15(1章終了)
マーカスの翡翠の瞳に無言で促されて、セシアはずっと疑問だったことを訊ねる。
「メイ……様、の護衛は何故喫茶店前で助けに来なかったんですか?アニタさんは仕方がないにしても、まさか誰も王女殿下に付いていなかった、なんてことあり得ませんよね」
メイ様、という愛称を今も呼んでいいものか、セシアは先程から悩んでいたが、いちいち言い直していては話が進まないので、そのまま喋る。
セシアの質問に、マーカスは頭痛の種を探すように、こめかみを指で辿った。
「……誘拐犯達が国際的な組織で、我が国の国民を他国に連れ出していたことは話したな?」
「はい。というか、それしか聞いていませんが……」
そういうと、マーカスはちょっと気まずそうに顔を顰めた。どさくさで、碌に説明せずセシアに王女の護衛を任せたことを、彼は彼の落ち度だと感じているのだ。
「誘拐犯の一味が王女の護衛の一人と接触し、あの日あの時間にメイがあの店に行く情報を入手していた。護衛の配置や、人数なども詳細にな」
「……身内の裏切りだったんですね。でも妙じゃないですか?殿下達がようやく誘拐犯のアジトを絞り込んだタイミングでそんなことが起こるなんて」
セシアの考えに、マーカスは頷く。
「一団は完全な分業制で、攫って来る者・他国に引き渡す者・他国で受け取る者、など細かく分かれていて、それぞれ互いの素性や自分の仕事外のことは碌に知らないまま行動していた」
マーカスの説明に、セシアは嫌そうに顔を顰める。悪辣なことを考える者は、知恵が回るのだ。
「……そうだとしても、指示を出している者が必ずいる筈ですよね」
「ああ。だが、そいつはメイを誘拐する前に既に他国に秘密裡に逃れていた」
「!……てことは、つまり」
「そう。メイを攫ったこと自体が囮。我が国の捜査の手が伸びたことを察して、盛大な尻尾切りをしていったのだ」
王女を誘拐したことでそちらに注目が集まり、大掛かりな捕り物が行われた。
その騒ぎに乗じて逃げおおせた者がいるのだ。
「それは……悔しいですね」
セシアが拳を握る。
囮として攫われたメイヴィスの、恐怖を思って腹が立ったのだ。
「こそこそ身寄りのない女性などを攫っていた奴らが、最後の仕事にしても杜撰で派手な行動だとは警戒していたが、まさかメイを攫う前に既に逃げていたとは気づけなかった」
マーカスの声に熱が灯る。
「……これは許されざる敗北だ。指示を出していた者……主犯は地の果てまでも追いかけて、償いをさせるつもりだ」
彼の翡翠の瞳に、怒りの炎が見える。苛烈な王子様だ。
セシアはその炎が怒りに揺らめく様を、美しいと感じた。
「……それでも、蒸し返すようですが、私はまだ疑問です。メイ様が城下に降りることを決めたのは最近の筈。護衛に犯人が接触するにしても、王女が城下に降りることを知っていなければ、意味はありませんよね」
セシアの指摘に、マーカスは無言で頷いた。
王女が城下に下るとなれば、警備計画などでその情報を知り得る者は城内には多い。そして事件以降、城内から消えた者はまだ確認されていない。
つまり、まだこの国、それも恐らく城内に犯人グループに情報を渡していた者がいるのだ。
「そう。主犯とは別に、まだこの城内を素知らぬ顔でうろついている鼠がいる」
「……我が国は、巨大な港と称されるだけあって人も物も出入りが激しい。文化や芸術が栄える一方で、こうした闇の取引が横行していることも事実だ。それを捜査し、取り締まることは、国に仕える者の責務でもある」
「……うーん、はい」
なんだか突然雲行きが変わってきたのを察して、セシアはそろそろと後退する。
が、狭い部屋なのですぐに壁にぶつかってしまう。
「我が国には、それぞれの管轄でそれらを捜査する機関があり、彼らは例外なく優秀だ。しかし、事件がその管轄に跨って起こった場合、煩雑なやり取りを経てでなければ情報共有や捜査は越権行為と見做されてしまう」
「う、うーん……大変ですね~……」
マーカスの朗々とした演説に、セシアは逃げ場を探しつつ適当に相槌を打つ。やっぱり扉は開けておけばよかった。
「そう!大変だと思うだろう!?」
「わ!ビックリした」
ぐるん、と勢いよく彼が振り向いたので、扉のノブを後ろ手に探していたセシアは飛び上がる。
「で、考えて、権力を持った俺が好き勝手しているように見せかけて、その垣根を越えて捜査してしまうチームを作ることにしたんだ。それが、セシアが配属された経理監査部二課だ」
「二課……」
「二課」
うん、と彼は頷く。
そう。
常々おかしいと思っていたのだ!!!
経理監査部。
これは、まぁおかしくはない。経理部で出てきた齟齬のある書類なんかを、提出した人物に実際に確認に行ったり、使用された店に行ったりしておかしな点がないか調べることも、時に必要だとは思う。
だが問題は、専門機関に依頼すれば良いものを自身で捜査し、時には荒っぽい展開もありうる、と最初に説明された業務内容だ。
荒っぽい展開って何?王城の経理で荒っぽいことに発展するって何???
しかも執行官。この言葉が明らかに怪しい。何を執行するのだ。そこが不透明なのが、明らかにおかしい。
しかも配属された二課の部屋は、明らかに資料室だった。そりゃ資料取ってきて、と言われてすぐに取ってこれる筈だ、資料室なのだから。
一課は別室に存在し、いかにも事務室らしいそこには大勢真面目そうな文系ぽい課員が働いていて、二課の筋肉隆々なキースのような男はいない。そして二課は課員も少なかった。
セシアとて、本当におかしいとは思っていたのだ。
でも王城に来て一ヶ月、まだ何が普通で何が異常なのかの区別がついていなかったのだ。悔やんでも悔やみきれない。
セシアは思う。
両親を亡くし身寄りもなく、運よく王子の後見を得て学園に入学、卒業後は夢の王城勤務、エリート街道、しかもイジメも危険も無縁な文官、経理部配属!と浮かれていた過去の自分を盛大に吹っ飛ばしてやりたい。
もはや王子の後見あたりから罠だったに違いない。
やはり美味しい話には罠があるのだ、何が友情だ、あの時の感動を返せ!!!
わなわなと震えつつ彼女は、いい笑顔を浮かべるマーカスを見遣る。勢いで殴ってしまわないように気をつけなくては。
「ちなみに、何故経理監査部二課……?」
「一課が既にあるし、金にまつわることなら大抵の不正に繋がる、テリトリー無限大だろう?」
「……いつか、王子を殴っても不敬にならない権力のある地位まで昇りつめてやる……!!!」
「はっはっは、相変わらず威勢がいいな、お前は」
マーカスはもはや上機嫌を隠そうともしない。
「私に!拒否権は!?」
「あると思うかぁ~?」
「くっ……!卑怯な……!」
ニヤニヤと笑って言われて、この悪童を殴る権力が今すぐ欲しい、とセシアは拳を握った。
マーカスは上機嫌で、指折り数える。
「ようやく確保出来た初の女性課員だ、戦闘技術は勿論、貴族に成り済ますノウハウ、諜報活動のあれこれ、ドンドン叩き込むからそのつもりでいろ」
「……ってことは、マリアに会える機会も減るんですね、ちょっと寂しいな……」
やはり趣味などではなく、女性の部下がいなかったのでマーカス自ら女装をして潜入任務についていたのだな、とセシアは諦めの境地で考える。
「何厚かましいことを言っている。お前がちょっと訓練受けた程度じゃ、まだまだマリアの能力の足元にも及ばんぞ。無論ハニトラ要員としてもな」
「はあ!?さすがに聞き捨てなりませんけど!生物学的に100%女性の私よりも、魔法で誤魔化した女装男の方が勝るって言いたいんですか!?」
「そう言ってる」
フッ、とマーカスは色気たっぷりに微笑むが、ここはセシアも曲がりなりにも18年間女性をやってきた矜持が、負けてはならぬと闘志を燃やす。
曲がりなりにも、などと考えている時点で、かなり旗色は悪いのだが。
セシアは常に、徹底抗戦!そうして生き抜いてきたのだ。
「……わっかりました!その初の”本物”の女性執行官?女装男よりも見事にやり切ってやろうじゃないですか!!!」
「あ、馬鹿が」
クリスが小さく罵ったが、後の祭りだ。
満面の笑みを浮かべたマーカスにセシアはガシッ!と両肩を掴まれる。
「はっ!!!」
「そうか!やってくれるか!いやーよかった!自分の意思で職務に就いてくれて。さすがに無理矢理部署に縛り付けるのはいかがなものかと思っていたのでなぁ」
彼は快活な笑い声をあげた。
「いやぁ、よかったよかった!自分の意思で執行官をやってくれる気になって!」
「こ……」
ぶるぶるとセシアは震える。マーカスはそんな彼女を見て、にんまりと笑った。
「いやはや、良い拾いものをした。捨て猫も、磨けば一流の淑女にしてみせよう」
「この悪童王子ーーー!!!」
課長室に、セシアの叫び声が盛大に轟いた。
これにて1章・完!です。
タイトル回収と、登場人物紹介が目的でした。2章もどうぞよろしくお願いします。
読んでいただいてありがとうございました!!




