第二四話 幸せの金糸雀(カナリア)
「コウ!」
村役場に入ってきたのを見るなり、レミアが走ってきた。
そして、コウの胸に飛び込んできくる。
コウも両腕を広げてレミアを受け止めていた。
傍目には子供が二人抱き合っているようにしか見えないが、その様子を見ているツヴォイには、コウが落ち着いて受け止めている事に少し驚く。
普段取り乱す事が多いコウの姿ばかり見ていたツヴォイには、レミアの前で必死に踏ん張っている姿が、少し嬉しい発見かもしれない。
「……ただいま」
「ケガはない? 大丈夫? 午後はお休みなの?」
体を離したレミアは、いくつもの質問を投げかけながらコウの体に手を当てて調べていく。
表情の乏しいコウが抵抗しないので、レミアはさらに服の下にまで手を入れてまさぐり始めていた。
「っ……!? ぁ、……」
その様子にツヴォイの方が慌ててしまう。
いや、これは加減を知らない子供のやっている事だ。
別に……、それ以上の意味はないだろう…………。
「ツヴォ……えっち?」
「………………」
いろいろ弁解したかったが、慌てた脳みそは視線を逸らして黙るしか出来なかった。
しかし、これ程レミアが入念にコウの体を調べるにも理由がある事も、ツヴォイは理解していた。
クルムズ・リーダーと戦った防衛戦のあの日、片腕をなくしたコウが戻ってきたのを見たレミアは、ひどく泣いていた。
やっと落ち着いて来たところに、先週の拠点村での戦闘から帰ってきたボロボロのコウを見て、また泣かせてしまっていた。
勇者の肉体は、余程大きな損壊をしない限り、一晩眠ればHPも全快して怪我の跡もほとんど残らない。
今日も、午前中の戦闘で受けたケガは既に治っている。
しかし、服はそうはいかず、ボロボロのままならば、どれだけ体を破壊されて来たのかを物語ってしまう。ので、今日は着替えてから村役場に、早めのクエスト報告に来ていた。
「だいじょうぶだよ。服もきれいだし」
コウが下手くそに笑うが、レミアの不安そうな表情はぬぐいきれなかった。
安心してもらうには、まだ時間が掛かるのだろう。
見た目には小学生程にしかないのに、レミアと言う小さな女の子は信じられない程に、死というモノを良く知っている。
「ほんとだ……。それに、今日はスカートなんだね?」
コウの服装を見たレミアが、少しだけ声に明るさを取り戻してくれた。
今はもう茶色いシャツとズボンの初期装備ではない。
上には薄い紫はサフランの花の色に似ているブラウスに、濃紺のジャケットを羽織っている。
ブラウスの下からは、同じく濃紺のロングスカートが伸びていた。
ツヴォイの方も新調されたそれは、素材が魔物的に丈夫な革ジャケットを着ているが、その下は相変わらずランニング・コスト重視なのはネットゲームでの癖だ。
若年者更正プログラムが始まってから、一ヵ月。
最近は勇者達の服装もバリエーションが増えてきたのは、村の仕立屋がどんどんオーダーメイドを作ってくれているおかげだろう。
やはり、きれいにカッコよく着飾れば、それだけ勇者達のモチベーションは上がって行った。とは言っても、すぐ補修に出す羽目になるので、片っ端から耐久力重視の分厚い服ばかりが流行るのは仕方がない。
そんな感じで衣服ブームになっていたので、出遅れてしまったツヴォイ達は大きな街の方まで注文をする事になって、やっと今日受け取る事が出来たのだ。
ツヴォイが役場の奥に視線を向けると、昼もとっくに過ぎた受付ホールに勇者達の姿は見えない。みな、まだクエストに出ている時間だ。
いつになく静かなホールの中央にある長テーブルにアズミナが座っていた。
最近は、村から出られないので文字や計算の勉強を村長から教わっているらしい。
さて、どう切り出そうか……。
ツヴォイは悩みながらも、アズミナの方へ近づいていった。
「え、えーと、だな。や、やぁ……」
苦笑いしながら中途半端な挨拶をするツヴォイに、アズミナの方は怪訝な視線を返す。
「気持ち悪い。なんなのよ」
「うぐっ……」
相変わらず容赦のないアズミナの言葉に、ツヴォイの心が折れそうになる。
落ち着け。相手はただの小学生だ。恐れる事なんて何もない。
そう自分に言い聞かせて、何とか平静を装っていた。
「約束、……だからな」
何とかそれだけを言うと、ツヴォイは背負っていたバックパックを下ろす。
その中から、紐で結ばれた大きな油紙の包を取り出した。
椅子に座っているアズミナの方へ一歩前に出ると、視線を合わせる為にツヴォイは片膝をつく。
――戦いに行く男がくれてやるプレゼントなんて、魔物を倒してアズミナを守ってやる事だろ! そしたら、報酬でかわいい服でもプレゼントしてやる!
防衛戦の約束から、予想外に時間が掛かってしまった。
「約束の、プレゼントだ」
そして、油紙の包みを差し出す。
この期に及んでも、ツヴォイはいろいろ悩んでしまう。
少々乱暴な言い方だっただろうか。
もう少し気が利く言葉が思い浮かべばよかったかもしれないが、生まれてこの方、他人にプレゼントをするなんて言う経験がないので仕方がない。
しかし、幾ら約束とはいえ小学生に服をプレゼントするのは高価すぎただろうか。
ペネロペ銀貨40枚分と言うと、この世界では一ヶ月分の給料だが、最近のツヴォイなら七日かからず稼げる程度の金額だ。
食費や給料に対して、衣服の値段がかなり高い。
どうも、この世界の物価がつかみにくかった。
「…………」
差し出したプレゼントはまだツヴォイの手の中にある。
なぜかアズミナが受け取ってくれない。
これはもしかして、趣味が合わないとかそういう可能性だろうか。
まだ包みの中身は見せていないが、そんな嫌な未来予測が持ち上がってきてしまった。
そもそも女の子の趣味なんて分からない。コウの意見を聞いてはみたが、完全にゲーム脳なので好みがコスプレになってしまって役に立たなかった。
どうする?
この妙な空気はどうしたらいい……。
「本気、なの?」
「……え?」
なかなか受け取らないアズミナが、真剣な面持ちで静かに聞いてくる。
ツヴォイには何を聞かれているのかさっぱり分からない。
二人の時間は固まったまま、なかなか動き出せなかった。
「そ、そりゃぁ、アズミナの為に用意したんだ、し?」
「あたしの、ため……」
アズミナは顔をぽかんとさせて、次に驚きに大きく目を見開く。
力んだように口元が閉じ、心なしか頬が赤くなっているだろうか。
恐る恐る伸ばされてきた両手に、ツヴォイがそっと包みを手渡した。
大事そうにそれを受け取ると、アズミナはそっと両腕で胸に抱え込んだ。
「…………」
何かに耐える様に黙り込んでしまう。
これで、問題なく渡せたんだよな?
そう思いながらも、ツヴォイはアズミナの様子がおかしいので、不安がただよう。
そっと、顔を上げたアズミナが、涙を流していた。
突然の事に、ツヴォイは驚き慌てる。
「ぉわ、わ。俺またやっちまったか!? ごめん、アズミナ、そんなつもりじゃ……」
慌てるツヴォイに、アズミナは黙って首を振る。
「アズミナ、アズミナ! すごい、すごいね!」
駆け寄ってきたレミアが、アズミナの肩に手を置いてはしゃいでいるから、ツヴォイはますます混乱した。
「ありがとう、……ツヴォイ」
静かに、アズミナが礼の言葉を言っていた。
そういえば、初めて名前を呼ばれたかもしれない。
「おう」
悪い気はしないと、ツヴォイも笑いながら応じた。
「よかったね、アズミナ! いいなぁ、私も誰かから服をプレゼントされたいな」
久々に笑顔を見せたレミアの様子に、思わぬ効果もあったなとツヴォイはプレゼントの成果に胸をなでおろした。
ツヴォイの横を、コウが同じような油紙の包みを持って来ていた。
「これ、レミアにも」
コウの差し出し方に、ぶっきらぼう過ぎだろとツヴォイは苦笑いしてしまう。
「え、私に?」
「うん」
きっと喜んでくれるに違いないと、コウは満面の笑みで差し出していた。
しかし、
「えっと……」
困ったような顔をしてレミアが一歩下がってしまう。
笑顔のまま、コウの顔が凍りついてしまうのがツヴォイにも見て取れた。
おかしい、レミアはコウに懐いていたはずじゃないのか?
何でこんな事になる……。
ツヴォイが焦っても、何と口を挟めばいいのかも分からず、手だけが泳ぐ。
「あの、えっと、コウ? 私、女の子だよ?」
「? うん。大丈夫!」
ずいっとコウが前に出れば、同じだけレミアが後ろに下がる。
今度こそコウがツヴォイの方を振り向いた。
目の前の現実を受け入れられないと言う、どうしてこんな事になったのかと、驚きと恐怖と、絶望がない交ぜになったような切羽詰まった表情。
その様子に、ツヴォイは頭を抱えそうだった。
これが、プレゼントを渡すと言う行為なのか! と。
相手がどう思ってくれるのか、全く先の見えない恐ろしい行為だ。
まさかコウがレミアに嫌われる事になるとは、思ってもいなかった。
世間一般の普通の人達はこんな恐ろしい事を、一体どうやってこなしているのか、全く分からなかった。
嫌われることに怯えるコウが可哀想だった。
「レ、レミア、そんなに、コウを嫌わないでくれ……」
「ち、違うよ!」
「え、そうなの?」
レミアの言葉に、ツヴォイはもう、何度目かの混乱をする。
事態に思考が追い付かないコウは、涙目になっていた。
レミアが、言葉をつづける。
「だって、服を受け取っても、……私たち女の子同士だから、結婚できないよ」
「「え?」」
ツヴォイとコウの疑問符が重なる。
「えっ!?」
一際大きな驚きの声はアズミナだった。
「え、え? 女の人に服をプレゼントんだから、結婚するんでしょ?」
レミアがとんでもない事を言いだしていた。
「ちょっと待ってくれ、そんなの聞いていないぞ」
「聞いていないのはあたしの方だよ!」
ツヴォイの言葉に、叫ぶようにアズミナが立ち上がる。
「ど、どういう事なの!? あたしは、てっきり、そそ、そういう事だって!」
「え、いや、これは、誤解と言うか……」
「ツヴォ、結婚するの……?」
「お前までなに言いだすんだよ! するわけないだろ」
「やっぱり嘘だったんだ! うそだったんだ!!」
「あぁ! ち、違う、泣くな! アズミナ!?」
「じゃぁ、結婚してよぉ!」
「そ、それは、だってほら、アズミナはまだ子供だろ?」
「あたし、もう15歳だから結婚できるもん!」
「えっ、15歳!? いや、えっ!? そういう法律なの??」
15歳と言えば高校生ぐらいだ。ツヴォイの感覚ではもっと幼いように見えた。
ただ、それでも結婚は早すぎる。
「ツヴォ、みすてないでー」
コウまで泣き出してすがり付いてくる。
ダメだ、コウはレミアに拒否されたショックと、結婚と言う言葉でパニックしていて使い物にならない。
どうしたらいいだ!?
「なにやっているんだ? 君達」
扉の開く音と共に、背後から掛けられた言葉にツヴォイは勢いよく振り向いた。
「助けて、カミナ様!」
***
「はは……」
曖昧な笑みを浮かべたカミナは、困ったように口を開く。
「まぁ、私も似たような事やらかしたから、余り笑えないがな」
「カミナ様も結婚詐欺に、あったの?」
カミナに頭を撫でてもらっているアズミナが、グサリとツヴォイに仕返しをする。
「さ、詐欺って……」
そんな積りはなかったが、ツヴォイは弁明する言葉を見つけ出せない。
「すまないな、アズミナ。私も騙しちゃったんだ。うっかりな」
苦笑いを浮かべたカミナはアズミナに謝ると、ツヴォイの方へ向き直る。
「この国では、服は高価だ。それを誰かにあげる事はプロポーズの意味がある。そして、それを受け取る事は受諾の意思表示なのだよ。私も昔、服を貰った。けれど、あの時はこっちに来てから日が浅かったからな。単純にもらって喜んで、そのままにしてしまった」
「ぅわぁ……」
結婚指輪を貰ってそのまま放置と言う状況を思い描き、ツヴォイは頭をかかえた。
プロポーズをokされたまま、何日たっても次への進展も結婚式の話も出てこないまま放置されていたら、男の方は延々とモヤモヤしたままだったろう。
かといって、急かして意地汚い奴だと思われたくないと、耐えていたに違いない。
「いや、もう、ホントに彼には申し訳ない事をした。彼はデートだと思っていたそうだが、私は単に仲の良い友達が出来た程度にしか思っていなかった。そんな事を一年続けた後に、同棲しようという話が出てきて、勘違いが判明したんだ」
「ぉぅ…………」
それは、余りにもお相手が気の毒すぎる話だった。
「ま、彼もその後、別の女性と結婚できたし? い、今じゃ孫もいるから幸せだろう……と思う」
「そうなんだー」
コウはそう聞いて笑顔になる。
ツヴォイはちょっと今の話が引っかかった。
「孫が居るって、その相手の人はかなり年上だったんですか?」
「いや? 私より8歳年下だった。当時は14歳だったから、私もプロポーズだとは思えなかったんだよ。ほら、この村の村長が彼だ」
「えっ! あのおじいさんが!?」
意外な事実に、ツヴォイが驚きの声を上げる。
「私が孫だよ?」
とのレミアの言葉にも、さらに驚く。
「え、えっと。ちょっと待ってくれ。そもそも、カミナ様は何歳なんだよ」
ツヴォイは片手で頭を押さえながら聞いた。
「おや、女性に歳を聞くなんて、マナーがなっていないな」
「今それを言いますか……」
イタズラっぽく笑うカミナの姿は、若かりし頃もそうであったのだろうと、ツヴォイに思わせるモノだった。
***
『それでは、乙女の心を弄んだ悪い男には、償いをしてもらおう。村も賑わってきたからな。新しくできたお店で、何か買ってもらえばいいんじゃないか?』
そんな事を無責任に言ったカミナは、笑顔でツヴォイ達を送り出していた。
「ふふふ、んふふ」
そんな上機嫌に足取りが軽いレミアは、コウに貰った服装に着替えている。
ローズグレーに染められたブラウスは少し時期が早い半袖。赤墨色のロングスカートの端には茜色と藍色の花が幾つか咲いている。肩に結んだ焦げ茶色のショールが、レミアの心の様にはずんでいた。
レミアの隣に並ぶコウも、無事に受け取ってもらえて嬉しそうだった。
くいっと、ツヴォイの袖が引っ張られる。
顔を向ければ、隣を歩くのはアズミナ。
金糸雀色のワンピースはツヴォイからのプレゼント。
襟には花紫の飾り縫いがあり、膨らんだ肩口や、広がる袖が揺れてきれいだった。腰の太い布帯は、後ろで大きなリボンになっている。
子供の成長と共に何着も服が買える分けではこの世界では、子供の服は大きめに作っておくそうだ。
腰のリボンも成長した丈に合わせて、スカートの下端に縫われていく事が前提のつくりだという、仕立屋の話だった。
「こどもっぽいかな?」
とアズミナが気にするのは、腰の後ろに咲く大きなリボンが、子供の目印みたいなものらしかった。
リボンがなくなったら、一人前の大人になるそうだ。
「ねぇ、ツヴォイは……」
ツヴォイの袖をつまんだまま、そんな不安そうに目を伏せるアズミナ。
その儚げで可憐な表情に、少しドキリとしてしまう。
いやいやいや、相手は15歳だぞ?
そうは思っても、生まれてこの方【年齢=彼女いない歴】のツヴォイにとって女性とは未知の生物だ。
コウは概ね女性の常識から外れているので、全く参考にならない。
男子が女性を意識するようになるのは中学生の頃だが、そんなモノは思春期を暴走させるだけで現実的な事なんか何も考えていない。
正直言えば、未だにツヴォイはそんな事を考えた事がなかった。
それもそうだ。
引きこもりニートの恋愛などネトゲーだけの話で、大抵はネカマ同士で冗談の延長線上のお遊びだ。ネットゲームに若い女性が居るなんて都市伝説を信じるほど、ツヴォイもウブではない積りだった。
女性キャラは、どうせもれなくネカマに決まっている、と。
「俺には……、よく分からない」
「……あたしの事、キライ?」
そんな事は無いとツヴォイは首を振った。
「けど、それが結婚とか言われても。それに、アズミナだって結婚がどういう事か分かっているのか?」
一体自分は、何を小学生相手に聞いているのだろうか。
いい年した、本来なら大学生が一体なにを。
「分かっているよ。一緒に生活して、子供つくって、命を懸けて守りあうんだ」
「っ……!」
真っ直ぐに見つめてくるアズミナの瞳が、子供とは思えない現実の見つめ方が理解の限界を超えそうだった。
「あたしは、ツヴォイとならそうしたいと思ったよ。変な奴だけど、カッコ良かったもん!」
ぎゅっとツヴォイの袖を握りしめたアズミナの視線が、ツヴォイの心の奥底までを見ようとしている様だった。その頬がとても綺麗に赤いと、見とれてしまう。
「か、かっこ……?」
そんな事を同年代の女性から言われたら、きっとコロっといっていただろうな。
そんな方向に、ツヴォイは思考を逃避させてしまった。
「一緒に、……いてくれないの?」
上目使いに濡れる瞳。
不安そうな眉が揺れている。
なんて顔をするんだ!
今すぐに抱きしめたい衝動に、ツヴォイの腕が震えてしまう。
「ア、アズミナ――」
――金も職もない奴が結婚なんて、出来るわけないだろ。
突然よみがえった言葉は、ツヴォイ自身が過去に発したもの。
確かコウに『結婚しないの?』とか聞かれた時に言ったはずだった。
伸びようとした腕は固まり、ツヴォイの開いた口は続きを失い、そして、静かに閉じられてゆく。
小学生の戯言と笑い飛ばすには、アズミナの真剣な目と声を聴いた時点で出来なくなった。
だから、真摯に向き合いたい。
けれど、社会生活もまともに出来ない自分が、そんな贅沢を望むなんて許されない事だ。
アズミナを不幸にする未来しか見えなかった。
そもそも、これはすぐに終わりが来る更正プログラムだ。
もう、ただのゲームだとは思ってはいないが、こっちの世界で何をしようと最後には現実に帰ってしまう。
こちらで手に入れた全てを棄てて行かなければならない。
ならば、きちんと振ってしまえ。
「…………」
ツヴォイは自分の臆病さ加減に、涙がにじんで来そうだった。
こんな小学生一人に嫌われるかもしれないと思うだけで、身動きが取れなくなる。
あの赤い魔物、クルムズ・リーダーにだって、中型のジョバンにも気圧されそうになりつつも最後まで前に踏み出せた足が、今は鉛の様に重く、アズミナの歩幅にすら追い付けなくなっていた。
立ち止まってしまったツヴォイの先で、振り向いたアズミナが悲しそうな顔をしていた。
なにか、何か言わなければいけない。
このままでは傷つけてしまう。
嫌われてしまう。
けれど、何も言葉が出てこなかった。
「ごめん……。ムリを言っているね、あたし」
「ぁっ!」
さっと背を向けたアズミナに、ツヴォイは手を伸ばすだけで触れる事も出来なかった。
離れてゆく金糸雀色。
揺れるリボンの尾が、羽ばたき逃げていく鳥の様に見えてしまった。
余りに苦しくて、ツヴォイは慌てて胸元に手を這わした。
しかし、当然そこには何も刺さっていない。
この圧迫感は物理的なダメージじゃない。
もっと、どこか、違うところが損傷したのかも知れなかった。
苦しくて、愛おしくて、悲しくて、溢れだした涙は静かに流れてゆく。
どんなに欲しても、それを手に入れる事も、守る事も、今のツヴォイには出来ない。そして、働き方が分からない限り、永遠に手に入れる事が出来ない幸せ……。
それが、勇者の運命。
ツヴォイが初めて知ったその気持ちは、喪失と共にだった。




