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第二三話 やっぱり、愛している

「ぅ……、んぅ」

 寝返りを打てば、柔らかいベッドの感触。



 ――そんな馬鹿な!?



 驚きのあまり、慌てて飛び起きる。

 薄暗い室内は6畳程度で、壁紙はなく打ちっぱなしの木の板。

 天井に蛍光灯が見当たらない。

 三角にすぼまってゆく屋根だけがあった。

 視線を床に向けてみれば、畳でも絨毯(じゅうたん)でもない、しかしフローリングと言うには荒い木肌。



「……自分の部屋かと思った」

 ツヴォイが残念そうに、つぶやく。

 ここはまだ、若年者更正プログラムの異世界(ゲーム)だ。

「はぁ……」

 ここに残る事は自分で選んだ道だが、現実(リアル)に未練がないわけでもなかった。まだ二ヶ月も滞在期間が残っていると思うと、家に帰りたい気持ちが強くなってくるようだ。



 視界右下に仮想表示されているデジタル時計は、午前5時を過ぎたばかり。

 同じベッドで寝ているコウは、まだ起きる様子はない。

 そっと、コウの寝顔にツヴォイは顔を近づけた。

 そのまま、口づけをする様にコウの髪の毛に顔を(うず)める。

「…………」

 けれど、リアルの様なコウの匂いはしなかった。

 感じるのは、(ほの)かに甘く刺すような霊象(マナ)の匂い。

 それが、こっちの世界で最も感じる違和感。



 きっとそれも原因なのだろう。

 リアルじゃいくらなんでも、コウはツヴォイと一緒に寝たりしない。

 なのに、こちらに来てからは頑として離れようとしなかった。

 必死に、まるで(おぼ)れる手で浮いているモノを(つか)むように、ツヴォイにしがみ付かなければ眠れない様だった。



 寝ているコウの顔にかかっている髪を、そっとよけてやる。

 昨日の拠点村での戦いがまるで嘘だったように、とても穏やかな寝顔をしていた。



 昨日のコウはすごかった。

 死に物狂いで、追い詰められて叫びながら戦うコウは、可愛くて仕方がなかった。

 決して本人には言えないが、戦闘中にツヴォイは何度もコウに見とれていた。

 ジョバンの脚に潰されそうになる中、歯をむき出しにして避けている姿。

 跳ね飛ばされて苦痛に歪む顔が、逆襲の意志をもって立ち上がった視線。

 ついでに泣いている顔も大好きだ。イジメようは思わないけれど。



 こちらの世界に来て、コウはますます可愛くなった。

 現実(リアル)で全てに我慢して、心を閉ざして、なんの感情も出さないようにしている姿より、泣き叫んでいる方が、ずっと可愛い。



 けれど、同時に恐ろしく感じる。

 こんな事をしていれば、いつかコウが壊れてしまうのではないか?

 その美しい意志が砕かれて、二度と叫び戦う事が出来なくなってしまう気がする。



「あんまり……頑張らないでくれ」

 あのとても可愛いコウが好きだから、あまり見せて欲しくないと願う。

 コウは、いつも頑張り過ぎだ。

 そして、いつも方向性がどこか間違っている。

 だけど、ツヴォイに正解が分かる分けじゃない。

 俺が守るんだ! と言う自信も気概も持てない。

 今更、多くの事に負けて逃げる事しかできなかったツヴォイに、可愛い幼馴染を救えるとは思えなかった。



 逆に、いつも救われているのは自分だ。と、ツヴォイは多すぎる感情を把握できないまま、コウの頬にキスをした。

 唇に、とても甘い味が残る。

 それは、霊象(マナ)の味だ。



   ***



 再び寝付ける気がしなかったので、ツヴォイは外に出てきていた。

 昨日までのテント暮らしとは違い、やはり家屋に住むと言うのはとても休まる。

 振り向いた家は、仮設住宅より簡単な掘っ立て小屋状態であっても。



 特に、昨日まで他人だった者同士が同じテントで生活するのは、なかなか気が休まらなかった。

 コウが男子テントに紛れて寝起きしている事が、他の男勇者には余計な負担をかけさせてしまっていただろう。



 勇者用集合住宅は、異世界でありながらどこか懐かしい雰囲気だった。

 それは、日本でよく見る平屋の木造アパートか、もしくは江戸時代の長屋の様な部屋の連なり。

 残念ながら、電気・水道・ガスは通っていないので、どちらかと言えば江戸時代寄りだ。



 今日からは、王国軍の施設工兵部隊が共同浴場の建設も始めるそうだから、(いた)れり()くせりだった。

 今までの様に、村役場やカミナの神殿(いえ)の風呂場を、勇者23名でかわるがわる借りると言うのは、なかなかに互いに大変な状況だった。

 村役場は男湯で神殿は女湯として使っていたが、コウは女性勇者の入浴が終わった後、最後に神殿のお風呂を使っていた。浴室の扉一枚挟んで、ツヴォイを置く形で。



 ツヴォイは何とはなしに、日の出間近の村の中を散歩する。

 ツヴォイの右手には、癖になってしまった剣が握られていた。

 こちらに来てから、どんな時でも常に手放さない様になっている。

 いつ人を殺せる力を持った魔物が来るとも分からないと、剣を持ち歩いていなければ安心できなかった。



 村役場の裏に回り込めば、そこにはテント村の名残がまだ二つ残っている。

 5日前、行商人から取り上げた、元奴隷達11人が今は生活していた。

 と言っても、いつまでもこんな危険地帯に置いておくわけじゃないらしい。

 一時受入場所が決まったら、もっと人界側に向かうそうだった。

 そこで数か月だけ働いてもらい、旅費を稼いでもらう。



 そして順次、国外追放される。



「…………」

 そういえば、桜花が反発していたなと思い出す。

 けれど、最後は折れていた。

 この国の状況は余りにも過酷だ。

 特に、魔物が出れば村の食堂で働いている女性まで、武器を手に戦わなければいけない。

 でなければ、生き残れないから。

 そして、逃げる先もないから。



 50年前にここにあった国は、一度(ほろ)んだらしい。

 国を失った人々は外国に逃げたが、大半が不幸な結末を迎えた。

 強制的に軍に入れられ、使い捨てのコマとして魔界に送り込まれるか、若しくは所有権のない人間として、奴隷狩りにさらされた。

 

 

 盗賊に襲われようとも、野たれ死のうとも、彼らを救う者はいない。

 勿論、百人、二百人ぐらいは、親切な異国人に救われた者も居ただろうが、千万人に上った難民を受け入れられる国は、どこにもなかった。

 逃げて来られてもそんな規模を養えば、どこの国も痛手を負う。

 難民など、邪魔なだけ。



 奴隷にすらなれなかった難民は、文字通り駆除される事もあった。

 別に、そうした対応をとった国が特別残虐(ざんぎゃく)な分けではなく、難民を救おうとすれば、自国民を飢えさせ殺す羽目になる。難民の方も、生きようと盗みや田畑を荒らす事になる。

 どちらが悪とも言い切れない、それが、この世界の当たり前の事だった。



 国とは、そんなか弱い者達が必死に自分たちを守るために築いた盾だ。

 それが分かっているから、この国の人々は奴隷を、正しくは異国の民を迎え入れる事には、非常に神経質になっている。



 この国の民は、いざと言う時は一丸となって戦う。

 難民となって逃げた先に、救いなどない事を知っているからだ。

 しかし、異国の民は、いざと言う時は逃げる故郷がある。

 その違いは、50年前の滅びを再現する違いだった。



 共に戦い、共に死ぬ覚悟がなければ、国と言う守りの盾を共有する事は出来ない。

 それが、【助け合い】と言う、生存の為の最低条件だそうだ。

 だから、この国の人達は優しいのだなと、ツヴォイは思った。

 個人主義に走れば、死を(まね)く。

 命懸けで助け合わなければ、生きていけない土地だから。



 なら、彼らにとって勇者とは何だろうか?

 勇者は日本から来た異国の民であり、今回は三ヶ月で帰ってしまう。

 なのに、なぜこんなにも親切に受け入れてくれているのかとツヴォイは考えたが、すぐに思い至った。



「俺達も、逃げ道がないからか……」

 無能の烙印を押された勇者(ニート)達は、現実(リアルに逃げ帰っても、その先には地獄しかない。それこそ、自殺したくなる。

 けれど、ここで戦っている限り、ツヴォイ達は勇者(ゆうしゃ)だった。

 そして、その成績は現実での評価にもつながる。



「死の恐れもないのだから、魔物とも戦えたわけだしな」

 昨日のジョバンの事を思い出す。

生身の人間では絶対に戦えなかっただろう。



 物思いに耽りながら歩いていたら、どこからか人の声が聞こえていた。

 その声の方向に足を向ける。

 神殿裏の空き地に出てみれば、一人剣を振るう姿があった。



 微妙に剣身の短い改造両手剣を振るう彼女は、軽い掛け声と共に何度も剣を振る。

 ただの単純な素振りで、動きも小さく派手さはない。

 夜明けとともに、日の光が林を越えて差し込んでくる。

 辺りが、世界が一斉に色を持ち始め、生命が動き出すようだった。



 風を切り裂く剣。

 美しくうねる筋肉。

 微かに光る、顔のしずく。

 その瞳はまっすぐに、まるで深刻に見つめる先は何だろうか。



 いろいろなモノが美しい中で、彼女の顔は影が増してゆく。



「…………」

 気が付けば、彼女が腕を止めてこちらを見ていた。

 片手に剣をぶら下げて立っているだけでも、様になる姿だった。



「男女が逆だったら、惚れていたかもしれない」

 ツヴォイは、最高の()め言葉を贈る。

「朝っぱらから、喧嘩売ってんの?」

 険しい顔もカッコが良い桜花が言い返してきた。



 ズレはなかなか直らない。

「ほめてんよ」

「……はぁ」

 あきれた様な顔をして、桜花がため息をつく。



「何やってんの?」

 ツヴォイが歩み寄りながら聞く。

 桜花が、まるで時代劇の俳優の様に、剣を華麗に(さや)へ戻した。

「レベル上げ」

「モンスター倒していないのに、経験値入るの?」

「? どういう意味?」

 本当に意味が分からないと言う、不思議そうな顔が返ってきた。



「モンスターを倒して、経験値稼いで、それでレベル上げて強くするもんだろ?」

 ツヴォイは何を当たり前のことと、ゲームの常識を語った。

しかし、桜花は少し考え込むように黙って、それから、あまり自信がない様子で口を開く。

「アタシはてっきり逆かと思っていたわ」

「逆?」

「つまり、先に技術を身に付けて、モンスターを倒す事でその技術を証明する。つまり、剣道や柔道の段位みたいなものがレベルだと思っていたの」



 なるほど、とツヴォイは驚いた。

 ネットゲームに慣れきっていたから、当たり前だとばかり思っていた。

「その発想はなかった」

 そうなると、もう一つもどう考えるのか聞きたくなる。



「レベルアップでステータスを振れるけど、あれは?」

「そっちは理解できるわ。慣らし運転しているのよ。アタシ達は」

 勇者の体は非常に重く、そして力強い。

 それは、リアルの肉体からはかけ離れている。

「最初から最大出力で動かせば、私達は慣れない体に振り回されて、周りや自分自身を壊してしまうわ。だから、徐々に出力を上げているのでしょう」



「そう考えてくると、ますますゲームとは違う原理で動いているみたいだな」

 桜花が肩をすくめると、付け加えてくる。

「あくまで予想よ。アタシからしたら、データ上のレベルが上がっただけで強くなる方が納得できないわ。毎日、稽古(けいこ)をして必死に強くなろうと努力している自分が……、哀れに思えるじゃない」



 苦い思い出を噛み潰したらしい桜花が、顔を(うつむ)けていた。

 少なくとも、この村では桜花は一番強い勇者だ。

「桜花はそんなに強いのに、これ以上何を求めて強くなるんだよ」

 言った瞬間、ツヴォイも少しばつが悪い顔をする。



 ――そんな、何時間もレベル上げして、強くしてどうなるの?



 そう言ったのは、妹だ。

 真面目で、明るくて、社交的で、兄のツヴォイとは真逆の性格の妹が、傷つけないように、やんわりと配慮しながら、そんな事を聞いてきた事もあった。



「理由、か」

 桜花が視線を向けた先には、神殿裏側にカミナの部屋がある。

 今は誰もいない部屋。

 倒れたカミナは、神野庁の指示で空中神殿に転送されていき、まだあれから何も連絡は来ていない。



「ねぇ、あなたは、なぜ昨日、作戦を続行しようと言ったの?」

 質問には答えず、桜花が聞き返してきた。

「ごめん……」

「別に責めている分けじゃないわ。私はあそこにいた奴らがムカついていたから、意地でも攻め落とすつもりだったから。けど、あなたはそこまでする理由がないでしょ?」

 まして、全員の身を危険に(さら)してまで、あんな無謀な戦い方をする程の覚悟をツヴォイが持っていたとは、桜花には思えなかった。



「何て言うか、あの時、必死だったんだよ」

 きっと、その言葉では通じないだろうなとツヴォイは思う。

 あの時のツヴォイは、コウと同じレベルで必死だった。

 カミナが倒れ、ジョバンが暴れ出し、導き手のいない自分達役立たず共が、混乱を始めればボロボロに崩れ落ちていく未来がどうしようもなく見えてしまっていた。

 だから、誰でもいいから道しるべを作りたかった。



「……ごめん」

「だから、なんで謝る……あぁ、あなたもアタシを利用したのね?」

 ニヤリと桜花が笑う。

 しかし、すぐに解けて悲しそうな顔をした。

「そんな事、気にする必要はないわ。私は、ただやりたい事を後押ししてもらえて、嬉しかったぐらいなんだから。それに、カミナ様はもっと……」



 あの時、拠点村に勇者が突入すれば、クルムズが付いてくることは分かっていたはずだ。そして、クルムズが無差別に人間に襲い掛かるだろうことも、可能性として、もしくは確信をもってカミナは考えていたに違いない。

 桜花にはそう思えた。

 勇者達が魔物と戦えるのは、剣の腕ではなく、単純な耐久力の高さと腕力にモノを言わせたゴリ押しだ。

 だから、戦闘技術を持った人間には太刀打ちできないし、現に少人数の傭兵に押されていた。桜花ですら、強い傭兵を相手には攻め返す事が出来なかった。



 もし、カミナがそれを理解していたならばどう考えたか。

 クルムズを村の中に入れて場を混乱させ、相手側の切り札であったジョバンを撃破する事。そして、追い打ちの様にカミナ自身の手で呪界石を破壊すれば、守るべき目標を失った相手が逃げ出すと考えていたのだろう。

 桜花には、確信に近い予想になっていた。



「カミナ様が何だって?」

「ううん、何でもない」

 しかし、それをツヴォイに言っても仕方のない事だ。

 たとえ、カミナがそういう人間であっても、もう桜花にはカミナの声が、笑顔が手放せなくなっている。

 自分の努力と力を肯定して、求めてくれる声は、呪いの様に甘美だった。



「あぁ……、カミナ様、大丈夫なのかな。」

 桜花の見上げた先には、山を越えて姿を見せた太陽の光を全身で受ける美しい城が見えていた。

 前後に長い土地。

 ここからでも分かる程に巨大な魔導回路が縦横に走る底部。

 城壁は船体の様に城を囲う。

 あれが、神野庁の空中神殿だった。



ツヴォイ達が初めに降り立ったチュートリアル城と勝手に呼んでいた場所でもある。少なくとも、楽々と数百人の参加者を受け入れてしまえるだけ、凄まじく大きな浮遊城だ。



「なぁ」

 と、ツヴォイが桜花を呼ぶ。

「俺にも、レベル上げ教えてくれないか?」

 振り向いた桜花は、意外そうな顔をする。

「いいけど、どうしたの? 急に」



「俺も、もっと強ければコウを守ってやれる。そうすれば――」

「あ、やっぱ、ヤダ」

 大真面目に語ろうとしていたツヴォイをさえぎって、桜花が手のひらを返した。



「ちょ、なんでだよ!」

「気に食わないわね。何が、コウ、コウよ。このロリコンめ!」

「あの体型はコウの趣味で、俺はちげーよ!」

「あら、本当にそうかしら?」



 余りにも自信ありげに桜花がニヤニヤしているので、何かやらかしていたかとツヴォイは必死に記憶を漁った。

「考え込んでいる時点で、墓穴ね」

「はっ! (はか)ったな!?」

「あはは!」



 桜花が楽しそうに笑うと、ベルトから剣を(さや)ごと外し、かまえる。

 それを見て、ツヴォイも慌てて同じようにする。

 (さや)から剣が外れないように、止め金具はしっかりと固定した。

「いいわ、実戦形式で相手してあげる」

 桜花が指先を動かし、空中でツヴォイを何度か指さすように、仮想表示を操作する。



「マジですか」

 苦笑いしながら、ツヴォイは目の前に表示された決闘の申し込みの【はい】をタッチする。

「一つ条件があるわ。私が勝ったら、一日デートさせなさい」

「!?」



 予想外の条件に、ツヴォイは一瞬固まってしまう。

「ぇ、ぅ、お、お前そんな風に?」

 桜花も恥ずかしそうにしながらも、言ってやったと得意げな顔をしている。

「いいでしょ? 偶にはアタシに独り占めさせなさいよ!」



 まさか、そんな堂々と誘われるとは思わなかったツヴォイは、激しく動揺してしまう。そして、思う。

 ――こ、これは、所謂(いわゆる)、伝説に語り継がれるモテ期というやつなのではないか? と。



「本気で掛かってきなさい! でないと、私が奪っちゃうわよ!」

 言うなり、桜花が踏み込んでくると同時、大上段に両手剣を振り上げた。

「う、奪われちゃうのか」

 どうしても、ニヤけてしまうツヴォイ。

 次の瞬間全力で振り下されてきた桜花の両手剣に、ツヴォイはあわてて片手剣をかかげる。



 それは、二人の予想をはるかに超える衝撃だった。

 砕け散る二人の鞘と、慌てて剣を引き留めようとする桜花。

 必死に避けようとするあまり、足を滑らせるツヴォイ。

 二人して体を折り重ねながら倒れ込んでいった。



「いてて」

 覆いかぶさってくる桜花が、重い。

 目の前に桜花の顔があり、ツヴォイはあわてて固まってしまう。

 近い。

 その吐息まで届いてくる。

 薄いシャツ一枚しか互いに着ていないので、体の形が、控え目なのに柔らかい胸が当たっている。



「ねぇ……アタシにちょうだい」

 先ほどまでの稽古(けいこ)で、桜花の体は温まっていた。

 とても、熱いほどにツヴォイには感じられた。

 それが、さらに気持ちを無理やり加熱させてゆく。



「コウを見ているあなたは、いつも幸せそう。あなたの元に戻って来るコウは、いつも幸せそう。……アタシもそこに立ちたい」

 そんな風に目を潤ませた桜花が目の前にあり、ツヴォイはどうしようもなかった。



 俺達は、役立たずの半人前だ。

 ツヴォイは改めてそう思う。

 一人じゃ生きていけない。

 誰かに一緒に居てもらいたい。

 誰かに肯定してもらいたい。

 誰かに、必要とされたい。



 それさえあれば、生きていけるから。



「そっ――」

 言葉を発しようとしたツヴォイの唇を、桜花が自分のそれで押さえつけていた。

 が、寸での所でツヴォイが首を振って、頬にキスさせる。

 それでも、初めての柔らかい感触にツヴォイは目を回してしまいそうになる。



「ふふふ……。やっぱり、避けるんだね。」

「なん、で。こんなことを……」

 体を預けたまま、桜花はツヴォイの耳元にささやく様に言う。

「どうしたら、そんなに互いを信頼し合えるの? 裏切られるかもしれないと、怖くならないの? 心から愛し合っていからなの?」

「……そんなマトモな話じゃない」



 少し冷静になってきたツヴォイは、桜花がずっと震えている事に気が付いた。

 いつから震えていた?

 キスを避けられた時からだろうか。

「俺達は、ただ、互いに依存しているだけだ」

 まるで、震えながら抱き着いてくるコウの様だった。

 だから、ツヴォイは条件反射的に桜花を抱きしめていた。



「…………」

「…………」

 互いに何も言わず、ただ、しばらくそうしていた。

 そうする内に、桜花の震えは収まっていった。



 何となく、ツヴォイにも桜花の恐怖が分かるような気がした。

 身に覚えがある恐怖だ。

 コウが引きこもる前、ツヴォイが一人で部屋に閉じこもっている時、周りのすべてが無理解な敵の様に思えていた。



「愛とか、良く分からないけれど。俺はコウが一番好きだ」

「……」

「けれど、桜花は強いしカッコいいし、憧れる」

「……他には?」

 ツヴォイはこっそりと苦笑する。

「筋肉の付き方が美しい。モデルみたいな美少女だ」

「んふ」

 甘い笑い声が、首筋をくすぐる。



 言葉にしてしまうと、そんな娘と抱き合っているという状況を意識してしまった。

「ちょっとぉ……」

「し、仕方ないだろ。生理現象だ」

「理性で我慢できないなんて、ケダモノね」

「そんな無茶な……」



 桜花はゆっくりと上体を起こすと、ツヴォイの上に座ったまま言う。

「あなた達は、どこまでやったの? 気持よかった? ニートなんだから、避妊はしてたでしょ?」

 突然の爆弾発言に、ツヴォイは顔を赤くする。

「ば、バカ! 俺達はキスだってした事ない!」

「は!? 嘘でしょ! 恋人同士なのに、キスもしていないの?!」

「俺達は別に恋人じゃない。付き合っても居ない。ただ、一緒に居るだけだ」



 ゴンっと音がする程の勢いで、桜花がツヴォイに(ひたい)をぶつけてきた。

 ツヴォイは(うめ)きながら、衝撃に目を閉じる。

「どど、どうしていつも一緒に寝ているのよっ!」

「コウが、人見知りなだけだ……」

「い、いつも一緒にお風呂に入っているのよ!」

「あれは、外で話し相手になっているだけだ。一度も一緒に入った事はない!」

「あ、危なかった。コウが知っている唇を、アタシも知りたいと思ったけど、危うく関係ないあなたにキスしてしまう所だったわ。よくも騙したわね」

「とんだ冤罪(えんざい)だ……」



 カサリと、雑草が鳴る音がした。

 慌てて桜花と共に、ツヴォイも頭の先の方を見る。

「あぁ、いや、邪魔して済まない。私は退散するから、続きをどうぞ」

 苦笑を浮かべながら、松葉杖をついたカミナが立っていた。

「できれば、続行したくないです……」

 ツヴォイが真顔で抗議していると、ふと桜花の重みがなくなった。



「カミナ様!」

 飛び起きる様に桜花が立ち上がり、一歩目の脚がツヴォイの顔面に降って来るから慌てて体を(ひね)って回避する。

 体重の乗った衝撃音と共に地面にくっきりと足跡が付いていた。

 八つ当たりも、ここまで来ると清々(すがすが)しい。



 ツヴォイもゆっくりと体を起こした。

 見れば、カミナに抱きついて桜花が泣いていた。

 それも、昨日まではカミナが本当に死んだのかも知れないと言う予想を、誰も否定する事が出来なかったからだろう。ツヴォイには人がリアルに死ぬという事を、いまいち思い描くことが出来なかった。だから、カミナもきっと無事なのだろうと楽観的だった。

 けど、桜花のなく様子を見ていたら、急に怖くなってきた。



 突然あふれてきた涙に、ツヴォイは慌てて背を向けた。

「ぅ……」

 優しすぎるのがいけない。

 カミナが誰にでも優しいから、それにすがり付きたくなる。

 無視できなくなる。

 心配せずにはいられなくなる。



 涙をぬぐい、視線を前に向けたツヴォイは、裏手の林が見えていた。

「…………」

 そして、木立の(そば)にたたずむ影が、朝日を受けて黄金に輝いている。

 あぁ、これは見られたな、と思う。



「ふふっ」

 ツヴォイはこれから始まる事に、つい笑ってしまっていた。

 楽しい楽しい時間の始まりだ。

 だから、逃げるか迷っているコウに考える隙を与えまいと、全力で走りだしていた。



 良い顔だった。

 コウが錯乱(さくらん)して叫ぶ時は、どこかにツヴォイを信頼して安心しきっていた面があった。

 しかし、今日は違う。

 

 

 真剣な目は、迷っている。

 ツヴォイがこのままコウを棄てるのではないかと、嫌いになるのではないとか、桜花と一緒にどこかへ行ってしまうのではないかと、本気でおびえている。

 だから、ツヴォイは楽しくて仕方がなくなる。

 怯えるほどに求めてくれるその心が、気持ちよくて仕方がなくなる。



 あと少しで、コウに手が届くと言う所だった。

 ツヴォイの表情を見たコウが、一気に迷いを無くしたのが見えてしまった。

「あ、しまっ」

 口走った時には、顔面を右ストレートにぶち抜かれていた。



 今日も変わらず、ツヴォイとコウは(いぞん)している。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

今まで、書いてもパソコンのフォルダーに塩漬けするだけだった作品が、一人でも多くの人に読んでいただけた事は、非常に嬉しい思いがありました。

本当に、ありがとうございます。



この第二三話で、二つ目の章は終わりとなります。

この先の話も考えていますが、ここまでで、書きたかった事の半分が存分に書け、もう半分が思うようにいかずに、いろいろ悪戦苦闘しております。


そして、ダッシュエックス文庫の公募が10月25日までと迫ってまいりましたので、別に書いている応募作に力を入れる為、【繁栄のエクスペリメント】はしばらく更新をお休み致します。


予定では、11月にはまた更新を再開したいと考えています。

第二三話までお付き合い頂けた方々には、本当に感謝しております。

この喜びを糧に、これからもがんばって面白おかしい話を書いていけたらなと思っております。


本当に、ありがとうございました。

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