姫
お花は仕えている姫の部屋から物音がするのに気付いた。
「姫、どうなされました」
行李をひっくり返し何かを探しているようだようよう見つけたのかそれを懐にしまい込むとすっくと立ちあがった。
「どこに行かれます」
お花は姫が取り散らかしたものを片付けながら訊いた。
「寺に」
井伊家の総領娘は周りからただ姫とだけ呼ばれている。一人しかいないのでそれで成り立っている。
お花も姫の名前は知らなかった。
つい先日姫の許嫁、亀の丞が行方不明になった。死んだという話も聞いたが、真偽不明だ。
そのため姫は腫れ物に触るような扱いを受けている。
「お供いたします」
その時お花はてっきり姫は御仏にすがり、許嫁の無事を祈るつもりぐらいだと思っていた。
武家の娘は馬には普通に乗れる。そしてお花は姫付きになることが決まってから血のにじむような努力で馬に乗れるようになっていた。
姫専用の馬と、老いて乗り手を失った馬で寺に、
姫の曽祖父直平の息子が住職を務める、龍潭寺へと向かう。
馬の脚が違うので、お花の馬は遅れがちになった。
姫は無言で馬を進める。
普段は無駄口などたたき合う仲だが、今日の姫はなんだか思いつめた顔をして声をかけるのも憚られるような空気を背負っている。
寺につくと小坊主たちが出迎えたが、姫はただ一言、南溪法師に話があるとだけ言うとそのまま無言で寺の中に進む。
すでに日も暮れて、空は薄暗い闇夜を馬を駆るのはうら若い娘には自殺行為。
さすがに今日このまま帰るのは無理なのではないだろうか。
しかし若い娘が寺に泊まるというのも外聞を憚る話なのではないだろうか。
さてどうしたものかと思いながら、通された一室に藁座を敷いてもらって座った。
窓の外は見事な庭だが、姫は一転を見つめたまま微動だにしない。
そしてほどなく南溪法師がやってきた。
立膝をついて座っていたのを慌てて膝をそろえ、二人は一礼する。
「ああ、お楽に」
お花は老人の年はわからない。しかし相当な年に見えた。
穏やかな笑みを浮かべたままだ。今はそんな事態ではないと知らないはずはないのに。
泰然自若な顔をした南溪法師に姫は一礼してから答えた。
「私の用はこれです」
懐に隠し持った会見で、背に流れる長い髪をむんずと引きよせると、止める間もなく一思いに切り落としてしまった。
長い髪がうねって床に散らばる。その有様をお花は何やら幻を見ているような心地で見ていた。
「出家させていただきたい」
再び姫は深々と一礼した。




