第六話 ゲームと現実の区別
日が落ち、普段なら誰もが静かに床に就く時間。
月明かりの目を盗むように、人影が集まってきていた。
神殿内は大きめのロウソクと魔導ランプの光に、ぼんやりと浮かび上がっている。
夜間は肌寒い時期なので、集まった村人たちは上着を羽織って、祭壇の前に胡坐をかいて座っていた。
「夜遅くにすまないな」
カミナの言葉に集まった村人が頭を下げる。
「カミナ様のお知恵を拝借頂ければと思っておりました」
一番前で頭を垂れている村長が、いつもよりも少し格式ばった言い方をしていた。
「うむ。して、彼らの様子はどうか?」
カミナが質問を投げかけると、後ろに控えていた男の一人が少し前に出て来る。
「概ね、我々とのやり取りに問題はありません……」
男は少しためらう様な間を置いてから続けた。
「しかし、どことなく覇気がありません。我々と共に働いてはくれるのですが、口数も少なく、何を思っておいでなのか、掴みかねます」
「ん……」
言葉を受けて、カミナは少しばかり考える。
日本政府が言っていた、社会生活が行えない不適合者と言う程には、彼らの様子は深刻ではないようだ。
しかし、このやる気と言うべきか、積極性が妙に低い事が不安の種だった。
どちらにしろ、強制参加型勇者達の心理的な問題は、今のカミナにはどうして良いのか見当がつかない。
それよりも、問題はもっと物理的な事の方だ。
「戦闘のあった者達はどうだったか?」
「はっ」
他の男が前に出て来る。畑で働いていたアズミナの父親だった。
「ここ数日、幾つかのクエストでモンスターとの戦闘がありました。しかし、どの戦闘でもかなりの苦戦を強いられておりました」
「また魔物のレベルが上がったか?」
カミナが顔をしかめながら聞き返す。
「いえ、今までとほぼ同じです。問題は勇者様方の戦い方でして……それが、何らかの加護を受けていないと言う様な話を聞きました。その為に、剣を上手く振るえないそうです」
この三日、日本政府の寄こした資料を読み返し、神野庁を通して何度も日本と連絡をしていたカミナは、その時注意された話を思い出す。
『彼らの多くは剣術、体術の心得はありません。普段ゲーム内でのシステムに助けられて、戦えると錯覚している者が多いので、気を付けてください』
『そんな致命的な事を今更言われても困る!』
と言い返したが、『なんとかしてください』と投げ出されてしまった。
「ふむ。剣術については、我々の方で教えてゆくしかないだろうな」
「勇者様方は、戦闘の経験がおありでない。と言う事ですか?」
カミナの言葉に、村長が驚きを含んで聞き返す。
そんなバカな、と口には出さずとも村人たちの気持ちが伝わってくるようだった。
カミナも全く同じ心境だったので同情してしまう。
「そうだ。彼らは不死身の体を貸し与えられている存在だが、魔物と戦った経験は今回が初めてだろう」
「だ、大丈夫なのでしょうか?」
村長が緊張気味に聞いてくる。しかし、選択肢はない。
だから、カミナはあえて明るく告げた。
「ダメだろうな!」
「そ、そんなぁ!」
思わず顔を上げてうろたえる村長は勿論、後ろに居る村人達もざわついてしまった。
「落ち着け皆の者」
カミナが片手を上げれば、村人たちは静かになる。
きっと、何か素晴らしい打開策が在るのだろうと、カミナの言葉を待った。
「ついこの間までの事を思い出してみろ。始まりの勇者の伝説など、伝えていたのは私を含めた人神とアブリア王家だけだ。そんなおとぎ話、私だってどこまで上手くいくかなど分かりはしなかった」
村人たちに重い沈黙が落ちる。
だが構わずカミナは続けた。
「それがどうだ。今では約束の日に勇者達がやって来たではないか。何一つ助けの来ない絶望を前に戦っていた日々に比べて、大きな進展ではないか」
だが、ろくに戦えもしない素人が来ても役に立たない。それどころか、彼らの食事や寝床を用意するのも簡単ではない。その負担を不満に、いや、正しくは不安に思っている村人たちが居る事も、カミナは十分に理解していた。
それでも、彼らが勇者でありタダの人間ではないと言う事、その違いは大きい。
「勇者達に死は存在しない。幾ら傷ついても必ず復活する。彼らは強くなるぞ。戦いで死なない事は何よりも重要な事だ。それはお前たちが最も分かっている事だろう?」
カミナの問いかけに、静かに村人たちは頷いた。
今日まで彼らが最前線村の一つとして、魔物との領土戦争を戦いながら村を支えて来られたのも、常に生き残る事を最優先にし、それにより村人全体の練度を上げ続けていたからだ。
今では、ちょっとやそっとの魔物が来た所で、村人たちは連携して打ち倒す事が出来る程になった。
それと共に、そんな戦い方が通用しない時代が来たことも理解していた。
この村は、最前線の一つではあるが、もっと魔界に近い位置に要塞街が一昨年まではあった。
今はもうない。
魔物の数に押され、練度だけで踏ん張ってきた彼らもジワジワと戦死者をだし、最後の一押しの様に押し寄せてきた魔物の大群に、要塞街は陥落していた。
今から若者に訓練を積ませて、練度が上がるのを待っている余裕はない。
そう村人たちは考えていた。
それが死んだら最後の人間ならば、と言う話で。
「案ずるな。我々は常に乏しい戦力で戦い抜いてきた。それがここに来て勇者達の力を得ることが出来たのだ。この村だけではない。我が国全土、近隣の魔界隣接国家同盟の四ヵ国にもだ」
その数六千人。勇者と言う、不死身の巨大戦力。
死なない彼らは、戦う事でどこまでも強くなっていく存在。
その意味を理解すれば、村人達にも希望が湧いてきていた。
「明日からは農地の耕作は村の者だけで行い、同時に周辺域の魔物討伐クエストを編成する。村の警備は通常の半分として、兵士を含めた先導を各クエストに付けさせろ。のんびりと素振りの訓練をしている暇はない。実戦で彼らを鍛えて行け!」
「はっ、承知致しました!」
村長が再び頭を下げる。
「しかし、村の守りは大丈夫でしょうか?」
村長の言葉にカミナは歯を見せて笑うと、祭壇の椅子から立ち上がった。
「なに、任せておけ。私の結界内に入って来る魔物は残らず殲滅してくれる」
カミナは左手を腰に当てる。
「ひよっこ共の手に余るようなら、私が見本を見せてやろう」
カミナは、久々の出陣を宣言した。
***
「第三班も出発しました。反応があった地点を目指します」
「よーし、よし。最近目障りだった近くの魔物も、これで掃除できるな。訓練も出来て好都合だ」
村役場の受付ホールには、もう求職勇者達はいない。
既にクエストを受けた班から出発していた。
入り口横の長机にはカミナと村長、村役場の女性職員に、近くには連絡役の男女が四人立っていた。
机の上には、この国では珍しくまともな地図が広がっている。
地図には、勇者達の班を示す青く塗られた木製コインが幾つかと、村の周囲に小さな赤いコインが二〇枚以上並べられていた。赤いコインが、カミナが感知できる結界内の魔物になる。
一つだけ、大きな赤いコインが結界の外縁にギリギリ置かれていた。距離が有るため、今すぐ危険がある分けではない。
しかし、おもしろくない存在でもある。
恐らく、レベル40代の大型。今の勇者達では太刀打ち出来ないだろう。
こんな高レベルの魔物が人界側にふらふら出てくると言うのはそうそうない。
まるで、こちらの様子を窺うように、昨日からジッとその場を動いていない事も、不気味だった。
そして、もう一つ気がかりなのは、青いコインがまだ村の上に一つ置かれていると言う事。
カミナは入り口を挟んで反対側の机に視線を向けた。
「おい。君達はクエストを受けないのかい?」
その問いかけに、コウとツヴォイは顔を向けるが、すぐに視線を逸らしてしまう。
ただ申し訳なさそうな顔だけが残っていた。
カミナは立ち上がると、二人の方へ歩いてゆく。
「昨日までに、魔物と戦った者は十二名いた。その中で、勇者だけで仕留めたのは君達だけだ。期待の新星と言った所だな」
カミナがおだててみたが、どうもあまり嬉しそうではなかった。
「どうした、そんな落ち込んで。昨日なにかあったのか?」
カミナはゆっくりとコウの隣に座ると、伸ばした腕でコウを捕まえてしまう。ぐっと体に抱き寄せる。そして、子供でもあやす様に頭をなでてやった。
「あわ、わ……」
なでられたコウが恥ずかしそうに身をよじるが、カミナは強引に引き寄せたまま離さなかった。
席の反対側では、ツヴォイが目をみはったまま妙な固まり方をしている。
少し面白いなとカミナは思う。
とにかく、送られてきた勇者たちは尽く会話に不自由する連中ばかりだと言う事は、この四日間で十分に分かってしまった。
時折、驚くほどの積極性も示したりするのだが、次の瞬間には霧散してしまう。
彼らのモチベーションの在りかが全く分からない。
だが、そんな事を言っていられない今、勇者たちには働いてもらわなければならなかった。
『もっと厳しく接してはどうか?』と言う意見もあったが、あくまでカミナと村人は勇者の力を当てにしている。もし、彼らが反発して一切の協力を拒否したら、事態はいよいよ破綻をむかえるだろう。
力ずくは確かに手っ取り早い。
だが、それは同時に危険度の高い手段でもあるのだ。
失敗が許されない以上、下手な博打は打てなかった。
今は、とにかくコミュニケーションをとるしかない。
コミュニケーション能力が残念な勇者たちを相手に、だ。
それはメンドクサクて手間のかかる手段だが、破滅的な失敗を避けるには、そのメンドクサさが必要だった。
時間はないが焦って雑な事をしてはいけない。
今は勇者たちの不可解な性質を見極め事が重要である。
「話してみてくれ。どうせ私はNPCだ。恥ずかしがることもないさ」
社会不適合者の烙印を押された勇者達に、他人とのコミュニケーションを望んでも上手くは行かないだろう。だから、自分たちはNPCであり本物の人間ではないとカミナは囁いた。
「独り言だと思えばいい」
そうやって暫くコウの頭をなでていると、小さく声が聞こえた。
「こわかった……」
「ん、そうか」
カミナが優しく応える。
「みんな、すごく怖いことを言う……。死ぬとか、いなくなっちゃうとか」
ぽつぽつと語りだしたコウの話は、カミナにとって少し意外だった。
「ま、まるで……、ツヴォが、レミアが……本当に死ぬみたいな事を」
この世界は作り物だ。ゲームなのだから、死をも恐れず戦い続けられる。
そう誘導したつもりだった。
しかし、コウは恐怖を覚えてしまったようだ。おそらく、向かいに居るツヴォイも。
村人たちの言葉からこの世界を本物だと思い始めている。
「…………」
それは、カミナの思い描いていた道筋とは違う方向だ。
七十年の平和を享受してきた日本の若者に、本当の戦争は荷が重すぎる。だからこそ、当初は自衛隊員の高度実戦訓練の一環としての計画で進めていたのだから。
しかし、その計画は日本側の政権交代と共に頓挫した。
若者勇者達には、いつまでもこの世界を一時の夢であり、ゲームだと思っていて貰いたかった。
いくら残虐視覚情報遮断方式があっても、精神的に脆弱な彼らには耐えられるとは思えない。
まずい方向に、それもたった五日目で転がり落ちていく現実。
これでは、勇者達が使い物にならなく成るのも時間の問題かもしれない。
しかし、カミナは笑っていた。
「ありがとう、コウ」
ぎゅっとコウの頭を抱いた。もう恥ずかしがっても、抵抗してはこない。
カミナの中には、嬉しさが湧き上がってくるようだった。
恐怖を覚え、この世界を本物だと思い始める事はつまり、彼らがこの世界を、ここの住民を愛し始めているからだ。
カミナが五十年間、ずっと戦い続けて守ってきたこの国の人々を、同郷の勇者達もまた、愛してくれる。
それが嬉しくないわけがなかった。
「君達は、村の皆を大切に思ってくれた。だから、戦いが恐ろしくなったんだね?」
ずっと黙っていたツヴォイが、カミナの言葉に静かに顔を上げる。
「君たちが来なければ、我々は文字通り生きてはいけない状況に追い込まれつつあった。あと十年は持ちこたえるつりではいたが、正直、希望のない戦いだ」
コウを抱き込んだままカミナの視線がツヴォイと合う。
優しく微笑むカミナ。
ツヴォイも、真剣な面持ちで見つめ返していた。
「だから、ありがとう。本当に、よく来てくれた。ありがとう……」
「……っ」
カミナには二人がとても愛おしく思えてきていた。
本当に、この二人は良い子だ。
いや、他の勇者達もみな素直だった。
日本政府が言う程の役立たずを覚悟していたが、どうして今日もまた働いてくれている。
不満も言うが、それでも「もう少しだけ頑張ってみるか」と、そんな事を言いながら。
一体、彼らはどんな間違いを犯して、異世界流刑を受ける事になったのか、分かりそうで分からなかった。




