表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/29

第二二話 肉弾戦系女子

 拠点村に押し込んできた勇者を、傭兵達が迎え撃っていた。

 傭兵は10人程しか居なかったが、設置作業をしていた行商人の部下たちも剣を取り始めれば、次第に勇者達を上回る人数になっていく。

 まさかの正門突破の事態に混乱するなか、バラックの並ぶ拠点村で乱闘になっていく。



「ぬぉ?!」

 予想外の馬鹿力で叩きつけられた攻撃に、傭兵の男は剣を取り落としてしまう。

 勇者だとは聞いてはいても、おとぎ話のそんな存在は半信半疑だった。

 目の前に立っているその姿が、華奢(きゃしゃ)な少女ならば、なおさらに油断してしまった。



「ま、待ってくれ! 斬らないでくれ!」

 無防備になった男に桜花が剣を向けるが、今日はそれ以上やらない。

退()け!」

 それだけ言えば、逃げ出す男を見送った。

 もしかしたら予備の武器を持ってまた襲い掛かってくるかもしれないが、そうなれば何度でも叩き返せばいいと考える。



『みんな、深追いはしないで! 追い払うだけでいいのよ!』

 これは戦争じゃない。

 あくまで、自分達は開拓村の人々を助けるために、拠点村に居座る悪い奴等を追い払うだけでいいのだ。

 そう、桜花は自分に言い聞かせるように、リーダー・チャットで叫んでいた。



 間違えて殺せば、リアルで裁判沙汰になりかねない。

 そんな危ない橋を渡ってしまっている。

 リアルからはじき出された勇者達にとって、そうまでしても守りたいほど、こちらの世界の居心地がよく、現実になってしまっていた。



『門横の小屋を確保したぞー。HPが減った奴はこっちおいでー』

 作戦通り、第二班のリーダーが的確に動いてくれていた。

 カミナを預けて第二班に同行させたジンも、小屋の方から戻って来るのが見える。

 回復場所さえ確保できれば、勇者にとって多少のダメージは問題ではなくなる。

 そうなれば、ゴリ押しで相手を押さえつける事が出来るだろう。



『いた! 防壁の西側に赤い魔象(マナ)反応! これ、魔術師だろ?』

 第四班のリーダーの声だ。

 ジョバンを使役している魔術師さえ押さえてしまえば、この戦いはほぼ終わりだった。桜花が次の指示を言おうと、口を開いたところだった。



「ぎゃあぁあ!」

 聞きなれない本物の悲鳴に振り向けば、オウカ達に向かってきていた作業員にクルムズが襲い掛かっていた。

「なっ! アイツら、仲間同士じゃないの!?」

 予想外過ぎる光景に、桜花の足が止まる。



「もしかして、魔物に人間の区別なんてつかない、とか?」

 戻ってきたジンの言葉にまさかとは思いつつも、拠点村になだれ込んできたクルムズは、無差別に襲いかかっている様にしか見えなかった。



   ***



子爵(ししゃく)様! クルムズを下げてくれ! これじゃ、無茶苦茶だ!」

 行商人の男が叫んでいるのが、ただでさえ痛む頭をなおさら(さいな)んだ。

「うるさい! クソ! よくも頭に剣を刺してくれたな! 劣化版の癖に!!」

 苦し紛れに防壁を叩くが、()り戻し共感が(ひど)すぎて手の痛みも分からなくなっていた。



 村の内部に視線を向ければ勇者とクルムズが、味方と入り乱れて酷い有様だった。

 クルムズを抜きにしても、人数も腕も圧倒的に勝っていたと言うのに、これではホムンクルスの確保どころではなくなってしまう。



「ジョバン! 言う事を聞け! クルムズを外に出せ!」

 男がジョバンの精神に同調させて命令に従わせようとした。

 しかし、うめき声と共に意識を引きはがす。



 ジョバンの荒れ狂う感情に、危うく()まれるところだった。

 これ以上魔物の精神に同調させ過ぎると、自我を失いかねない。

 クルムズの統制も、完全に失ってしまっている。

 このままでは、どうにもならなかった。



「聞けえ! 勇者を仕留めた奴には金貨10枚を出す! 生け捕ったら20枚だ!」

 その金額に、傭兵や行商人の仲間の何人かが喜色と共に反応した。

 しかし、現状はそんな後の事を考える余裕はないと、行商人の頭は逆に焦る。

「無茶を言ってないでクルムズを!」

「黙れ! 邪魔ならクルムズも殺して構わん!」



「…………くそっ」

 行商人の頭にも、クルムズは暴走してどうにもならないと言う事を理解するしかなかった。

 このままクルムズを相手にしながら、人並み外れた馬鹿力を振るう勇者を取り押さえるというのは、あまりにも無理がある。こちらの犠牲が増え過ぎれば、すべてが破綻(はたん)するだろう。



 見れば、行商人の部下たちは、初めて戦うクルムズに予想以上の苦戦をしていた。

 人間相手なら、並みの盗賊ぐらい自前で返り討ちにする自慢の部下だ。

 魔界に棲息(せいそく)する魔物だろうと問題ではないと考えていたが、この混乱した状況では遅からず死者を出し始めるだろう。

 こんな事なら、ケチらず傭兵を20人は用意しておくべきだった。



「お前ら固まれ! 勇者は後回しだ!」

 行商人の頭が、浮足立つ部下に命令を下す。

 その言葉に子爵の男が目をむいた。

「許さんぞ! ホムンクルスは絶対に手に入れろ!」



「体制を立て直さなきゃどうにもならんでしょ!? 勇者を追い払えば、呪界石の設置は出来ます!」

「呪界石などただの時間稼ぎだ! ホムンクルスのオリジナルが手に入れば、人界の地図が塗り替わるんだぞ! あれの重要性がお前には分からないのか!?」



 それでも迷う行商人の頭に、子爵は焦りと苛立ちに()まってゆく。

「くそ! おい!」

 行商人にいくら言っても話にならないと、子爵は自分の部下の方に向き直った。

「この際、神殺しを使い切ってもよい。勇者の頭数を減らせ! 何としてでもオリジナルを手に入れろ!」

「承知しました!」

 一言だけ告げると、弓を持った部下たちが一斉に散ってゆく。



 防壁の足場を降りる者や、バラックの屋根に飛び乗って行くもの、4人の狙撃者は行商人の部下はもとより、傭兵達より頼りになる。

 衰退する子爵家にいつまでも仕えてくれている、腕も信頼もある者達だった。

 そして、子爵家と共に国家の英雄となれる最大のチャンスに、彼らも力が入って行く。



   ***



「ちくしょう! この国に来てから、こんなんばっかだ!」

 叫びながらも作業員だった男が剣を振るう。

 しかし、クルムズの尾先に弾かれれば、爪で切りかかられる。



 慌てて下がった所に、仲間が剣を振りおろしてクルムズを抑えてくれた。

「てめぇだって、大喜びだったじゃないか! 麻薬の売人やるより、まともな仕事で金が手に入るんだ!」

 仲間がさらに剣を振るうが、飛び上がったクルムズに避けられてしまう。

 人間同士の荒事と違い、慣れない魔物の動きを(とら)えきる事が出来ていなかった。



「けど、俺達は戦争屋じゃない! 死んだら意味ないだろ!?」

「うるせぇ! 死にたくなければ、戦えよ!」

 再び振り下ろした剣がやっとクルムズを(とら)え、その肩口を斬り裂く。



「よっしゃ、あぁ!?」

 その喜びの声は、攻撃を受けていながらも更に飛びかかって来たクルムズに裏返る。人間だったら、一太刀斬られただけで動きを止めるか、後ろに下がるはずだった。

 そんなの聞いていないと、口に出す暇もなかった。



「ぐぁ!」

 踏み出していた右足の太ももを鋭い爪で切り裂かれて、たまらず倒れ込んでしまう。

 そこに、容赦(ようしゃ)なくクルムズが追撃に腕を振り上げていた。

「逃げろ!!」

 友の声が聞こえていても、もうどうする事も出来なかった。

 見開いた目が、無慈悲に振り下ろされる爪に吸い寄せられていく。



 赤い軌跡(きせき)が甲殻を割り砕く音と共に、作業員の目の前を吹き飛んで行った。

 一瞬前までいたクルムズが、胴体を破壊されて遠くに落下していく。

「はっ、はは?」

 突然の事に、すぐには何が起きたのか理解できなかった。



「何やっているの! 戦えないなら逃げなさい!」

 目の前で叫ぶ少女には、見覚えがある。

 憎々しくも、毎夜思い出していた顔だった。

「お、お前! あの時の暴力娘!」



「え? あー! 奴隷商人が何でこんな所にいるのよ!?」

 桜花が4日ぶりに見た顔は、あの時アゴを打ちぬいて、その意識を()り取った相手だった。

「って、暴力娘ってなによ! ぶっ飛ばすわよ!」

「てめぇの言葉に疑問を感じろよ!?」

「うっさい!」



 下らない言い合いをしている暇はないと、桜花は急いで首に左手を当てる。

『みんな、魔物を最優先に倒して! 魔物は無差別に襲っているわ! 人間を守りなさい! 勇者は、人間を守りなさい!』

 とにかく、人殺しも、人が死ぬところも見たくはなかった。

 こうなってしまっては、どうなるかなど先の事まで桜花には意識は回らない。

 今目の前の最大の問題に全力を注ぐしかなかった。



『それは大変だ!』

『了解した!』

 すぐに、他のリーダーから返事が返ってくる。

『みんな、人間を守れって叫んだ方が良い! 俺達を警戒して、魔物に襲われている奴もいる!』

 意外な指摘に、桜花は素早く納得する。

『いいわねそれ! 叫びなさい! アタシ達は魔物から人間を守る!』



 各リーダーの頼もしい声に、桜花も気合を入れ直す。

「お、お前達はなんなんだ!? 攻撃を仕掛けているのは俺達の方だってのに、それを助けるって言うのか!」

 足にケガを負った行商人の一人が、仲間に肩で支えられながら立ち上がっていた。



「アタシ達は勇者よ! 人々を守り助けるのが勇者よ!」

「バカかてめぇ! そんなあやふやな理由があるか!」

「うるさい! 黙って助けられなさい! アタシの前で死ぬとか許さないわよ!」



 桜花自身にも分かっている。

 こんな無茶が出来るのは、勇者は死なないと言う絶対的な優位性があるからだ。

 自分が死ぬ様な状況では、こんな行動は絶対にとれないだろう。

 けど、その優位性があるのならば、今はそれにすがりたかった。

 開拓村の人達も、こんな奴隷商人だろうと、人が死ぬのはごめんだった。

「お前ら……。ほんと意味わかんねぇよ」

 それだけ言い残すと、行商人の男達は離れて行く。



「桜花さん! クルムズが村の奥に入っています! 僕らも後を追いましょう!」

「そうね」

 ジンの言葉に村の奥へ視線を向けた瞬間、バラックの屋根で何かが光った。

 そう思った時には、桜花はその何かに突き飛ばされてしまう。

「きゃっ!」

 不意打ちの衝撃に、背中から地面へ倒れこむ。



「だいじょ、うわ!?」

 大した衝撃じゃない。

 ちょっと押された程度だったが、ジンの驚き方が大げさだった。

 見れば、桜花の胸元に矢が生えていた。



「なに? 矢?」

 自分の鎖骨のすぐ上に突き刺さる矢に、ただの圧迫感が嫌に重く感じられてしまう。もう少し、下に刺さってくれれば鎧が防いでくれただろうに、ついていなかった。

 と、その矢の根元から、勢いよく青白い光が(あふ)れだす。



「いたたたっ!?」

 こっちの世界に来てから感じた事のない、明確な痛みが首元から襲ってきていた。

「な、なんだこれ!? うわっ?!」

 今度は、ジンの脇腹に矢が刺さっていた。



 そこだけは、鎧のない場所だ。

 これは、偶然じゃない。

 少なくとも20メートルは離れているというのに、誰かが信じられない腕で狙い撃っていた。



 そして、ジンの矢も同じように青白い光を出し始める。

「いぎー!?」

 悲鳴をあげながら、ジンまで倒れ込んでしまった。



「このぉお!」

 桜花が気合で右腕を伸ばすが、MPがゼロになった途端、魔力まで吸い出し始めた。急に力の入り方が弱くなり、痛みがさらに増す。

 しかし、魔力の吸い出し速度はまだ遅い。

 全部が吸い出される前に抜き取ろうと、歯を食いしばり全力をふりしぼる。



「なめるなぁぁ!!」

 根性で伸ばした右手が、光りを吹き出している矢を(つか)む。

「アチチチ!!? この光?!」

 まるで焼けた鍋を握るような激痛と、自分の右手の皮膚が弾け、その中の赤い液体が沸騰しながら飛び散るのが見えた。

 それでも、握った手は離さない。

 ここで(あきら)めるぐらいなら最初から、そう、コウを投げ飛ばしたあの時に全てを(あきら)めている。



 あの時の、力強いコウの目を見てしまったから、どうしようもなく(あこが)れてしまったから、カミナの誘いに乗った。全力で戦い、守るべきものがある事が、桜花にはこの上なく魅力的に感じられていた。

 桜花自身のやっと手に入れられたかも知れない居場所は、この程度の苦痛で(あきら)められるほど安くはなかった。



「ぬああぁぁ!」

 苦痛に顔をゆがめながら、輝く矢を必死に握りしめ、抜き取るとる。



「はぁ……はぁ……」

 矢じりの先から、桜花の血が(したた)っていた。

 右手の皮膚はすべて弾け、赤い中身をさらけ出してしまっている。自分の手がグロイ事になっていて、そっちの方が桜花にはショックだった。

 引き抜いた矢は光も消えて、吸い出されていた魔力も止まっている。

 ひどい痛みの余韻はあるが、荒く息をつきながらもすぐに体を起こす。

 先ほど矢が飛んできた方向を見たが、もう屋根には誰の姿もなかった。



 これ以上探しても仕方がないと、桜花はジンの方へ振り返る。

「あ、あわわ、あわ……」

 地面で震えている情けない男が転がっていた。

 自分が気合と根性を振り絞っていたのに、この男は……。

呆れながらも、桜花は取り落した剣を拾うと、ジンに刺さっている矢を叩き壊す。



   ***



「コウ! 大丈夫か!? 今助けてやる!」

 未だにジョバンの体の下にぶら下がっているコウを心配して、ツヴォイが必死に呼びかけていた。そんな恰好(かっこう)良さげに叫びながらも、ジョバンの突進から右に左に逃げ回っている状況ではどうしようもない。



 時折ジョバンが魔光を光らせてツヴォイを恐怖させるが、コブに霊象(マナ)を溜めれば突き刺さった剣にも霊象(マナ)が流れて切れ味を取り戻す。

 その度にジョバンは苦しみ、魔法を撃つまでには至らなかった。

 それでも、足踏み一つで即死しかねない相手に、素手でかなう分けがない。



「あった!」

 ツヴォイがやっと目的のモノを見つける。

 決して、今まで無意味に走り回っていた分けじゃない。

 地面に落ちていたコウの剣を拾うと、いよいよツヴォイはジョバンに向きなおった。



「こ、来い!!」

 叫ぶ声は裏返り、迫りくる巨体はさながら2tトラック並み。

 振り下ろされる前足は、削岩機(さくがんき)の様に地面をえぐり進んでくる。

 きっと負ける。

 どうやっても、あの巨体と真正面から戦っても勝ち目はない。



 そんな相手に、それでもコウがそこに居れば、ツヴォイはショートソード一本で向かい合うしかなかった。

「うおあぁぁ!」

 叫びながら、ツヴォイが走り出す。

 直後、水色の光が空に昇った。



 ガクンとジョバンの体が傾き、突然、地面に激突する。

 激しい衝撃に地面が巻き上げられ、踏ん張るジョバンの右前足と共に、胴体が滑ってくる。外れ飛んだ左前足が転がり、後方に置いてかれていた。

 飛び散る土塊に、ツヴォイが右腕で顔をおおう。

 巻き上げられた土を浴びながらも、急いでジョバンに視線を向ければ地面へ突っ込む形で、巨体が止まっていた。



 コウの姿が見えない。

「コウ!?」

 巻き込まれたのかと思って、急いで走り出す。



 しかし、ゴソリと動き出したのは、どこまでも頑丈なジョバンだった。

 残った右前脚を踏ん張り、体を持ち上げようとしている。

 コウも心配だが、今ここでジョバンを止めなければ次はないかもしれない。



 ツヴォイは真っ直ぐジョバンに向かい、その倒れている胴体に足を掛けた。

 狙うは、柔らかいコブ。

 そして、胴体を駆け上がりショートソードを振り上げる。

「うおおおお!」

 見上げるコブが、残った左腕に魔光を溜め始める。

 しかし、ここまでくれば相打ち覚悟で、ツヴォイは剣を振り下ろした。



 直後に襲ってきたのは余りに硬い感触と、半ばから折られる剣。

「うわぁぁ!」

 衝撃に、ツヴォイはジョバンの上から弾き飛ばされていた。

 やられた!

 まだ、ジョバンには歯が立たなかった!

 焦りと不安で、投げ出された地面を転がりながら、ツヴォイは急いで立ち上がる。



 しかし、その先に見えていた光景は完全に予想外だった。



 まったく動かない巨体。

 水平に両断されたジョバンのコブ。

 青黒い体液が、コブの断面からこんこんと湧き出ている。

 それを浴びて、歯をむき出しに、目を見開き、息を荒げて立っている人影が居た。



 青白い魔鋼の片手剣を振ると、コブの断面に突き刺す。

「うあああああああ!!」

 全身を(まだら)に、ジョバンの血で(いろど)ったコウが、勝利の雄叫びをあげていた。

 邪魔するモノを、思い通りにいかない事を、力でねじ伏せ、現実を否定するように叫んでいた。



 そんな荒れ狂うコウの姿は、しかし、達成した喜びの声に聞こえた。

 どんなに現実を否定し、リアルで暴力を振るっても、決して得られることのない結果。それを、今だけはコウは手に入れる事が出来たのだろう。



 そして、ツヴォイはぽつりと感想をもらす。

「かわいい……」



   ***



「ダメです! 新型ホムンクルスには神殺しが十分に効いていません!」

「なぜだ! 既に対策を打たれた?! いや、そんなはずは無い。魔力量がオリジナルを上回っていると言うのか!?」

 部下の報告に、子爵が怒鳴る。

 神殺しの魔矢自体はきちんと機能している。

 魔矢がささった勇者は、確実に動きを止める事が出来ていた。しかし、魔矢を取り除かれて、後方で手当てを受ければ、しばらく後には復帰してくる。

オリジナルの様に完全停止まで追い込む事が出来ないでいた。



「だが、クルムズはほぼ片付いた。負傷者は出たが、まだこちらの方が人数は多い。このままホムンクルスどもを押さえつけるぞ!」

 まだまだ(あきら)めるには早かった。

 と言うよりも、今こそホムンクルスを持ち帰るチャンスが整ったと言ってよかった。



「し、子爵様? 部下たちも息が上がってきています。そろそろ、頃合いかと」

 行商人の男が、おずおずと口を(はさ)んできていた。

「よし、一気にホムンクルスどもを抑え込むぞ!」

「い、いや、そういう意味じゃ……」

 幾らなんでも、あの馬鹿力で、しかも魔導装備も持っているとなると、当初考えていたような簡単な戦闘とは、分けが違う。

 その上、勇者達はダメージを負って後方に下がったと思えば、しばらくするとすぐに復帰してきて、まるで消耗が見えない。

 不死身の肉体と、無限の体力と言われていた噂話が、真実味を帯びてきていた。



「ぐう!?」

 突然、子爵が左腕を押さえて、くぐもったうめき声をあげていた。

「ど、どうしたんですかい?」

「うるさい!」

 子爵が右腕を振って、不安そうな視線を追い払う。



 どうやら、ジョバンが左前脚までやられたらしかった。

 おかしい。

 鬼神カミナは仕留めて、あれ以来姿を見ていない。

 拠点村で戦っている勇者どもは、どいつも大した腕もない雑魚ばかりだ。

 一人だけ少し強い奴がいるが、傭兵相手にてこずる程度でしかない。

 いったい、村の外でジョバンは何と戦っているのか。



 だが、今はそれよりも目の前のチャンスを逃してはいけないと、子爵は向きなおる。

 行商人の頭と共に、その部下達が近くで立ち止まっていた。

 傭兵達は人数的に劣っているのに、手際よく勇者達を押し込めている。

 相手の戦力は言う程、脅威ではない。

 ここに居る行商人の部下たちも動けば、十分に制圧できる。



「何をやっている! 貴様ら、ここで放棄(ほうき)すると言うのならば、報酬(ほうしゅう)はない、ぐおっ!?」

 突然だった。

 子爵が白目を()いたと思ったら、首にぶら下げていた赤黒い水晶が砕け散る。

 そして、卒倒(そっとう)してゆく。



「旦那様!?」

 驚いたように彼の部下たちが走り寄ってくる。

 しかし、抱え起こしても意識を失った男はピクリとも動かなかった。

「ど、どうしたんで?」

 行商人の頭も覗き込んでくる。



「まさか、死んだんじゃないか?」

 そんな声を漏らしたのは、周りにいた誰か。

「ち、違う! これは揺り戻しで意識を失っただけだ!」

 子爵の部下が反論するが、そんな魔術的な知識を行商人の部下が持っている分けもなかった。



「おい! ジョバンがやられているぞ!」

 土煙の晴れた村の外を見ていた一人が声をあげる。

 慌てたように、行商人の頭も、子爵の部下達も防壁に駆け寄った。



「うそだろ!?」

「マジだ!」「そんな、バカな!」

 そこには、左前脚を失い地面に突っ伏しているジョバンの姿があった。

「なんかジョバンの上に立っているぞ!」

「勇者なのか?」

「ちいせぇ。子供じゃないか!」

「あ、あいつ一人で倒したのか?」



 主人が気絶したのはジョバンがやられた為だと、子爵の部下達にも分かった。

 悪魔契約の反動は生易(なまやさ)しくない。後遺症も残るだろう。

 気絶から復帰するのは何日もかかる主人を、待っている余裕はなかった。



「勇者達は手負いだ! お前達、早く戦闘につけ!」

 倒れた主人の代わりに部下が命令を下すが、行商人達は動かなかった。

「お、俺達は、伝説の再来に()れているんじゃないのか?」

 行商人の頭が、引きつったような顔を浮かべている。



「あんた達は何を隠している! ホムンクルスってなんだ! 召喚勇者一人でジョバンを仕留めてしまっているんだぞ! 剣の腕が下手なのは、単に本気を出していないだけじゃないのか!?」

 そう言えばそうだと、行商人の頭は思い出す。

 あの時、開拓村で暴れた少女も、途中から人が変わったように強くなった。

 だとしたら、今、攻め込んでいる勇者達も、状況が追い詰められたら本気になるのではないか?



「落ち着け! 召喚勇者はあくまで不完全体だ! 鬼神と戦って傷ついていたジョバンが運悪くやられただけに過ぎない!」

 勿論、そんな話じゃない事は子爵の部下には分かっていた。

 カミナを仕留めた時点では、ジョバンの体力はまだ余裕があり、十分に戦えたはずだ。ジョバンの上に立ち、金色の毛並をなびかせる小さな猛獣だけがイレギュラーだった。

 あれはきっと、亜神になりつつある。



「お、俺は死にたくねぇ!」

「そ、そうだ! ジョバンがやられたんだぞ!?」

「中型を仕留めるとか、軍隊が動くレベルの話だ!」

 行商人達の中からそんな声が上がれば、その頭は何も言わずに背を向けていた。



「ま、まて! ホムンクルスを手に入れられれば、王爵(おうしゃく)様からから莫大(ばくだい)褒美(ほうび)が手に入るんだぞ!」

 その言葉に、行商人の頭が振り向く。

損切(そんぎり)を見誤ったら、商人は地獄まで落ちる。これ以上、あんな鬼神の子供と(たわむ)れていたら、どうなるか分かったものじゃない」

 それだけ言うと、引き上げの号令を掛けていた。



「待て! 戦え! 商品を手に入れて見せろ!」

 子爵の部下が叫ぶが、もう誰も立ち止まりはしなかった。



 戦闘は決した。



   ***



「はぁっ!」

 出遅れたが、勇者達は捕虜(ほりょ)をとるつもりがないらしく、逃げる自分達を追ってくる様子はなかった。おかげで子爵の部下達は主人を抱えながら馬を走らせ、拠点村を抜け出す事が出来た。



「こうなってしまっては、もうどうする事もできない。一度、領地へ戻るぞ!」

 主を抱えた男が、追従する三人に伝える。

 勇者達は拠点村に残っている。

 森の中を走る街道は、勇者達のおかげで魔物が一掃(いっそう)されていた。

 後は、急いで逃げる事だけに集中すれば良かった。

 その考えが、森から聞こえてきた風切り音に気が付くのを遅らせてしまう。



「がっ!」

 両端に石を結びつけた縄が、主人を抱えていた男に飛んで、巻きついた。

 石の重さに引っ張られて、バランスが崩れる。

 必死に馬の脚をゆるめようとしたが、主人ともども落馬してしまった。

「旦那様ぁ!!」

「敵っ、だ! 警戒しろ!」



 慌てて部下が馬を寄せて来るが、その時には森の中から静かに兵士が出てきていた。意識を失ったままの主に、ナイフを突きつける。

「全員武器を棄てろ」

 馬上からでは、しゃがむような位置にいる兵士にとっさに対応できない。

 主を人質にとられ、更に周囲を固める様に4人の兵士が出てくる。

 もう、本当に、どうする事も出来なかった。



「はぁ……」

 子爵の部下がため息をつく。

 あと少しで、絶大な力を持つホムンクルスを手に入れる事ができ、国の英雄になれるはずだった。

 苦しい中、子爵家をさらに傾かせる勢いで開発に資金を注いだ神殺しの魔矢も、見事に主人の論理を実証した。



 あと少しだった。

 あと少しで、全てが上手くいくはずだった。

「いい、夢だった……」

 それだけ言い残すと、子爵の部下は剣を手放した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ