盗賊の矜持
翌朝、天候にも恵まれ特にトラブルもなく出発したオレ達は昨日と同じ並びで街道を歩く。
森の中からは相変わらず小鳥の声やら小動物の動き回る音やらがひっきりなしに聞こえてくる。朝っぱらから元気だよなぁ。なんて事を思いながら、平和な森の中を歩いてきたわけだが……
「……うん?」
先頭馬車の御者席に座る村の人が首を傾げた。森の中を進む街道を歩いていたオレ達の前に現れたのは、やけに開けた空間。朗らかな春の日差しが差し込むそこは、事前に確認していたとおり木々が切り払われて本来木々に遮られるはずの陽光が直接地面を照らしている。
切り口の新しい切り株が並ぶ空間――事前にあると知っていても、森の中を歩いてきた目には異様に映る。さらに引き立てているのはその中央付近、街道を塞ぐような形で存在しているこんもりと積み上げられたそれ。
木材をそのまま積み上げたようにしか見えないそれは、どう控えめに見ても宿駅なんて上等なモノには見えねぇワケで――
「あれが宿駅?」
「いや、んなわけねーだろ」
風の疑問に、呆れた声で言葉を返す。これでわざと言っているならボケるのも大概にしろと言ってやるところだけれど、生憎の所風のこれは素だ。……ああ、余計にタチが悪いとも言うなぁ。
「嫌な予感の方が当たりやがったよ」と誰に向けるわけでもなく愚痴をこぼし、森の中に隠れるようにして止まった荷馬車の上にいる村の連中に声をかける。
「で、一応確認は出来たけどどうすんだ? 迂回路とかあんだっけ?」
昨日、結局あの後村の面々が出した結論は、ひとまず今のまま街道を進み、目視できる位置まで到着したらそこで改めて前方にあるモノが何なのかを確かめる――といったモノだった。
まあ、あの時点では進行方向にあるのが宿駅なのか、似たような出荷の一行なのか、それとも別の何かなのか、はっきり判ってなかったから――ってのがあるんだろうけどな。
とはいえ、そうしてここまできたわけだが……うん……
周りの有様といい道を塞いでいるバリケードといい、どぉ見ても好意的なモンじゃねぇよなぁ。
普通に考えていろんなヤツが利用する道を塞ぐなんざ、百歩譲って運搬用に資材を寄せて塞いじまったにしても、うっかりなんて笑って誤魔化せることじゃねぇしよ。
「迂回路があれば、初めからそちらを通っている。……村から街へ行く道は今通っているものか、もう一つはあっても内街道の方の街に繋がる道しかない」
「……つまりは、ここを通るっきゃないってコトか」
予想できたこととはいえ、その返答に手間を感じずにはいられない。前方に積み上げられた木々は太いモノから細いモノまで様々で、複雑に絡まっているように見える。これは道から除けるだけでも、結構な労力を必要とされるだろう。
……んな手間なぞ、やってられねぇよなぁ。
「つー訳で、おーい黒、いっちょ頼むわ」
「……良いのか?」
荷馬車の中に呼びかければ、黒髪の青年はそう問いを返す。
寝ずの番を担当する黒は移動中に仮眠を取っている訳だが、今回ばかりは何かある可能性を考えて起きている。もちろん朝方短い仮眠は取っているけれど、睡眠時間は十分とは言い難いだろうに、相変わらず抑揚の少ない声からはそんな様子は微塵も感じられない……どころか、いつもの如く感情を察し難い。
ただ、今回はさすがに問うところも判る。前方にある障害物が切り出し途中の資材などだった場合、あまり乱暴に扱うのは気が引けるんだろう。
「まぁ、なぁ。……気が引けないでもねぇけど、道のド真ん中にあんなモン放置しとく方が悪ぃ。だいたい、後で使うんならもっと使いやすく分けるだの何だとするだろ」
その可能性を口にしつつも、断言。道を塞いでいるのはどう控え目に見ても後で再利用するようには見えない――薪くらいにはなりそうだけど――材木の山。黒も似たようなことを思ったのだろう、こくりと一つ頷くと、懐から一枚の紙切れを取り出す。
いったい何をするつもりなのか、黒の動向を見守る村人達の不思議そうな視線がそう語る。そんな視線を一切合切気にも止めず、黒は御山から吹き下ろす冷たい風に乗せるようにタイミングを合わせて手を離し――
……ん? あれ、つまりこれこっちが風上ってコトで、
ふと感じた不安。それに促されるまま通常以上に周辺一帯の気配を探ったのとほぼ同時――街道の両側で何かが動く物音。
騒がしい物音に異変を察知した村人達が警戒する、それとほぼ同じくして木々の陰から姿を表したのは、お世辞にも友好的とは言えなさそうな雰囲気をした「いかにも」な連中だった。
命が惜しければ荷物を全部置いて行け――
おそらくは古今東西幾度と無く繰り返されたであろう捻りのない脅し文句。決まりきった定型文を吐いたその者達は、対峙する村人の代表を嗜虐心丸出し目で一望する。
まるでそうすることが楽しみのような、歪んだ顔。
その姿に故郷が滅ぼされたあの日、為す術もなく逃げまどう人々に向け無慈悲な殺戮をばらまいた者達を連想し、腹の底から嫌悪が沸き上がる。
そんな男達に対し村の者達は不安そうにしながらも、けして取り乱すことなく対峙している分、まだ冷静なのだろう。ただし、村の代表が荷馬車を降りているためその警護に狼が回っている。そのため、下手に強行突破するなどの手を打つことが出来ずにいた。
連中はこの街道を塒にする盗賊、と言ったところだろう。この様子では大方前方の道を塞ぐバリケードも奴らの仕業か。
相手が一人二人なら打ち倒して終わり、でも問題はないだろうが、事はそう簡単には行かない。今、姿を見せてはいないが、周辺の森からは半月状にこちらを囲むようにして複数の気配を感じる。隙を見せればそちらが動き、さすがにこの人数では完全に防ぐのは難しいだろう。
ならば逃げればいいかと言われれば、そう簡単にいく話ではない。道が塞がれているとは言え、そのために木々が切られ、前方は一見開けたようにも見えるが切り株までは処理されていない。荷馬車を走らせることは不可能であり、加えて荷馬車を捨てて身一つで逃げたとしても、開けた視界がそれを許さない。盗賊の中に弓を使う者がいれば、遮る物のない場所では格好の的にしかならない。
なるほど、よく考えられているものだ。つい関心してしまうのは、現実逃避のようなものだろうか?
「と、盗賊なんぞにくれてやる物は無いっ! おまえたちの方こそさっさと消えろ!」
「んだとぉ? オッサンまーだ状況わかってねぇってのかぁ?」
盗賊達に気圧されないようにと、村の代表は必死に声を張り上げる。しかしそれをあざ笑うかのよう盗賊は背後に合図を送り――森に隠れていた気配が動く。程なく姿を現した十数人の盗賊が、まるで見せつけるよう手にした武器をちらつかせた。
囲まれている。その事実と予想以上の人数差に、村人の顔はさらに青くなる。
「……ねー黒、さっきからあいつら荷物をよこせー、とか言ってるけど、交渉……って訳じゃないのよね?」
と、俺と同じく荷馬車の側で周囲を警戒していた風が小声で疑問を投げる。
「……ああ」
ある意味では、盗賊のしているそれは交渉と言うことも出来るのだろう。しかし自ら剣を突きつけ、それを撤回して欲しくば要求を呑めなどと、脅し以外のなんと言う。
肯定に、風はますます不思議そうに声を上げる。
「じゃ、もしかしなくてもぶんどるつもりなの? 何で? 物が欲しいのなら自分たちで作ったり、狩ってきたりすればいいじゃない」
風の言葉は尤もなことだった。だが世の中それが正しいからと言って全ての者が従うはずもなく――中には自らの労力を使わず、他人のモノを奪う事で賄おうとする輩は存在する。
そう、まさに目の前の盗賊達のように。
だが風には、他者から奪うという発想がそもそも無いのだろう。普段の言動を見ている限り、この風という少女は呆れるほどに自然の驚異を理解している反面、人の悪意というモノをまるで理解していない。
それは例えるのなら、他者から隔絶された環境で生活してきたような――
「もしかして狩りがうまく行かなくて、思ったように獲物が取れなかったとか……? んー、でもそれなら諦めて……」
こちらの思考などつゆ知らず、風は己の考えをまとめるよう、ぶつぶつと独り言を呟く。
ある意味では純粋な、しかし人の中で暮らすには致命的とも言えるほどの欠点。それをらしいと思えるあたり、俺も相当馴れてしまったのだろうか?
「あー、もう訳わかんないっ! ねぇ海、あんたも盗賊だって言ってたわよね? 同業者なんだし、あの人たち説得とかって出来ないの?」
沸騰した思考を発散するよう叫んだ風の言葉に――周囲の空気が止まった。
「……こんの、バカ鳥っ!」
痛い沈黙の中、盗賊と対峙していることも忘れ、思わず叫ぶ。
いや、だってそうだろ? 何で、よりにもよってこんな時に、いやこのタイミングでこんな面倒しか起こさないようなセリフを口にするんだあの世間知らずはっ?!
「な、何よバカ鳥って?! それ言うならあんたはアホイヌじゃない!」
「イヌ言うなっ! オレの《変化》は――」
つい、いつものように勢いのまま反論しかけた言葉をすんでのところでぐっと飲み込む。不本意ながら恒例と化してしまったやりとりが中途半端な形で止まったことに首を傾げる風。
いやだって当然だろ? こんな状況で下手に自分の|《変化》(てのうち)を晒すとか、間抜けもいいトコだっての。
「……盗賊? あの子が? まさか、グル」
「いや違ぇから。違わねぇけど盛大な誤解だからそれ」
「そーだそーだー。あんなのとごっちゃにされるとか、まったくもって不本意きわまりないよーっ」
オレと風のやりとりを切っ掛けに、金縛り常態が解けたようで不安を口にしする村の代表。居心地の悪い視線が突き刺さる中でそれを否定したのはオレだけではなく、当の本人。
「って、おまえは何で隠れてんのにわざわざ出てくるっ?!」
「えー、だってすっごく誤解されてるみたいなんだもんー。ここはきっちり誤解を解いとかないとさ、ね?」
「だからって、後でも出来るだろ後でもっ!」
反省のそぶりもなく、むしろえへんと胸を張る悪ガキ。
ついさっきまでは気配を消して荷馬車の幌の上で機会をうかがっていただろうに、いったいいつの間に隣に降りてきたんだか。相変わらず無駄に優秀な行動力だ。
呆れの混じった視線をものともせず、海はいつもと変わらない小悪魔めいた笑みを浮かべ、心底楽しげな顔でうろたえる村の代表を見上げる。
思わずたじろぐ村の代表。
いやうん、その気持ち解るわ。……盗賊かって疑いのあるヤツがいきなり真横に立つとかな、心臓に悪いってレベルじゃねーぞ。
「ってワケで、なんかすっごい誤解されてるみたいだから弁明させてもらうけど、ぼくはあれとはかんけーない。っていうかむしろあれはぼくらの基準じゃ盗賊って呼ばないんだよ」
「は……? え、や……?」
にこにこと、一見朗らかそうにさらっと言ってのけ、戸惑う村の代表ににこにこ人懐っこい笑みを向ける。
「ねー海、質問いい?」
「何ー?」
「あの人達が盗賊じゃないって言うけど、じゃあ何なの?」
「え、野盗?」
風からの質問に、身も蓋もない返し。
「いやバカっておまえ……」
「えー、だって見るからにバカっぽいしー、やってることがそれこそばかげてるじゃん。ぼくだったらこんなコト、絶対しないよぉ」
きっぱと断言してみせる。迷いなんざこれっぽっちもねぇ。
あんまりにも自信満々に言い切るものだから……ほら見ろ、村の人たちどころか盗賊連中までぽかんとしてやがる。
「ばかげてる? え、だってこれ罠としては結構いい感じだと思うけど……?」
「風、甘いよ。罠としてそれなりだったとしてもだよ、問題は仕掛ける場所さ」
「場所? でもちゃんと通り道に仕掛けてるじゃない」
こてんと風は首を傾げる。通り道って……おまえ、いやうんらしい例えだが……オレらは獲物かっ! いや相手からしたらそうなんだろうけどもな。
「確かにここは街道さ。……でも、考えてもみなよ、利用するのって誰? 言っちゃ悪いけどここは田舎、主要街道に直接接する道ですらない。だから通るのは藤跳村の人とか、近くの村の人、そこに用がある人くらいだよね? まぁ主要街道の近くにこんなの作ったら、すぐ街の人たちが気づいてあっという間に解体されちゃうだろーけどね」
「?」
「つまり、どっちにしろこんな大がかりな罠を仕掛けてる時点でね、作るのに必要な労力と得られる成果が釣り合っていないってことさ」
ますます首を傾げた風に、海は苦笑しながらも丁寧に噛み砕いて説明した。
「ぶっちゃけ言っちゃうとね、特定の相手を狙うのならともかく、ただ奪うだけが目的ならもっと効率のいいやり方はいくらでもあるってことだよ」
「あー、それは確かに……逃げられて悔しいって追っかけて、結局疲れちゃうってあるっけ……。つまり、イノシシ用のおっきな罠をキツネの通り道に仕掛けた……みたいな?」
「まあ、そんなところさ。だってこんなの、作るだけでも相当な手間だよ。あーんなにいっぱい木を切ってさ。それなのに引っかかるのが小さな村の関係者くらいって、それこそ労力と利益が釣り合っていないってコトなのさ」
やれやれと肩をすくめる、その仕草はいかにも物わかりの悪い子供に対してでも説明しているようで……その実相手をバカにしているようにしか見えない訳で。
……いや、まぁこれ見間違いでもなんでもなくバカにしてんだろうけどな。
「ぼくら盗賊はね、結局のトコロは世間の外れ者。農家や職人と違って結局は「何も生み出さない者」でしかないのさ。所詮他者の作り出す流れを利用してしか生きられない――ね。そんな存在が、生活を支えてくれるはずの流れに致命的なダメージを与えるようなこと、すると思う? 利用するならまだしもさ。そんな自殺行為、する時点でそれすらもわかってないおバカさんってコトじゃないか」
「えーっと……つまり?」
「風にわかりやすい例えで言うと、そうだなぁ……魚が自分で川の流れをせき止める、みたいな?」
「え、何それ住めなくなるじゃない」
「うん、だからこの野盗達は考えなしの大馬鹿者、盗賊とは似ても似つかないモノだー、って言ってるんじゃん」
「まったく、ホント失礼しちゃうよねー」と海は締めくくる。
……や、確かに言ってることは全部が全部間違いじゃねぇ部分もあるけど、利用するとかさりげに聞き逃しちゃならねぇ単語交ぜてなかったか……? 何で風のヤツはあれとマトモに話せるんだ。
「じゃ、説得は……」
「とーぜん、無理だね。だいたいぼくらも仲間内では繋がりがあっても、他の団とかだと対立したりいろいろだしね」
「そうなんだ……。えっと、やとう、だっけ? それが盗賊に? じゃないのよね。そっれじゃあの人たちって、何?」
「さぁねー。んー……今の時期だと、おおかた去年独り立ちしたけれどうまく行かなくて行き詰まった人が集まって、破れかぶれに略奪行為を思いついた、ってトコロじゃないかな」
「なるほど、そういうものなのね」
ようやく納得がいったようで、風はまるで喉に刺さっていた小骨が取れたような清々しい顔で頷く。
「……こ、このガキども……っ」
一方、すっかり存在など忘れ去られていた盗賊――や、海の談だと野盗か。ともあれ首領格であろう一番大柄な男が、しかし熟れたトマトのように厳つい顔を赤く染め、心なしか手にした武器もわなわなと震えている。
「あ、図星だったー?」
「っ、ドやかましいわ世間を知らねぇクソガキの分際で! おめぇら、もういい全員纏めてぶち殺しちまえ!!」
にこり、と小憎たらしくしかりきっちり止めを刺した海に、ついには堪忍袋の尾は切れたらしい。腹の底から絞り出した怒声と共に、手下のみならず自らも武器を唸らせる。
いやよく保った、よく保った方だよアンタは……
「むぅ、これくらいで熱くなるとかー。やれやれ、まったく最近の野盗は精進が足りないね」
「いや普通キレるって。つーか何わざわざ挑発してんだこのクソガキ!」
「クソガキ言うなぁ、ぼくはこれでも成人済みだっ! それはさておきなんでかって? そんなの勿論、そっちの方が楽しそうだからに決まってるじゃん♪」
「胸を張って答えることかぁぁぁっ!」
そんなこんなで、どうにも緊張感などとはとことん無縁に近いやり取りを経て遭遇戦の火蓋は切って落とされた。