街道都市
野盗と一戦交えるというトラブルはあったものの、その後は特に目立ったこともなく平穏な道中が続いた。
順調に街道を進み、翌朝にはお山から連なる深い森を抜け、遠く前方に目的地である街道都市の姿が現れる。
「なに、あれ? おっきい……」
呆然といった感じで風が思わず呟いたように、街道都市の外観はまさしく巨大の一言。もし初めて目にするなら、そうなるのもまぁわからぁ。
主要七街道沿いの一定距離ごとに存在している都市、通称街道都市にはいくつもの共通点がある。
まず一つ目は各階道の一定距離、徒歩でおおよそ一日くらいの距離にあるという事。ちなみにこれは大人の足での話しであって、子供や老人、それからあまりにも大荷物を抱えた場合なんかになると、当然の話だがまた違ってくる。
二つ目はそれぞれ街の名前の他に、内街道にある都市から時計回りに番号が振られ、通称として○○番都市という呼び方をする場合もあること。
そして三つ目は、街の外観。いくつもの例外はあれど、その外観や面積はある観点から見ると共通するところが多いと言うこと。
街道都市の外観を一言で言うのなら、タライと例えるのがわかりやすいんじゃねぇか?
街をぐるりと囲む高い街壁は、綺麗な円を形作る。出入りするための門の位置や数、大きさは街によって多少ばらつきがあるものの、街壁の高さ、素材の加工具合などはどこの都市でも変わらない。らしい。そのへんは専門家じゃねぇから詳しいことはどうとも言えねぇけど、、そういう話しを耳にしたことがある。
ともあれ、そんな都市が島中あちこちに、約九十ほど存在している訳だ。
ただし街の規模――住人数―自体はその場所によってまちまちであるからして、当然場合によっては住人全てが街壁の中に住むことができない、って具合の場所もある。
そう言う街道都市では街壁の外に街を作って、そこも街道都市の一部となっている。まあ、これが例外の一つだな。
逆に人口の少ない場所になると、街壁に囲まれた街の中に土地が余ってしまい、そこを畑やなんかに利用しているところもある。こういう街は主に内街道沿いの都市に多く見られる。……あの辺はまぁ、街壁の外は傾斜がきつかったり岩がごろごろしてたりってんで、耕作に向いた土地の確保が難しいってのもあるんだろうけどな。
例外ついでに他のパターンを言っとくと、水辺や外街道では多い海に面した都市なんかでは、街壁がごっそりと存在していない街道都市もある。こういう都市の場合、水路が天然の街壁として外敵から住人を守る役目を果たしてる、ってな。
他にも街壁に塗料を塗って色を変えていたり、絵を描いていたりと上げればきりはないんだけどな。
つまり街の大きさに驚いているって事は、風の奴は街道都市に来る、どころか見ることすら始めてって事か?
……どんだけだよ。
さっきも言ったように、街道都市はその数約九十。それこそあちこちにあるはずのそれを見たことがないって、ホントに風の奴は今までいったいどんな田舎に住んでたんだよ。
改めて、野生児の非常識っぷりを思い知った一コマだった。
「助かったよ、兄ちゃん達。それじゃ、達者でな!」
「仕事なんだ、当然だって。こっちこそいろいろ世話かけたんだしな」
「ああ、まぁそのおちびさんが盗賊云々を言い出したときは驚きはしたが……まあ、実際笑えない冗談ではあったからなぁ」
「は、ははは……」
街道都市への入場を待つ者達が作る列も近くなり、ここ数日の間に打ち解けた藤跳び村の男がからかうように投げた言葉に、狼は若干頬を引きつらせた。
どうも、野盗達から襲撃を受けた際に海が自らを盗賊だと称したことは冗談だと受け取られているらしい。無論、当然のことながら初めは警戒していた村の男達だったが、普段の言動があまりに見た目通りであるため、撹乱のための冗談か子供特有の背伸びだったと言う認識だ。
実際、海のような年で旅をする者は珍しい方なのだが、そこは不用意に藪をつついてヘビを出す事を嫌ったか、はたまた自分達に実害がないのなら気に止める事でもないという楽観か……どちらであれ、春宵の悪いままに警戒され報酬で揉めるなどといった事が起こらなかった以上、良いことなのだろう。
街道都市を囲む街壁、そこに設けられた門へと並ぶ入場街の列を前に、藤跳村の面々とは別れることになる。元々護衛といっても移動に関してだけであり、販売に関しては素人同然のこちらが関わったところで良い結果が得られるとは思えない。帰りの護衛に付いては、売り上げの一部を利用して新たな護衛を雇うのだろう。
勘違いしたままの跳び藤村の面々に、しかし訂正することも出来ずなんとも気まずそうに苦笑いをする狼をよそ目に、久しぶりに目にする街壁を見上げる。
街道都市をぐるりと囲む街壁。遠くに見てもそこから頭を覗かせる建物の少なさから、その巨大さが知れようものだが、間近で見上げるとその迫力もひとしおだ。
街壁の高さはおおよそ三階建ての建物に匹敵する。それでいてその幅はせいぜい大人二~三人が手を広げた程度であり、地盤のしっかりとしない土地の街壁など、よくもまあ倒れないものだといつもの事ながら感心する。
この周辺は地盤に関してはさほど心配するようではなさそうだが、時折強風が吹くようで、そちらの方を心配してしまう。
街壁にぶつかった強風が向きを変え、入場待ちをしている人々の上を吹き抜けていった。
「ねえねえ黒、これって、何でこんなに並んでるの?」
と、同じように街壁を見上げていた風が問いを投げる。
「……? 入場待ちだろう?」
「にゅうじょう待ちって?」
「……中に入るための、順番を待っている」
「え、なんでわざわざそんな? |《陸人》(ルディ)や|《海人》(オセアノ)の人はともかく、|《空人》(シエロ)は飛んで入れば早いじゃない」
理解しがたい、とでも言うように眉を寄せる風。
「オイオイ、あに物騒なこと考えてんだよお前……」
「あ、狼お帰りー。ってあれ、村の人は?」
「ん、ああ、向こうは積み荷の点検とかあるからな。別枠だし早いとこ並んだ方がいいんだよ」
「ふーん」
狼の言葉に「そうなんだ」と素直に頷く。
「ところでさっき物騒とか言ってたけど、それってどういう事?」」
「どうもこうも、街壁を飛び越えようなんざ止めとけって話」
「なんでよ?」
「何でっておまえ……んなことしたら即警備に攻撃されるんだっての。門で審査を受けず街に入ろうなんて考える連中は、たいていろくな奴じゃねぇからな。そーいうのは矢を射掛けられても文句は言えねってな」
呆れながら、それでもきちんと説明する辺り狼の性格がよく出ている。風はといえば「そう言うものなんだ」とやはり素直に頷いていた。
丁度都合よく徒歩での入場の列はさほど並んでいない。これが開門直後などの場合、閉門時間に間に合わず街壁の外で一夜を過ごした者、あるいは朝一番に近隣の村から足を運んだ者などでかなり並ぶことになる。
尤も、これは徒歩の場合であり、積み荷の審査などに時間がかかる荷馬車などが並ぶ列は今も相応の長蛇となっているが。
今は早朝と呼ぶにはかなり遅く、昼と呼ぶにもまだ早い。そのため、街壁の外へ仕事に出た者が一端帰るのとはち合わせることもなく、徒歩の列は短いものだ。列に並ぶことになる短い時間は、狼による風への一般常識の講習のようなものになった。
「じゃあ、門が閉まったときは外で一夜あかすってこと?」
「そうなる。ま、そんなだから街道都市では人の動きっての? そう言うのが開門・閉門に結構左右されてんのな」
「へー……。なんか面倒ねぇ」
「いや面倒て。その分深夜に獣に襲われたー、だの盗……野盗に襲撃される、ってのもほとんどないんだぜ? 多少面倒でも安全があるんだ、有り難いことじゃねーか」
小声でそんなやりとりをする二人に、周囲の視線はおおよそ好意的だ。兄、あるいは年長者が初めて街に出てきた妹、もしくは後輩に知識を伝えることは、そう珍しくはない。
……まあ、それにしてはかなり常識的な話をしているのだが……全くないわけでもない、のだろうか?
「次の人、こちらへ」
と、そんなことをしている間に順番が回ってきたらしく、門の前に居る係の者だろう中年の男から声がかかる。
簡単な問答と荷物の検査。とは言ってもどちらもごく簡易的なもので、何の目的でこの都市にきたのか、街が持ち込むこと、あるいは所持を禁じている物品を持っていないかといった事柄を口頭で確認するという至極簡単なものだ。
目視で改めなくていいのかと疑問に思う者もいるだろうが、こういった審査係は大抵|《陸人》(ルディ)の中でも鼻が利く者が当てられる。持ち込み禁止の危険物は独特の臭いを放つ物が多く、多少臭いを誤魔化したところで違和感は消し去れず、そういった場合は改めて検査を行う事で対処している。
「……はい。ではこちらに名前と滞在の目的、滞在日数をおおよそで構わないので記入してください」
手慣れた様子で門番とのやりとりを終え、狼は門番から渡された紙にやはり慣れた様子で記入する。口頭でも確認していることだが、こうして記録を作ることで悪さしようとする者が街壁内に進入することを躊躇わせる目的もある。
……とは言え、気にも止めない者がいるのもまた事実だが。
何の迷いもなく、すらすらと記入する海の姿に、ついそんなことを思わずにはいられない。
後で聞いたところによると、その気がないにも関わらず警戒していれば却って不自然であるし、何より他人の縄張りで事を起こすつもりはない――ただし、掛かる火の粉は払うが。とのこと。
全く、肝が据わっているのかいないのか、いささか判断に苦しむところである。
「んじゃ、次風な」
と、用意されている記入用の筆を風に渡す。
「え? な、なにが?」
しかし当の風はといえば、何故か焦ったように問い返す。……説明を聞いていなかったのだろうか?
「おまえなぁ……さっきも説明しただろ、入場手続きだよ。ここに名前と、後は上にオレと海のが書いてあっから、それ丸写しで書けば問題ねーし」
ほれ、とばかりに書類――というよりも、丈夫な板に留められた名と簡単な理由などを書き込む欄が並ぶだけの紙――を示す。しかしそんな狼の説明にも、風はなかなか動こうとはしない。
……そういえば、先ほどから風の様子はどうにも落ち着きがないように思える。並んでいる間は狼の話を真剣に聞いていたため、そのようには見えなかったのだが……
しどろもどろの風にしばらく首を傾げていた狼は、何か思い当たるものでもあるのかしばらくしてとある問いを投げかけた。
「……まさかたぁ思うけどよ、おまえ字が書けないってコトは……流石にないよな?」
自分で言っていながら、そんなことはあり得ないと思っているのだろう。そう口にする狼の顔はどこか冗談めかしていて、
「じ……って、なに?」
しかし返ってきたのはまさかの解答。
「なにもへったくれも字は文字で……って、まさかとは思うけどおまえ、本気で知らねぇの? ギャグじゃなくて?」
「な、なによその言い方! そりゃあたしが世間知らずなのは認めるけど」
「いやこれもう世間知らずとかそういう範囲の話じゃねぇから!」
いつもと変わらずこてんと首を傾げる風に、狼はもはや呆れを通り越した声でまくし立てた。
それもそうだ。文字を知らない、というのは余程の子供――それこそ歩き始めてまだ言葉も覚束ない幼児でもない限り、その存在を知らないなど考えられない。
例えば、どんなに小さな農村であっても商人などを通じて他の町とのやりとりを行う。その際に契約書を作る場合、当然文字は使われる。その際読めなくては困るということで、一通りの読み書きは絵本など子供向けに童話や各種逸話などを纏めたものを読み聞かせるなどを通じで幼い内に親、あるいは力仕事が難しい年寄りから教わるものが一般的だ。これは力の弱い者が担う事の出来る数少ない仕事でもある。
街道都市のような場所であれば、子供達を集めて読み書き計算を教える場所も存在している。そのため、文字を書けないならまだ多少わからなくもないが、存在そのものを知らないなど、想像の埒外だ。
こう思ってしまうのは、俺が符術士という、一般的なものと比べるとずいぶん形は違っているが文字に携わる技術を手にしているからだろうか?
そう思い、昔まだ符術を学ぶ前のことを思い起こしてみるが……やはり幼少期に自分が読み聞かせを、あるいは年下の者がそうしているところは記憶にあった。
「ほんとおまえ……まあ、今に始まったこっちゃねぇか」
「なによそれ、どういう意味?」
ほとほと呆れ果てた様子でため息を吐き出す狼に、風はじろりと抗議の視線。
「おめーはいつでも平常運転だってンだよ。おぉーい、すんません門番サン、ちっと確認なんだがこれ、本人の筆跡じゃなくても問題はねぇんだよな?」
「へ? あ、ああ。構いませんが……?」
後続の者に先ほどそうしたよう口頭での審査を行っていた門番が、戸惑いながらもそう返す。
「そっすか。仕事の手、止めさせちまってすんません。んじゃ二人ほど代筆で書いときますんで後で、確認よろしく頼みます」
そう断って、狼は風の名と、晶の名を書き込み他の空白も手早く埋める。
「ほい、悪ぃな、最後にしちまって」
「……構わない」
入場確認を記入する順番など、さして気にするものでもない。暗にそんな言葉を込めた俺の返答に、狼は「そーかい」とどこかとぼけた調子で返すのだった。




