第二話 大量誤発注勇者
「ようこそ諸君。我々は君たちを歓迎する!」
その女性は階段の中央で足を止めると、神殿内の召喚勇者達へ向けて両手を大きくひろげた。
薄暗い神殿の中、高窓から入り込んでくる明かりに照らされた女性の姿は、全体的に淡い水色に濃い青のラインが流れる意匠の服。前が開いたショートジャケットに、裾の不揃いなロングスカート。
それだけなら珍しい服装でもないが、胸部、腹部、腕、腰、そう言った部分の服が変に盛り上がっている。それは、布打ちされた下にある素材の強度をにおわせていた。
優雅な服装に見える。しかし、階段を降りて来る鈍い足音の重量感と共に、鎧を着こんでいるのだろう。
「私がこれから三ヶ月間、君達にこの世界を案内する」
歳は二十代半ばに見えるが、その楽しくて仕方がないと言う表情が彼女を幼く見せていた。
「名はカミナだ。この辺り一帯を司る人神だが、なに固くならずとも良い」
重いブーツで木製の床を鳴らすように歩いてきたカミナは、一段高くなっている祭壇に上ると、そこにある大きな椅子に腰かけた。
場所が違えば謁見の間の王座みたいな配置だ。
「なんだ? みな随分と暗い顔をして。私は君達に会える日を五十年も待っていたのだ。とても嬉しい日だぞ」
腕を組んだカミナが祭壇の上から勇者達を見回していたが、主役である勇者達が自から言葉を発するという様子が一向に見られなかった。
勇者たちの妙な態度に、流石におかしいとカミナも怪訝な顔になる。
「……君達、本当に大丈夫か?」
カミナの問いかけに、ぼそぼそと何人かが声を発した。しかし、小さすぎてよく聞こえない。
「なんだ? もっと大きく喋ってみろ」
それを聞いた勇者の一人がおもむろに立ち上がる。祭壇から最も遠い所に居る青年だ。
「お、俺達を! むぉ、元の世界に戻してクダサイ……」
筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とはかけ離れているが、鍛えれば良い体格になりそうな青年だ。なのに、言葉は尻すぼみに情けないありさまだった。
しかし、その言葉でカミナは重大な問題が発生したのだと理解する。
約束の日が、本来の目的を達成できていない。
「君達は……」
カミナは言葉を途中で止めると、勇者たちの後ろへ視線を向ける。
「ユーグ、すまないが村長達を少し外で待たせてくれ。お前はすぐに戻ってこい。ちょっと話と違う事になっている」
「わ、分かりました!」
返事をするなり、祭司のユーグは困惑している村長たちを押して神殿の外へ出て行った。
***
「はい。どうぞ」
ユーグが帰宅困難勇者たちに水の入った木のコップを配り終わった頃には、カミナの疑問も大体解消されていた。
カミナは祭壇椅子の肘掛にある操作板に指をあてると、精霊交信機の魔道回路を閉じる。空中に浮いていた青白い光の線が消えてゆく。
今、カミナが連絡を取っていたのは神野庁と勝手に命名した、カミナたち人神が作り上げた組織だ。日本政府とのやり取りは、その神野庁の本部で行われている。
その神野庁が日本政府から聞いた話によると、ここはスーパーコンピューター【次元】の中に創られた、プログラム上の仮想現実と言う事らしい。つまり、ゲームの世界だそうだ。
『こりゃ参りましたね!』
などと神野庁の担当員が笑っていたが、彼らは三週間前から再開した日本政府とのやり取りをしていたはずで、知らないはずがない。
今日の今日まで黙っていたのは、いざ今になってはどうしようもないと、ゴリ押すつもりなのだろう。当然カミナは、なぜそんな事をしたのか問い詰めた。
『仕方ないですよ。あっちはたった四年しか過ぎていないとは言え、政変の一つもありますって』
それが、この世界をゲームプログラムだと言いだした事に繋がるらしい。
国民対して秘密裏に実行されてきた【異世界侵略】。当時は野党だった現政権は、そう認識している。当然、認められる分けもなければ、そんな問題は最初から存在していなかった事にしたそうだ。
だが、スーパーコンピューター【次元】を使った異空間研究を行っていたのは、カミナ達が居た研究所で情報はこちらにある。現政権に脅しをかける事も十分できるはずだった。
『それはダメです。実力的な脅しは博打ですよ。不確実な手段を採れない事はカミナさんも分かっているはずです』
そう言われてしまえば、カミナには引き下がるしかなかった。
現日本政府が、この世界はゲームだと言う。
それを認めた上ならば、勇者の派遣――正しくはNEET更正プログラムへ若者の参加を認めると言う事だった。ゲームプログラム相手に威圧外交とは、激しく矛盾している話だが現政府は目的の為なら途中経過は興味が無いらしい。
『ご理解ください。幸い、研究所の仲間がなんとか立ち回ってくれています』
全くふざけた話だった。当初派遣予定されていた自衛隊員の訓練組織は、いつの間にか解体されていた。
カミナは今すぐに日本に戻って、現総理の首でも撥ねてやりたい気分だった。
『だから黙ってたんですよ。人神組は武闘派過ぎですからね』
現場で戦って目の前で死んでいく人間を幾度となく見ていれば、誰だってこうなる。
『わかっています。だからこそ、どんな形であれ勇者を手に入れる事を最優先に動いたのです。生贄にされた若者達には申し訳なくも思いもしますが、滅びの瀬戸際でそんな事を言っている余裕はありませんから』
カミナはため息を呑み込む。
「なるほどな。思った通りにはなかなか行かないものだな」
その辺の事情も知らない若者勇者たちを眺めながら小さくつぶやいた。
「……えーと、カミナ、さん? 私達は、帰れるの?」
女性勇者の一人から投げかけられた質問に、カミナは少し悩んでから口を開く。
「帰すだけなら可能だ」
「じゃ、じゃぁ!」
他の勇者達も喜びの声色を上げるが、カミナは手を上げて制する。
「それでなんだが。君達がここへ送り込まれた経緯と、先ほどあちらと交わした話を考えれば、君達が今帰った所で再びここへ送り出されるだけだろう。もしくは、私以外の場所に」
カミナの言葉に、勇者たちはまた暗く落ち込んでゆく。
「そんなっ」
「もう、いやだ……」
「ネットが無いとか、生きていけない」
予想外の事態に、カミナが困り果てているとユーグが静かに前に出てきた。
「あの、皆様、私達の……今の力では、再び力を付けた魔物に太刀打ちするには限界があります。どうか、お力を貸してください」
しかし、勇者たちの反応は鈍い。
彼らもまた、この世界はオンラインゲームだと信じ、ユーグの発言をNPCの演出だとしか受け取っていない事が分かる。
「ユーグ」
カミナが優しく言葉をかける。
ユーグは頭を下げると、一歩後ろに下がった。
今の落ち込み勇者達にこちらの事情を話しても、好転は望めそうになかった。結果を急いで彼らに無理強いをすれば、事態を悪化させかねない。
まずは、彼らが抱えている問題を考える必要があるのかも知れなかった。
「さて、君達に一つ約束をしよう」
カミナはそう言うと立ち上がり、祭壇を降りて来る。
「私の知っている日本ならば、君達の命にかかわるような無茶はしないだろう」
カミナは一番近くに座り込んでいる黒髪の長い少女勇者の前に膝を付くと、そっと手を取り「どうかな?」と聞いた。
「たぶん……」
幾分はっきりした声で答えが返って来る。カミナは微笑みを返すと、再び立ち上がる。
「ならば、君達が本当にこの世界での生活が辛くなったら、その時は私が元の世界に、日本に帰すと約束する」
勇者たちが少しだけ、ざわめいていく。
「け、けどそれじゃまた送り返されるのでは?」
整った顔立ちのイケメンな勇者が声をあげた。やっと、コミュニケーションが取れだしたと、カミナは笑顔で応える。
「そうだな。帰る時は一人より二人、出来るだけ大勢で帰ると良い。そして、日本に着いたら全員でどれだけ辛かったかを精一杯に訴えると良いだろう。まとまった人数がダメだと訴えれば、日本政府もそれを無視して強行したりしないはずだ」
「それじゃ、今すぐ全員で帰るのはどうかな!」
先ほどとは一転、元気の良い女性勇者が声をだした。他の勇者たちも何人かが賛同を口にしている。
けれど、カミナは首を振る。
「今はまだ来たばかりだ。何も始まる前から辛かったと訴えても、誰も聞いてはくれないだろう。それに……」
カミナは勇者たちの間に入ってゆくと、奥で涙を流していた、少女と言うにもまだ幼い勇者の前に膝をつく。ハンカチを取り出して、そっとその涙を拭きとった。
「私は五十年待った。いつか来る君達を、ずっと待っていた。あの懐かしい日本を思い出す事が出来ても、私には帰る場所がない。
だから、帰れない故郷からやって来た君達と、もっと話がしたい。一緒に過ごしたい。もし叶うならば、暫くだけでも私と共に力を使って欲しい」
カミナが手を取った幼い勇者は、ただ困った顔をしていた。それでも、カミナは精一杯の笑顔で語りかける。
「少しだけでも良い。私に、君達の知っている、今の日本を教えてくれ」
そんな笑顔に照らされて、幼い勇者も恥ずかしそうに少しだけ微笑んだ。
「それとも、先に何か聞きたいことがあるかな?」
カミナがそう促すと、幼い勇者が口をひらく。
とても恥ずかしそうに、言いにくそうに。
「あの……トイレどこですか?」
「あ、あぁ……うん。お急ぎの様だね」
微妙な沈黙が下りた。
カミナは苦笑いしながら、しかしそう悪い感触でもないかなと考えた。
まだ時間はある。これからゆっくり話し合っていけば、彼らのやる気を引き出すことも出来るだろうと。
***
六時間後、日が暮れはじめた時刻に、ほぼ全ての勇者達が帰ると言いだして騒ぎになる。
電気がない、機械もない、原始的な生活が始まると実感して、ある意味恐怖ている様子だった。
そんな彼らを、「旅行に来たと思って、ね?」「アウトドアだよ。キャンプみたいなものさ!」と説得するために、その日は日が落ちるまで費やされた。
確かに、それもそうだろうとカミナは思う。
既にカミナにとっては遥か昔の記憶だが、インターネットもテレビも当たり前で、蛍光灯の存在に慣れきった彼らにとって、何にもないこの世界は人間の生きる世界じゃないとまで言っていた。
「ふふ、真夜中の2時まで起きているのが普通なのか」
勇者達からこぼれてきた言葉だ。
ここでは、夜にもなれば文字通りの真っ暗闇で、一切身動きが取れなくなる。夜の7時には、誰もが寝る時間と言う分けだ。
そんないつもなら寝ている時間に、神殿の自室に戻ってきたカミナは疲れと共に楽しげに笑っていた。
久しぶりにあちらの世界の、生活感がただよう話が出来てとても楽しかった。
神殿の母屋に併設されたカミナの住居は木材の柱や梁がわたっているが、壁は煉瓦の上から土を塗り固めたもの。洋風とも和風とも言えない中途半端な様式は、この国では一般的な造りだった。
カミナの右肩に担いでいるベルトには、今は脱いでいる鎧がぶら下がっていた。青白い金属光沢のある魔鉄鋼で出来た鎧は、この国で作れる最高級品だ。魔道回路もずば抜けて大出力の魔法を発動できる特注仕様。一般人の魔力では扱えない程の、人神専用の装備だった。
事務机の隣にゴトゴトと音を立てて降ろせば、肩の荷が下りる。
それだけカミナという存在は、この世界に残った人神達は期待されている。常に魔物の脅威にさらされている魔界隣接国にとって、護国の象徴にして決戦兵器だった。
だが、帰りの道が断たれ、日本からの支援がない中で五十年と言う時間を戦い続ける事は、容易ではなかった。何度となく千切れた腕や足を、場合によっては首すらも予備と交換し補修し続けて使ってきたが、いい加減ムリが出ていた。
もう、新品のころの様な再生能力はすでにこの体にはない。
そして、本体を交換できる許容時間はとうに超過して、魂はこの体に癒着してしまった。
当初の稼動限界は三十年と言われていた事を考えれば、十二分にこの体は動き続けてくれている。
「もうすぐ、……私の役目も終わる、か」
それは、人神と崇められるようになった重責からの解放と、愛する人々に対する未練。
カミナには期待せずにはいられなかった。
旧式の自分ではなく、新型の、それも新品の体を持ってやってきた、日本の若者たちに。
次期主力兵器の性能に。
命を懸けて守りたい程に、カミナにとってこの国の人々は大切な存在だった。
五十年前のあの日から。
2020年5月16日
約5年前の自分が何を書いていた事を、読み返しながらも推敲。




