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 結局部屋に残る者はおらず、セシアはほっとしてメイヴィスと共に最後に部屋を出た。

 またメイヴィスが手を繋いできたので、セシアもそれに応じる。


「……あなたは立派だわ、セシア」

「なんです、急に」

「彼女達を解放することで、危険は増した筈。けれど、見て見ぬフリをしなかったあなたの行動は、勇敢だったと、わたくしは思うの」

 前を向いて警戒して小走りに駆けながら、メイヴィスは言葉を紡ぐ。

 真摯なその声に、セシアは苦笑を浮かべた。


「買いかぶりすぎですよ。皆を解放したら、こっちに向く目が分散される、ていう打算かもしれないじゃないですか」

「それは、彼女達にも逆に言えることでしょう?わたくしはこの中では大駒だわ。犯人達がわたくし達に構っている間に、他の女性達は逃げおおせるかもしれない」

 メイヴィスの予測に、セシアは感心する。


 確かに彼女の言う通り、逃げた女性達の中の誰かを再度捕まえるとしたら、一番交渉の材料になりそうなメイヴィスが選ばれるだろう。

 一応その可能性もセシアは考えたが、誰が犯人達に行き会ってしまうかは、分からない。


「……本当に、買いかぶりすぎですよメイ様」



「……ところでさっき話していた方は、セシアのお友達?」

 どうやらメイヴィスは、セシアが知り合いと話しているのだと察して、わざと離れていてくれたらしい。

「ええ……友達です」

 非常に心苦しいが、嘘ではない。


 むしろ、マリアの正体を知らない方がメイヴィスの幸せだろう。

 最近よく見る、マーカスの執事・クリスの虚ろな目を思い出して、セシアは直接的な表現を避けた。


「そう……お友達と一緒に逃げたいでしょうに、わたくしの所為でごめ……」

 また謝りそうになるメイヴィスに、セシアはぴたりと彼女の唇に指を当てる。

「あいつは強いから心配ありません。メイ様、この場合謝罪の言葉よりも、もっと相応しい言葉があると思いますけど?」

 マリアは単身でも、こちらが心配する方が烏滸がましい。そしてそのマリアに妹のことを頼まれずとも、セシアは元々メイヴィスと共に逃げるつもりだった。乗りかかった船だ。


 きょとん、と翡翠色の瞳を瞬いたメイヴィスだったが、うん?とセシアが促すと、そろそろと表情を綻ばせる。

「……ありがとう、セシア」

「どういたしまして!さぁ、とはいえ事態は好転していませんからね、気を引き締めて行きましょう!」

「ええ」

 きゅっ、と二人は手を握り合って、廊下の先を進んだ。



 広いといっても一つの建物、たくさん部屋がある所為で廊下が長く入り組んでいるように感じたが、ようやく出入り口に突き当たった。

 扉は、大きな物資も運び込めるようにか、普通のそれよりもずっと大きく、そして奇妙なことに大きく開け放たれている。

 先に向かった、他の誘拐されてきていた女性達が通ったのだろうか?と考えつつ、セシアとメイヴィスはここでも慎重に外を窺った。


 久しぶりに見たような気になる晴天の元、出入り口にすら犯人達の姿はなく、拍子抜けする。しかし、すぐに事情は察せられた。

 他にも建物がある所為で直接目にすることは出来ないが、あちこちで喧噪が起きていて、騎士隊と犯人グループとの衝突が勃発しているようだ。逃げ惑う女性の声も聞こえる。

「皆大丈夫かしら」

 メイヴィスが悲鳴の聞こえる方向を見て、眉を寄せた。


「…………人の心配をしている余裕はありません。今、ここに誰もいないのは幸いですが、留まって隠れていたとしても、犯人が王女様を連れ出しに戻ってくるかもしれませんし、離れましょう」

 セシアが手を引くと、メイヴィスは大人しく付いてくる。

 外はずらりと同じ様な倉庫が建ち並ぶ、倉庫街だ。見通しが悪く、外に出たからといって迷路から脱出出来たことにはならなかった。


 静かな方に向かうべきなのか、もしくは喧噪が起きている方向には犯人達は勿論交戦している騎士隊がいる筈なので、そちらに向かうべきなのか。

 上手く騎士隊と合流出来れば、メイヴィスを保護してもらえるが、下手をすれば犯人側に人質を提供することになる。


「あーもう、こういう時にもっと的確に判断出来るようになっておけばよかった……」

 セシアが小声で自嘲すると、メイヴィスは驚いて目を丸くした。

「それは騎士や兵士に必要な資質であって、レディのあなたが出来なくても当たり前のことだわ」

「いや、私レディじゃないです……」

「そんなことないわよ。それに、あなたは既に十分適切な判断が出来ているとわたくしは思うわ。あなたの方こそ、自分を卑下しないで」

 メイヴィスに励まされて、セシアは面映ゆい。

 良くも悪くも、言葉のストレートなお姫様の言葉は、ひねくれ者のセシアにもよく響いた。


「……人を泥棒猫呼ばわりしていた時から比べたら、レディだなんて、大きく出世しましたね、私も」

「もう!せっかく励ましているのに、意地悪ね!」

 照れ隠しにセシアがニヤッと笑って言うと、メイヴィスはキッ!と顔を険しくさせる。


「嘘です。ありがとう、メイ様。ちょっとだけ落ち着きました」

「……最初から素直にそう言えばいいのよ!」

 ぷい!とメイヴィスは顔を背けてしまったが、繋いだ手は離されない。つまりはそういうことだ。

 セシアは口では素っ気ない言い方をしたものの、内心ではとても感謝していた。


 やっぱりもっとちゃんとお礼を言った方がいいかな、と顔をあげたセシアは、ハッとしてメイヴィスの手を離すと、彼女の体を突き飛ばした。


「きゃ!?セシア、何を……」

 どさ!と地面に尻餅をついたメイヴィスは、驚いて抗議の声を上げようとセシアのいた方を見遣ったが、そこで身を竦ませる。


 いつの間にか誘拐犯のグループの男達が忍び寄ってきていて、メイヴィスの立っていた場所に一人、男が立っていた。

 そして、セシアは別の男に後ろから羽交い絞めにされている光景が広がっている。


「セシア!」

「メイ様、逃げてください!」

 セシアが叫んだが、メイヴィスは首を横に振る。


 一人では逃げない、と言ったではないか。

 セシアを残してメイヴィスが逃げれば、セシアがどんな目に遭うか分かったものではない。

 それに何より、ずっと手を繋いでいてくれたセシアと、メイヴィスは離れたくなかった。


「あ、あなた達!その女性を解放しなさい!わたくしがそちらに行きます」


 そろそろと歩き出すメイヴィスを見て、セシアは唇を噛む。

 せっかくここまで連れて来られたのに、このままではまた王女が捕まってしまう。意地っ張りだが、素直で、実は割と普通の女の子であるメイヴィスのことだ、自ら犯人達に近づくことの、どれほど恐ろしいことだろう。


 魔法でなんとしようとするが、こうも相手に密着されていては、セシアの使える手段ではどうしようもない。



「~~~~ッ、ここで助けに来なかったら、カッコ悪いわよ王子サマッ!!」



 力の限りセシアが怒鳴る。


「助けを乞うシーンは、もっと可愛く出来んのか?」

 ガンッ!と音を立てて空から降ってきたマーカスは、セシアを取り押さえていた男を殴り飛ばした。


「お兄様!!」

「……私にそれを求めないでくれます?」

 メイヴィスの歓声と、セシアのドスのきいた声が重なり、そのまま独楽のように体を回したマーカスは、勢いをつけてもう一人の男に回し蹴りを食らわせて沈めた。


「お兄様!助けにきてくださったの……!?」

 メイヴィスが兄に駆け寄ると、甘えるように抱き着く。

 危なげなくその華奢な体を抱きしめて、マーカスはよしよしと妹の頭を撫でた。

「無事か?メイ。怪我はないな?」

「ありません、セシアのおかげで」

「……そうか。ご苦労だった、セシア」


 燃えるような赤毛に、翡翠色の瞳。

 長身痩躯の王子様は、セシアを見て柔らかく目を和ませた。


「お」

「お?」

「おっそい!!!大事な妹姫に何かあったらどうするんですか!?私は先日まで学生だったただの文官なんですよ!?国の、宝を守れるほど、強くないのに……頼む、とか、無茶苦茶言うとか、どうかしてます!!」


 立て板に水の如くマーカスに抗議の声を上げたセシアだったが、ようやく彼が来たのだと思えば、力が抜けていく。

 彼の姿を見て、安心したことをセシアは全力で隠そうと決めた。



 なんか悔しいので、登場がカッコよかったとか、口が裂けても言ってやらない。




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