第八話 全ては後ろ向き
ウメに連れられて、ツヴォイ達が村役場のホールに来てみれば、既に村の住民が集まっていた。
農作業や討伐に出ている兵士を含む村人は、百人程。
村に残った約百二十人の内、戦闘に向かない老人や体の弱い女性ばかり三十人程が村役場のホールに集まっている。
他の村人達は、外で部隊を編成して戦いに備え始めていた。
コウとツヴォイは黙ってホールの中にまで、レミア達と一緒に来てしまった。
二人は戦えるのに、守られる人々の中に入ってしまう。
ホールにいる村人達が何か言ってくる事はない。
ただ、不思議そうな村人達の視線がいたたまれなかった。
扉の開く音に振り向くと、カミナが入ってくる。
「これで全員集まったな。皆の者、心配する必要はない」
その姿は初めて会った時の様に、青い服装の下に鎧を着こんだ重量感があり過ぎる足取り。
カミナが大剣を背負いベルトごと外した。
やたらに丈夫そうな鞘を下ろせば、重量物の落下に床板がうめく。
ゲームでよく見かける大げさなサイズの大剣に比べれば、カミナのそれは細身にすら見える。しかし、妙に作りがリアルなこの世界では、金属武器は見た目よりもはるかに重い。
もしかしなくても、カミナの大剣は常人より力があるコウやツヴォイでもマトモに扱えないだろう。
「魔物の主力はレベル十代の小物が多数だ。村に入る前に仕留められる。レベル四十代の大型が一体いるが、なに、私が狩りとるだけの事だ!」
カミナの勇気づける言葉に、高齢な村人は手を合わせて拝んでまでいた。
これが文字通りの守護神なのかもしれない。
カミナが大剣を背負いなおすと、重い足音を響かせながらツヴォイ達の方へやってくる。
ツヴォイに密着する程の距離で、他に聞こえないよう静かに語りかけて来た。
「君達は、どうする?」
「俺達は……」
ツヴォイが言いよどむ。
コウも口を開こうとはしなかった。
戦える自分達が老人や子供と一緒に居るなんて、どう考えてもおかしい事は分かっていた。
けれど、怖いものは怖い。
もし、死んだらどうする。
もし、何かの不具合で復活できなかったら。
もし、生身の体に意識が戻らなかったら。
いや、違う。
もし、NPCが生々しく死ぬところを目の当たりにしてしまったら……。
そんな不安を想像させられてしまう程に、この世界が本物なのがいけなかった。
ゲームに来てまで、そんな不安に押しつぶされそうな気持は嫌だ。
かと言って、ここに残って周りの村人達から不思議そうな視線をもらうのも耐えられない。
コウとツヴォイの二人に、この世界はあまりにも優しくて、あまりにも逃げ道がなかった。
「……そうか。では、レミア達をしっかり守ってくれ」
そう言うと、カミナは笑顔を向けてくれていた。
悲しく眉をゆがめたコウが何かを言おうとしたが、その口は声を発する事なく閉じる。
『どうせ、俺達には何もできない……』
震える程の驚きに、コウはツヴォイを見上げた。
しかし、ツヴォイも口を閉じている。
幻聴? それにしては生々しい声だった。
記憶のフラッシュバックだろうか。
鳩尾に落ちた鉛に、コウは静かにため息をはいた。
その時、再びけたたましく扉が開く。
「どいてくれ! 怪我人だ!」
兵士や他の勇者に抱えられて、何人もの負傷者が運び込まれてきた。
見ればケガ人は全員、送り込まれてきた勇者達だった。
「きゃぁ!」
レミアの悲鳴を聞いて、慌ててコウは彼女を引き寄せる。
自分の体にレミアの顔を押し付けた。
これは何なんだろうか。
コウにはその光景が良く分からなかった。
「そこに下ろせ! とにかく止血だ。カミナ様! こいつら本当に助かるんですか!?」
「うろたえるな! 血さえ止めれば勇者は死なん! 肉体が滅んでも魂は再び神殿に帰って来る。慌てず対処しろ」
その言葉に兵士たちは素早く包帯を取り出し、力いっぱい傷口を縛り上げて行った。腕が千切れ。足を失い。胴体に深い傷を負っている。
けれど、これはゲームだ。
勇者の肉体がいくら壊れようとも、その中に生身の肉も内臓も存在しない。
そこには肉とは違う、赤く輝く組織はゼリーに見える。
びらびらと広がっている筋はゴムの様で、それが灰色の棒に絡みついている。
流れ出す鮮やかな赤い液体は、HPポーションの中身と同じではないか。
「状況は!」
カミナが兵士の一人を捕まえて聞いていた。
「シラードルト型が一体。現在、第二班が足止めしていますが、勇者様方の被害が抑えられません」
「……全く、レベル一のヒヨコ相手にやってくれる。第二班は後退! 無理に負傷者を運ばせるな。我々も出るぞ!」
足早にカミナが村役場を出て行くと、外で隊列を組んでいた兵士と村人達が慌ただしく動き出す声が聞こえていた。
「ねぇ……」
呼び声にコウとツヴォイが振り向く。
そこには床にへたり込んだ長い黒髪の少女がいた。勇者の一人だ。
折れ曲がった剣が目の前に転がり、味方の血を浴びて全身が赤く輝いている。
「これ、ゲームだよね……?」
彼女の前には、荒く息をしている青年が横たわっていた。イケメンだった顔立ちも、今は力がない。
左わき腹が、まるで抉り取られた様になくなっている。
今はそこを、包帯で無理やり縛り上げているが、滲みだす血が止まらない。
コウは生つばをのみ込む。
本当の人間だったら、間違いなく死んでいる。
違う。
これは、ゲームだ。
そう、コウ自身に言い聞かせていた。
「だい、じょうぶ、……だよ」
青年が息苦しそうに口を開いた。
「ゲームだから、べつに……痛くない」
そんな苦しそうな様子で言われても、全然説得力がなかった。
けれど、痛みに表情をゆがませてはいないし、他の負傷している勇者達も苦痛に呻いたりはしていない。
血や内臓が飛び散るグロテスクなゲームなら、世の中幾らでもある。
それらに比べれば、今見えている傷口も、流れる血も、まったくそんな感じはしない。
中世ファンタジーを扱ったゲームにありがちな、カジュアルな損傷のしかただ。
カミナや兵士が交わす、戦場の緊迫感?
そんなもの、ゲームを盛り上げるための演出じゃないか。
コウの心情を代弁するように、ツヴォイが焦りながら口を開く。
「きっと、これもイベントなんだ。そうだろ? 村襲撃のさ」
「そ、そんな分けあるか! プレイヤー全員がいきなり全滅するイベントなんてあるか!」
黒髪の勇者が、血を浴びた少女が叫んでいた。
コウは呑みこまれそうだった。
この恐ろしい世界に。
目の前の少女は、きっと既に呑みこまれている。
「バ、バグかも知れないじゃないか!」
ツヴォイが勢い込んで言い返すが、黒髪の少女は目を見開いて首を振っていた。
「私達は、棄てられたんだよ……。あの世界に棄てられたんだよ!」
その言葉に、コウはビクりと体を震わせる。
そんなはずない。
このゲームは、三か月間だけの更生プログラムだ。
それが終われば、またリアルに帰れる。
また、引きこもれる。
この子は、なぜそんな有もしない事を信じて喚くんだ。
理解できない。
理解したくない。
と、コウの右手をぎゅっと握る手があった。
「……!」
顔を向ければ、まだ抱きしめたままのレミアだ。
「ダメだよ。コウはここに居て。絶対に戦っちゃダメだよ」
──死んじゃったらどうするの!
昨日のレミアの声が、顔が、コウの記憶にありありと蘇って来る。
勇者は死なないかも知れない。
いや、ほぼ間違いなく死なないだろう。
どう見ても、負傷した勇者の肉体は人間のそれと違う。
そして冷静に考えれば、アクセスセンターで眠っている本来の体に危害が及ぶことはまずないはずだ。
けれど、レミアは違う。
この子はおそらくこの世界にある、一つの命だ。
世界最大級のスーパーコンピューターの中にしか存在しない、そんな命かも知れない。
けれど、今目の前に居る女の子は必死に生きている。
どこまでも生々しい人間にしか思えなかった。
「ツヴォ……」
コウが静かにツヴォイを呼ぶ。
見てわかる程、ツヴォイの顔色は悪かった。
ツヴォイも混乱しているのだろうと、コウにも分かった。
「わたし、苦しいのイヤだよ」
だから、一つ一つ互いの気持ちを再確認していく。
「あ、あぁ」
息をのむツヴォイにも分かるはずだった。
コウが怖いモノは、いつだってツヴォイにも怖い。
まだここに運び込まれている負傷者は勇者達だけだ。
手足がなくなっても黄色い脂肪が見えたり、むき出しの骨が覗いたり、腹を裂かれても内臓が飛び出て来る事はない。
でも、村人達だったらどうなのか?
もし、それがリアルの自分だったら。もしくは、自分の家族だったら。
もし、レミアだったら。
そんな想像が、コウの脳裏を埋め尽くしていた。
「怖いのもイヤ」
「……」
「悲しいのもヤダよ」
「……そうだな」
ツヴォイの返事を聞くと、コウはレミアの顔を見てしてもう一度、その体を抱きしめた。ぎゅっと、レミアの存在を必死に確かめる様に、彼女が苦しそうな声を出すまで抱きしめた。
そして、戸惑うレミアを無理やり引きはがす。
「コウ──」
何か喋ろうとしたレミアの唇をそっと右手の指先で抑えると、コウは無理やり作った下手くそな笑顔だけを向けた。
そして、何も言わずに出口へ歩いて行く。
ツヴォイとの気持ちの確認は終わった。
だから、後は楽な方を選ぶ。
いつも通り、嫌な方を削除していく。
ツヴォイもコウに付いて歩き出す。
「オッサン!」
ツヴォイを呼び止めたのはアズミナだった。
「お兄さんだ。……止めてもムダだぜ」
「とめないよ」
バッサリしたアズミナの言葉に、ツヴォイはつい格好を付けようとした数瞬前の自分を殴りたかった。恥ずかしすぎて熱くなる顔を、両手で覆いたかった。
「これ!」
そう言うと、アズミナは自分の首に下げていたネックレスを外して、それをツヴォイに向けて差し出していた。
「クエストの報酬。あげる!」
そりゃ成功したときに渡す物だろと心の中では思ったが、実に可愛らしい心配りだった。
ツヴォイの手に乗ったネックレスは、革紐の先に鉄の枠があり大きい銅貨が嵌っていた。
簡素なアクセサリーだが、この世界の、この魔界隣接国のアクセサリーが単なる装飾品だとは思えない。きっと、何かお守りなのだろう。
それをくれると言う。
子供ながらに精一杯応援してくれているアズミナに、迂闊にも涙腺が熱くなる。
「ありがとう。……アズミナは、かわいいな」
「──っ!」
アズミナが驚いたように目をみはるから、その素直さにツヴォイは笑顔を返す。
「そ、そう思うなら、今度はプレゼントの一つでもちょうだいよ!」
照れながら言い返してくる顔が、どこまでも裏表のない子供の純粋さが、ツヴォイには気持ちの良いくすぐったさだった。
「はは、図々(ずうずう)しい奴だな。戦いに行く男がくれてやるプレゼントなんて、魔物を倒してアズミナを守ってやる事だろ! そしたら、報酬でかわいい服でもプレゼントしてやる!」
つられる様に、ツヴォイも笑いながらバカみたいに大げさに言い返していた。
「ほ、本当に!?」
両手でスカートを握りしめたアズミナが、更にも増して驚いた顔を向けてくるから、ツヴォイはますます楽しくなってくる。
単純だなとツヴォイ自身も思っていた。
こうして守りたい相手がいると言う事が、失敗をとても恐ろしく感じさせ、とても安心して戦える気持ちにさせられていた。
相手は小学生程度の子供なのに、アズミナの為なら、とりあえず死んでもいいと思えてしまう。
それに、きっと死ぬ時はコウが隣で一緒に死んでくれるから怖くない。
今まで感じたことがないほど、ツヴォイは幸な気分で満たされていくようだった。
これから、気持ちの悪い戦いをしなきゃいけないはずなのに。
苦しい事が待っているはずなのに。
もう、思い残す事はない。
ツヴォイとコウが立ち去ったホールには、大破して動けない勇者と、戦意を失った勇者達が残っていた。
村人たちが必死に、重傷勇者達の手当てをしている。
まだ動ける勇者もいるが、こんな大怪我の手当てなど知識も技術もなかった。
なにも出来ない、いつも通りの役立たずな自分達。
「リアリティなんてクソだ……」
黒髪の少女はつぶやく。
「ははっ」
ボロボロになって横たわっている癖に、イケメンな勇者が笑っていた。
リアルでの面識もない、こっちで知り合ったばかりの相手だ。
しつこくパーティーに誘ってくるウザイだけの相手だったのに、いざ戦いで庇って大けがを負うなんて、どこまでもベタベタな格好付け野郎だった。
「なに笑ってんのよ。アンタはそんなになって、こんな世界に私たちを閉じ込めた奴等にムカつかないの?」
少女の怒気を孕んだ言葉にも、横たわった勇者は優しい眼差しを向けていた。
「どうして、怒るのさ。……俺は、キミに会えて、……しあわせだ」
真顔で恥ずかしい事を言ってくる。
「……死んでろ」
吐き捨てる少女に、イケメン勇者は嬉しそうに笑っていた。
黒髪の少女は顔に飛び散っていた相方の血をぬぐうと、怒りに別の感情を混ぜながら口を開く。
「ジン……剣を借りるよ」
相方の擦れた嬉しそうな返事を聞き、そっと黒髪の少女勇者は立ち上がる。
その身に、剣を持って。




