第三話 クエスト受諾
「君達、おはよう! うん、やはり一日寝るだけでも顔色が良くなったな」
朝も早くから元気なカミナは、村役場の受付ホールに集まった二三名のがっかり勇者たちに挨拶をした。
いつでも帰れる。なら、ちょっとぐらい旅行に来たつもりで、この強制参加型ヴァーチャルゲームを楽しんでいけば良い。
そう、思い始めていたプレイヤー勇者達は、少しだけ元気を取り戻したようだ。
電気、テレビ、ゲーム、ネット、そう言った文明的な娯楽が一切ない事については、『あっちに帰っても、すぐ送り返されると思うよ』と言ったり、『もっと難易度の高い場所に送られるかも』というカミナの優しい脅し文句で、今のところは抑え込む形になった。
「ぐっすり眠れたようだね」
カミナがそう聞けば、
「だって」「真っ暗だし」
「ロウソクの光だけじゃ何もできないよ」
「虫が寄って来るのいや」「コンビニもない、ゲーセンもない……」
「あぁ、家に帰れないよ、なう」「この世界にネット回線ないの?」
そんな社会不適合勇者達の愚痴も、昨日に比べればずっと数が多かった。愚痴が吐ける分、彼らが精神的に回復していると見てとれる。
カミナも満面の笑みでうなずく。
「うむ。元気があってよろしい」
その言葉に、後ろの方に居た青年勇者がつぶやく。
「元気がなけりゃ、なんにもできない……」
「ツヴォ!」
隣の小さな女の子勇者が繰り出した肘鉄を鳩尾に食らって、青年勇者が腰を折っていた。
「ははは、いいねぇ。何か懐かしいな、そう言う冗談もこっちじゃ通じないからね」
カミナが楽しそうに笑っていると、受付ホールを横切るカウンターのさらに奥、事務室から村長と村役場の女性職員が出てきた。
彼らが抱える書類を見て、カミナは楽しそうに告げる。
「それじゃ、クエストに関して説明していこうか」
***
「ねぇー、どうする?」
見上げてくる小さな女の子が聞いてくる。その姿にやりにくいなと、ツヴォイは思った。
リアルで見慣れているコウに比べると、随分と幼い容姿だ。ビビって染めた事もないのに、今は金色の髪の毛を肩下まで流し、とても柔らかそうにみえる。
大きな瞳が相変わらずヒンヤリとしているのは、目の形ではなくコウが無表情なせいだろうか。真横に伸び眉毛は、何を思ったのか太い。
薄い唇が、細く開いている。
キャラクターの姿は許容値の範囲で自由に決められるせいか、プレイヤーは誰もがそれなりに整った顔をしていた。
若年者更正プログラムと言う性質上、リアルに戻った時に顔や名前を憶えられているとトラブルの原因になる事への配慮らしい。
見た目は勿論、名前もここではキャラクターネームが使われていた。
と言っても、ツヴォイはほぼ本名だし、コウとはリアルでも知り合いなので二人の間にはあまり関係のない話でもある。
ただ、周りの誰もは、どこの誰とも知らない他人同士だ。
他人といきなり会話できるほど卓越したコミュニケーション能力を持っていたら、おそらくこんなゲームに強制参加させられたりは、しなかっただろう。
ツヴォイにとってもコウにとっても、今は互いが頼りの綱だった。
他には誰も要らないし、関わって欲しくない。
二人だけでいい。
できれば、また二人で引きこもりたい――。
「どうしようか……」
説明会らしきモノが終わった後、求職勇者たちにはクエストの内容と報酬が書かれたクエスト票が配られた。ゲームでは慣れた話なので、システムに戸惑う勇者は殆どいない。
ただ、手段が紙資料と言うアナログさに、疑問を持つ声はあったが。
ツヴォイがもらったクエスト票をめくってゆく。
「でも、なんかゲームっぽいクエスト少ないよな。ほら、初心者ならお使い系とか」
依頼された品を誰それに運べや、逆に受け取ってこい。そういう簡単なお使いクエストがオンラインゲームの序盤ではよくある話だ。しかし、そういった依頼内容は一つもない。
「自動移動がないから、お使いはなくていーよ」
コウの言葉に、「それもそうだな」とツヴォイも苦笑する。
他のゲームなら、お使いクエはチュートリアルの一環だが、今回はチュートリアル城と誰かが勝手に呼び出した専用エリアで、三日間缶詰で学習済みだった。
そのチュートリアル城の三日間は辛かった。午前中は筆記の勉強で、午後が運動などの体育系だから、学校時代を思い出してツヴォイは腹痛を覚えたし、コウが頻繁に半泣きだった。
二度とあんなトラウマの追体験はごめんだと、ツヴォイは思う。
「害獣対策の柵整備に農作業? こっちは荷物運び。お店のお手伝い、道路工事……」
クエスト票を見ていくツヴォイには、ゲームっぽくない依頼に違和感を覚える。
それは、何かと似ている。
「ハロワみたいだね」
「おい、バカ、やめろ……」
コウの不用意な発言に 一斉に周りの勇者仲間から緊張した視線が降り注ぐ。
抗議してみたものの、ツヴォイまで居たたまれない。
そんな重苦しい空気がわだかまっていると、木の軋む音と共に入り口のドアが開いた。
外からの涼しい風に、入ってきた彼女のスカートがふわりと浮く。
「あ、居た! よかった、まだいたよー!」
聞こえて来たのは子供の声だった。役場入り口から聞こえた声に、ツヴォイ達だけではなく、ホールに居たほぼ全員が一斉に振り向いた。
「ひぃ!」
室内の全員が、その顔を向けると言う恐怖現象に、入ってきた二人の少女は小さな悲鳴と共に固まってしまう。
「やぁ、レミアにアズミナ」
抱き合っている少女二人に、横からカミナが声をかけた。
入り口横の長机は、木材切り出しの雑でありながらムダに重厚な代物。カミナはそこでお茶を飲んでいた。
「驚かせて悪いね。彼らもこっちの世界に来たばかりで、いろいろ緊張しているんだよ」
カミナの言葉に、「……ごめん」「悪気はなかったんだ」と、緊張勇者達が声を掛けていた。その様子に、少女達も少し落ち着いていく。
「二人はどうしたんだい。お茶でも飲んでいくかい?」
カミナが空いている長イスを手で示したが、レミアは首をふった。
「いえ、あの、勇者様にお話がしたかったの」
そんな少女の言葉に、勇者どもがうろたえ気味に騒がしくなる。
「話しかけられたらどうしよう」「滑らない話題をっ」
「ま、まずは時候の挨拶からだろ」等と妙な会話が漏れ聞こえてくる。
そんな狼狽え勇者だから、カミナも苦笑いするしかない。
日本政府から話には聞いていたが、本当に、彼らは筋金入りで対人経験に難がある様子だった。
そんな騒ぎの中をおどおどしながら、レミアは壁際に向かって歩いていくと、その先に居た金髪の女の子勇者の元にいく。
そして、ほっとしたようにコウの手を取った。
手を取られたコウは、目に見えて固まってしまう。
「初めまして、私はレミア!」
「あたしはアズミナだよ」
後から来た少女も手を振る。
手を握られたコウは、突然の事態に体が硬直している。完全に固まって再起動しないコウに、一足先に復活したツヴォイがその背中を慌てて叩く。
「あばっ!」
コウの変な悲鳴。少し強く叩きすぎた。
「コウ……です」
「コウ! よろしくね!」
レミアが両手で握った手を大きく振る。
「突然でごめんね。この村って、子供がいないんだ」
「だからね、私達と友達になって欲しいな! あと、私の所のクエスト受けて!」
そんな二人の言葉に、コウはただ頷くばかりだった。
「あ、あのね……」
コウがそう言うと、後ろを見上げた。短髪頭の青年勇者のツヴォイが立っている。
「ど、ども……」
ツヴォイが軽く手を上げたら、二人の少女が身を竦ませて腕で頭まで庇ってしまう。あんまりな反応に、ツヴォイも深刻な面持ちになって行く。
「こ、この変態は?」
アズミナが震えた声でコウに聞いた。昨日の事を、ばっちり根に持っている様だった。
「わたしの、友達……。良いやつ? だよ」
「そこは疑問形じゃなくて、スパッと答えて欲しいかな。俺としては……」
頭をかきながらツヴォイが言う。
「そ、そうなんだ……」
レミアは自分の頭を庇うように掲げた腕も下ろさず、恐ろしい変態を前に怯える子供そのモノだった。
「ツヴォ、すごく優しい……よ。いろいろ」
「いろいろ……」
アズミナまで、ますます不振の目で見つめられツヴォイの発言は封じられていく。
「そ、それじゃ、コウ行こう?」
レミアがコウだけを促した。
ハブられる流れにツヴォイが慌てるが、ここで情けなく小学生ぐらいの子供達に仲間に入れてと言うだけの図太さも持ち合わせていなかった。だらだらと脂汗を流しながら体は固まっていく。
「ツヴォも……、いっしょ」
コウの言葉に、ツヴォイは涙ぐんでいた。
コウとツヴォイはクエストの承諾手続きを行うと、二人の少女に連れられて村役場を出ていた。
それを見送ったカミナは、他の村人達も子供達みたいにもう少し積極的になってくれれば良いのにと、ぼんやりと考える。
「あ、あの、カミナさんっ!」
「ん? なにか、おわっ!」
振り向いたカミナの目の前には、机を挟んで切実勇者達が詰めかけていた。
危うく湯呑を落とすところだった。
「あれは、何ですか!」
「特殊イベントですか!?」
「俺もぜひ、女の子とお友達に!」
「大きいお友達はダメですか!」
「特別報酬とか、レアアイテムとか貰えたりするの?」
「バカ野郎! 女の子とお話しできる以上の報酬があるか!」
「た、確かに!?」
「農場のクエ受ければいいの? そしたら私も!」
一斉に話しかけて来る飢えた勇者達を前に、カミナは抑える様に両掌を持ち上げて、そして嬉しそうに笑っていた。
「それだけの積極性があったのに、どうして君達が送り込まれてきたのか、私には不思議な気分だよ」
「俺たちは何年もゲームに時間を捧げて来たんだ。ここで戦えないでいつ戦えますか!」
「ネトゲのスタートダッシュは鉄則ですからね!」
昨日までを棚上げ勇者達だが、元気になってくれた事の方が嬉しいカミナは終始笑顔だった。
「気合十分で嬉しいよ。私も全力で君達を応援する。だが、明確に定義されているイベントはこの世界には存在しない」
その言葉に、勇者達の間から落胆の声が漏れた。
「世界演算エンジン……」
黒髪少女勇者が、ぼそりと呟く。
カミナにもそれが何を意味するのかは理解していた。そして、日本政府が約束の日を曲解した根拠でもある。
「あぁ、チュートリアル城で説明していたっけ?」
「ゲーム世界のすべての環境を計算するってやつだな」
「スパコンさまさまー。ある意味贅沢なゲームだ」
そんな無邪気な彼ら彼女らを見ていると、カミナもどこか微笑ましく思えていた。
後ろめたさがない分けではないが、こちらの世界にも逼迫した事情がある。
カミナは笑顔のまま答える。
「この世界に決まった未来は存在しない。何が起きて、それにどう関わるのかは君たち次第だろう」
嘘は言っていない。が、真実を説明する事もしない。
もしこの世界がゲンジツであると説明すれば、彼らの抱えるビョウキが発症しかねない。あくまでこの世界はゲームで、カミナもNPCであり、ホンモノじゃないと思わせる方が安全だろう。
ゲーム脳勇者達が騒いでいたが、その言葉の端々は好意的なモノが多かった。少なくとも、ここに居る彼らはゲームだと安心してくれている様だった。
今の所は。
「そうそう、事故防止の為に一応言っておくと、ヘルプの重要事項の中の、禁止行為の項目に、適用外項目を除き、ゲーム内での犯罪行為は日本の法律に則り処罰されると書いてある。うっかりミスには気を付けるように」
ゲーム談義から、一気にリアルを思い出した沈黙勇者達は、重苦しい空気を発生させていた。
「でも、ゲーム内は外国じゃないの?」
「……俺たちの体は今も日本国内だ」
「AIが被害者で成り立つのか?」
「お前ニュース見ろよ。俺ら特別法が可決されて俺達はぶち込まれたんだから、グレる余地なく法律で縛られているよ」
「ゲーム内なのに、日本の法律で縛られているとかwww」
「こんなネトゲはいやだ……」
先ほどから急に盛り上がったり、一気に落ち込んだりいろいろ忙しい勇者達だった。
カミナは幾分優しい声で語りかける。
「システム上定義されているのは、役場で受けられるクエストだけだ。どんなイベントがあるのか、君達がどうそれに関わっていくのかは、これからのお楽しみと言う感じだね。まぁ、誰かと友達になりたければ、積極的に話しかけてみればいい」
カミナは右手の平で勇者達を指示し、
「ほら、まずはお隣さんとどうかな?」
と促せば、たちまち気まずい空気が辺りに広がっていく。
「あ、あれー?」
カミナが冷や汗をかき始めても、シャイな勇者たちは一向に会話を始めようとはしなかった。
「さっきまでの、一体感溢れる積極性はどこにいったのかなぁ……?」




