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第二一話 冷静に見えて、実は混乱している

『カミナ様。準備できました』

 桜花の声が聞こえていたが、ツヴォイはそれ所ではなかった。

 意識を失ったカミナの腕だけで背負い、力任せに引きずって全力で逃げている。

 すぐ後ろには、踏みつぶす勢いでジョバンが追いかけて来ていた。

「うわあぁぁ! コウ! コォウッ!」



 ツヴォイが幾ら叫んでも、振り飛ばされたコウとは逆方向に逃げてしまっている。

ジョバンを引き連れたまま門の方へ戻るわけにもいかず、ただ闇雲に逃げていた。

 どう頑張っても足の遅いツヴォイを、踏みつぶそうとジョバンがどんどん(せま)って来ている。



 それすらも()れたのか、ジョバンの残った片腕に青白い魔光が宿って行く。

 雷光撃(ライトニング・ボルト)か何かだろう。

 あんなものを撃たれたら、ツヴォイの動きじゃ間違いなく避けられない。

「無理、無理、むりぃ!!」

 悲鳴混じりの声に、涙がにじんで来そうだった。



 風切り音が聞こえた。

 背後から飛んできたショートソードが、回転しながらジョバンを追い越し、ツヴォイの頭上を飛び越えてゆく。

 その後を追うように、ジョバンのコブに青い血飛沫が舞う。



 鳴き声は一切発さないが、ジョバンが苦しむようにその場でたたらを踏む。

 飛んできたのは多分コウの剣だ。

 素手でどうするのかと不安だが、両手すらふさがっているツヴォイが心配しても意味がない。

 ジョバンが向きを変えてゆく。コウに狙いを変えたようだ。

 コウがカミナみたいに魔法を避けながら逃げられるのか、激しく不安だが、とにかく、カミナを引きずっているツヴォイに出来る事は無い。



 方向を変えたツヴォイは、門の前に集まった勇者達の方へ走って行った。

 当然、勇者達との間に居たクルムズが何匹か襲ってくる。

 飛びかかり、爪で切り裂いてくるのを、必死に躱しながら、ダメージを無視して強引に突き進む。



 それに気が付いてくれた第一、第四班の勇者達が、応援の為に少し戻って来てくれた。

「ありがとう! 助かった!」

 ツヴォイが礼を言うが、当然、引きずられているカミナに皆の注目が集まる。



「うわ! カミナ様どうしたんだよ!」

「やられたのか!?」

「けど、ケガは、矢が一本だけ?」

「なに、どうなってんの?」

 皆の疑問に答えてやりたかったが、ツヴォイは「わるい! 後で」とだけ言って、第一班の桜花の元へ急いだ。



「桜花!」

 両手でカミナを引きずったまま桜花の元まで走るが、その瞬間、拠点村から何本もの矢が飛んできた。

 そのうちの一つがカミナの足に突き刺さる。

 当然、身じろぎ一つしない。

「カミナ様!? そんな! まさか、しん――」

「桜花! 大丈夫だ、矢がちょっと刺さって、気絶しているだけだ!」



 実際の所は、あの現象がなんだったのかなど、ツヴォイには分かりはしなかった。しかし、今のままでは、勇者全体の指揮が出来るのは桜花しない。

 その桜花まで混乱しては、襲撃部隊(レイド・パーティー)全体が(つぶ)れてしまう。



 拠点村から矢が降ってきている。

 すでに、魔導杖を持った勇者達は、作戦通り火炎球(ファイア・ボール)を撃ち返していた。

 弓に比べると射程はずっと短いので、防壁までは届かない。

 しかし、その手前に着弾すれば、盛大に土煙を巻き上げて視界を奪っていった。



「桜花! 作戦続行だ! カミナ様は気絶しているから、みんなの指揮をとってくれ!」

「で、でも、ジョバンが」

「倒せないケースも説明されただろ。大丈夫、今ならやれる! 土煙が晴れる前に、今しかない!」

 その言葉に、桜花は(うなず)くと首に手を当てた。

『全隊、突撃用意! 魔法使いは火炎球(ファイア・ボール)を門前に集中して! 第三・第四班を中央に行くわよ!』



 桜花の命令が終わると、ツヴォイは動かないカミナを押し付ける様に渡した。

「ちょっと、あなたは!」

「ジョバンを抑える役が必要だろ。俺とコウでやってみる」

「そんな事、出来るの?!」



 ツヴォイは精一杯笑顔を作ると、桜花を(はげ)ますように言った。

「俺達には、出来ない事ばかりだ!」

 そういうなり、走り出す。



「……ばか」

 つぶやく桜花の周りに、広がっていた勇者達が集まって来ていた。

 そして、みな桜花に抱きかかえられてぐったりしているカミナを見て驚いていた。

「カ、カミナ様!?」

 ジンが慌てた声を出すが、桜花は誰かを真似て笑顔をつくる。

「カミナ様はお休み中よ! 最後の仕上げは、私たちだけでやってしまいましょう!」



「わかった!」

「修行の見せ所だな!」

「俺、この戦いが終わったら、カミナ様に告白するんだ!」

「お前、最前列決定だな!」

「ちょ、無慈悲な!?」

 いつになく興奮した勇者達の、ハイテンションな声が返って来ていた。

 ダメージを受けながらも、叫び戦う仲間たちの中で、誰もが恐怖とは違う感覚を感じていた。



 桜花はその声に後押しされる様に、土煙に隠れた拠点村へ目を向ける。

 腕の中で抱えたカミナが驚くほど軽くて、それがなぜか祖父を思い出させていた。

 自分に剣を教えてくれて、そして桜花が裏切ってしまった、あの厳しくも優しい祖父を。



   ***



「ダメですね。これじゃしばらく狙いを付けられませんよ」

 行商人が指揮する傭兵たちは、辺りに立ち込めた土煙に弓を下ろしていた。

 時折、動く影に適当に矢を射ったりはするが、それが魔物か勇者かはもちろん、当たったのかどうかも分からない。

 

 

「くそ、風が弱くて何も見えやしないっ!」

 その苛立ちは、先ほどコブに傷を負ったジョバンが命令を無視して暴れはじめたせいでもあるが、それだけでもなかった。

 攻撃を受けたジョバンの、()り返し共感が男の頭に刺すような痛みをもたらしている。



「旦那様。魔矢は鬼神を射ました。その効果を発揮し、無力化に成功しております」

 唯一、部下からの報告が怒りを(しず)める。

 最大の障害であり、最高の戦利品があの戦場に無造作に転がっているハズだ。

 土煙で辺りは見えないが、鬼神さえ排除(はいじょ)できれば心配はない。

 後は、門の前でうろうろしている劣化版ホムンクルスを、魔物どもが弱らせるのを待てばいい。



「騎馬の用意だ! 追撃戦を準備しろ!」

「捕獲できたら、奮発してくださいよ」

 行商人の頭ががめつく笑う。

 そして、防壁に居た傭兵の一部を引き連れて行った。



 もう(しばら)くもすれば、勇者達は壊走(かいそう)を始めるだろう。

 オリジナルさえ奪えれば、後はどうでも良い。

 勿論、劣化版でもおまけには成るから、出来るだけ壊さずに持って帰れるならそれに越した事はない。



「勇者が突っ込んで来たー!」

 その叫び声と共に、防壁を揺さぶる程の衝撃が走る。

 まるで、攻城槌で打ち付けられたような衝撃だが、そんな装備はもっていなかったはずだ。あまりの揺れに子爵はしりもちをついてしまう。

「な、なにがあった!?」

 目の前の栄光と、連続する想定外。

 場が、混乱し始める。



   ***



『第三班、準備よし!』

『第四班、いつでも!』

 その声を聞いて、桜花は息を吸う。

 ここが正念場だ。

 拠点村の中に居る魔術師さえ押さえれば、この戦いは終わる。



「桜花さん! クルムズが集まってきています!」

 動きの鈍かったクルムズでも、勇者の戦っている人数が激減すれば、これ以上は支えていられなくなる。

 待っている時間は無い。



『突撃開始! 全力でぶち当たれぇ!』

 第三・第四班の12名が、一塊(かたまり)になって土煙の中を突き進む。

『魔法使い! 援護!』

 指示に重なって、追加の火炎球(ファイア・ボール)二発が空を飛ぶ。

 突撃班が土煙を抜けるより先に、門の周囲に着弾した火炎球(ファイア・ボール)が新たな土煙を作り上げた。



 突撃班に追い(すが)ろうとするクルムズは、第一班と第二班の剣を構えた5人が迎え撃つ。

『弓警戒! 全速力!』

 突撃班を見送りながら、桜花が号令を掛ける。

 慌てて防壁から矢を打ってくるが、先ほどよりも全然数が少ない。

 勇者へ襲い掛かる矢には、かかげた盾により(ほとん)どを防ぎ、例え刺さっても、足を止められはしない。

 勇者達の速力はさらに増して、閉じられた拠点村の門へ向かっていく。



 分厚い木材で作られた門は、破城鎚(はじょうつい)を持ち出さなければ打ち破れない強度を持っている。

 体当たりで破れる程柔(やわ)ではない。

 それが、人間や並みの魔物だったならば。

 本体の体重を含めた装備重量が100kgを超える12名の勇者達。

 それが一丸となって、人並み外れた脚力で突撃していく。



「うおおおぉ!」「だあああ!」

 密集した勇者の先頭が門に激突するが、一人二人では受け止められる。

 そこに間髪入れず、4人、8人、12人と立て続けの衝撃が門を襲った。

 それでも、丸太そのものを束ねた強固な扉はねじくれつつ耐えていたが、それを受け止めていた(かんぬき)が、受け金具ごとはじけ飛んで行った。



 一気に門の中になだれ込めば、不意の突入に中にいた者たちは驚きに様々な反応をしている。

 呆然として反応が遅れる者。

 叫び、慌てて逃げ出す者。

 大半の動きがバラバラで、無秩序の混乱に(おちい)っていた。

 しかし、反応の良い何人かは剣を抜き応戦してくる。



『突入成功!』

『人間達が反撃してきた!』

 突撃班の報告に、桜花が胸をなでおろす。

 勿論、また戦いは終わっていない。

 これからが、慎重に仕上げなければいけなかった。



『アタシ達は人殺しをしに来たわけじゃないわ! 人間は斬らないよう気を付けて! 武器を奪って、殴って追い払いなさい!』

『了解した!』

『ちょっと人数が足りない! 早く応援を!』



 土煙が晴れつつあったが、すでに突破されて混乱に陥っているだろう拠点村の防壁には、先ほどまでいた弓兵が居なくなっていた。

『第一・第二班も集合後、突入する! 集まって!』

 わらわらと集まってくるクルムズはまだ20匹近くいるが、それらを無視して全員で拠点村に駆け出していった。



   ***



「うがああぁ!」

 振り下した剣がジョバンの足を斬りつけるが、分厚い甲殻を超える事が出来ない。

「だあぁあ!」

 襲ってきた足を横によけながら、別の足に斬りかかる。

 やはり固い。



 そこに、まさかの巨体でジョバンが飛び上がってきた。

 僅か50cm程度の高さだが、その質量で押しつぶされれば即死する。

 コウは自分からはね飛ぶように背後へ逃れて、地面を転がる。



「お、おま! なんで戦っているんだよ!?」

 ツヴォイが戻って来てみれば、ジョバンの向こうにコウが居た。

 てっきり逃げ回っているとばかり思っていたコウが、正面から戦っている。

 その手には、青い軌跡(きせき)をまとったカミナの剣を振り回しながら。

 すでにコウのHPは4割を切っていた。



「ツヴォ、遅い!」

 コウが無茶な文句を言っている間に、距離を稼げたジョバンが腕に魔光を宿らせる。

「やば、避けろ!」

 言うなり、ジョバンの後ろ脚の先を狙って、ツヴォイが全力で剣を振るう。



 上手い具合に後ろ脚を払われたジョバンが、体を傾けた瞬間に雷光撃(ライトニング・ボルト)が放たれた。

「あきゃぁ!」

 ギリギリ、コウの横に着弾する。

 地面に空いた穴の大きさを考えると、木の鎧なんかあっさり貫通するだろう。



「無茶するなよ! 俺達は、時間を稼ぐだけでいいんだ!」

 ツヴォイの方を振り向こうとするジョバンの尻を追うように走りながら、ツヴォイがコウの方へ向かう。



「コイツは! 壊す!」

 殺気(やるき)満々のコウに、ツヴォイは頭が痛くなりそうだった。

「何を熱くなっているんだよ!」

「カミナ様の(かたき)! 絶対に、バラバラにしてやる!」

「落ち着け! 別に死んだわけじゃない!」

 勿論、ツヴォイにも分かりはしなかったが、それでも認めたくはなかった。

 それに、幾らコウがその気になっても、倒せない相手を前にどうしようもない。

「カミナ様を! カミナ様を返せぇ!」

 ツヴォイの言葉も聞かずに、見開いた目をしてコウが突撃してゆく。



「コウはバカだ。コウはバカだ!」

 ツヴォイは叫びながらその後を追う。

 何をやったって、どう頑張ったって、結果がともなわない事なんていくらでもある。気合と根性だけでどうにかなる程、世の中は簡単じゃないし、優しくもない。

 コウはそれが気に食わないから、だからいつも刃向うようにぶち当たって行く。

 全てを気合と根性でねじ伏せる様に、全力で現実逃避をしていた。



「うああぁ!」

 がむしゃらに振るう剣がまた一つ傷をつけるが、大盾の様な脚は物ともせずに前に突き出してくる。

 それを避けきれなかったコウが、弾き飛ばされていた。

 HPバーが3割を切り、いよいよ黄色くなる。

 すぐさまジョバンの腕が光る。



「ひいぃ!!」

 自分の考えに悲鳴を上げながらツヴォイは走っていた。

 倒れているコウの前に来ると、膝をついて姿勢を低くしながら左腕を構える。

 直後、空気を撃ちぬく三発の雷鳴。



 立ち上がる土煙。

 直撃弾が魔力障壁の欠片をまき散らしながら、弾かれ、逸れていった。

「だぁ! 次は無理だからな!」

 一発はハズレ、一発は盾で防げて、もう一発はツヴォイの左腕の一部を焼き穿(うが)っていた。本来なら、魔法障壁(マナ・エンゲル)の干渉域のはずなのに、盾の中央をずれただけで、あっさり貫通してしまった。

 だらりと、力が入らなくなった左腕が()れる。

 どちらにしろ、もう盾は構えられない。



 すぐさま立ち上がると、二人はジョバンに向かって走り出した。

 余りにもジョバンの魔法の威力が強すぎる。

 とにかく懐に入らなければ、あんな魔法をカミナの様に避けるなど、出来る気がしなかった。



「コウ! 柔らかいところを狙え!」

 ツヴォイはコウを(おお)い隠すように前に出ると、飛び上がりながら斬りかかった。

 渾身の一撃もその頑丈な脚で防がれては、あっさり押し返されてしまう。

 それでも、ツヴォイは再び脚に斬りかかる。



 案の定、ツヴォイの背後から出て横を駆け抜けたコウに、ジョバンは反応していない。クルムズと違って、ジョバンの視野はかなり(せま)いようだった。

「んな!?」

 と同時に、ツヴォイは驚きの光景に言葉を失う。

 コウが、大切な盾を放り投げていた。

防御はどうするんだよ!? と言う言葉を発する前に、空いた左手も剣を(にぎ)る。



 体格の小さいコウならば、ジョバンの腹の下でも戦える。

 そして、カミナの片手剣の()は少し長い。

コイツさえ壊せれば、それでいい!

 ツヴォイの視線の先で、歯をむき出しにしているコウの考えが見えるようだった。

 コウが両手で構えたカミナの剣を引き(しぼ)ると共に、腰も落としていった。



「つぁああ!」

 雄叫びと共に、コウが伸びあがりつつ剣を真上に振るう。

 ジョバンの胴と足を繋ぐ、細い部分に向けて全力で打ち上げた。

 甲殻を貫く感触。

「があぁ!」

 しかし、半ば近くまで斬り込んでも断ち切れない。



 斬撃に苦しむジョバンが暴れる様に足を振り回す。

 斬る事も抜く事も出来ないまま、コウはジョバンの下で必死に剣にしがみついていた。

 振り落されれば、次の瞬間には踏みつぶされてしまう。

 カミナの剣には、きちんと魔力が回っていて並みの切れ味ではない。

 それでも、ジョバンが堅すぎるのだ。



 揺さぶられ、必死に剣にしがみつくコウの視線に、見慣れない突起(トリガー)があった。

 剣身強化の魔法の遮断板とは違う、もう一つ別の遮断板。



(ねば)れ、コウ!」

 ジョバンはツヴォイを無視して暴れていた。

 その隙に急いで側面を回り込み、さらに後ろ脚を避けた。

 その先に、ジョバンのコブが見えてくる。

 

 

「刺されぇ!」

 叫びと共に、ツヴォイが剣を振り回し、投げた。

 わずかな距離を真っ直ぐに飛んでいく剣が、今度こそコブに突き刺さった。

 その瞬間、まるで痙攣(けいれん)したようにジョバンの全身が震える。

 小刻みに震えたまま、ジョバンが動かなくなっていった。

 

 

 と、思ったのもつかの間。

ジョバンが再び脚を動かすと、剣を生やしたままツヴォイに向きなおってくる。

「……そこは倒れてくれよ!」

 素手になったツヴォイが、じりじりと後ずさる。



 そして、ジョバンは向き直ると、突進を再開した。

 怒りを込めて、復讐の地鳴りが始まった。

「やっぱ、無理だー!」

 悲鳴を上げながら、ツヴォイは逃げ出すしかなかった。

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