出家とその弟子
南溪法師はザンバラの髪の姫を困ったように見た。
「出家したいと?」
姫はこっくりとうなずく。
井伊家の総領娘の出家など到底認められるものではない。ましてや今は。
一族の者井伊直満、並びに直義の二人が今川に謀反の疑いをかけられ自害を強要された。そして二人の嫡男にして、将来井伊の総領直盛の容姿となり跡を継ぐことに決まっていた亀の丞は消息不明。
どう考えてもその出家は認められるものではなかった。
しかし、早手回しに髪まで切ってしまっている。
ざっくりと切られた床に散らばる髪を南溪法師は見下ろした。
何とかこの髪でかもじを作ってごまかせはしないだろうか。
「私は死にたくない」
姫はそう言って唇を引き結ぶ。
「殺されるとは限るまい」
その言葉にあまり説得力がないのも南溪法師は理解していた。
この時代女児の結婚年齢は低い。初産で逆算すると現行法なら実刑判決レベルの年齢がぞろぞろいる。
豊臣秀吉の妻高台院の十五歳など序の口、前田利家の妻芳春院はリアルでママは小学五年生だ。
十を超えた時点でタイムリミットは近いと考えていいだろう。
何しろ元の許嫁亀の丞がいなくなった後、もっともあり得る婿候補は家老の小野氏の息子だ。
それを狙って亀の丞の父親を讒言で切らせたという疑いは南溪法師の耳にも入っていた。
このままむざむざとこの姫を小野氏に渡すこともまた業腹だった。
姫自身小野氏とその息子に対して言いようのない嫌悪を感じていた。
わからないが、自分を見るあの目がいやだと思う。
「しかしそなたが総領娘だ。このことの席はどう思うのだ」
そう問えばこともなく答えた。
「ならば、父上が側室を娶り、新しい子供を作ればいい、女一人しかできなんだら母上とて側室を進めるが勤めじゃ」
その言葉にお花はあんぐりと口を開けた。よもやこんなことを考えていたとは想像だにしなかったのだ。
しかしその言い分はこの時代に限っては正しい。
この時代、妻となれば子を産んで当たり前、できなければ侍女あたりに話をつけて妾として差し出すのが妻としての美徳と言われていた。
直盛夫婦はそれをするには仲が良すぎた。
円満な夫婦にそれに比例して子が授からなかったのが残念でならない。
もし順調に子宝に恵まれていれば、そもそもこんなことは起こりようがなかったのだから。
「よかろう、ならばお前を僧にする」
そう言われて少女は目を瞬かせた。
「尼ではないのですか」
「僧じゃ、何故なら、僧籍なら環俗が容易だからじゃ」
いま僧籍にあって小野氏をかわすのがいい、しかしもし亀の丞が戻ってこれるようになっていても尼になっていては嫁ぐことができない。それなら僧になればいい。
ほとんど詭弁といってもいい言葉に姫は頷いた。
別に亀の丞の嫁になるのはどうでもいいが、とにかく寺に逃げ込ませてもらえるのだとわかったからだ。




