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運命

 早朝、廊下の雑巾がけにいそしんでいた次郎法師のもとに来客が現れた。

 小野和泉守の嫡男だった。

 粗末な着物を着て雑巾を手にした次郎法師を見下ろし、薄笑いを浮かべた。

「後悔しているのではないですか」

 お花は雑巾がけ用の水を汲んできたところで二人を見つけた。

 雑巾を抱えて這いつくばる次郎法師と小野の息子を見て、桶をつかむ手に力が入る。

「少しは考えが変わったのではないですか」

 にやにやと嫌な笑いを浮かべたまま次郎法師を見下ろす。

「姫と呼ばれた身がこのような卑しい仕事をする羽目になって、こちらの言い分さえ聞けばすぐにでも元の姫に戻れるのですよ」

 そう言って次郎法師の手を取ろうとする。

 その時、お花は見た、びっしりと次郎法師の腕に沸いた鳥肌を。

 端正な顔立ちをしているはずなのに、どこか歪みを感じる面差しだった。

 次郎法師はじりじりと後ずさっていく。

「何をなさいます、御仏に仕える方ですよ」

 とっさに止めようとしたお花はそのまま打ち据えられた。

「何を」

 脇をすり抜けて、次郎法師はお花に駆け寄る、その際にしたたかに相手のつま先を踏みにじって腕を取ろうとするのを避けたのをお花は見た。

「女にこのような暴力をふるうのですか」

 軽蔑をあらわに相手を見据える。

 とっさに踏みにじられたつま先と、そのせいで体制を崩しかけたのをごまかすように居丈高に小野の息子はわめき散らす。

「下女風情がこの私にえらそうな口をきく。そんな女はてうちにされたと手文句は言えまい」

 さすがに騒動を聞きつけたのだろう。

 僧侶たちが駆けつけてきた。

 殴られた後のあるお花の顔を見て、僧侶が取り囲んで二人を守る体制をとる。

「後悔しますよ」

 憎々し気にそういうと去っていく。

 その後ろ姿を見つめながら次郎法師は呟いた。

「吐きそう」

 顔色は血の気が引いて真っ白だ。

「堪えてください」

 肩を貸しながら、お花は厠まで次郎法師を抱えていった。


 南溪法師は先程の騒ぎを聞くと眉をしかめた。

「後手に回ったのが相当悔しかったと思われるな」

 亀の丞が去った直後から婚約の申し込みが殺到した。

 その申し込みのおかげで次郎法師の両親も出家を賛成せざるを得なかったのだが。

 還俗は無理でも出家をなかったことにするという強硬手段で連れ戻そうとするとは。

「次郎法師はどうして折る」

「少し体調を崩されたようなので休まれております」


 その時次郎法師は布団の中でお花の手を握り締めていた。

「わかったの、これから修行頑張る、あれと結婚なんて絶対無理」

 世の中には運命の人というものがある。この人でなくばと思い詰める相手、しかし次郎法師の運命の人は、こいつとだけは絶対ごめんだというものだった。

「そうですね、私も頑張ります」

 二人の少女は手を取り合って誓い合った。

 


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