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第一話 約束の日

7月2日 本文の極一部、削除と追加。

「お父さんの嘘つき! やっぱり本当に来たんじゃない!」

「レミア早く! もう勇者さまが来ちゃうよ!」


 畑の間を駆ける二人の少女は、昼休みも前から(くわ)を放り投げていた。

 まだ温かくなるには少し早い時期だが、天気もよく雲が高い。


 駆ける体が帯びた熱を、吹き抜ける風が持ち去ってくれて気持ちがよかった。



「コラー!」

 少女たちの向かう先に、畑の真ん中にぽつんと小屋がある。

 その納屋と併設された監視所で叫んでいるのは、畑を見張っている村の兵士だ。



「なんでお前ら二人だけで走ってんだ! 大人たちから離れるんじゃない!」

 村の外縁に広がる畑には時折魔物が現れる。

 昼間だろうと、農作業時には常に武器を近くに、大人たちと行動を共にするのが鉄則になる。

 村に戻る道とはいえ、怒られるのは当然だ。



「ごめんなさい! でも、急がないわけにはいかないの!」

「兵隊さん! 約束の日が本当に来たのよ!」


「知っている! 俺だって見に行きたいんだ!」

 少女たちが駆け抜け際に告げた言葉に、監視所の兵士も走り出すのを我慢している様だった。

 畑まで知らせに来てくれた村人も監視所を通り過ぎたのだから、同じように聞いたのだろう。



「後で俺にも教えてくれ!」

「わかったー。見てくるよー!」



 兵士を後ろに、二人は邪魔な長いスカートを引っ張り上げると、いっそう足を速めて行った。




   ***   




 約六十年前に発生した、魔界大侵攻。

 それを退けた【始まりの勇者】。

 しかし、その勇者は魔族を滅ぼす前に、どこかにあると言う異世界に帰ってしまった。


『必ず戻って来る。五十年後の今日、私の仲間たちが再びこの世界へやってくる』

 それだけを言い残して。





 ――ははは、五十年後って、そんなおとぎ話まだ信じているのか? レミアはまだまだ子供だな。

 ――お父さん、おとぎ話じゃないよ! 建国史のお話でしょ!

 ――建国史なんて、どこも盛り上げる為にいろいろ話を大げさにするものだよ。

 ――でも、でも、本当だったら、本当かも知れないじゃん!

 ――はいはい。だとしても、野良(のら)仕事はサボっちゃだめ。

 ――もうー!




   ***




 今日がその約束の日。

 しかし、すでに【始まりの勇者】がいた時代に生きていた人間は殆どいない。

 誰もが半信半疑だった。



「なんだ、みんな気になっていたんじゃない!」

 村役場の隣にある木造の神殿前には、村の大人たちが集まっていた。

 それを見て、レミアは自分だけが信じていたわけじゃないと嬉しく思う。



「ねぇ、レミア」

 走っていたレミアの肩を掴んで、もう一人の少女が立ち止まらせる。


「ちょっと、アズミナ! 急がなきゃ!」

 レミアが抗議の声をあげるが、アズミナはイタズラを思いついた時の笑みを浮かべながら言った。



「レミアは、勇者さまに会ってみたくない? それも、真っ先に」

「そ、それは、会えるなら……」

「じゃぁ決まりね。神殿の裏口に行きましょ」

 そういうなり、今度はレミアの手を引いてアズミナが走り出す。



「だ、ダメでしょ! 勝手に神殿に入っちゃ!」

 今も、集まっている大人たちも神殿の前で事の成り行きが発表されるのを待っているだけだ。

 普段、神殿の扉は閉ざされ、不必要な出入りは禁止されている。



 レミアを連れて林の中に走り込んだアズミナが手を放すと、振り向いた。

「大丈夫だよ。今日ぐらいは神様も許してくれるよ」

「そ、そうかな……」

 そう言いつつも、レミアも引き返そうとはしなかった。



 やっぱり、おとぎ話の勇者さまがどんな人なのか気になる。

 きっと鍛えられた体に、精悍せいかんな顔、髪の毛は短髪だろうか、それとも綺麗な長髪だろうか。礼儀正しく優しいに違いない。

 正義感が強くて、悪には屈しない勇敢な男性なのだろう。

 勿論、剣の腕もたつに違いない。

 魔法だって王都の魔術師顔負けの大魔法が使えるのだろう。



「ぜひとも、お近づきになりたい……」

「え、なに?」

「なっ、何でもないよ!」

 思わず漏れ出た本音に、レミアは慌て手を振って誤魔化した。

 黙って歩き出したレミアに、アズミナは上機嫌で先を進んでいった。




   ***




 神殿に裏口から入り込んだ二人は、足音を立てない様に廊下の奥へ進んだ。

 廊下の途切れた先には、見慣れた神殿の広間が見えてきた。

 レミアとアズミナは廊下に落ちる影の中で足を止めて、そっと広間の様子を覗き込む。



 高窓からの(わず)かな光と、青白い魔光に満たされた広間。

 正面入り口から見て祭壇を奥に、部屋の中央付近には四本の柱が立っている。

 その柱には魔道回路(サーキット)が彫られていて、それが青白い光を発していた。

 普段は精霊の力を借りて、他の街や王都などの遠方との連絡に使われている魔導装置だ。


 そして、それが五十年前から言い伝えられている、勇者の召喚装置でもあるらしい。



「……本当に、来るのかな?」

 アズミナがぼそりとつぶやく。

「絶対に来るよ! 私達が信じないでどうするの!」

「う、うん……」

 レミアの力の入り具合に、アズミナの方が気圧されてしまう。

 もうすぐ勇者さまに会えると思うと、レミアは興奮に吐息が荒くなってくる。



「皆さん、いよいよです。我々、人類の繁栄への悲願が、平和への祈りが聞き届けられる時が来ました」

 精霊交信機の前に立つ祭司が、神殿入り口近くに集まっている村長や村の重役達に話しかけていた。



「な、なんかマジっぽいね?」

 アズミナが今更ながら呟いた。大人たちまで真剣になっている様子に、さっきまでのおふざけ気分が吹き飛んでしまったらしい。



 いよいよ、勇者が召喚される。

 魔界の侵蝕(しんしょく)に脅かされるこの国を、50年前の伝説と同様に救ってくれる。

 一時間で数百匹の魔物を狩り、まるで攻城兵器のように巨大な魔物にも立ち向かっていくのだ。馬の様に素早く戦場を走りぬけ、降り注ぐ数千の矢も物ともせずに斬り込んでいくのだろう。

 名声と褒賞(ほうしょう)を手に入れて、時代の英雄となる。



 さらには、多くの人々を救い町の発展を助けて、武勇だけでなく異界の優れた知識で国を繁栄させていく。

 きっと、そんな勇者がやって来るに違いない。


 レミアは、確信と共にその時を待った。



 静かに風が吹いた。


 明り取りの窓が高い位置にあるが、そちらからではなかった。

 部屋の中央から、ずっと大量の風が吹き込んできている。



 と、精霊交信機の四本の柱がいっそう輝き、そのの中央に小さな光の球が浮かぶ。

 それは瞬く間に数と大きさを増して巨大な光球へとなって行った。

 その眩しいほどの光の中から、そっと影が踏み出してきた。


 一歩、また一歩。

 それは人の影だった。



「うそっ!?」

 先ほどまで何もなかった空間に、人が現れた。

 アズミナが裏返った声を漏らした時、レミアは廊下から走り出ていた。



「あ! お前! いつのまに!」

 当然すぐに大人の一人に気が付かれるが、レミアは構わずその人影の方へ走り寄って行く。



 光から出てきた人影は男性のようだ。

 当然、レミアの身長よりずっと高い。

 その肩幅は大きくはなく、腕と脚は思ったよりは細く、腰のショートソードがしっくりきていない様子。

 全体的に華奢きゃしゃな印象の……。



 まさか戦いに身を置く男の、勇者とは思えない、普通の青年だった。

 人影を真正面から見上げるレミアは、膨れ上がっていた期待が、その影によって否定され始める衝撃に声が出ない。


 そして、光の球が泡のように消えていくと、その男性の顔も見えてくる。

 頭髪は短く、細いあごのライン。

 そして、情けない、弱り目。



「えぇ!?」

 レミアは思わず、目の前の光景を信じる事が出来なかった。

 その青年は、召喚された勇者は、今にも泣きそうな顔をしていたからだ。



「え? ……え?」

 そんな答えのない疑問の声をレミアが漏らしていると突然、勇者である青年は両手で頭を抱えだした。



「マジか……。来ちまった。マジで来ちまったのか……」

 情けない声は当然、勇者らしき青年の声。

 なのに、声色は全く勇者らしくない。

 しかも、次の瞬間には崩れる様に両膝を地面に付いてしまった。


「クソ、本気かよ……。無理に決まってるだろ」

 さらに、両手も地面に付いて項垂うなだれていく。



「ゆ、勇者様?」

 そう声をかけたのは祭司だ。村長たちは遠巻きに、予想外の事態を静観していた。

「あぁ、もうダメだ。俺は逃げられねぇ……」

 祭司の言葉も聞こえないのか、推定勇者は情けない声を漏らすばかりだった。

 レミアは先ほどまでの高揚が消えうせた目で、ただ落胆らくたんしてゆく。



 再び部屋の中央から風が吹いてくると同時に、不可視の圧力が転送位置に居る邪魔者を押し出す。

「おわぁ!」

 精霊交信機の近くで挫折していた勇者らしき男が、つんのめる様に転がってくる。

「きゃぁ!」

 巻き込まれたレミアが押し倒されてしまった。



「おぉお、ごご、ごめんなさい!」

 青年勇者が慌てて立ち上がろうとするから、剣の柄に引っかかったスカートまでまくりあげてしまう。

「ひぃぃ!」

「うあ、ちが、これは、ゲフッ!?」

 飛び込んできたアズミナの蹴りが青年勇者の脇腹に刺さる。



 体格差があるので青年勇者は足をもつれさせる程度だったが、容赦ようしゃなく繰り出した追撃の蹴りで床に倒してしまった。

「レミア、大丈夫!?」

「うん……」

 突然の事に床にへたり込んだままのレミアに、必死の形相のアズミナ。



 青年勇者は体を起こすと、蹴りを構えるアズミナに両手をかざして待ってくれと言っていた。

「この変態! 子供に手を出すなんて!」

「ま、待てよ、誤解だ! そ、その前に、誰が小学生なんかに手を出すか!」



 そんなやり取りをしている間に、先ほどと同じように光の球の中から、また人影が出てくる。

 今度はとても小さい、レミアと殆ど身長が同じ女の子だった。

「ツヴォー!」

 その女の子が半泣きで出てくると、真っ直ぐに青年勇者の胸に抱きついて泣き始めてしまった。



「や、やっぱり、オッサンはそういう趣味なんじゃないか! 死ね、変態!」

 アズミナがますます険悪な目を向けていた。

「これは俺のせいじゃないだろ! ちょ、コウ! 今は待てって!」

「今はって事は、後でいろんな事するつもりなんだ!」

「どんな事だよ?! 人をなんだと思ってんだ!」

「変態め!」



 叫んでいるアズミナをひょいっと後ろから持ち上げたのは、祭司の男だった。

「お二人とも、落ち着いてください」


 その言葉に、レミアが急いで立ち上がると祭司の方を向く。

「祭司様! これは何かの間違いです! 送り返しましょう!」

「そうだよ、返品だよ!」

 祭司の腕の中でアズミナまで一緒になって失礼な事を言いだしてしまう。


「こら、二人とも。勇者様に対して失礼ですよ」

 しかし、レミアは負けじと広間の中央を指さす。



 次々と召喚されたのは若い男女ばかりが二十人近くに増えていた。

 しかも、その顔は例外なく暗く、誰もが悲嘆と諦めの言葉をつぶやきながら、負の感情に染まっている。

 項垂(うなだ)れ、床に手を付いたり、呆然と座り込んでいたり、足を抱えてい泣いていた。

 これでは勇者ではなく難民だと言われた方が納得できる。



「祭司さま、現実を見て! この人たちが勇者さまに見えるの?」

「そ、それは……」

 祭司も、こんな人達が魔物と戦えるとはとても思えなかった。

 しかも、戦力となる体格の良い男性が少ない。大半が華奢な体つきの男女に、何人かは少年や少女だった。



「た、確かに……。しかし、間違えるなんて……そんな」

 祭司までうろたえ始めれば、後ろで待っている村の重役たちも混乱に騒めき立っていた。



 難民勇者も村の重役たちも、誰もかれもが好き勝手にざわつく。


 そこによく通る音が打ち鳴らされた。

 透き通るように響く拍子ひょうし


 誰もが黙った一瞬に、もう一度打ち鳴らす音。



 そして、神殿内に響きわたる声。

「順調に全員を迎え入れる事が出来たようだな」

 神殿内の皆が、声の方へ振り向いていった。

 精霊交信機の向こう、祭壇の背後には神殿の二階へ繋がる階段。


 そこを降りて来る女性の姿があった。

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