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還俗

 次郎法師は祖父の訃報を聞いて、すべて終わったと息を吐いた。

 寅松を逃がし、いまだ帰還はかなわない、かなったとしても十にもならない子供にすべてを任せるわけにいかない。

 お終いと思っていたはずなのに、目の前に広げられているのはいったい何なんだろう。

 男物の水干だった。

 烏帽子も用意されている。そしてそのわきには太刀と脇差もそろっていた。

 尼姿の次郎法師は目の前に置かれている意味が分からない。

「かくなる上は、次郎法師様に還俗いたしていただくほかありませぬ」

「還俗したとて、いまさら婿を取るわけにもいかないだろう」

 次郎法師は意味が分からない。

「直平様のお言いつけでございます。次郎法師様は、還俗し、男として後を継げと」

 鈴木はその名の通り、涼しい顔で、そう言い放った。

「私は、井伊の総領姫だ。それは皆も知っておるはずぞ」

「貴方様は僧侶にございます、僧が還俗すれば、それは男でございましょう」

 あまりの詭弁に次郎法師は呆れて口がきけなかった。

「まさか最初から、私を僧侶にしたのは」

「そう、直親様と貴女様、夫婦にするより、危険を分散するほうがいいとお考えでした」

 座っているのに、めまいがして倒れそうになった。

「それでまさか」

 喉に舌がくっつきそうなくらいもつれていたがようよう絞り出す。

「さようでございます、これより駿河に参ってください」

 なるほど、と不意に腑に落ちた。

 だから、直平は直親との結婚に難癖をつけたのだ。

 日に日に減っていく井伊家の男子、そのことに焦燥を感じていたのは誰よりも直平だった。

 だから、女の自分を男に仕立て上げることすら思いついたのだ。

 そしてやれやれと亡き父を思い出す。

 側室でも娶って弟を作っていてくれたら、こんなややこしいことにならずに済んだのに。

 もっとも、生まれていたかもしれない弟もこの時世ではどれほど生きられたかわからない。

 次郎法師はふと気配を感じてふすまを開ける。

 廊下には家臣たちが座り込み一斉に頭を下げた。

「このように、家臣たちは次郎法師様を支持しております」

「一部を除いてだがな」

「それは押さえております」

 次郎法師が家を継ぐなど、小野が許すはずもない。

「ですから駿河で、さっさと家督を継ぐと申し上げればよろしい」

「氏真が許すと思うか?」

「こちらに腹積もりがございます」

 鈴木はそう言って胸を叩いた。

 この時代、出家は男は髪をそり、女は髪を肩ほどで切りそろえるのが倣いだ。

 次郎法師の髪も肩ほどで切りそろえられている。

 それは男が髪を結うほどの長さだということだ。

 男装するのに全く問題はない。それにため息をついた。



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