気功術
見えている位置、森に隠れた位置。切り株だらけの広場を水辺に見立て、半円状に追い込むように荷馬車を囲んでいた野盗たちの気配が動き出す。
「纏めてやっちまえー(意略)」なお決まりの言葉に素直に従って、全員纏めて掛かってくるかなーと思っていたけれど、まず接近してきたのは全体の三分の一くらい。残る面々は遠距離攻撃のできる弓を持っているだけじゃなく、近づいてきたのと同じように接近戦タイプっぽいのもかなり混じっている。
夜盗達は体力消耗を嫌っていたんだろうね、《変化》せずに気配を押さえて戦闘開始の機会を計っていたけれど、思わぬところで火蓋を切らせたから《変化》をしないまま戦闘状態に突入している。だから、こういう手段を取ったんだろうな。
できる人は一瞬でできる《変化》だけれど、できない人は少しの間集中しないと《変化》ができなかったりする。
だからこういう時はいくつかのグループに分かれて、他のグループが気を引いている間に隙を見て《変化》して戦力を底上げする、なんて戦略は常套手段。
なるほど、なかなか冷静な判断ができるのも混じってる、のかな?
関心関心、なんて思いながら接近してきた野盗その一が突き出した反りのある剣を交わす。同時に、苛立ったような舌打ちが聞こえた。
感情読ませるとか、まったくなってないなぁ。
戦闘中に感情を出すとか、相手に次の行動を教えているようなものだ。怒っているのか、恐れているのか、侮っているのか、戸惑っているのか――様々な感情のあり方は、その人の癖と同じに行動にも現れる。正面からつっこんでくるとか、背を向けて逃げるとかだね。
相手の次の行動がわかるのなら、その対処はずいぶん楽なモノになるのだから、儲けものだしわざわざ指摘なんてしないけどねー。
同じように左右からバラバラに突き出された剣も、立ち位置を変えることでひょいっとかわしてみせる。
次いで背中に向けて繰り出されたのは、さっき避けた野盗その一の反りがある剣。右手に持ったナイフでいなし、交差する間際に手の甲に突き刺す。痛みに思わず剣を取り落とし、どうにか逃れようとするけどそうは問屋がおろさない。
逆にそのまま突進の勢いを利用して、手頃な木の幹に縫いつけた。
「ぎ、ぎゃぁっ!?」
衝撃がそのまま伝わったんだろう、ひときわ大きな悲鳴と鮮血が流れる。仲間の悲鳴にぎょっとなり、一瞬固まった野盗たちの隙をついて手頃な石を投げつける。
「わっ?!」
「痛っ、あのガキっ!」
握り拳くらいもない小さな石とはいっても、さすがに当たったら痛い。集中力を乱された後衛で《変化》しようとしていた野盗たちが、苦々しげに呟いている。
「おまえら、ちんたらしてないでさっさとしやがれ!」
「やってらぁ! そっちこそ、そのガキしっかり押さえろってんだ」
「十分やってるよ! くっそ、何で攻撃が――」
「《変化》すらしてねぇガキに、どうしてこんなっ」
野盗たちの言葉の通り、ぼくは《変化》していない。その事が余計に野盗たちにとって苛立ちを助長するんだろう、怒鳴り合う声には忌々しさがありありと浮かぶ。
ふーんだ、誰が《変化》するもんかっ。
挑発するようにくすりと笑う。……おー、怒ってる怒ってるぅ。
まあ、ぼくが《変化》しないのは野盗たちをからかうためじゃない。《変化》するほどの相手でもないって言うのもあるけど、一番の理由はもっと別のトコロ。
ぼくの《変化》は|《海人》(オセアノ)だ。
|《陸人》(ルディ)や|《空人》(シエロ)と違って、|《海人》(オセアノ)の《変化》は使いどころが難しいとされている。
だって、そうでしょ? 例えばだけど、陸に打ち上げられた魚がどうなるか――そんなの誰だってわかるよね。
まぁ風と黒は同じ|《空人》(シエロ)だけど、《変化》した後の姿はずいぶん違うことからもわかるだろうけど、陸の上で《変化》しても問題なく動ける|《海人》(オセアノ)も居るんだけど。
具体的に言うと、足や腕をそのまま残して体の表面に鱗が現れたり、陸上でも活動できる両生類の獣を宿す《変化》の場合は、だね。
しかししかし、生憎ぼくの《変化》はエラ呼吸ではないけれど、陸の上を歩き回ることができる獣ではない。おまけに腰から下がその獣のモノに変わる《変化》だから、こんなところで《変化》したら戦力強化どころか逆効果だ。
そんな理由から、実のトコロ|《海人》(オセアノ)の人たちは内陸部ではあまり見かけない。見かけるとすれば、それは大きな池がある場所だったり、湿地帯だったりといわゆる水辺の地域での事が多い。
これにはいろんな説があって、縄張り争いをするにあたって能力を発揮できる水辺の地域に住むようになったという移動説と、水辺の地域では|《海人》(オセアノ)が生まれやすいと言う環境説との二つが、今のところ有力な説だ。
閑話休題。
「《変化》しない、ってことはあのガキもしかして|《海人》(オセアノ)か?」
「はっ、魚無勢が陸の上で獣に勝てると思うな!」
「そのセリフー、今の状態でわめいてもぜんぜん説得力無いよー?」
流石にこれだけ《変化》しようともしないと、だいたいの理由は察される、か。まぁ《変化》するのに自分たちが必要な集中時間をすっかり失念しているあたり、とても残念だとしか言えないケド。
もっとも、ぼくにはそんなの必要ないけどねー。
《変化》に必要以上の時間をかけるなんて、それこそ一瞬が生死を分ける場面じゃ致命的だ。《変化》しようと思えば、今だって野盗たちの攻撃を裁きながらできる自信はあるよ! しないけどさ。
でもまぁ、この様子からするとぼくが何の獣を宿しているかまでは解っていない、かな?
宿す獣の種類まで見分けられる人はかなり希だけれど、まったく居ないワケじゃない。それに|《陸人》(ルディ)か|《空人》(シエロ)か|《海人》(オセアノ)かを判別できる人は、少なくはあってもけして珍しい訳でもないんだ。
ただし、判別法方は千差万別で、ニオイでだいたいという人もいればまるっきり勘便りの人もいるという、すっごくばらつきのあるモノだけれどね。
自分たちを鼓舞するような野盗の言葉は、それそのまま陸上での|《海人》(オセアノ)の戦闘能力の低さからくる一種の侮蔑意識のようなものだ。酷いところではまな板の上のコイだとか水無し魚の大風呂敷だとか干物だとか、結構さんざんな言われ方をするんだよねぇ。
……うん、やっぱ容赦なしでいいや。
決意も新たに、向かってきた野盗連中を相手取る。突進してきたのをひょいっとかわし、ながら位置どりを調整して後に続く野盗たちとの間に入れる。障害物になる仲間を回り込んで近づいてきた連中は、速度にばらつきができたから一人一人いなしていく。
その後も野盗たちの体を盾に使いながら隙あらば蹴っ飛ばしたり足を引っかけたりとかるーくやり返しておくことも忘れない。
やられっぱなしなんて、性じゃないからね!
「いくぞっ!」
合間を見て離れた位置で《変化》しようとしている野盗たちにも投石していたけれど、流石にそう何度も同じ手は通用しなかったみたいだ。何人かが盾となって小石をはたき落とすことで時間を稼いで、ようやく《変化》が終わったんだろうな。
ご丁寧に仲間を巻き込まないよう、合図の声を上げているけどさ――それ、ぼくにも聞こえるんだよ?
突進してくるのは大柄な野盗。粗末な鎧を弾き飛ばすようながっしりとした体格は、茶色い体毛に覆われ、口のはしに鋭く突き出た牙が二本。
|《陸人》(ルディ)、宿す獣はイノシシってトコロか。
土煙を上げながら突進してくるイノシシの|《陸人》(ルディ)、直線的な動きをひらりとかわすけれど、その勢いは止まらない。四つん這いになって地面を削りながら急ターンを決め、勢いを殺さずに再度突っ込んでくる。
「もー、子供相手に大人げないとか思わないかなぁ」
速度はかなりのモノと入っても、いかんせん動きが直線的だ。だから避けること事態はそんなに難しくないんだけど、勿論他の野盗連中が黙って見ているわけもなくて――突進の合間合間にきちっと攻撃してくれる。おかげでイノシシの|《陸人》(ルディ)が速度を殺しているところにキツイの一発、なんて事もできないよ、もう。
「やかましいわ! なめた口利くガキに世間を教えてやるのも大人のつとめだ!」
「えー、ぼく野盗なんかに教わりたい事なんて、これっぽっちも無いよー」
「はっ、相変わらず減らず口を!」
怒りを乗せた重い一撃をバックステップで難なく交わす。
「く、そ! 何で、此奴こんなに速く――」
「狼狽えんな! 偶然だ偶然! あと的が小さいのが悪ぃ!」
野盗たちの猛攻を、踊るように避け続けるぼくにいい加減焦りが溜まってきたんだろうね。不安の声がちらほらと聞こえる。
……って言うか、誰がチビだ。誰が!
こほん。イノシシの|《陸人》(ルディ)の参戦を切っ掛けに、《変化》の妨害行為がなかなかにし難くなっちゃって、現在ぼくが相手している連中はほとんど全員が《変化》済み。だけど一番厄介なのはやっぱりイノシシの|《陸人》(ルディ)みたいで、他はヤマネコとかキツネとかが居るみたいだけど、多少小回りが利くとはいっても、力の活かし方とかがイマイチで大した驚異じゃない。
現に今さっき振り下ろされたヤマネコの爪の一閃は横に飛んで交わし、着地地点、足を取ろうと振るわれたキツネの尻尾は下手に逃げようとせずに前進することでかいくぐる。
まさか突っ込んでくるとは思いもしていなかったのか、驚愕に動きを止めたキツネの|《陸人》(ルディ)の無防備な背中を踏み台に跳躍。もう仲間もろともでもかまわないと判断しているのか、すれすれのところに突進してきたイノシシ男の突進が空振りに終わる。
「な、なんつぅ跳躍――」
「おい、あいつ本当に《変化》してないのか? ありえないだろ、あれは!?」
「|《海人》(オセアノ)だとか、おまえの勘違いじゃねぇの?! あんなんネコとかヒョウの|《陸人》(ルディ)でもできねーぞ!」
野盗たちの包囲からやや離れたところにくるりと着地したぼくの背に向けられたのは、そんな言葉。
失敬な。あり得ないとか、酷いよね。
すっごく驚いているみたいだけれど、それは夜盗たちが無知だからでしかない。《変化》しなきゃ身体能力が強化されないとか、そんなの過信も過信。人の思いこみでしかないんだから。
――そもそも、《変化》で強化される能力は何か? その強化とは何か? そこから説明しようか。
《変化》した後に見られる特徴は、主に二つ。
一つは、宿す獣に準ずる身体的特徴が現れること。
一つは、宿す獣の能力にあわせて身体能力が強化されること。
この二つは同じようでいて、その性質は実のところ全く異なる。
わかりやすく言うと、身体的変化は足し算だ。けれど、能力強化の方は掛け算だということ。
身近なところでは風や黒のように空を飛べる事が、丁度それ。人には翼はないし空も飛べない。その「できないこと」を「できること」にする――つまりは足し算。
一方で力が強くなる等の身体強化は、元々「できること」を更に強力に「できること」にする。つまり掛け算だ。
その強化倍率は各々が宿す獣、影響する部位によってある程度個体差が見られるものの、おおよそ宿す獣によって一定の法則がある。
つまり、いくら強力な獣を宿していたとしても、それは強化される倍率が高くなるだけで元も身体能力自体が変わる訳じゃない。
《変化》に頼り切って自己鍛錬を怠れば、強化倍率では格下のはずの獣を宿す相手にだってあっさりと敗北する。
だから《変化》前の、普段の状態での鍛錬は欠かせない。野盗連中が失念している点の一つだ。
そして、盗賊連中が失念しているのはもう一つ。
《変化》していなければ宿す獣の恩恵は受けられないと言う、思いこみ。
例えば狼は、このメンバーの中では一番ニオイに敏感だ。これは狼が宿している獣が狼で、元々ニオイに敏感だから。その特徴が《変化》していない状態でも現れている。
ほとんどの人は無意識にその恩恵を受けているから、特別気にも止めないし、当たり前だと思っている。けれど、それこそまさに《変化》していなくても宿す獣の力を引き出すことができるという証拠だ。
そして、その無意識を意識的に引き出して、(《変化》したとき程ではないにしても身体能力を強化する術がある。
気功術。それが《変化》をせずに宿す獣の力を引き出す術の名だ。
この技術を生み出したのは|《海人》(オセアノ)だと言われている。
不思議に思うかもしれない。けどまあ、少し考えてみれば当然のことだ。
|《海人》(オセアノ)は|《陸人》(ルディ)や|《空人》(シエロ)と比べると、その実大きなハンデを抱えている。
それは水辺でなければ宿す力をを生かせないことが多く、寧ろ状況を悪化させてしまったりと不利に働いてしまうということ。
確かに|《陸人》(ルディ)も水の中ではうまく泳げない者もいるだろう。|《空人》(シエロ)も洞窟など限られた空間では能力を発揮できないだろう。
けれどそんな欠点、|《海人》(オセアノ)から見ればそれこそなんて贅沢なんだと思えたことだろうか? 例えその状態では《変化》を生かせないとしても、所詮人は人という存在で、つまりずっと水の中に潜むことも狭い穴蔵の中に閉じこもっていることもできないのだから。
誰もが等しく生まれ持っている《変化》の力。だけど悲しきかな、人であるという事実が水の中で生きる獣の力という、相反する力を生かせない足枷となった。
そしてそれはそのまま今日の人口バランスにも現れている。
今は情勢は安定しているけれど、それこそ大昔はあちこちの部族がしのぎを削りあう、そんな動乱の時期があった。そしてそんな中で、陸上での戦闘能力が低いとされる|《海人》(オセアノ)は、大抵の場合敗北する結果になっていた。
だから、住む場所を追われた。結果全体的に人口を減らして、他の《変化》を持つ者達ちが近づけないような辺鄙な場所に隠れ住むようになった、という説もあるけれど――例え絶壁に囲まれた入り江に村を作ったとしても、如何せん|《陸人》(ルディ)も|《空人》(シエロ)もその気になればそのあたりを越えるくらいは不可能じゃない。
だから安全に隠れ住める場所も、それほど多くはない。当時の記録を紐解いている人の話では、その時代|《海人》(オセアノ)の扱いは酷いの一言だったという。
ともあれ、そんな状況を変えたのが気功術だ。
《変化》しないまま、けれど《変化》するよりは弱いとは言え身体能力を上げることができる。それは、それまでただただ一方的に蹂躙されていた|《海人》(オセアノ)にとって画期的の一言だった。
それまで《変化》している|《陸人》(ルディ)や|《空人》(シエロ)に対して、《変化》しないまま相対しなければならなかった|《海人》(オセアノ)の戦力を大きく底上げしたのはいわずもかな。
もっとも大きな点は、|《海人》(オセアノ)であっても陸上でその身に宿す獣の力を利用できるようになったという事――
|《海人》(オセアノ)が持つ獣の力は、平たく言ってしまえば魚だ。勿論中には水棲のトカゲやアシカやアザラシ等のほ乳類、果ては貝やウミヘビまでも入ってくるのだけれど――そのほとんど全てにおける共通点は、みんな何らかの形で泳ぐことができるということ。
普段陸の上にばっかりいる、機会のない人は気づいていないだろう。けれど、泳ぐことには結構力が必要だ。海に生きる獣は、つまり元々それだけの力を持っている。
ただし、水の中の環境に適応しすぎてしまったため、陸上では無力になってしまったわけだけれど――ともかく、
それを真っ当に利用できるようになれば、どうなるかは――それこそ子供にだって想像できることだろう。
こうして――必要にかられ生み出された技術は、今は利点のある技術として確立。脈々と|《海人》(オセアノ)の間で、あるいは他の《変化》を持つ者達の間で伝えられている。
「……ったく、やるならやるって事前に言いやがれ」
ぼそりとこぼした言葉は、この場にはいない悪ガキに向けたもの。どうせ届いちゃいないとはわかっていても、愚痴をこぼさずにはいられないってな。
海の挑発に乗ってまんまと追いかけていった野盗たち、その数は全体の半分ほどにも上った。血の気が多い連中だとは思うものの、あれだけコケにされりゃまぁ解らなくもない。
ともあれ、おかげでこっちは包囲する野盗の数が減って助かってんだけどな。
ただの乱戦ならともかく、荷馬車みたいな図体のでかいモン守りながらだと、どうしても選択の幅が狭まる。重い盾だの防壁だののしっかりとしたものならともかく、荷馬車みたいな柔いモンを大人数から死守するのは、それこそ至難の業だ。
「風、おまえは弓で攻撃。黒は近づく連中の対処頼む!」
突っ込んできた野盗の一撃を抜きはなった剣で受け止め、つばぜり合いになる前に空いた左手で殴りつけながら指示をとばす。
野盗とは違って、オレの体はすでに半人半獣。オオカミの膂力で強化された体なら、同じように《変化》をしていない手合いの一撃、片手で受け止めることも難しかぁない。
体勢を崩した野盗は無視し、横から突き出された一撃は身をそらして交わす。標的を外したことで体勢が大きく前に崩れた野盗の腕を掴み、力任せにブン回す。
「だらぁっ!」
ある程度勢いがついたところで手を離すと、情けない悲鳴と共にとんでいく。運悪くその方向にいた他の野盗を巻き込みながら吹っ飛んだ。おっし、これで多少は数も減るだろ。
悪ガキがかなりの数を引き受けてくれたとはいえ、こっちに残るのが皆無じゃねぇからな。数の優位はとっとと潰すに限る。
ん、だけどな――
「オイ風? おまえなにぼさっとしてんだよ?!」
そう、指示しているにも関わらず風の動きが鈍い。つーか無い。
団体戦における弓の重要性は結構なものだ。弓のように遠距離から攻撃できる武器を持たない相手には一方的に攻撃ができる、つまり反撃を受けにくい。それこそ風の腕があれば相手が半数ほどに減った今、一方的なとは言わなくとも、かなり優位に立てるだろうと予想できる。
にもかかわらず、さっきから援護射撃の一つもないわけで――弓持ちの野盗が放った矢を剣で弾き、第二射は野盗の陰に入ることで躊躇わせた。
野盗たちを牽制しながらちらり視線を向ければ、荷馬車の側で風が、矢をつがえようとしている。だが、どうにもその動きはぎこちない。普段の早業を見慣れているだけに、その動きははっきり言って遅いとかそういうレベルじゃねぇぞ、あれ。
「風?」
「う、え――えと……」
まさか野盗に後れをとっているなんて事無いよな? そんな不安を感じながら向けた声に、風から返ってきたのは歯切れの悪い声。
無事な様子にほっとしながらも、その歯切れの悪さにどうにも嫌か予感がしてならない。
「………。なぁ、一つ聞くけどおまえもしかして実戦経験……つーか対人戦の経験……」
「や、やーね! そんなのほらえっと……」
「図星、だよなぁ。その反応」
思わず呆れたため息をこぼすオレに、風はしばしあわあわと狼狽えたけれど――諦めたのか、俯きがちに頷いた。
嫌な予想が当たってしまったけれど、その気持ちも解らなくもない。オレだって初めて人を相手に剣を振るったとき、そういう事態を想定していた癖に震えが止まらなかった。
つい昔のことを思い出し、苦笑いがこみ上げるのを押し殺す。誰もが通るであろう道とはいえ、ずいぶんとまぁ最悪のタイミングで発覚しやがったもんだ。文句の一つもこぼれるだろ?
「……マジかよ」
「わ、悪かったわね! 居なかったのよ! 襲ってくるのなんてクマとかオオカミとか肉食獣だったし! 食べるためだし! 人って、そんな」
「いやおまえあの時アイツに弓射掛けてただろ?!」
思い出すのはあの日あの時の光景。
「あ、あのときはほら――非常時! 非常時だったからっ」
「今も十分非常時だろっ!」
ついつっこまずにはいられない。
いや、確かに非常時の度合いではあの時と今とでは比べるまでもないんだろうけどよ。
何しろあの時は、こうして余計なことなんぞ考えている暇もない、そんな隙を見せれば問答無用で死が降りかかってくるような状況だったのだから――
それに比べたら、弓の援護が無いくらい狼狽えることでもねぇ、か。
今は風という遠距離攻撃手がいるけれど、自立するまで世話してくれた恩人達と各地を回っていた頃は、それこそメンバーの中に弓使いは居なかった。それでもまぁなんとかやっていけたんだ。
だいたいあの日と比べるのなら、相手から感じる力量が違いすぎる。例えるのなら底の見えない古井戸と手桶を比べているようなもんだ。
なら、焦るこたぁねぇ。
「――風」
「な、なによまだ文句」
「人を射るのはダメだとして、向こうの弓とか打ち落とすのは?」
できるか? と問えば、文句を言われるに違いないと身構えていた風は一瞬きょとんとし、
「え……うん、それくらいなら多分、問題ないと」
「そーかい、ならそっちの対処全面任せるわ」
返ってきたのは、あまりにもあっさりとした肯定。
内心そっちの方がどう考えても難易度高いだろ?! とつっこみを入れつつ、努めて軽い調子で指示を出す。
しっかし、風の弓の腕が馬鹿げたレベルだってのは薄々わかっちゃいたが……ホント、どうなってんだよオイ。
「う、うん。わかった」
「頼んだぜ? ――つーワケだ黒、悪ぃがおめーもちっと前線出てくれ!」
オレの居る場所を避け、回り込んで荷馬車を攻撃しようとしていた何人かの対処に当たっていた黒に声を投げる。野盗たちの怒声に紛れて声は聞こえないが、いつものように抑揚の少ない言葉で頷いていることだろう。
「んじゃ、ま――いっちょオレも行くとすっか」
威圧に押され足踏みをする野盗たちに向け、踏み固められた地面を蹴った。
迫ってきた野盗に向け、長い棒を突き出す。
鈍い輝きを宿す武器を狙った一撃は、相手の勢いもあり難なく手から武器を弾き飛ばす。痛みに、一瞬足を止めた野盗へと詰め寄ることで一気に距離を積め、短く持った棒で強打する。えぐり込むように防具のない腹部にめり込む感覚。うめき声と共にうずくまる。
刃を持たない棒は肉を切ることもできず、貫くこともできないが衝撃を与えることは可能だ。幸いにも身長に恵まれ元々あるリーチを、更に広げられるところも大きい。
また、純粋に衝撃によるダメージを与えるため、鎧などで刃などによる斬撃に強い装備をしている相手に対しても、ある程度のダメージを期待できるという利点もある。
尤も、そんな鎧甲で身を固めた者を見かける機会はごく限られたものでしかないのだが。
例えば《変化》によって大きく体型が変わる場合、ある程度は《変化》に合わせ衣服も変わる。なのだが、それにも限度はある。
特に鉄など鉱石を由来とする装備は干渉が難しく、そのため要所要所を守る為に使われる以外は滅多と用いられることはない。
そもそも下手に全身鎧などを着込んでいては、わざわざそんな物で身を守らねばならないのかと、よっぽど脆弱な獣を宿していると見なされ、侮られる傾向にある。それもあって、軽装の者が多いのだが。
その例に漏れず、銘々に軽装で身を守る野盗達だ。例え防具の上からであっても衝撃を殺しきることができるとは到底思えない。
「クソっ、優男かと思ったら随分な力じゃねぇか!」
打ち合う野盗が、苛立ちも露わに吐き捨てる。相手は海が語っていたようにさほど年かさの者ではないようだが、それでも体格だけでいえば十分大人のそれであり、太い手足は力の強さを容易に想像させる。
対する俺は、多少長身であるとはいえ線の方はさして太くはなく、寧ろ細いと言われることすらある。空を飛ぶ|《空人》(シエロ)ではさして珍しくはない一般的な体型であるはずなのだが。
だが、にもかかわらず撃ち合いは硬直状態――それはなにも武器による間合いの差から来るだけではない。
気功術、という技術。《変化》することなく宿す獣の力を引き出す術を、俺もまた修得しているにすぎない。
陸上での能力強化という必要に迫られる|《海人》(オセアノ)の海とは違い、|《空人》(シエロ)である俺の場合修得理由は随分異なる。
体内の力を意識的に操るという意味で、そもそも符術の訓練に取り入れられていたという理由もあるが、最大の理由は――己の宿す獣。
この身に宿る獣は、カラス。
黒い翼を持つ鳥は、一部の者達から不幸の担い手、あるいは死の使いなどと位置づけられ、恐れられる。その獣を宿す者もまた同様であると、迫害の対象にするほどに。
積極的に排斥するような狂信的な者こそ一応は少ないが、それでも「黒い翼」は夜を連想させる色もあって、本能的に恐怖心を覚える者が多いのだろう。嫌悪感を覚える者は各地に存在する。
いらぬ混乱を避けるため、己の身を守るためにも《変化》をせずに力を増す気功術は重宝するものとなっている。
また、気功術にはそれ以外の利点もある。
それは一見して《変化》をしていない、つまり身体能力を何ら強化できていないと、相手を油断させられるという事だ。少々不意打ち的だが、命のやり取りの場では汚いなどと気にしていられはしない。相手は、こちらを殺す気なのだから。
「く、の! 涼しい顔しやがって!」
硬直状態に業を煮やしたか、野盗は接触点を突き飛ばすようにして一度距離を取ると、着地をバネに切りかかる。勢いを増した攻撃は、体格差からくる重さも相まって、おそらくは《変化》無しでこの野盗最大の攻撃なのだろう。
猛烈な勢いで迫る、それでいてしなやかなバネと共に繰り出された斬撃。まともにぶつかり合えばただでは済まないであろう一撃に、対する俺は手にした棒を斜めに突き出し、突進の勢いを流す。
|《陸人》(ルディ)と比べると|《空人》(シエロ)は全体的に軽い傾向にある反面、筋力については同等かそれ以上だという。
|《空人》(シエロ)はその名の通り「空を飛ぶ力を持つ獣」の力を身に宿す者の総称。空を飛ぶと言うことは軽さの他に、自身を浮かせるほど翼を動かす筋力を有しているという事。例えそれが滑空だけでであったとしても、迫る風圧を前に姿勢を保つには、その圧力に屈しないだけの力を求められる。
細身の者が多く、一見力のなさそうに見える者の多い|《空人》(シエロ)だが、その実腕力はかなりのものを誇る。尤も、体重の軽さは補えないため、一撃の重さで言うとどうしても他の《変化》に比べ見劣りするところはあるのだが。
軌道を逸らされ、体勢を崩した野盗へ向け、すれ違いざま腹部に棒を叩き込む。肉を抉る感触と、苦痛にこぼれる声。だが野盗の顔ににやりと、確かな笑みが浮かぶのを見逃さなかった。
急ぎ振り返れば、荷馬車のすぐ側に野盗達の姿。硬直状態にも関わらず新手の介入がないとは思っていたが、まんまと足止めされたという事か。
「う、ぐ、ははっ。マヌケ野郎が! 今更遅せぇよ!」
うずくまったままの野盗が、嘲りと共に笑う。
なるほど、確かに間抜けだろう。乱戦であるにも関わらず全体に目が届かず、目の前の敵にのみ集中してしまった。視野錯誤は悪い癖だと、我ながら思う。
だが――
「ぎゃっ?!」
「うぉぉっ?!」
荷馬車に迫る野盗達から上がる野太い悲鳴。野盗の顔が凍り付く。
|障害物(俺)をやり過ごし、無防備な獲物に襲いかかろうとしていた野盗達。しかし彼らが踏みしめていた大地はいつの間にか隆起し、あたかも獣の牙のように鋭い石柱となって突き上がる。
ちょうどそのあたりを踏みしめていればどうなるかなど、わざわざ説明するまでもない事だ。悪運が強いのか、隆起した石柱に足を掬われ転倒した者がほとんどで、運が悪い一人二人が傷ついた足を引きずっていた。
……少し、発動させるのが早すぎたか。
殺傷には至らなかったようだが、壁としての役割は十分に果たすだろう。下手に遅れて抜けられるよりはましだと、そこは割り切る事にする。
「い、いったい何が……?」
突然のことに、ただ呆然と見上げるしかできない野盗達。
「……対策は、当然講じている」
内包した力を使い果たし、役目を終えた術符「土符・岩槍障壁」が燃え尽きるのを感じながら、ぽつり呟いた。




