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符術士

 風切り音が鳴り響く。

 後方に控えた野盗達の内、三人ほどが矢をつがえて、散発的に矢を放つ。精度自体はとりわけ目を見張るところはないものの、別のヤツと切り結んでいる最中にそんな横槍を入れられちゃ、マトモに対策も出来やしねぇ。

 ――ま、それがちゃんと届きゃの話だけどな。

 襲い来る矢は、悉くが空中でその勢いを無くす。

 オレや荷馬車に向けて放たれた矢は正面から迎え撃つ別の矢によって、その全てが空中で射落とされていた。


「何で、届かないんだ――っ?!」


 弓持ちの夜盗が驚愕するのも無理はねぇ。普通矢に対する対抗策といえば物陰に隠れてやり過ごすか、風や火の符術といった広範囲かつ高威力の符術などでたたき落とすかがほとんどだ。

 間違っても、同じ矢で射落とすなんて人間業じゃねぇ。

 符術なりなんなりが使われた形跡もなく、打ち出した矢が急に勢いを無くすなんて現象目にすりゃ、そりゃ我が目を疑うわな。

 対する風はといえば、一度《変化》してひとっ飛びに荷馬車の上に飛び上がり、高所から狙いを付けることで視界と威力を確保している。その姿に動揺も高揚も微塵となくて、援護を頼んだときの狼狽えっぷりからは想像もできない落ち着きぶりだ。

 おかげでこっちは目の前の野盗に集中できるわけだけど……なんかこう、釈然としねぇ。

 我ながら女々しいことを考えつつ、飛びかかってきた野盗を切りつける。《変化》してるのも何人かいるが、連携のへったくれも無いてんでんばらばらの動きだ、驚異になるかっ。


「青二世が――、あんま大人を嘗めんじゃねぇぞ!」


 苛立ち交えの言葉。と、同時に横合いから拳を振り下ろしてきたのは、毛むくじゃらの腕を持つクマ男。いや比喩でもなんでもなく。

 《変化》によってごわごわした毛皮を纏い肥大化した腕は、凶悪な膂力とともに襲いかかる。受け止めた剣を支える腕に、びりりと重い衝撃。


「どう、だぁ! てめぇもたいがい力自慢みたいだが、オレにゃ適わねぇだろ!」


 確かに、クマとオオカミとではその長所は異なる。巨体の体重、発達した腕力、さらには後ろ足で立ち上がり高さを稼ぎ、勢いをつけて降り下ろす一撃はまさに凶悪の一言。

 けど、なぁ――


「確かにこりゃ、随分な重さだ。――けど」


 慎重に体勢を変え、剣で受けていたクマの腕を受け流す。ただ叩きつけることにのみ心血を注いでいたクマ男は、斜めになった接触面に流され体勢を崩す。

 力を入れていた体はその変化にすぐには反応できず、そのまま行けば地面をただ殴りつけるだろう。そのまま見送るのもアリだが、ちょっとした意匠返しだとばかりにクマ男の腕を掴む。


「は?」

「世の中にゃあな――」


 ぽかんと間抜けな顔を晒すクマ男を無視し、崩れた体制を強引に投げの姿勢に持ち込む。


「――てめぇ以上の力自慢なんざ、ごまんと居るんだよっ!」


 クマ男の巨体が宙を舞う。重量感ある固まりがものの見事に空を舞うんだ、そりゃあ見応えがあるんだろう。

 ぽかんと口を開けていた弓持ちの野盗達は、しかしクマ男が吹っ飛ばされた方向を悟るとそろって顔をひきつらせる。

 逃げよう、と踵を返すが――遅せぇ。ちんたらしている間に目前に迫ったクマ男は、そのまま弓持ち達を巻き込んで地面を転がる。

 上がる悲鳴と土煙。

 おーおー、随分派手になっちまった。

 まぁ援護があるとはいえ複数を相手に立ち回ったんだ、これくらいにはなるだろ。

 そんなことを考えながら、すっかり足がすくんだ様子の残る野盗達にたたみを掛けた。




「な、なんなんだ、これ――」


 呆然、といった様子で言葉をこぼす野盗達。荷馬車を守るようにして出現した石柱を見上げる瞳に浮かぶのは、恐怖、戸惑い、畏怖――おおよそそのような感情だろう。

 人とは誰しも、目の前で己の理解しがたい現象が発生すれば、まずそんな感情を抱くものだ。


「ま……さか、これ、符術かっ?!」


 腹部の痛みを堪えながら、驚愕押さえられぬように叫んだのは先の野盗。

 ……正解だ。

 心の中でそれに答えながら、足を止めた野盗達に棒を振るう。注意のほとんどを石柱へと向けていたのだろう、対処の遅れた野盗達は、俺程度の腕でもたやすく意識を落とすことができた。


「クソ! 好きにさせるかよ!」


 仲間の倒れる様子に我に返ったか、痛む体を押して先の男が駆け出す。その体にはうっすらと獣の体毛が顕れていた。《変化》したのだろう、しなやかさを増した動きとのっぺりとした印象を与える毛皮が駆ける。

 特徴的な爪も、牙も見えないそれはイタチの《変化》だろうか? 接近を阻止しようと棒を繰り出すが、しなやかさを増した動きでするりと交わし、武器も手にしていないというのにこちらの懐へ潜り込み――

 悪寒。とっさに地面を蹴れば、目の前を白い何かが走り抜けた。


「ったく、いい反応だな。嫌になる」


 忌々しげに、だがどこか愉しげに口にする。

 歪んだ口元から覗くのは、特徴的な白。先ほど目にしたそれ。


「……ビーバー?」

「正解だよ、優男」


 どうやら正解だったらしく、くつくつと喉を鳴らす。

 愉しげな笑みを浮かべたまま、第二戦の幕が上がる。近づかせまいと牽制するが、繰り出す棒を捕らえ所のない動きでするりするりとかいくぐって接近。

 懐に入られてしまっては、細かい取り回しが効かない棒の攻撃はますます当たらなくなる。元より《変化》前にほぼ同等だった相手だ、向こうの身体能力が上がった以上、同じように拮抗できるなど思い上がりもいいところだろう。

 喉元を狙って繰り出された噛みつき。棒を引き戻すことでどうにか事なきを得たが、身代わりになった棒が半ばからばきりと折れる。げに恐ろしい切れ味に、背中を冷たい汗が流れる。

 もう身を守る物は無いぞ、そういわんばかりに嗜虐の笑みを浮かべた野盗。《変化》によって獣の特徴が強く表面化した顔を醜く歪ませた。

 ――いつか見た者達と、その顔が重なる。


「……“起動”(リェン)」


 過去の幻影を振り払うよう、力ある言葉を口にする。

 地面に落とした紙切れから、紅蓮の炎が吹き上げる。野盗は済んでのところで気づいたようで、しかしわずかに毛皮を焦がしながら後退した。


「っ……! へぇ、案の定あんた、符術士か!」


 油断なくこちらを視界に納めながら、どこ感心したようにあざ笑った。



 符術と呼ばれる術がある。

 触媒を用い呪符に刻んだ紋章を媒介に、火、土、水、木、金――自然物に働きかけ、操る術。

 体内の力を用い、身体能力を引き上げるのが《変化》や気功術であるのなら、同じ力を使い自分以外のモノを強化し、利用するのが符術。

 己の望む現象を起こすため、必要な制御方を紋章と共に刻み込み、力を込めた物。

 先ほど荷馬車を守るように出現した石柱がそれであり、野盗に向けた炎も符術による結果だ。

 《変化》や気功術とは異なり、符術はその存在を知られている一方で、使い手となるととたんに数は少なくなる。

 己の肉体に向けた力の試行である《変化》や気功術とは異なり、符術は自分ではないモノに対して働きかける。つまりその分制御などが難しくなり、難易度が増すと言われている。

 その一方で、今し方して見せたように石柱を作り出すことや火の気のないところから火球を生み出すなど、その利便性は多くの者に知られ、また認められている。


 故に――



「これは、とんだ拾いものだな」


 口元を卑しく歪め、にたりと笑う。

 符術は、媒介となる符によってその効力を発揮する。つまり、逆に言えば術符さえあれば術を試行できる――試行者が術士である必然性は、無い。

 例を挙げるなら火打ち石の代わりに弱い炎を生み出す術符など、生活に便利なものから護身目的の防壁を生み出す術符など、値は張る物もあるが多種多様な術符が、場所によっては売り買いされている。

 そのため、術符を作成できる者は野盗などの非合法の手段も厭わない不届き者にとっては格好の獲物となる。


「……捕らぬタヌキの、だな」


 だが、それも捕らえることができればの話。例え捕縛したとしても、術符づくりを強要され、素直にはいと頷く訳もない。

 符術士に作成のための道具を渡すことは武器を渡すと同義であるし、何より術符にどのような術が込められているのかは素人目には判別が難しい。逆手にとって強要した者を自滅させるような欠陥を作るかもしれない。

 つまり、苦労して捕らえたとしても得られる利は少ない。

 のだが――どこにでも博打を打ちたがる者はいる、ということか。

 ぽつりと口に出した言葉が聞こえたのか聞こえないのか、野盗は身を低くしこちらへ詰め寄る。折れた棒を投げつけるが、先ほどまでと同じくするりと避ける。


「無駄だぁ! おとなしく――」


 しかし野盗の言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 野盗が避けた棒の片割れが、地面に接触したとたん爆ぜる(・・・)。

 爆風は野盗の体勢を崩し、前のめりでただでさえ安定を欠いていた野盗はたたらを踏む。吹き飛ばされまいと四肢で地面を踏みしめ、その動きを止めた。


 符術は術符そのものが本体ではなく、その本質は符に刻まれた刻印。

 ただし術が発動する際に刻印が消失、その余波で発生する熱が刻んだ対象を痛めるという特徴がある。そのため紙などの消耗してかまわない物に刻む事が殆どだ。

 故に符術士の攻撃で尤も警戒すべきが術符であると認識している者が多く――このような奇襲が成立する。


 動きを止めた野盗に肉薄し、片割れの棒を叩き込む。

 とっさに避られはしなかったが、腕で防御された。鈍い音は多少のダメージも与えている事を教えるが、到底行動不能にはほど遠く――


「――“発動”(シェィファン)」


 力ある言葉と共に、紫電が迸る。

 防御不能の雷撃に貫かれ、野盗の体がびくりと跳ねた。同時に役目を終えた刻印が熱を帯び、消失。すでに破損していた棒にさらなるダメージを与え、もはや打ち合うだけで壊れそうな有様だ。

 力の抜けた野盗の体が地面に崩れ落ちる。

 相手に意識が無いことを確認し、ほっと胸をなで下ろした。




 取り囲もうと必死で動き回る野盗たちの隙間をかいくぐる。すぐ側を通ると反応のいいのは捕まえようって手を伸ばしてくるけど、甘い甘いっ!


「クソ、この、ガキが……」


 いっこうに捕まる様子のないぼくに、さんざん追い回させられた野盗達は苦々しげに吐き捨てるけれど……うん、その声には疲労の色が濃いわけで。

 今も見渡す限り《変化》しているのはもう二、三人くらいしか残ってない。他の野盗達はもう、《変化》を維持するだけの体力も無いのかな? ぼくが近づいたときの反応も比例するし、確実かな。

 ペース配分、解ってないんだなぁ。まったく、自分の体力くらいはしっかり把握しないと、だよ。

 それでもぼくを追い回すことをやめないのは、それだけ怒り心頭なんだろうねぇ。

 特にさんざん時間を使わされてるって事に気づいてない辺り、掬いようがない。

 ホントに、何でこういう素人が盗賊名乗っているんだか。こういう素人集団が居るから、こっちまで誤解されちゃうんだよねー。

 まったく、いい迷惑だよっ。

 息の上がった野盗達の姿に、こんな連中と同列扱いされた事を思い出して腹が立つ。自分の体調管理すらマトモにできてない連中と同列視されたんだ、その気持ちもわかる、よね?


「じゃ、そろそろぼくも頑張ろっかな」


 時間稼ぎも十分。距離も上々。やりたいこともやったし準備万端、さてみなさんお立ち会い――そんな意志を込めて口に出した言葉に、だけど野盗達は憎々しげな視線を向けてくれる。


「はっ……ようやくバテてきやがったか、クソガキ」


 あ、体力切れ狙ってたんだこの人達。

 ……それなら他にいくらでもやりようがあるだろうに、ホントなんでこんな非効率なやり方するんだろうなぁ。


「バテるって、ひっどいなぁ。キミたちと同列にしないで欲しいよ」

「は、強がりを――」

「強がりじゃないよ。――だってぼく、最初はともかくさっきからぜんぜん剣、抜いてないよね?」


 にこりと、無邪気に無垢に投げた問い。野盗達はそういえばと言われて気づいたんだろう、はっと息をのむ。

 野盗達を馬車から引っ張ってくるのに多少剣を抜いてやり合ったけど、そのあとぼくはひたすら回避してばっかりで、短剣だってろくに抜いてない。まぁ両手が使えた方が避けやすいかなー、って思ってたのもあるけどさ。

 両手に光る鉄の輝き。手の平に収まるくらいの、夜盗達が持っている物と比べたら随分ちっぽけな存在。

 だけどその輝きは雲泥の差。本能で格の違いを感じ取ったのか、はてさて別の理由か疲労漬けの体を押して防御態勢を整えようとする野盗達に向けて――ぼくは地面を蹴った。

 ――手にした短剣に伝わる、肉を切る感触。


「ぎゃっ?!」

「うわぁっ?!」


 上がる悲鳴。足を切られた野盗がうずくまる。側にいた別の野盗が悲鳴に反応して剣を振るうけど、その時にはぼくの姿はとっくに無し。逆に空振りした剣が仲間の野盗に当たりそうになって、慌てて引き戻す有様。


「にゃろう、どこに……って、うぉっ!?」


 ぼくの姿を探し、視線を巡らせる野盗達。その視線をかいくぐって接近、攻撃、離脱を繰り返す。

 あっという間に半数以上が切りつけられて行動不能になったところで、ようやく円陣を組んで防御態勢を整える野盗達。だけどそんな抵抗をあざ笑うかのように、緩急をつけた動きで翻弄し、できた隙間に短剣を突き立てる。


「この――っ!」


 降り下ろされた剣を、左に持った短剣で受け流して起動を変える。勢いを殺さず進路だけを変えた剣は別の野盗の腕を切りつける。一方で右手の短剣は更に別の野盗の手首を切りつけ、赤い飛沫をまき散らす。

 血煙を纏って輝きを消した短剣を更に一閃、新たな悲鳴を置き去りに、反撃される前に離脱。

 一向に攻撃が当たらない、一方的な展開に歯噛みする野盗達。

 ふんだ、|《海人》(オセアノ)を嘗めるからだ。

 |《海人》(オセアノ)は水の中で暮らす獣の力を宿す。そして水の中で暮らすって言うことは、それ相応の力を持っているってコト。

 だってそうだよね? 泳ぐのって全身運動、すっごい力がいるもん。

 陸の上で《変化》してしまえばその力を生かすことはできないけれど、気功術を使えば話は別、泳ぐための力を脚力として利用できる。だから同じ気功術同士なら、下手をすれば脚力強化型の|《陸人》(ルディ)と同等程度の脚力を誇る人だって居るくらいだ。

 |《海人》(オセアノ)の脚力なめるなよ! だ。

 加えて水流や海流にずっと晒される水の生き物は、陸の生き物よりも高い体力を持っている場合が多い。だって体力がなかったらずっと水流に逆らって泳いだりできないじゃん。そしてそれは水の獣の力を宿す|《海人》(オセアノ)も同じ。

 だから体力切れを狙うとか、悪手も悪手、最悪の選択だって言ってもいい。

 まあ、初めから|《海人》(オセアノ)を嘗めてかかっていたから、そんなことちっとも気にしていなかったんだろうけどね。


「なんで――何で、こんなガキがっ!?」


 仲間は全員行動不能にされ、自身も傷を負って血を流す。自分よりもずっとずっと年下の相手にここまでされるなんて、これっぽっちも思っていなかっただろうイノシシ男は《変化》を維持することすら忘れて半狂乱。

 無防備な姿を切り捨てて、終幕――森の中、立っているのはぼくだけで、野盗達は地面の上に転がる。痛みにうめき声を上げる者、気を失っている者、射殺しそうな目でぼくを睨む者。その反応は様々だ。

 全く、ホント失礼しちゃうよね。

 自分たちだって藤跳村の荷馬車やぼくらを害する気満々だった癖に、自分たちが負けたらとたんにこれだもん。

 くだらないなぁ、と誰に向けるでもなく吐き捨てた。





 無力化した野盗連中を、意識の無い内に手早く拘束する。結構な怪我を負ってるのもいるから、放置でも問題は無いだろうけど、追ってこられちゃ面倒だろ?

 ……あ? ンな面倒な事しなくても止めをすりゃいいだろ? まぁそうなんだがなぁ……

 なんだかんだで風の奴は対人戦初めてっぽいし、あの村での様子からするに、人を殺すとかに抵抗があるんだろ。それが例えこっちを害しようとしてきていたとは言っても、今は抵抗すら出来ねぇ有様。無抵抗の人間に止めとか、流石にオレも寝覚め悪ぃしな。


「あ、こっちも終わってた」


 がさりと茂みが音を立てることもなく、唐突に声。視線を上げれば海が、いつもとかわらねぇ様子で姿を現していた。


「こっちもってコトはそっちも……まぁ、ンなことは聞くまでもねぇか」

「あー、何それ酷いー。まぁちゃんと始末してきたけどさぁ」


 不機嫌そうに口を曲げたものの、引きずることなくえへんと胸を張る。……いやうん、んな物騒なことで胸を張るなよ。いつもの事ながら。

 討ちもらしがいないか確かめてでもいるのだろうか? ほてほてと一見無邪気に歩き回りながら、野盗達の数を確認していく海。

 そんな海の姿に気づき、村人達がびくりと身構える。


「あれ? なんかぼく警戒されてる?」

「ったりめぇだろ……。むしろ何で警戒されないと思った」

「えー、だってぼくこの人達に危害加えてないもんー」


 「なのに酷いよぉ」などと抗議の声を上げる海に、村人達の間に戸惑いが生まれる。……そりゃそうだ。海の奴ホント言動通りガキそのもので、とてもではねぇけど警戒すべき盗賊(あらくれもの)には見えねぇもんなぁ。

 ……つっても、その「そうは見えない」ガキが野盗半分ほど引っ張ってって、けろっとした顔で帰ってきてる訳なんだが。


「あー……。その、いろいろと警戒するのは当然だし、黙ってたこっちにも非があるんだが……見ての通り、こいつは普段こんななもんでな。口で言っても妙な混乱引き起こすだけだって、ちっと軽く考えてた」


 同感なんだろうなぁ、村の連中は何か言いたそうな顔をするものの、口を挟まず視線で続きを促す。


「それと言い訳に聞こえるかもしれねーけど、こいつ口では盗賊だーとかぬかしてる癖にオレらの前でそれっぽいことしたの、見たことねぇんだ。それもあって、な」

「なにそれー、ぼくの言ってること信用できないっていうの? 酷いなぁ」

「いやこの件に関してまるっと鵜呑みにするとかどうだよ?」


 いらん茶々を挟む海に、ついつっこまずにはいられない。


「別に痛くも痒くもないよ? だって、さっきも言ったみたいにぼくらの中じゃ盗賊と野盗は別物だしさー」

「ああ……確かんなこと言ってたな」

「ま、どっちも真っ当なのじゃなくて裏っ側だから、ふつーの人からしたら同じに見えるわけだけどさ」

「オイ、人のフォロー無駄にすんなよ?!」


 せっかく気ぃ使ってやったのに。とつっこめば、海はくすくすといつもの小悪魔ぜんとした顔をほころばせていた。

 ……なんか無性に腹が立ったので、その頬を引っ張っといた。


「ふょ、ひょ、ひゃひぃふるのーっ?!」

「喧しい、てめー少しは反省しろってんだ」


 無駄に延びる頬をみょんみょんと延ばす。海はどうにか抵抗しよーとしているみたいだが、悲しいかなリーチの差もあって海の手はオレには届かない。むなしく空振りする手がぱたぱたと上下する。


「……わかった。ひとまずアンタの言うことを信じよう」


 オレらのやり取りに毒気を抜かれたのか、一行を纏める代表のおっさんがそう口にした。


「助かるよ」

「いや、助けてもらったのはこちらだ。礼を言うべきなのも我々だろう」

「まー、仕事だからな。受けたモンはきちっとこなすって」

「そうか、それは頼もしい。……だが、その子がこちらに何かをした場合は」

「わーってるって、そこんとこはきちんと責任持つ」


 ひらりとわざと軽薄そうに手を振る。そんなオレに村の連中の反応はざまざまだったが、どうにか納得してくれたようで一安心だ。

 やれやれ、ホントあの悪ガキは……盗賊だなんて言えば普通の連中にどういうふうに見られるか位解っているだろうに、何でこんな面倒ばっかり起こすかね。

 ため息と共にジト目を向けたものの、当の悪ガキ殿は素知らぬ顔でやり過ごしたのだった。




「んっと……あ、あったあった」

 地面に突き刺さった矢を回収して回る。矢は消耗品だけど、こうして再利用できるものはちゃんと回収して利用しないと。もったいないもの。

 狼達と会う前は家に住んでいたわけだから、作り置きした矢をためておいたりもできた。けれど、今は殆どいつも移動してるもの、ゆっくり作っていられないからね。その重要性は大きくなっている。


「あー、結構深く刺さって……ん、よっと、抜けた。って、あれ?」


 樹の幹に刺さった矢を抜いてみると、銀色の矢尻が顕れた。見慣れた黒い矢尻じゃない……ってコトはこれ、野盗の矢?


「……どうかしたのか?」

「あ、黒。これなんだけどね」


 あたしと同じようにあちこち歩き回っていた黒に、さっき抜いた矢を見せる。


「……?」

「えっと、こっちがあたしが普段使ってる矢なんだけどね」

「……黒曜石?」

「うん? ああ、そういえばそういう名前だって言ってたっけ」


 あたしの矢に使われている黒い矢尻を見て、黒はそう呟いた。

 うん、確か時々来てくれる商人のおじさんがそんなこと言ってたっけって思い出したから頷いておく。

 たぶんまぁ、そういう名前なのよね? あたしはずっと「黒くて便利な石」って呼んでるけど。


「で、こっちがさっき拾った矢なんだけど……これって鉄、よね?」

「……ああ」


 確認のために聞いてみると、黒から肯定の言葉が返ってきた。


「へぇ……鉄って鍋とかナイフ以外にも使うのね」

「……黒曜石を使う方が珍しいと思うが」

「? 何か言った?」

「……いいや」


 まじまじと野盗の矢を見ていたあたしの後ろで黒が何か言ったみたいだったけど、気のせいだたのかしら?


「……ところで、それも回収するのか?」

「え? でもこれってあの人達の矢よね? それじゃ泥棒なんじゃ……?」


 つい、そう聞き返してしまう。だって海や狼ならともかく、黒がこんなコト言うなんて、ねぇ?


「……?」

「えっと……なんていうか意外だったっていうか……だって、取っちゃうことになるでしょ? それって泥棒じゃない」

「……ああ」


 あたしの言葉に黒は合点がいった、という感じに頷いて、


「……迷惑料?」


 と、やや自信なさげにそんなことを口にした。


「そういうものなの?」


 問いかければ、ややあって黒はこくんと頷く。

 うーん、そういわれたらもらっちゃっても……うーん、でもそれってやっぱり気が引けるっていうか、やっぱり他人の作った矢だとあたしが作ったのとちょっと飛び方とかも違うだろうし……ああ、でも鉄の矢尻は珍しいわよね。……うーん。

 矢を前にうんうんうなるあたしの横で、黒はもうやることは終わったのかしら? 何かじっと見られてるような気もするんだけど……?

 ……えっと、あたしまた何か変なことやってるのかしら?


「二人ともー、だいたい終わった? 村の人たちがね、そろそろ出発したいっていってるんだけど」


 などと不安を覚えた頃、ちょうどいいタイミングで声がかかった。


「あ、うん今行くわ」


 隣で黒も頷いている。荷馬車が止まっているところまで行くと、村の人たちが準備を終わらせていたみたいで、馬達もようやく走れるぞって張り切っているように見える。


「そういえば、荷馬車に被害って……結局あったの?」

「いや全く」

「そっか、良かった」


 飛んできた矢は片っ端から打ち落としていたけれど、そっちに集中しちゃっていたから他がどうなっていたのか、あんまり見てなかったのよ。ほっと一安心ね。


「まあ……いきなり石柱がせり上がったときは、流石に肝を冷やしたが……」

「……驚かせてしまったか?」

「はは……それは勿論」

「……そうか。それはすまない」

「いやいや! あれ、荷馬車を守ってくれたんだろう? アンタが謝る事じゃないって」


 村の人たちの言葉に、心なしか申し訳なさそうな黒。でも村の人たちもすごいわよね、あたし初めて黒の「ふじゅつ」だっけ? あれ見たときはすっごくはしゃいじゃったのよ。だから真近くで発動した術に、結構落ち着いているように見える、それだけでも尊敬の対象だ。


「点呼完了、ってことで、そろそろ出発だな」

「出発って、でもあれはどうするの?」


 と、指さすのは勿論街道を塞ぐようにして積み上げられた木の山。

 あたしの問いに狼は一言、


「んなモン、勿論退かせるに決まってんだろ」

「ふん、そう簡単にできるかな」


 狼の言葉を否定したのは、あたし達五人でも村の人たちでもない、別の人。

 いろいろとやっている間に起きちゃったのかしら? 縄でぐるぐる巻きにされた野盗の一人が、憎々しそうあたし達に向けて言い放った。


「あれは俺自ら指揮を執って組み上げたバリケードだ! そう簡単に壊せると思うなよ。時間をかけていれば仲間が来る、せいぜいそれまで足掻くんだな」


 くつくつと肩を揺らしながら、そんなことを言う。野盗の言葉に村の人たちは顔を見合わせ、不安そうにあたし達をみる。

 集まる視線を受けて、狼はばつが悪そうにがりがりと頭を掻く。


「いやそれ、そのカッコで言っても負けイヌの遠吠え意外のナニモノにも……。なぁ黒、こいつの《変化》って?」

「……ビーバー。……だったはず」

「ちゃんと教えただろうっ?!」


 黒の自信のない返答に、思わずつっこみを入れる盗賊。そんな野盗を無視し、狼はああとなにか納得がいったように頷いた。


「なるほどな、確かにあいつら木を組み上げて巣を作るだの言うか。……で、どうだ?」

「……問題無い」

「あ、でもそれっていいの?」

「あん?」

「や、えっとほら仲間が来る、みたいなこと言ってるでしょ? あんまり派手なことしたら、ここにすぐ来ちゃうんじゃ……?」

「風ー、罠仕掛けてる時点で場所の特定以前の問題だって」

「あ」

「まあ、他にも仕掛けてたら話は別だろうけどね。でもそんなの、昨日見えなかったんでしょ?」

「そりゃあね。これだけ大きいのが他にもあったら気づくわよ。狼達もそれっぽいの、特に見かけなかったのよね?」

「見てねぇな」


 昨日のことを思い出すのに損兄時間は必要なかったみたいで、狼はすぐに肯定した。黒も首を振って見ていないと意思表示。


「なら、ぜんぜん問題なしっ」

「……そうだな。だが、急ぐか」

「だな、新手が来たらめんどくせぇし」

「まー、そんなに心配しなくてもはったりだと思うけどね?」

「どーしてんなこと断言できるんだよ?」

「ん、さっき野盗達森の中あっちこっち引っ張り回してるときにね、いろいろと確認したんだ。それにさ、そんな奥の手があるのにこの状況で使わないってコトは、そもそも存在していないか、奥の手達が見切りをつけたかののどっちかだよ」

「さいで」


 きっぱりと言い切る海に、狼は呆れた様子で目を向ける。

 そんな二人の横では、さっきの野盗が顔を真っ赤にしていた。


「図星?」

「~~っ!!」


 海のトドメに、声にならない悲鳴を上げる野盗。

 ……あ、ホントに図星なのね。

 流石にこれだけわかりやすいと、あたしにもわかる。うん、これは絶対図星を突かれて言い返すに言い返せない状況ね。

 あたしがそうだったように、村の人たちも野盗の反応からさっきの言葉がはったりだって解ったみたい。安心したみたいでほっと胸をなで下ろした。

 何かわめく野盗を無視してあたし達は荷馬車に乗り込む。


「で、結局あれはどうするつもりなのよ?」


 道を塞いでいるバリケードは、野盗が言ったように遠目にも結構しっかり組まれているように見える。さっきは中断されちゃったけど、狼はなにか手があるみたいに言ってたのよね。……いったい何をやるつもりなのかしら?


「どうもこうも、手っ取り早い方法っつったら一つだろ。――ってわけで黒、頼まぁ」

「………」


 狼の言葉に黒はこくりと頷いて、黒曜石みたいに深みのある目を前方――道を塞いでいるバリケードに向ける。

 ううん、向けているのはその手前まで風で運ばれた紙。黒の符。


「――“接続”(リェイジェ)、“木符・乾風(あなじ)乱舞”、“解放”(シーファン)」


 短くて、でもしっかりとした音でもって紡がれる黒の言葉。いつもと同じ起伏の少ない声のはずなのに、どうしてかいつもの声よりもずっとずっと印象が強いように思える。

 その印象が何かって、そんなこと言われてもあたしはうまく説明できないんだけど――

 黒の言葉を合図にして、空気が動く。

 初めはそよ風みたいな、ふわりとした風が肌を撫でた。でも、それはただの余波で、本体は別。

 本体は――道を塞いでいたバリケード、それがあった(・・・)場所。

 落ち葉、砂、小さな木の枝……そんなものを巻き上げているつむじ風。

 ううん、それはもうつむじ風なんて生やさしいものじゃないかな。何しろその規模は荷馬車がすっぽりと入るくらいで、中にあるものを容赦なく巻き上げる。

 そしてそれは、バリケードを作っている重そうな木も例外ではないわけで――

 ぎしぎしと嫌な音を立てていたバリケードは、そう時間をかけずに端からほどけて巻き上げられる。一つはずれれば、あとはもう転がる石のよう。次々と舞い上がって、まるで鳥の群みたいに空中でぐるぐるとひとかたまりになって回る。

 しばらくすると吹き荒れていた風は治まって、巻き上げられていた物が地面に落ちてくる。まるで嵐の後のような有様だけど、不思議なことにきちんと道の上には邪魔な木の幹も葉っぱも落ちていない。

 多分、黒がそういうところを調整したんじゃないかしら? あたしは黒の使う術、符術に関してぜんぜんわからないから、何とも言えないんだけどね。


「な、なんと……」


 ぽかんと口を開けたまま、村の人たちは言葉も出ないみたい。うん、それわかるわかる。あたしも始めて見たときすっごくびっくりしたもの。

 ……まあ、その後何やったのか、質問責めしちゃったんだけどね。いやだって生まれて初めて符術を見たのよ? びっくりするじゃない! 何をやったのか、気になるじゃない!


「……これでいいか?」

「ああ、上出来すぎるくらいだぜ」


 相変わらずの黒に、狼は苦笑いしながらそう言ってみせた。

「じゃあ、邪魔な物もなくなったことだし、出発だね♪」

「おまえが仕切るなっての」

 いつものようにたわいもないやりとり。

 ちょっと時間はかかっちゃったけれど、あたし達は街道としに向かう道中を再開した。



「ば……バカな、複数属性を扱う……だと? あの符術士、いったい……?」


 縛られたまま放置された野盗が、まるで信じられないものでも見たみたいに呆然と何か呟いていたみたいだけれど、がたがたと鳴る荷馬車の音に紛れてよく聞こえなかった。

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