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第四話 この勇者、重症につき

 振り下ろした(くわ)が、またガリッと石をかむ。軽く掘り起こしては他の雑草や木の根と共に、腰に下げたクズカゴに石を入れていった。


「おーい。そろそろ昼飯にすんかー」

 呼びかける声にツヴォイは手を止める。声を掛けてきた農夫の方へ振り向くと、ぎこちなく右手を振った。額の汗を拭い、腰に手を当てて反らすように体を伸ばす。


 なんだか良く分からない内に、三日も農作業をしていた。剣も魔法も出番がない、ただの田舎暮らしだった。若年者更正プログラムとしては正しいのかも知れないが、少し退屈だなと思う。


 広がる畑は結構な広さで、その中を細い農道がはしっている。その農道で依頼主であるアズミナの父親と母親が弁当を広げはじめ、他の農作業をしている面々も集まり始めていた。

 農作業をしていたのは大人の男性四人と女性三人。それに、レミアとアズミナ、ツヴォイとコウになる。


「疲れたよー、ツヴォー」

「おわっ!」

 コウの声が聞こえたかと思った瞬間に、横からの不意打ちタックルが襲ってきた。

 余りの勢いに、ツヴォイは全身で畑に倒れ込んでしまう。

「ぶふっ! おい! 何しやがる!」

「ご、ごめん……」

 まさかツヴォイが倒れるとは、予想外の事にコウも驚いてしまう。いつもだったら、コウがどんなに体当たりしても揺るぎないのがツヴォイだった。

 申し訳なさそうな顔で、コウは手を差し伸べる。

 ツヴォイがその手を握ったが、腕に力を入れる前に止まる。


「思うんだが、お前じゃぁ俺を起こせないだろ?」

 ツヴォイの胸程にしか身長がないコウを見れば、その体格差は随分ずいぶんとある。けれど、

「ステータス上は力が同じなんだから、大丈夫かも?」

「体重が違うだろ……」

「あー、なるほどねー」

 気の抜けたコウの返事に少しイラっとしたツヴォイは、そのまま腕を引っ張ってみた。コウの方が倒れ込んでしまうだろうなと思いながら。

「わ、急に引っ張らないでよ」

 しかし、ツヴォイの予想に反してコウは倒れ込まずにそのままツヴォイを引っ張り上げてしまう。


「あれ? なんか、んん?」

 起き上がったツヴォイは、先ほどまでコウを引っ張っていた右手を握ったり開いたりしながら、今の妙な感覚に頭をひねってみた。

 良く分からなかった。


「だいじょーぶー? お昼食べよー」

 そんな二人を、農道のほうからレミアが呼んでいる。ツヴォイは疑問を放り捨てると、コウと共に(くわ)を手に持って皆が集まる方へ歩いて行った。



   ***



「しっかし、勇者さまってのは(くわ)を振るった事がなかったんだな!」

「あはは、最初は冗談であんなへっぴり腰なのかと思ったよ」

 やたらフレンドリーになった村人たちに囲まれて、ツヴォイとコウは終始黙々と昼食を食べていた。

 正直どう返事していいのかも分からない。会話に混ざれる自信がなかった。


「コウ、おいしい? これも食べる?」

「あ、ありがとう……」

 昼食が始まってからずっと笑顔なレミアが、何かの焼いた肉を差し出してくれれば、コウは緊張した面持ちでそれを受け取る。

 コウが食べるそれは、牛肉や豚肉ではない、かといって鶏肉とも違う。馴染(なじ)みのない味だった。ツヴォイが言うには、『味覚設定が微妙にずれているよな』との事。


 こうして、タダでお昼を貰って、レミアは勿論、村人たちもすごく良くしてくれているのはありがたかった。でも、そう言う相手にどう接したらいいかなんて、コウとツヴォイの人生どこを見ても記載されていない。

 なされるがままに、周りに流されていく二人の口下手(くちべた)勇者。


「にしても、のどかだな……」

 ツヴォイがぼそりと、コウに聞こえる様に言った。

「だねぇー、田舎みたい。剣と槍がなければ」


 四世帯九人の村人達がこうしてわざわざ集まって昼食を()っているのは、何も雑談がしたいだけと言う分けじゃないらしい。彼らのそばには、いつでも手に取れるように武器が用意されている。

 そして、この畑の真ん中にある農道はどの林からも距離があり、不意の襲撃に備えている事が(うかが)えた。


「コウ、疲れた? ずっと(たがや)していたしね」

「だ、だいじょうぶ、だよ」

 コウは出来る限り笑顔を務めて返事をしたが、本心はすごく疲れているので、すぐに嘘が見透かされそうだった。

 そもそも嘘を言う必要なかったのではと、コウは思い直す。

 でも、心配させては悪いし、けど正直な方が良かったのか、もしかしたら嘘をついて気分を悪くさせてしまったのではないか、どうしようレミアは怒っているだろうか?


 ふと、ツヴォイがコウの顔を見れば、全自動深刻化(オート・ネガティブ思考のコウの顔色が悪くなっていくのが見えた。

 一体、今のやり取りのどこに不安を感じる要素があったのか、ツヴォイには分からない。けれど、放っとくとコウの思考がどんどん深みに(はま)っていく所までは予想できる。


 ツヴォイは腕を伸ばすと、食べる口も止まったコウの頭をワシワシとなでた。

「ほんと、なんで疲れるんだろうな。俺達の身体はリアルで寝ているはずなのに」

「オッサン寝てたの? 仕事しろよ」

 ツヴォイの言葉を聞きとがめたアズミナが、すかさずグサリと言い放ってくる。

「いや、そう言う意味じゃないんだが……。何て言っていいのか。その前に、俺はお兄さんだ」

 ツヴォイが訂正(ていせい)を試みようとしたが、アズミナの不審な目は変えられなかった。

 そんなやり取りをしているツヴォイを、コウが(まぶ)しそうに見てくるから、お前も少しは喋れと視線で言い返していた。



   ***



「あー、なんか出て来やがったぞ!」

 昼食も終わって、皆で食休みをしている時だった。農夫の一人が少し大きい声で叫ぶ。

「何匹だ? 一匹か。なら仕留めた方が良いな」

 言うなり、男性の一人が立ち上がる。


「え? どうしたんだ?」

 緊張した農夫たちの声にツヴォイが振り向けば、男性達は槍を持ち、女性達は短めのショートソードを抜いていた。

「モンスターが出たんだよ。早く立って」

 レミアに(うなが)されて、まだ事情が良く分かっていないコウも立ち上がる。ツヴォイもすぐ脇に置いておいた剣を(つか)んで立ち上がった。


「子供は後ろに下がれ。みんな、いつも通りやるぞ」

 アズミナの父親が慣れた様子で指示を発していた。槍を持った四人の男性が前に出て、三人の女性はレミア達を守るように並んだ。

「ぉ、ぉぅ。なんか本格的だな……」

 鬼気迫る様な空気に当てられて、ツヴォイも自分の腕が(りき)んでしまうのを感じる。


 これはゲームだ。今まで散々遊び倒した、普通のアクションゲームに過ぎない。

 そう頭では分かっていても、NPC達の迫真(はくしん)の演技がまるで本当の危険をの当たりにしている様な感じにさせられてしまった。


 問題のモンスターはまだ遠い。林を抜け出したばかりで、ゆっくりと畑を移動していた。ここからでは、黒い影の様にしか見えないが、中型の犬より一回り大きい程度に見える。

 体長十メートルを超えるドラゴンと戦うゲームも珍しくない時代、今更あんな小さいモンスターなどツヴォイには怖くもなんともない。


「よっし、それじゃ俺達の出番だな」

 ツヴォイは剣の()り金を腰のベルトに掛けると、男性達の前に出て行った。

「勇者様一人で大丈夫なのですか?」

 アズミナの父親が聞いてくるが、続いて出てきたコウが口を開く。

「ふ、二人いればだいじょうぶ……」

「コウは出ちゃダメだよ! 危ないよ!」

 すかさずレミアがコウの腕を取り、また後ろの方へ引っ張ろうとするからコウは困惑(こんわく)する。


「だ、大丈夫だよ。わたしも勇者だよ?」

「ダメだよ! 死んじゃったらどうするの!」

 レミアのあまりに必死な声に、表情に、コウは固まってしまった。こんな演技をするNPCは見た事がない。まるで、本当に自分の命を心配してくれている様な、切実な言葉だった。


「そ、そうですよ。流石に勇者様と言っても、コウさんはまだ小さい。無茶をしてはいけませんよ」

「え、でも……」

 アズミナの父親にまで言われてしまって、どうしていいかコウには分からなくなってしまう。

 自分よりも年上の大人の言う事に反発すると言うのは、コウには難しい。言葉が継げず、オロオロするばかりだった。


「ははは、そんな格好をしているからだな。それじゃ、この獲物は俺一人でいただくぞ」

「むぅー」

 まるで子ども扱いのツヴォイにコウは憮然(ぶぜん)とするが、こうまで全員一致でコウの出撃に反対されると言い返せなかった。

「それじゃ、行ってくる。きっと楽勝だ」

 剣を引き抜きながら、ツヴォイは一人でモンスターの方へ小走りに向かっていった。




 走りながらも、ツヴォイはチュートリアル城でのアスレチックみたいな練習を思い出していた。こういった体感型アクションゲームは、結構な割合で人並み外れた身体能力をプレイヤーに与えているものだ。

 跳躍(ちょうやく)ひとつで数メートルを飛びあがったり、弾丸より素早く動けたり、巨大な岩を一斬りで割ったり。

 しかし、それらに比べると、この体は酷く重く、走る足も全然遅い。

 もちろん、それでも訓練も受けていないリアルのツヴォイに比べれば、高い身体能力を持っていたが、他のゲームの様にアクロバットな戦いは出来ないだろう。


「まぁ、なんとかなるか」

 走ってきたツヴォイに気が付いたのか、モンスターが一直線に向かって来ていた。

 適当な所で足を止めると、ツヴォイは剣を軽く振って感触を確かめる。


 これもまた、妙にリアルな重みを返していた。

 他のアクロバティックなアクションゲームなら、どんな大剣もまるで釣竿を振るように振り回せたものだ。

 だが、この重みは武器としてのリアルな攻撃力を教えてくれる。これで斬りかかればどれくらいのダメージになるか、体をもって感じ取る事が出来ていた。

 数値だけで強さが変わるゲームが主流な事を考えると、この流行りを無視した無駄にリアルな造りは、まさに頭の固いお役所仕事なのだろう。


「まったく、ゲームのお手軽さってもんが分かっていない。さて、初めての戦闘だな。いっちょ格好良く決めてやるか!」

 ツヴォイは右手の剣を背中まで回して、いつでも振り下ろせるように構えた。


 チュートリアルを思い出して視線をモンスターに合わせると、モンスターの頭上にレベルと名前、その下にHPバーが表示される。

 あいにく、このゲームにはモンスターのHPを数値で教えてくれる親切な設計はない。自分のHPバーだけが、視界の左上に数値と共に表示されているだけだ。


「ワイルドシープ……?」

 モンスターの頭上にはそう表示されていた。だが、どう見ても羊には見えない。

 ツヴォイは自分へ向かって畑を走って来るモンスターの姿と名前のギャップに苦笑する。

 白と言うには黄色い体毛。紋様の様に全身を流れる黒い毛並。足の付き方が明らかに哺乳類を逸脱(いつだつ)して、胴体の横から四本生えている。頭は確かに羊の様に長いが、口は円形に開き鋭い牙が並んでいた。頭頂に三本の尖った角は真っ直ぐで、ますます羊っぽくない。


「デザイナー誰だよ。気色わりぃ」

 突進してくるモンスターは、あ音の叫び声と金属をアスファルトに擦った様な耳障(みみざわ)りな鳴き声を上げていた。動きは思ったより遅く、不自然な足が走り難そうな相手だ。


 ツヴォイは農道で剣を構え待ち、タイミングを計る。

 斬りやすそうなのはその伸びた頭だろう。

 犬より早く大地を疾走してくるモンスターも相手にしていたツヴォイにとって、鈍間(のろま)なワイルドシープなど敵ではなかった。

 タイミングを得たと同時に、ツヴォイは大きく踏み込む。


「おおぉ!」

 気合と共に、右手に握った剣を全力で振り下ろした。

 もらった!

 絶対のタイミングだった。

 射程に入った瞬間、ツヴォイの剣がモンスターの頭を捉える。

 硬い手応え。

 鈍く、響かない金属の音。

「ぁっ!」

 弾かれた!

 逸れた剣は油断に泳ぐ。大きく開いた、左足の重心。

 次の瞬間には、勢いの乗ったモンスターの体が、懐からツヴォイを突き上げていた。

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