしたことは伝わったんですね」
激昂したフェリクス・バーンズの怒鳴り声に、受けて立つ!とばかりにセシアは腕を組んで優雅な笑顔を保った。
「仲がいいのは結構だが、そろそろ会議を始めてもいいか?」
そこに、ニヤニヤと面白そうにこちらを眺めているマーカスが口を出す。
途端、フェリクスは直立不動になり、騎士の敬礼をした。
「おはようございます!マーカス殿下!!!」
「おはよう、バーンズ卿。セシアは、今日も可愛いな」
すれ違い様にサラッと言われた言葉に、セシアはぎょっと目を剥く。
「おっ……ま……!!……面白がって火に油だけ注いでいくのやめてもらえませんか……?」
本気で鳥肌をたてながらセシアが言うと、マーカスが何か言う前にフェリクスが噛みついてきた。
「カトリン!殿下相手になんて口のきき方だ!不敬だぞ!」
「良い。セシアは俺の弟子でもあるからな、この程度の不敬は許している」
こちらもまた、セシアが何か言う前にマーカスが言って、フェリクスの次の言葉を封じた。
「殿下、そろそろ」
見かねたレインが口を挟み、マーカスは面白がるようにセシアとフェリクスを見ていたが、表情を引き締める。
「では、会議を始めよう」
レインが課員全員に書類を配った。
普段こちらには来ない課長の代理はレインが務めている為、会議の進行も基本的に彼が行う。
「今回の調査対象は、近頃貴族の間で横行している麻薬だ」
「麻薬……ますます経理と関係なくないですか」
セシアが小声で愚痴を言うと、キースは笑った。
「何度も同じことを言わせるなよ、カトリン」
「お金が動く件は、全部うちの管轄……ですか」
「そういうこと」
あまりに範囲が広すぎる!とセシアは絶望する。
マーカスが直々に調査する為に作った、この経理監査部二課という名の隠れ蓑は、実際の監査部としての業務は勿論、不正な金の流れを自ら調査する、警備部のような仕事も行っている。
執行官などという役目を与えられていて、名前だけは立派だが、明らかになんでも屋、雑用係、最初の調査担当。
実際に大捕り物に発展した場合は、警備部や騎士隊が派遣されるので、手柄は全てそちらに流れてしまう。
逆に、調査して問題なし、と判定が入った場合は、その調査ごとなかったことにされてしまう為、同じ経理監査部でも一課と二課では扱いが違い、一課からは閑職だと思われがちだ。
「しかし、麻薬は別に調査する組織があるのでは?」
「警備部麻薬課だな。でもそっちは残念ながら、夜会や貴族の屋敷に潜入して証拠を押さえる為の伝手がない」
城下で蔓延る麻薬組織などには、絶対的な幅を利かせて調査に乗り出すことの出来る警備部麻薬課だが、ことが貴族に関わると話がややこしくなり、手をこまねいているのだ。
書類に目を通しつつ、セシアは顔を顰める。
「どうせ、麻薬を持っているのが分かっても検挙しちゃいけない大物とかいるんですよね。通俗小説でよく読みます」
「セシア、通俗小説なんか読むのか」
マーカスが意外そうに聞くと、彼女は王子の方を見て首を傾げた。
「乙女の嗜みです。嫌ですね、大人って汚い」
慇懃な態度はやめて、きさくに接するように、と”王子命令”を受けているセシアは、マーカスにもいつも通りに接する。
「元気だしてください、セシアさん。飴玉あげますから」
嘆くセシアに、ロイは宥めるように飴玉を握らせてくれた。彼はセシアのことを故郷の弟妹か何かと勘違いしている気がする。
「さっきからお前は馬鹿なのか?もしくはガキなのか。それこそ清濁併せのむのが大人の嗜みだろう」
フェリクスに言われて、セシアはげぇ、と舌を出す。
「濁々だから嫌だって言ってんでしょうが、黙れ後輩」
「だから、年は俺の方が上だと言ってるだろうが!」
「この部署では半年先輩なのは私の方だとも、言ってますよねぇ?」
再度戦いのゴングが鳴りそうなのを、砂被り席でワクワクと静観している上司に代わり、レインが咳払い一つで抑える。
「フェリクス、カトリンの挑発に乗るな。カトリン、殿下のお許しがあるからと言って、会議を引っ掻き回すな」
「……以後気を付けます」
「すみません」
フェリクスとセシアはそれぞれ謝罪を口にした。
「レイン、お前こそ少しカトリンに厳しくないか?会議とはいえ、現時点では内輪の相談会みたいなものだ、平民出身のカトリンの意見だって今まで役にたったことは何度もあるだろう」
キースが取りなすと、レインは困ったように首を振る。
「殿下の御前だ。それに俺はカトリンの指導係でもあるからな、他よりも厳しくするのは職務でもある」
「真面目なこって……」
キースがうんざりと言うと、セシアが慌てて手を振った。
「いえ、キース先輩ありがとうございます。私が会議中に雑談をしたのがいけないんです、申し訳ありませんでした」
皆に向かって、セシアは素直に頭を上げる。レインはそれを見て、鷹揚に頷いた。
「分かっているならよろしい。ただし、調査のペアはフェリクスと組むように」
という、爽やかな見た目に反して、えげつないペナルティを下したレインの背後には、悪魔の翼が見えていた。




