第二八話 がんばってみたよ……
目の前を覆い尽くす、つぶての壁。
後ろへ距離をとろうと必死に飛んでいたが、とても間に合わない。
あぁ、アタシ死んじゃうな。
なぜか、そんな事を、桜花は本気で思っていた。
もう、苦しむぐらいなら、二度と起きなければいいと。
二度と、自分が生きている事を後悔しなくていいのだと。
死は間違いなく、救済だった……。
その諦めた心を、背後からの腕が抱きしめた。
同時に、厳しい現実が、大量のつぶてが桜花を飲み込んでいく。
「うわあああ!!」
その叫びを聞きながら、桜花は驚きをもって、その幼い横顔を見ていた。
コウの掲げた盾が、発動した魔法障壁がつぶての大半を弾き返していく。
何発かは貫通してくるが、それでもHPが1割を削られる程度で済んでいた。
そして、つぶての嵐が過ぎ去る。
「コウ……」
桜花がつぶやくと、コウが顔を向けてくる。
「だい、じょうぶ?」
そう聞いてくるコウの表情の方が、余程必死で鬼気迫るものがあった。
それがとても可愛くて、桜花は反射的に抱きしめてしまう。
さすがに、中型モンスターを前にして、危ないなと思いながら。
「ありがとう。大丈夫よ」
「よかった……。死んじゃ、ダメだよ」
その言葉に、驚きの目を開く。
自分は、そうまでも死にたがりに見えたのだろうか、と。
「一緒に、戦う?」
たったそれだけの、簡単な誘いだった。
けど、桜花の心は空に飛んでいきそうに、ふわふわしてしまうようだった。
「一緒に、やるっ!」
桜花は立ち上がると、全力の意思をもって剣を再び構える。
どんなに現実が辛くても、一緒に戦ってくれる人がいれば、それだけで楽しい。
ただ、死体の様に生きる為だけに働くなんてまっぴらだった。
「アタシは! ゴーレムとは違う!」
あんな、意志の感じられない、命令された通りに動くだけのティヌークには負けないと、声を張り上げる。
そして、コウと視線を合わせ、うなずき合うと――――
「ごほっ……」
「ひっ!?」
コウが血を吐いた。
いや、これは勇者の体だから、それぐらい…………。
「あれ……?」
ひざを折って、コウが再び座り込んでしまう。
「ごほっ、ぶはっ……」
だばだばと口から流れる血に、桜花は慌ててHPのゲージを確認する。
見れば、止まっていたはずのHP減少が再び加速して、既に残り1割を割り込もうとしていた。
「コウ!?」
これは、あの時のジンが死にそうになった時と同じだ。
HPが2割を切ると、体が十分に動かせなくなり、だんだんと死んでいく。
いや、勇者の体ならば、壊れていくと言うべきなのだろうか。
体がいくら壊れても、勇者の魂は不滅だ……。
一時間もすれば新しい体を手に入れて、復活できる。
……はずだ。
「レ、レミアを、心配、させちゃう……」
血を滴らせながら、剣を支えにコウが立ち上がろうとしていた。
しかし、とても戦える姿には見えない。
もともと、最初の一撃で受けていたダメージが深刻だったのだ。
ダメージを修復するために、コウの肉体は必死に回復を行っていたのだろう。
それなのに、桜花を助ける為に無理やり、全力で動かした。
その無理が原因で、ギリギリ無事だった部分も含めて、大きく損壊したのかもしれない。
「コウ! 動いてはダメ! 回復を……!」
素早くティヌークの方へ視線を向ければ、今はジンとツヴォイが戦って足止めをしていた。
桜花はベルトからHPポーションを抜き出すと、それをコウに飲ませる。
「げほっ、げほっ!」
むせて少し吐き出してしまうが、HPの減少がゆっくり止まる。
とにかく、勇者の体は驚異的な強靭性がある。
即死さえしなければ、時間があれば圧倒的な回復力を発揮するはずだ。
なんとか、今戦っているティヌークさえ倒せれば、死なずに済む。
桜花はコウの肩を抱え、引きずる様にティヌークから離れる。
そこにあった岩陰にコウを座らせた。
その時、自分の手が震えている事に気がついてしまう。
「あ、アタシは……何を焦っているの」
これはゲームだ。
死んだところで、本当に死ぬわけじゃない。
どうして、今、こんなに必死にならなければいけないんだ。
理性でそう思っていても、胸の気持ち悪さと、怖い程に早い心臓の鼓動は納得してくれなかった。
まるで、ここで死ぬ事が、自分と言う人間の存在価値を全て失う事の様に恐ろしかった。
『役立たずめ……』
幻聴に頭を振って、意識の外へ追い出す。
「コウはじっとしていてね? あれは、アタシ達が倒してくるから!」
コウは黙って、桜花の声も聞こえていないのか無反応だった。
見れば、コウの目が焦点を失っている。
「つヴぉ……。どこぉ?」
剣を取り落としたコウの右手が、虚空を彷徨う。
耳も、目も、失っている……。
「コウ! な、何でよ、なんでこんな事になるのよ!」
HPの減少は止まって、回復し始めたんじゃないかと、桜花がHPバーを確認した。しかし、いつの間にか1割を割り込んで、残り5%になろうとしていた。
このままでは、本当にコウが死んでしまう。
なぜか、その恐怖感だけが無根拠に広がっていた。
何とかHPを回復させようと、腰のベルトからHPポーションを取り出すが、震え慌てる手が取り落としてしまう。
転がるそれを、地面を這うように追いかけた。
そして、HPポーションはその先に立っていた者の足に当たって止まる。
「っ!?」
その足は、毛で覆われ、太く短い爪がむき出しに、地面をつかんでいる。
人間の、それではなかった。
***
「うぉわぁっ!」
振り下ろされたティヌークの腕を、ツヴォイはギリギリの所で盾を合わせて飛び退く。
今みたいにいなす事が出来ればいいが、あの腕の直撃をもらえば、ラウンドシールドの魔導障壁ごと押しつぶされてしまう。
全ての攻撃が、ツヴォイにとっても即死を予想させる威力だった。
「そこだ!」
ティヌークが腕を振り降ろしたところを狙って、ジンが火散弾を撃ちだすが、素早く持ち上がった腕が頭部を守っていた。
そして、守る為に上げた腕が、即座に振り落されてくる。
それでも距離があるジンは問題なく避けるが、今度は振り落した腕が地面を吸い上げ膨らんでいった。
「うわあぁ!」
悲鳴を上げながらジンが必死に逃げていくのを追うように、ティヌークの腕が持ち上がり、爆裂すれば飛礫の弾丸を浴びせていた。
それが突き刺されば、ジンの体から血が弾ける。
背中を突き飛ばされたように、ジンが地面を転がった。
「うおぁぁ!」
ジンに気をとられている間にツヴォイが斬りかかり、左腕肘を切断した。
やれる!
やせ細ってきたティヌークは、最初ほどの耐久力はなく、細い部分が十分に斬りおとせた。
「っ!」
気が付いた時には、ティヌークの右腕が横殴りに襲ってきていた。
ツヴォイは必死に盾を合わせるが、しかしその質量の激突を避けられない。
「ごあっ!」
衝撃に体が折れ曲がり、そのまま空中に打ち上げられていた。
バランスをとる事も出来ずに、ツヴォイは地面に叩きつけられていく。
「うっ、くそ!」
悪態を付きながら即座に起き上がり、ティヌークを睨みつける。
今のは何とか防御できたが、それでもHPが4割を切って、いよいよ危険になる。
おかしかった。
ここにきて、ティヌークの動きに隙が無くなり、逆に強くなったように感じていた。
あの無駄に分厚い体が痩せて、見るからに弱っているはずにも関わらず。
「……体が、痩せたせいなのか?」
質量が減った分、動きが素早くなっていた事に気が付いた。
しかも、例え痩せたその一撃でも、十分に脅威である事には違いがない。
瞬間、ツヴォイが視界端を見れば、コウのHPバーが赤く染まっていた。
防衛戦以来、再びの瀕死だ。
今日まで、どんなにダメージを受けても、半分を切らない戦闘を心がけて来ていた。
それが、この一戦で、自分を含め全員が3割前後までダメージを受けて、なおティヌークは動きを激しくさせている。
「ヤバイ……」
その感覚は、遅すぎた。
コウは既に動けない。
桜花は左腕が使えなくなっているのを、さっきまでの戦いで見ていた。
ジンもツヴォイも、これ以上ダメージを受ければ即動けなくなるところまで来ている。
この先、ノーダメージで、さらに素早さを増したティヌークを仕留めなければいけない。そんな事が、出来るのか?
「けど――!」
ツヴォイは剣を握る腕に力を込めた。
逃げる事も出来ない以上、自分達は立ち向かわなければいけない。
例え何が相手でも、現実があるなら対峙しなければいけない時がいつか来る。
ならば今、それに立ち向かって打ち破る事が、自分達がこの世界に来た理由なのかも知れなかった。
大人たちがニートを閉じ込めて、何かを学ばせようとしていたのは、こういう立ち向かう心なのかも知れない。
「ジン!」
ジンへ向かってティヌークが動き始めていた。
そのティヌークの背後へ向かって、ツヴォイが走る。
「一気に仕留めたい! 頼めるか!」
「どうすればいい!」
魔導杖を再びチャージし始めているジンから、力強い返事が返ってくる。
「俺が引きつけたら、脚へ斉射だ!」
痩せたティヌークの足なら、火散弾の密着射撃を受ければ、大半が吹き飛び、一部が残っても重さに耐えられず折れるはずだった。
そうなれば、今度こそ、その頭部を斬り飛ばしてやれる!
「任せてください!」
いっそう力の入ったジンの顔が頼もしい程だった。
「うおぉぉ!」
ツヴォイが叫びながら走り込めば、ティヌークも気が付き振り向きざまに右腕を叩きつけてきた。
その瞬間を、最後まで目で追いながらツヴォイが右に飛んだ。
直後に、叩きつけがギリギリを掠り、盾が側面をぶつけながらツヴォイは回避した。
「くぁあ!」
桜花! 俺も避けてやったぞ!
そんな心の叫びを上げながら、ツヴォイはさらに踏み込む。
ティヌークの右腕を避けたツヴォイは、完全に背後に回り込んでいた。
そして、無防備に伸びている左足へ駆け抜け際に、体全体を捻りながら斬り上げる。
半ばまで斬り込みを入れたが、それでも浅い。
だが、即座にツヴォイは距離を開ければ、入れ替わりにジンが走りこんできた。
「ファイア・ショットォ!!」
ジンが至近距離で魔導杖を押し込み、即座に魔法が発動する。
火弾が発射され、ティヌークの足に殺到する。重なる小爆発の音と共に、ティヌークの左足がはじけ飛ぶ。
見事に粉砕された足に、ティヌークの上体が左に落ち始めた。
「やった!」
ジンが歓声を上げたが、ツヴォイの目はその向こうを見ていた。
「ジン!」
叫んだ時には、倒れ際にティヌークが振り払ってきた右腕が、ジンを打ちのめしていた。
「うおぉぉぁ!!」
ジンが作った最後のチャンスだった。
ここで仕留めなければ、ティヌークが再生すれば、もう倒す事は出来なくなる。
仰向けに倒れたティヌークへ向かって、その額に輝く真実を斬り裂くためにツヴォイは走った。
ティヌークが半分だけ残っている左腕を支えに上体を起こし始めたが、脚の再生は全く間に合っていない。
今なら、額に
「剣が届く!」
ツヴォイを迎え撃とうとティヌークが右腕を振るってきているが、明らかに距離が間違っている。ツヴォイが着く前に、確実に空ぶる。
ティヌークも焦って、距離を見誤ったらしい。
「俺達の勝っ――!?」
その目は、信じられないモノを見ている気分だった。
空ぶると思ったティヌークの右拳が、突き出された瞬間、その肘が爆裂した。
そして、拳だけが飛び出してきていた。
気が付いた時には、拳が胸部の鎧を砕きながら、ツヴォイを跳ね飛ばした後だった。
空中を飛ばされながら、なぜか天井の亀裂が、入り込んでくる光がとても綺麗に見えていた。
あぁ、がんばったのにな……。
そんな悲しみだけが浮かんでいた。
まるで懺悔するように。
そして体よりも先に意識が落ちて行った。
――――――――。
◆◆◆
「すごいですね。こんなに安定して稼動しているとは、自分は予想していませんでした」
男の一人がそう言う。
薄暗い坑道の中で取り出したメモに、何やら書き加えていた。
「けれど、これじゃ税金の無駄使いじゃありませんかね? 力押しばかりで、技術的には入隊直後の新兵と同じですよ」
同じモノを見ながら、その女性は不満そうに言う。
「確かにな。現状では、費用対効果は悪いとしか報告のしようがないな」
腕組みをした、壮年の男も冷めた様子でつぶやいた。
「だが、どこまで使い物になるのかを見極めるのが我々の仕事だ。結論を急いぐなよ。特に、彼らはジョバンを仕留めたパーティーらしいからな」
「歩兵殺しをですか? ふんっ、どうせ誤情報ですよ」
三人の男女が坑道の陰から覗く先には、4人の勇者が居た。
ゴーレムやロッククラブを相手に、若干危なっかしく戦っているが、大きなダメージも受けずに確実に仕留めて行っている。
素人と言う程ではないが、駆け出しの傭兵程度だろうか。
どちらにしても勇者の体に掛かっている金額からすれば、物足りない戦力だ。
しかし、ジョバンを倒したと言う話は無視できないモノだった。
中型の魔物を仕留める場合、基本的に歩兵による白兵戦は行わない。
基本的な力が違い過ぎて被害が大きくなりすぎる為であり、それなりの魔導兵器を用意して、遠距離から仕留めるのが一般的だ。
ジョバンは中型の中では、力はあまり強くない。
反面、魔力量が特に高い魔物だった。
その魔力量にモノを言わせた魔導障壁は強固で、遠距離からの魔法攻撃が通じにくい。特に、歩兵が携行できるサイズの魔導兵器では太刀打ちが困難だった。
当然、生身の白兵戦が出来る相手ではない。
やるなら、【魔導鎧装】の様な大型の魔導兵器で対抗するべき相手であり、【歩兵殺し】の異名を持つのがジョバンという魔物だった。
目の前の勇者がそれを仕留めたと、噂には聞いていた。
理屈上は、遠距離魔法と違い、常に霊象を流し続けている近接武器ならジョバンの魔導障壁を貫く事は出来る。
しかし、そんな事が出来るのは、始まりの勇者ぐらいだ。
大抵は近づく前に魔法で焼かれ、近づいても巨体に殴り殺されるだけだろう。
召喚勇者が失敗作だったのか、それとも新たな力の可能性なのか。
それを見極めるための調査だった。
問題の4人の勇者達は、どこか緊張感のない雑談を交わしながら、坑道内をさまよい、片っ端から魔物を仕留めていた。
「暇ですね……」
「ミネ、仕事中だろ」
部下二人が言い合っていた。
予想外に働き者の勇者は、魔物の取りこぼしもなく、こっそり後を付いていく彼らは、ただ眺めているだけで午前が終わろうと言う感じだった。
召喚勇者の魂は本来、異界の戦士を呼ぶ予定だった。
しかし、実際に来たのは一般人以下の、無気力、無力、無能の三拍子がそろった若者だと報告書には書かれていた。
半世紀越しに手に入るはずだった勇者の力が、完全に失敗したと嘆く関係者も多かった。
だが、どうだろう。
少なくとも、目の前の4人は良く働いて、ほぼ無傷で魔物を倒していっている。
それに、彼らはいくら傷つこうと、即座に再生する肉体を持っている上に、魂はおおむね不滅だ。
確かに、掛かった費用に比べれば戦力としては低いが、兵士の命と言う損失を心配しなくていいのは利点かも知れない。
後は、本当に中型を倒せるのかどうなのか。
残念なことに、問題の拠点村での戦闘では、戦場に出ていたカミナが途中で意識を失って、その後の成り行きが不明だった。
拠点村から距離をおいた森の中に居た軍人の話も聞いたが、戦闘の詳細は分からないとの事だった。まぁ、外国から来た自分達に、ほいほい教えてくれる情報でもないのだろう。
「しかし、隊長? 神野庁はなぜ勇者体に、リミッターを施したんでしょうね?」
ミネと呼ばれた女性の部下が聞いてくる。
少なくとも、力が強ければその分魔物を倒しやすいはずだと。
「実際の所は分からないが、あの不慣れな感じ、勇者体の扱いすら現場で学ばせているのか? レベルと言う制度で、勇者体の出力リミッターを順次解除しているらしい」
「なるほどー。それで、出力を抑えている、ね」
三人が見ている先で、改造両手剣を持った少女が、ゴーレムの腕を両断していた。
「出力を抑えていてあれなんですね。見た目は軽そうな少女にしか見えませんが、ずいぶんと重い剣を振るう……」
男の部下が、見た目とのギャップに若干言葉を失っていた。
「あの肉体に技術が身に付けば、なるほど中型を喰える歩兵になりそうですね」
「いや、幾らなんでも、効率が悪いでしょ? 勇者一体でクラシダス金貨50枚以上よ? 歩兵に魔導兵器を担がせた方が安上がりだよ」
「…………」
隊長と呼ばれている男はただ黙って様子を見ていた。
確かに50年前ならば、単なる歩兵としての勇者でも十分に意味があった。
しかし、魔導技術が飛躍的に向上した今では、ただの丈夫な歩兵ではあまり意味がない。費用が掛かり過ぎる。
かといって、費用をケチればその分は兵の命で賄う事になる。
魔界隣接国の人口は、そんな人海戦術ですり潰せるほどには豊富ではない。
始まりの勇者の様に、オリジナルのホムンクルスが都合よく手に入る事は今後期待できない以上、量産型のレプリカでやれるところまで、やるしかないのだろう。
4人の勇者を付いていくと、彼らがひらけた場所に入って行く。
その後を追って、大空洞の入り口で三人は足を止めた。
「でかい掘り跡っすね」
「隊長、これは拙くないですか?」
部下の言うとおり、半魔界化が進んでいる坑道は、そこに住む魔物の体に合わせた大きさになる。つまり、大空洞があれば、そこの主の体もデカいと言う事だ。
「いざとなったら、我々だけで逃げるぞ。中型に警戒しつつ、行くぞ」
その隊長の言葉に続いて、部下達も大空洞の中に素早く入ってゆく。
そして、近場の岩陰で様子を見ていれば、不安は直後に的中していた。
「コウ!!」
勇者の一人が叫ぶ先に、小さな体が殴り飛ばされているのが見える。
「うげ、一人やられた……っ!」
ミネが、思わず小声で叫ぶ。
「即死か……」
もう一人の部下も、その様子に苦々しくつぶやいた。
瓦礫の中から姿を現したのは、中型の【カッパー・ティヌーク】だった。
すぐさま、残った勇者の内二人が応戦に入っている。
「バカか、あいつ等!? なんで、逃げないんだよ!」
ミネが身を乗り出そうとするのを、隊長が手を掛けて止める。
「勝算があると思うか?」
隊長の言葉に振り向いたミネが、一瞬言葉を迷うがすぐに口を開いた。
「無理ですよっ。幾ら勇者でも、小隊そろえて出直してこいですよ!」
一小隊四十名の勇者が居れば、ティヌーク程度なら確かに仕留められるだろう。
しかし、たった四人――ではなく、一人減って三人では、幾らなんでも中型の相手など不可能としか思えなかった。
しかし、勇者達を見る三人は、戦い始めた勇者に見入ってしまった。
振り下ろされる一撃即死のティヌークの腕を、直前で見きって回避して、さらには斬りつける少女の攻め方は常軌を逸していた。
「なんて……戦い方だ」
「勇者だから、死ぬのが怖くない、のか?」
無気力、無力、無能と評価する報告書とは、まるで違う姿を見せていた。
それは、目の前の障害を力技でねじ伏せてでも、前に進むと言う、必死さの滲む姿だった。
「あっ!」
ミネが声を漏らしたとき、今まで攻めていた少女が必死に後ろへ飛んでいた。
それを追い駆ける様に、ティヌークの腕がはじけ飛び、つぶての弾丸が少女を撃ちぬく。
「隊長! 生き残りだけでも、助けましょうよ!」
「待て。勇者がどこまでやれるか、見極めるいい機会だ」
「け、けど。中型相手に、負けるに決まってますよ!」
迷うように、ミネは隊長と勇者達を交互に見やった。
ティヌークのつぶてを受けた少女は、左腕をだらんと垂れ下げて、負傷が深刻だと見て取れる。にもかかわらず、再びティヌークへ向かって行き、振り抜かれる腕を飛び越えて行った。
そして、その片足を立て続けに斬りつけ、切断してしまう。
「なんて執念だ。ここにきて、戦意を衰えさせないと言うのは、彼女が例のジョバンを仕留めたと言う勇者なのでしょうかね?」
「かも知れないな。だが、余りにも無謀が過ぎる」
勇者達の戦いぶりは予想以上で、ギリギリの回避行動だけはやたらに上手かった。
その間にじわじわとティヌークの魔鉱石を斬り飛ばしていくと、目に見えてティヌークがやせ細って行く。
「ほ、本当に勝ってしまうの?」
ミネがまさかと声を漏らした。
しかし、隊長は逆に立ち上がる。
「そろそろ潮時だな。テイランは俺とティヌークの止めを刺すぞ。あそこまで削ってくれたなら、仕留められるだろう」
「了解」
「ミネは岩陰にいる、瀕死の勇者を助けてやれ」
「え、でも、勇者たち、勝ちそうですよ?」
「あんな無謀な戦い方をしていれば、勝も負けるも、ただの運任せにしかならんだろう。俺達は、勝てる戦い方をするぞ」
言うなり、隊長は走りだし、テイランと呼ばれた部下も後を追って行った。
残されたミネは、岩陰に退避してきた勇者の方へ駆け寄った。
余ほど慌てているのか、片腕を負傷した少女剣士がポーションを取り落している。そして、その瓶がミネの足元に転がってきた。
ポーションを拾おうとした少女が慌てて顔を上げると、驚きと恐怖が混ざった顔をする。
「ま、魔物!?」
「いきなり失礼な奴だな。せっかく助けに来てやったのに」
そう言いながらも、ミネは視界の端で倒れたティヌークと戦っている勇者の姿を見ていた。とどめの一撃を加えようとしている所に、ティヌークの残った右肘がはじけ飛ぶ。
そして、爆発に撃ちだされた右腕が最期の勇者を殴り飛ばして、勝敗はティヌークの勝ちとなった。
隊長の言った通り、無理を力業で押し通そうとしたところで、勝つか負けるか、単なる賭けでしかないのだろう。なぜ、道中は慎重に進めていた彼らは、ここに来てティヌーク討伐に拘ったのだろうか。
ちぐはぐな行動原理は、ミネには理解できそうになかった。
後処理はあっさり終わった。
両腕を失い倒れているティヌークに隊長とテイランが走り込むと、飛び上がったテイランが、大剣をティヌークの背に突き刺し、地面に串刺しにした。
そして、隊長が切り上げた剣で、ティヌークの額が輪切りにされる。
簡単すぎて、準備運動にもならなかっただろう。
しかし、本来ならあそこまで追い込むのが大変なのだ。
それを白兵戦だけでやってのけただけでも、すごい事だと言えた。
ミネはしゃがむとポーションを拾って、剣を抜こうとしている少女に差し出した。
「お疲れさん」




