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第七話 無理な期待

「なんか、レアアイテム貰っちゃったね……」

 コウが左手に握った盾をなでた。

 先ほどカミナからもらった盾は、時間を経て角がすり減り、いくつもの傷があった。しかし、手入れが良くされているのか、(みが)かれた金属に錆は少ない。


【ダクタイル・シールド】と言う名前らしい。

 直径六十センチはある丸い盾は表面を鋳鉄(ちゅうてつ)で覆われ、曲線的な模様になっている。

 内部は木でできた盾の厚さは、十センチ以上もあるだろうか。

 コウの体格から考えたら、大きくて重すぎる丸い盾(ラウンドシールド)だった。

 しかし、コウは軽々と持てている。


 コウ自身も、自分の体が見た目以上に力持ちなのだなと感じていた。

 盾は腕にベルトで固定し、取っ手も握る形だ。片手剣であるショートソードのおかげで今まで出番のなかった左腕も、これで仕事がもらえた。


 試しに装備してはみたが、盾を普段から腕に持っていては、やはり重いし邪魔になる。コウは左腕に巻き付けたベルトを再び外していく。

 ワンタッチで装備と解除が出来たネットゲームが(なつ)かしい。


 ゲームというモノは手軽に簡単に、(わずら)わしさから解放された世界のはずだった。

 こう言うリアルさは邪魔なだけで本来不要なモノのだ。

 このゲームを設計した人間は、きっと自分(ニート)達に不便でめんどくさい現実の生活を教えようとでも思っているのだろう。

 全く、余計なお世話だとコウは思う。


 今さら何を言われたって、どうせ自分達はマトモに働く事なんかできない。

 他人とマトモに会話が出来ない人間が、一体どこで働くことが出来ると言うのだろうか。

 働く場所なんていくらでもあると、気軽に言う人もいる。

 だから、コウも頑張ってみた事はあった。

 そして、(つら)(きび)しいだけの単純労働を繰り返していると、だんだんと実感してくる事があった。


 ――別に、生きている必要ないんじゃないかな……。


 延々と、地獄の様な苦しみを与えられるぐらいなら、死んだ方がましだった。

 勿論、死ぬのは怖いので、破滅の時間が来るまで怠惰に生きて行ければいい。

 それが、コウの結論で、ツヴォイを道連れにした理由。

 この更正プログラム自体、きっと無駄に終わるに決まっている。


 コウは外した盾の取っ手を、背中のり金具に引っ掛けた。普段はこれで邪魔にならず、持ち運びも楽になる。

 ツヴォイも、コウと同じ盾を長机に置いている。


「なんだろうな……。俺にはこのゲームが良く分からなくなって来たよ」

 (あきら)めたようにツヴォイがつぶやく。

 ダクタイル・シールドをもらえると言うイベントの発生条件が複雑すぎる。

 初戦闘で魔物をプレイヤーだけで倒して、翌日にクエストの受諾じゅだくを嫌がって村役場でくさっている? そんなデタラメな条件のイベント発生があるとは思えなかった。

 攻略法が存在しないゲームなんて、クソゲーだ。


「……おひる、食べにいく?」

 コウがぼそりとつぶやく。

 擬似的(ぎじてき)()えだと分かっていても、現実と同じように我慢がまんしにくい。

 ツヴォイが後ろを振り返ると、村役場の受付ホールはいつになく忙しそうな村人たちが働いていた。

 ここでも昼食は買えるが、とても彼らの目の前で食べられる気がしない。


 コウとツヴォイはそそくさと席を立つと、村役場を後にする。

 村の中を歩くコウの背中に、今までは感じた事がない重みが揺れる。

 この盾の重みは、カミナや村人達の期待の重さだ。

 受け取りを拒否する度胸もなく、ただただ重かった。


 無言で村の中を歩いて行けば、通り過ぎるどの村人たちも忙しそうに働いていた。

 見た目はのどかな農村なのに、どこか張り詰めた人々の雰囲気は、いつもの東京を思い出さずにはいられない。


 木製の柱と土壁で出来た建物が並ぶ村の通り。

その商店の一つ、軒先に木彫りのパンがぶら下がったお店が見えてきた。

 妙にリアルで丸くて大きい白く塗られたパンには、黄色いバターに、赤みのハムっぽいモノと、たぶんチーズなモノがそえられている。

 木彫りの看板だとは分かっていても、おいしそうだ。


 コウのお腹が鳴る。

「……わたしの、せいじゃないし」

「何も言ってねぇよ……」


 店に窓ガラスは無く、鎧戸がはね上げられた窓には浅黄色のカーテンが揺れていた。

 質素だが少しだけお洒落な造りの食堂。

 二人して店の前で立ち止まるのは、いつもの事だった。

 知らないお店に入ると言うのは、とても勇気がいる。

 そこは自分達の知らない場所で、知らない人がいて、そんな場違いな場所に足を踏み入れる事は、テリトリーを侵害するような、そんな怖さがある。


 だから二人は、家から出ない。

 出ても近くのコンビニかスーパーしか行かない。

 ネットでお喋りして、ネットで遊んで、いつも二人だけでだらだら過ごしていた。

 いきなり外に出ろと言われても、いまさら無理だった。


 きっと、大人たちは考えたのだろう。

 ネットゲームの中にもう一つの現実を作って、そこに若者を閉じ込めればいい。外に出たくないなら、その中で考えてこいと言っているのだろうか。

 逃げ込む先だったはずのネットゲームの世界が、今はコウとツヴォイには生々しい現実に見え始めてしまっていた。

 グロテスクな、毒々しい姿に。


 食堂の扉が開いた時、二人はビクリと体を震わせて後ずさってしまう。

「コウ!」

 顔を見せたのは今日も元気そうなレミアだった。

「オッサンは、今日もシケた顔だな」

 後ろから出てきたアズミナの悪態に、ツヴォイは苦笑いをすると「お兄さんだ」と言い返す。



   ***



「だからねー、今日は私達お留守番なんだー」

 ――店の前で勇者様が立ち止まっている……。

 そう食堂の人が困惑気味に言っているのを聞いて飛び出したレミアは、コウを見つけるなりお店の中に引っ張り込んでいた。


「わたし、魚……」

「肉で」

 女性店員がメニュー(と言っても肉か魚かの二択に、スープとパンが付くだけだが)を聞きに来たのでコウとツヴォイが緊張しながら答えた。


「あれ、二人はモンスター退治に行かなかったの? 勇者さま全員で狩りに行くのかと思った。おかげで、あたし達は野良仕事しなくてラッキィだけどね」

 へへへ、とアズミナが笑っていた。

 今回は林に(ひそ)んでいるモンスターを狩る以上、取り逃がしたモンスターが畑に飛び出してこないとも限らない。その為、子供たちは安全を考えて村に残されたそうだ。


「そういや、メニュー表も何もないんだけど、ここの食事って幾らなんだ?」

 運ばれてきた食事を食べ始めた後になって、ツヴォイが店の中をきょろきょろと見回しながら聞く。

「オルタリス銀貨一枚だよ」

 レミアが答えてくれたが、正直まだ硬貨こうかの名前を覚えきれていない。

「えーと、どれがオルタリス銀貨だっけ?」

 ツヴォイはポケットから巾着袋サイフを取り出すと、その中身をテーブルに広げた。


「小さいのが、オルタリス銀貨」

 アズミナが小さい銀貨をつまんでテーブルの中央に置く。

「この小粒のやつか」

「ひいはいね、なくひほう」

 パンを頬張ったまま、コウがフォークで銀貨をさす。

「食べながらしゃべらない。フォークでモノをささない。行儀わるいだろ」

 ツヴォイが注意しながら、乗り出してきたコウの頭を押し返す。


「しかし、これが銀貨かぁ」

 ツヴォイが一円玉程しかない小さな銀貨をつっつく。銀貨と言うが、そのくすんだ見た目は、砂利の中に落としたら探すのは絶望的になりそうだった。

 他にも大きい銅貨や、その銅貨をまんま四等分した扇形をしている、()り銅貨がある。

 手持ちで一番価値がありそうなのは、五百円玉より一回り小さい銀貨だろう。

「この大きいペネロペ銀貨が一枚あれば、約一日分の食費か……」

 二千円ぐらいの価値だろうか、とツヴォイは大きい銀貨を見ながら言う。

 小粒のオルタリス銀貨四枚分の価値だ。

 今、ペネロペ銀貨は手元には七枚しかない。

 これじゃ、一週間しかもたない。


「…………」

 ゲームの世界に来てまでこもれる日数を数えている事に気が付いて、ツヴォイは暗澹(あんたん)たる気持ちになった。

 ゲームの世界は現実から逃げて来られる、剣と魔法のファンタジーだったじゃないか。それが、なんでこんな事になった。


 モンスターと戦うのは何も変わらない。

 楽しいはずの世界だ。

 クエストを受けて、モンスターを倒して、稼いで、装備とステータスと言う、電子上の数字をただひたすら強化していくだけの下らない世界。

 コウと一緒に遊ぶだけで、何年もこもれるほど楽しかった世界だ。

 NPCが余りにもしん(せま)っているからいけない。


「な、なによ……」

 ツヴォイに見られていたアズミナが、少し体を引きながら抗議するように言っていた。

「いや、かわいく無いなと思ってな」

 ゲームと比べると、随分(ずいぶん)とリアルな子供そのままのアズミナとレミアだ。

 ゲームの女性型NPCならもっとずかしくなるような露出度ろしゅつどの高い服装をしていたり、(こび)を売るような事を言ってプレイヤーを(よろこ)ばせるものだ。

 なのに、目の前の子どもは無神経で、こっちの気持ちもお構いなしだ。


「な、何でそんな事言うのよ!」

 アズミナの声のトーンが高かった。

 しかも、語尾が揺れる様に湿(しめ)っぽい。


「あ――」


 ツヴォイが何か言うよりも早く、次の瞬間にはアズミナが涙を流し始めていた。

 あまりにも繊細せんさいな子供の心を傷つけた。

 その事に、ツヴォイは自分の迂闊(うかつ)すぎる言葉に(おどろ)いていた。

 現実なら、こんな小学生みたいな女の子を泣かせるような事は言わなかった。

 油断していた。

 いや、そうじゃない。

 アズミナも単なるNPCだ。

 泣かせた所で問題なんてない、はずだ。


「あ、いや、そう言う意味じゃないんだ!」

 泣き方まで、余りにもリアルだからいけない。

 そう思いながらも、ツヴォイは言い訳を考える自分を変えられなかった。

「じゃ、じゃぁ、どういう意味なのよ……ぅぅ」

「えーと、それは、その…………」

 適当な事を言って、ツヴォイが口ごもるからアズミナはますます涙を流してしまう。

 レミアが気遣わしげにアズミナの手を握っていた。


 ゴトっと重そうな音を立ててコウが立ち上がっていた。椅子の上に。

「ツヴォ……」

 どこか悲しそうな顔は、別にツヴォイを非難している分けではない。

 ずっとコウの顔ばかりを見ていたから、ツヴォイにはその意味がよく分かる。

 これは、多分に同情の色だ。


 ガッ、とコウのげんこつがツヴォイの頭を叩いた。

 あいにくゲームの世界なので、衝撃はあったが痛みはない。

「ごめんなさいは?」

 そこまで言われて、ツヴォイは当たり前の事にいまさら気が付く。

 アズミナに向き直ると、頭を下げる。

「ごめんなさい……」


 静かに泣いていたアズミナだが、涙をぬぐうと、そっとツヴォイを見上げた。

 ツヴォイは、まだ頭を下げている。

「……うん」

 許しを貰ってから、ツヴォイはゆっくり顔を上げた。


 コウも椅子に戻ると、二人の少女に視線を向ける。

「ごめんね、アズミナ。レミアも」

「私も?」

 レミアには、コウがなぜあやまって来るのかは良く分からなかった。

「…………わたしたちじゃ、役に立たないから」

 椅子に座ったコウは視線を落として、まるで生きている事そのモノをあやまっている様だった。

 その言葉に、ツヴォイもまた視線を下げる。

 どこまで行っても、二人は役立たずのまま抜け出せる気がしなかった。




 食事中、乱暴に開かれた扉の音に、コウとツヴォイは飛び上がりそうなほどおどろいた。まるで、しかられるのをおそれる子供のように。

「ウメさんは居ないか!」

 入って来たのは村の男性。兵士でもないのに、村の中で腰に剣を吊るしている。


「どうしたんですか、慌てて」

 店の奥から、料理を運んでくれた女性店員が出てきた。

「先ほどカミナ様から防衛配備が宣言された。魔物が来るぞ! 戸締(とじま)りを済ませたら、村役場に集まってくれ。くれぐれも火の始末(しまつ)徹底(てってい)するように!」

 何やらおだやかじゃない話に、ツヴォイたちも顔を向ける。


「大変! 一体何があったんですか?」

「朝から討伐隊(とうばつたい)が出ているのは知っているな? その内の一つがデカいのに襲われた」

「被害は?」

 一気に緊迫(きんぱく)した声色で、ウメさんが聞き返していた。

「勇者様に何人か犠牲が出た。村の者は残った勇者様とこちらに向かって逃げている最中だとカミナ様が(おっしゃ)っているが、詳しい事は分からない。問題はそのデカいのが追いかけて来ている事だ」

 (きびす)を返した男性は、「急げ!」と言い残すなり再び外へ走り去っていった。


「なんて事! あなた達逃げるわよ! すぐに火を消してくるから待っていなさい!」

 振り返ったウメが、テーブルで呆然(ぼうぜん)としていた四人に言い残すと、また奥へ姿を消していった。

「食べちゃおう」

 コウが言うと、ツヴォイと共に大急ぎでお昼ご飯を胃袋に流し込んだ。


「行くわよみんな!」

 戻ってきたウメの手には、彼女の身長と同じ長さの槍が握られている。穂先は革袋で包まれているが、食堂の店員までこの村では戦闘要員らしい。

 終始徹底しゅうしてっていして物騒な村なのだと、今更ながらにツヴォイとコウは感じた。

 正直、ここまでとは想像していなかった。


「あの、お金は……」

「そんな事は生き残ってから考えなさい!」

 ツヴォイの言葉に、ピシャリとウメが言った。

 今はそんな事を考えている場合ではないと。

 ひり付く程の緊迫感をびたツヴォイは、また肝が縮んでいくのを感じていた。

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