二色の翼
木で出来た輪っかが、ガタガタと音を立てながら転がる。
荷物を積み替えて昼過ぎに村を出発したあたし達は、今は森の中を進んでいる。
藤跳村で集めた荷物は結局荷馬車二台くらいにまとまって、少し空いたスペースに晶と、夜の見張りをするからって理由で今のうちに仮眠を取っている黒が荷台に乗っている。村の人は荷馬車を動かす人が二人と、商品を売る人が二人、外の座席に並んで座る。だから合計九人と荷馬車を引く馬二頭。結構なの大所帯で進んでいるのよね。
「えっと……それじゃこのあたりで出るのはおっきなクマとオオカミとくらいなの?」
荷馬車の横をてくてく歩きながら、荷馬車に乗っている村野男の人にこのあたりで出る獣のことを聞いたところ、返ってきたのはクマとオオカミの事だった。何かもっと長い名前だった気がするけど、うん気にしない。クマとオオカミ、それでいいじゃない長い名前ってほら、覚えにくいしね?
……でも、それて変じゃないかしら? 村の人の言葉に、あたしは首を傾げる。
だって、クマとオオカミだけって……ねぇ? もっと他の、それこそキツネとか小さな肉食動物とか、ウサギやネズミなんかもいないって事なの?
「いや、注意すべきは……人を襲うようなものは、そのあたりだという意味で……」
素直に疑問をぶつけると、そんな言葉が返ってきた。
「あ、そーなんだ」
なら納得、と頷く。そうよね、じゃなきゃ狩猟の時大変よね。どっちも下手に手負いにすると反撃が怖い相手だ。
それにオオカミとか肉食獣の肉って結構クセあるし。人によって好みはあるだろうけど、正直あたしはニオイがキツイからウサギとか鳥の方が好みなのよねー。一回に取れる肉は少ないけど。
「風ってばー、今護衛依頼中なんだから、そーいう答えが返ってくるのは当然じゃん」
「当然ってなによ? だって森に入ったら食べるの狩ってくるでしょ? 他の動物だって住んでるんでしょ?」
「そりゃそーなんだけどねー」
いつものようにカラカラと笑う海。そんな海の声はいつもと違って、高い場所から降ってくる。
荷馬車の外を歩くあたしと狼とは違って、海は荷馬車に乗っている。正確に言うと、乗っている場所は荷台でもその前にある席でもなくて、荷馬車を覆う幌の上。高い場所からの方が警戒しやすいって言ってそんなところによじ登ったのよね。体重も軽いから幌を支える骨組みを潰しちゃうこともなくて、村の人たちも止めなかったのよね。
「お前らなぁ……真面目にやれ真面目に」
「なによ、いたって真面目じゃない」
だってそうでしょ? どんな獣に警戒しなきゃいけないか、ちゃんと考えておかないと。やっぱりいきなりの遭遇だとね、しっかり対処できなかったりするもの。この辺りで出る獣の種類を把握しておくのは、すっごく必要なことでしょうに。
呆れたような声を出す狼にそう反論すると、狼からはますます疲れたような溜め息が聞こえてくる。
ちょっと、どういう事よ?
「そりゃ、護衛にゃそっちも含まれるけどよぉ」
「もって、他になにがあるって言うのよ?」
「そりゃお前……」
いつものように始まり掛けた口論は、だけどはたと狼が口をつぐんだことで空振りに終わる。
「狼? なに黙り込むの? 言いたいことがあるのなら、はっきり言いなさいよ」
「あー……いや、そのなんっつぅかな……お前、まさかとは思うけど護衛って何から守ると思って……?」
「そんなの、クマとかオオカミとかからでしょ? さっき言ってたじゃない」
何を今更? と首を傾げると、何でかしら、狼は深く深くため息をついていた。
何よ、失礼ね。
「お前なぁ……。はぁ、世間知らずとは知ってたが、何処まで……」
「世間知らずって……そりゃ、あんたはあちこち旅して回ってたからいろんなコト知ってるとは思うけど! 何よ、いつもいつもそんなバカにしなくたっていいでしょ」
「バカになんかしてねーよ」
「じゃあ、何でそう言うこと言うかな?」
「……呆れてるだけだっての」
「同じじゃない!」
「ちげーよっ」
いつもと変わらない口喧嘩。ホント、狼ってばいっつもこうなのよ。自分はいろんな場所に行った事があるからって、こうなんて言うか知ったかぶり? 先輩風? みたいな。
そりゃ、確かにあたしは知らないことも多いし、だからこそ狼の言ってることも本当だって思うけどね……でもなんかこう、いちいち知ったかぶりされてるような、そんな感じが……ああもぅ、とにかく、バカにされてるとは言わないけどなんか腹が立つのよ!
「ええと……」
「ホント、飽きないよねー、二人ともさ」
「は、はあ……」
ほら、村の人にまで呆れられたじゃない!
「ずいぶん仲がいいようだが、お前さん達幼なじみか何かなのか?」
「違うよー。ぼくら全員てんでバラバラの出身だよ」
「そうなのか?」
荷馬車を操る髭もじゃのおじさんの言葉に、「ああ」と頷いたのは狼。
「そのチビの言うとおり、幼なじみとかそんなんじゃねぇんだ」
「そうなのか……意外だな。いや、ずいぶん息が合っているからつき合いも長いのかと」
「冗談。こんなんずっとやってたらもっとあしらいも上手くならぁ」
「……ああ」
狼の言葉に、村の人たちはなるほどと声を上げる。
……何納得してるのよ?
「ちょっと、それどういう意味よ?」
「そーだそーだー! それに狼、チビって言うなチビって! そんな人の悪口言うから、だから君はバカイヌなんだよっ」
「誰がイヌだ、誰がっ」
海の上げた悪口に、がうと噛みつきそうなくらいの勢いで反論する狼。狼の《変化》はオオカミ。だからなのか知らないけれど、狼はイヌって言われることをすっごく嫌がるのよね。
……まあ、あたしも知らない人相手ならともかく、知っている相手から《変化》を間違われるのはちょっと嫌だしね。
「人のことイヌ呼ばわりする、そう言うお前はウミブタだろ」
「ブタって言うなぁーっ!」
狼の言葉に海は幌の上から飛び降りはしなかったけれど、でもそうするんじゃないかって位の大声でぎゃいぎゃい言い返した。
……うん? こんな騒がしくしていいのかって?
えーっと、ほらクマもオオカミもね、基本人を襲いはするけれど、それって不意の遭遇で驚いちゃって、それでうっかり――っていう事も多いのよ。
だからこうやってわいわい騒いでいれば、少なくともここにいるっていうことは解るでしょ? だからその気のない動物は離れていくのよ。じゃなきゃ、狩りの時音を殺して移動するのって面倒でしょ?
まあ、もちろん人を餌だって認識しているような相手もいる。そういうのには獲物がいるって教えているようなものなのかもだけどね……。
……あれよ。ほら、やっぱりずっと黙ったままってなんか返って疲れるでしょ? せっかくいろんな人といるんだし、楽しく喋りながら歩いたっていいじゃない。
そんなこんなをしながら相変わらずの騒がしさのまま、あたしたちは日が傾くまで特に何に出会うってこともなく順調に道を進んだ。
「……よし。どう、どう……止まって。今日はこの辺りで野営にしよう」
馬に指示を出していた髭もじゃの村の人――隊商の代表者をやっている人の宣言で、今日の移動は終わりになった。
村から商品を売る街までは、徒歩や荷馬車の速度だと大体三日くらい掛かるんだって。早馬や足の速い《変化》の人だと一日でいけるらしいんだけど、それだと荷物が運べないからねー。本末転倒ってヤツだ。
他にも遠くに連絡する手段としては、飛脚便(|《陸人》(ルディ)、|《空人》(シエロ)、|《海人》(オセアノ)問わず足の速い《変化》を持つ人が街道都市間をリレーみたいにつなぐ特急便のこと)があるんだけど、運べる物はせいぜい手紙かちょっとした荷物がせいぜいだし、特別料金がかかってべらぼうに高額になっちゃうんだよねー。
だから普通は手紙のやり取りなんかは街から街へ異動する隊商や旅人に預けるか、街道都市の間だと飛脚便よりは遅いけど、安くてお手軽な空便って言うのがあって、それを利用するんだ。
「ご苦労さん。もう一踏ん張り頼めるか?」
「そりゃ、宿駅と違っていろいろ準備しねぇとならねぇからな」
代表者さんが言うとおり、ここは森のまっただ中だ。街道都市の間は徒歩でも一日掛けたら移動できるからあんまり見られないけれど、主要七街道以外の街道では町や村の位置はまちまちだ。
だから旅人達が泊まるための場所として、他にも村同士の交流の場所として宿駅が作られるのは珍しい事でもなんでもないけれど、こんな森の中じゃ流石に維持するだけの人の流れがないんだろうなぁ。ま、御山に近すぎるし道も険しい方だから、当然って言えば当然かぁ。
「そう言うことだ。そんなわけだから、そっちの嬢ちゃん達は近くで薪になりそうな枝でも――」
「風ー、いつものように調達任せたっ」
そんな訳で、早速野営の準備を始めながらてきばきとぼく達にも指示を出す代表者さん。だけどぼくはその言葉をぶった切るように風に言葉を投げた。
何か、ものすっごーく物言いたそうな目で見られてるように思うけどけど……気にしなーい。
だって、適材適所は当たり前だよね?
「わかってるわよ。……えっと、どれくらい必要になるかしら?」
「んー、人数いつもの倍くらいだから、小さいと数が要るだろうけど、大っきいのなら一つで十分だと思うよ」
「そっか。じゃ、いつものように目印は任せたわよ?」
「まっかされたー♪」
風はそんな視線に気付いた様子もなくて、そんなふうにいつもと変わらないやり取りで送り出す。
「は……? いや、お前さん方、いったい何を……?」
そのままじ、と空を見上げる風に、村の人たちの内誰かが戸惑う声を上げる。対して狼と黒はと言えば、慣れたものでもうあきらめ顔。
むぅ、つまんない。
村の人たちから向けられる怪訝そうな視線をものともせず、風は街道を被うように張り出した緑の天井の隙間から空を見上げて――
「――」
唐突に、本当に唐突に矢を放つ。
それまで弓にも弓にも手をかけることもなく、ただただ自然体に立っていただけだっていうのに、いつの間にか風の手には弓が。矢はとっくに空へと放たれ、風切り音を置き去りにし、目標になった鳥の脳天を貫いていた。
早業。まさにそうとしか言いようのない見事な動作に見惚れているのかついて行けていないのか、ぽかんと目を丸くする村の人たち。
まさに職人芸とでも評すべき所業をやってのけたにも関わらず、風はいたって平常運転。獲物を仕留めた達成感も職人芸をやってのけた気負いもない、ごくごくふつーの雰囲気を崩しもしないまま弓を背中に戻すと、空いた両手をすっと軽く広げる。
次の瞬間には、広げた腕に異変が現れる――
女の子らしい、だけど日々獲物を追い回し弓を引いてきただけあって引き締まった腕にふわりと羽が現れる。健康的に日に焼けた肌はあっという間に鳩羽色の風切り羽に被われて、立派な翼のできあがり。
他にも腰の辺りからは同じ色の平たい尾羽、裸足の足は前が三本、後ろが一本のかぎ爪を持ったピンク色がかった鱗の足へと変化していた。
「じゃ、ちょっと行ってくるわね!」
宣言と行動、どっちの方が早かったかな?
呆然とする村の人たちを置き去りに、風は両の翼で空気を捕まえると、すぐさま舞い上がる。
その早業とは裏腹に、相変わらずのどこか間抜けな風切り音を残して風の姿はぐんぐん小さくなっていった。
ごうごうと風のうねる音が耳元を流れていく。
見下ろす視界に広がっているのは、沈みかけた太陽に照らされた森。新芽が動き始めた緑の絨毯。所々薄くなった所は道なのかな? あちらこちらをうねるように続いていて、まるで模様みたいに彩りを加えている。緑の色も一色じゃなくて、深い色から新芽の明るい緑まで色々だ。
暮れかけの空の中で、体の奥底から突き上げる衝動に任せて両手の翼を動かす。薄い灰色の下地の翼に所々浮かぶ黒っぽい色や白っぽい色の羽は、腕だけに現れた訳じゃない。腰の辺りから突き出た尾羽、服の下になって見えないけれど腰から太股にかけてを覆う短い羽毛。膝から先は細く小枝のようで、足にいたっては前に三本と後ろに一本の指を持つものに変わっている。
これがあたしの《変化》。宿す力はハトの|《空人》(シエロ)。
体の奥から突き上げる感情のまま、そのまま何処までも飛んでいきたい衝動を抑えながら向かう先、落ちてくる陰に向かって速度を上げる。
落ちてきているのは空を飛んでいた鳥の一種だ。翼を広げると大人が腕を広げたくらい有るその鳥は、今はもう翼で風を捕まえることも出来ず、地面に向かって一直線。その頭は、細い矢が貫いている。
もちろんこんなの、自然にはえるわけがない。さっきいかけた矢が刺さって、飛んでいた鳥の命を奪っただけだ。
そのまま落下するまで地上で待っていてもいいんだけど、それだと何処に落ちたかわからなくなっちゃうし、それに何より落っこちたときに肉が傷んじゃうもの。だからこうして取りに行くのが一番なのよ。せっかく飛べるんだからね。
「よ……っと」
落下してきた鳥を《変化》した足で掴む。……うん、案外細かい事に五月蠅い誰かさんがここにいたら、行儀が悪いとか言われそうだけれど、仕方がない。だってあたしの《変化》は|《空人》(シエロ)だけど羽を生やすタイプじゃなくて、腕を羽に変えるタイプだもん。手で何かを掴もうと思ったら《変化》を解かなきゃいけない。そうしたらもう、後は落ちるしかない。そんなのはちょっと遠慮したい。
タカとかワシとかを宿す人に比べたら、ハトのあたしは足の力だってそんなに強い訳じゃない。けどどうにか捕まえて、加わった重みにバランスを取られないよう姿勢を保つ。
いつもはもうちょっと小降りの獲物を狙っているわけで、こんな大物ちゃんと掴めるのか、ぶっつけ本番だけど結構なんとかなった。
うん、良かった良かった。
「……うん?」
ほっと一息付きながら、戻ろうと視線を森に落としたあたしは、森の緑の中に見慣れた青とは違う色を見つけた。
「へ? 街が見えた?」
たき火を囲んでの夕食時、風の言葉にオレは思わずそう聞き返した。
「街とは言ってないでしょ、街とは」
「ああ、悪ぃ。何だったっけ?」
「だーかーらー、森の中に何か変なのがあったって、そう言ってるのよ」
「いや変て……」
むすりと不機嫌そうに口にするものの、その言葉だけで何かを押し知れとか無理があるだろ?
視線で詳しく説明を、と促しては見たものの、風は子供のように身振り手振りでどうにか目にした物を説明しようと四苦八苦するが……うん、わからねぇ。
こういうガキっぽい言動見る度に思うけど、風のヤツ語彙がな……。や、まぁオレも人のコト言えた義理じゃねーけどよ。
「この辺って、宿駅とかは無いはず……だったよな?」
「ああ、有るならそこまで行くよう計画を組むさ」
御者を勤める村人に疑問を投げれば、そんな言葉が返ってくる。……ま、当然っちゃ当然だよなぁ。宿駅みたいな所があるのにわざわざ野営するとか、どんだけ物好きなんだって話。
「しゅくえき……って、何?」
「おま……そーかい、これも知らねぇのか……」
「何よ、文句有る?」
首を傾げ、相も変わらずの無知っぷりを披露してくれたのは風。いや、知らないことを素直に聞いてくる辺り、どこかの誰かさんと違ってひねくれてねぇんだなぁ……って思うんだけど、いかんせんその回数が多すぎるだろう?
「村とか、街とかの近くや間にある泊まり専用のちょっとした場所だよ」
「? でも、前あんた街道の街は大体一日で行き来できるからとか言ってなかったっけ?」
前に話したことを覚えていたらしい、風はますます首を傾げた。
「それは主要街道に限っての話。それ以外の細い街道とかになるとなかなかそうは行かない場所も多くてな、んでそう言うときに利用するのが宿駅ってわけだ」
「ふぅん。……あれ、でも村の近くにあるって……何で村に行かないの? そこに泊まればいいじゃない」
「ま、そーなんだけどな……。ほら、旅をしてる連中の中にゃ粗暴なのもいるわけ。んで、そーゆー連中が村ン中入ってくると何しでかすかわかんねぇってのでな、余所者嫌いの村とか、そう言うとこ作ってるのがあるんだよ。後は昔旅して泊まる場所がなくて困ったって人が、後進のために作ったとか……まあ色々だな」
他にも複数の村の間に有る街道に作って、村同士の交流の場所なんかにしている所もある。そんなところを説明すると、風は興味深そうに耳を傾けつつ「色々あるのね」と感心したように呟いていた。
「で、風が見たのって結局宿駅なの?」
「や……そんなこと言われても、それがどんなのかなんて、あたし見たこともないし……」
「わかる訳ないでしょ」とふてくされたようにぼそり一言。ごまかすように鶏肉たっぷりのシチューを口に運ぶ。
今日の夕食は風自身が相変わらずの見事な弓の腕でしとめ、自身の手で捌いた一品を使ったシチューだ。肉を切り出す手際たるや見事なモンだったが、風自身はやや不服そうだった。何でも羽をむしる時間が無く、皮ごとはがしたのが勿体ないらしい。
そんな鳥皮は現在、細く切られ串に刺して火にあぶられている。適当に羽をむしった後、手ではやりにくい細かいものはこうして火であぶることで処理する。んで、軽く塩とかを振って味付けすればジャーキーもどきの完成……ってな。
……や、ほら風があんまりにももったいなさそうな顔するからな? ただ捨てるのももったいねぇしってコトで、な。
蛇足的な話しになるけど、風がやったのはあくまで解体までだ。……調理? んなモンこいつにやらせてみろ、塩とか香辛料とか存在しないのかって料理が出てくるぞ?
オレは断じて、アレを料理とは認めねぇ。……あれはただ茹でただけ、焼いただけって言うんだよっ。
「しゃぁね……黒、後で偵察すっから一っ飛び頼まぁ」
「……解った」
オレの言葉に、黒は相変わらずの調子で頷く。どうにも感情の起伏が少ない黒だが、食事時など案外判りやすかったりする。とは言っても、横にいる無表情な晶と比較してようやくわかる……ってのがなんとも、まぁ……
「うん? そちらのお兄さんも|《空人》(シエロ)なのか?」
「……ああ」
村人からの視線に、黒は小さく頷いた。
「へぇ、そりゃ羨ましい。なぁ、空を飛ぶのってやっぱ気持ちのいいものなのか?」
まるで子供のように無邪気な声で、そんなふうに問いを投げる村の男性。それぞれが宿す獣の力は土地によっては偏りが見られて、藤跳村では|《陸人》(ルディ)が半数以上を締め、|《空人》(シエロ)や|《海人》(オセアノ)は数が少なかった……だったか。
確か、赤籐地方では他の地域に比べると|《空人》(シエロ)の数が多いって聞いた事があるんだが……まあ、他と比べたらであって、比率的にはそう多くはないのかね?
蛇足的なことを付け加えておくと、島に住む人間の中で一番多いのが|《陸人》(ルディ)、次が|《空人》(シエロ)、一番少ないのが|《海人》(オセアノ)になる。ただし地域によってその比率は変動して、それこそ海辺の町なんかでは|《海人》(オセアノ)だけの町も珍しくない――とかなんとか。
閑話休題。現に、こうして同行している人たちも全員漏れなく|《陸人》(ルディ)だって話だからな。
悪意のない問いに、黒は表面上はいつもと変わらず、けれどその内心はあんまり穏やかではないんだろう。いつもより反応が鈍かった。ように思う。
……まあ、こんなん見慣れてようやく判断つく程度だから、村の連中は気付かなかっただろうけどな。
「とりあえず……風が見てきたモンが何かはわかんねーけど、面倒なモノだったらどうするか……それこそ別の道を行くとかの方針、大まかでいいから決めといてくれ」
「勿論だ。……とは言っても、この辺りでに馬車が通れる道は限られているんだがな」
オレの言葉に、村の連中は荷物の中から地図を引っ張り出して相談を始める。
測量を用いたほどの正確な地図は、それこそその地方に影響力のある大氏族の中でも数えるほどしか所有していないけれど、大雑把な方向や道などが書かれた地図はだいたい何処にでも出回っている。
というのも、測量技術を持つ者は少ないし正確な地図は氏族同士の抗争の際、持っているといないとではその優位性に大きな差が出るので、あまり作らせないし、だからこそおいそれと出回ることもない。
一方で簡略的な地図は|《空人》(シエロ)の《変化》を持つ奴が空から見てきた景色を元に書いたり、もしくは絵心のある奴を抱えたまま飛び上がったりして空から見た景色を覚えさせ、それを書き出すコトが出来る。その分正確性には若干不安があるけれど、大まかな方向や地形の把握には十分だからだ。
まあ、深い森とかだと細かい道は上からじゃ見えねぇし、だいたいの方角は御山と太陽の位置とで割り出せるから、旅慣れてくるとむしろ荷物になるのが嫌だつって方位磁石どころか地図もほとんどいらねって言う人もいるけどな。
すぐそばをゴウゴウと風が流れていく。
暗い空に散らばる銀砂のような星。眼下には風に揺れる森が、暗く波打つ海のようにうねっている。
地に足の着かない浮遊感。慣れない感覚に、落ちることはないとはいえ若干の不安を感じずにはいられない。
「……見えるか?」
「あー、一応それっぽいってぇのはあるが……」
頭上から降ってきた声にそう答える。
現在、オレと黒は空の人――といっても、黒の《変化》で空に引っ張り上げてもらっただけなんだけどな。
さすがに二人分の体重を支えるとなると体力を使うんだろう、黒は「そうか」と短く応じ、後は口を開かない。まぁ、無口なのはいつものこと、か。
そんな黒の背には、一対の黒い翼が存在し、忙しなく上下する事で高度を保っている。飛行の邪魔にならないよう、いつもは無造作に流している長い髪は一つに纏められ、巻き起こる風圧に揺れている。
これが黒の《変化》――宿す力はカラスの|《空人》(シエロ)。
背中に現れた翼以外は特に普段と変わりない、ある意味では|《空人》(シエロ)らしい《変化》だ。
|《空人》(シエロ)の《変化》を持つのは風も同じだけれど、黒に頼んだのはここに理由がある。何しろ風の《変化》は自分の腕を翼に変える。
つまり、《変化》している最中は手を使うことが出来ない。あいつに引っ張り上げてもらおうと思ったら自力で掴まるか、鉤爪の足で掴んでもらうかのどっちかになる。んな猛禽類にとっ捕まった獲物じゃあるまいに、さすがにその格好は勘弁願いたい。
他にも、やっぱ黒の方が力が強いってのもある。この辺は男女の差だけに、風も素直に納得していた。
確認のために高度を取ることは黒が出来るとして、しかし問題があった。
黒の《変化》はカラス。つまり――鳥目なんだ。
そんな訳で、わざわざオレを引っ張り上げてもらった、ってな。
オレの《変化》はオオカミの|《陸人》(ルディ)。夜目に関しちゃ自信がある。
ともあれ、視界に映るモノが何であるのか――残念ながらここからでは遠すぎてはっきりと見極めることが出来ない。
宿した獣の力の関係で、他人と比べて夜目は利くものの、生憎視力自体はさして飛び抜けているとも言えない。夜目がききゃいいだろって判断だったけど……甘かったって事か。
いや、むしろ風の視力が良すぎるんだ。うん。|《空人》(シエロ)の《変化》を持つ連中は、鳥目と引き替えに大抵遠くまで把握できる視力を持っている。風もその例に漏れず――ってワケだ。
ま、|《空人》(シエロ)はその翼であちこち跳び回るわけだから、その分いろんなモンをちゃんと把握しねぇと何にぶつかるかわかんねぇ、ってのがあるんだろうけどな。
目に手をかざしたりと、どうにかしてはっきり見ようとあれこれ試行錯誤してみる。どうにか把握できたのはちらほらと灯る明かり。遠くに見えるひときわ明るい場所は目的地である街道都市だろう。それ以外にもある程度まとまった明かりがあちこちに見える。こっちは周辺の村に灯ったものだろうなと、だいたい予想はつく。
問題は、一番近いところに見える小規模な明かりだ。
同じように野営している旅商人とその護衛達が夜を明かすために焚いているものだと言えばそれまでのような、もしくは宿駅に灯った家の明かりといえばそれまでのようなささやかな明かり。
けれど風の言った「変なの」という言葉が、何ともいえない不安を抱かせる。
海もそうだけど、あいつもあいつで妙に勘がいいんだよなぁ。……まあ、どっちかってーとその勘はやや野生動物の襲撃とかに偏ってるような気はすっけど。
「……黒、そろそろ降下頼む」
オレの声に、それまで一定の高度を保っていたカラスの翼は動きをゆるめ、緩やかに高度を下げ始める。
見る見る近づく暗い森。否応なしに襲いかかる落下感。胃の押し上げられるような感覚に、落とされるわけではないとは理解しながらも、自力で空を飛ぶ術を持たねぇオレは本能からくる恐怖感を覚えずにはいられなかった。
木の枝があまり張り出していない空間から、地面におりて一心地つく。浮遊感から解放された安堵感と、しっかと地面を踏みしめている安心感。地に足が着く感覚は何とも安心感があるものだなぁ、などとしみじみと実感するオレの横で、同じよう地面に着地した黒は髪留めを外しながら《変化》を解いて、すぐさま背中の黒羽を消す。
《変化》中はしていないときと比較すると、多少ではあるけれど体力を消耗する。飛ぶとかしなけりゃせいぜい早歩きしている程度のモノ。けど、それでも疲れが溜まりやすいことには違いない。
まあ、黒が早々に《変化》を解いたのはそれだけじゃねぇ理由もあるんだが……
「二人とも、お帰りー。首尾はどうだった?」
「あー、まあぼちぼち?」
待っていたのか――野営場所から少し離れているにも関わらず、すかさず問いを投げてきたのは海。おいこら護衛はどうした、と内心呆れながら、いつものように軽口で返す。
どうせつっこんだところで、いつものように平然としてるだろうしなぁ。
「……あちらは良いのか?」
「うん? あ、護衛の方? 大丈夫大丈夫、あっちには風が居るし、この辺に今のところ大型動物とかー、危ない人とかも居ないのも確認済みだしね」
と、黒が代わりに問いかけた疑問に対し、案の定の言葉で返す。
「その闇雲な自信、どっから来るんだよ……」
「それはもちろん、ぼくだからー♪」
「理由になってねぇよっ」
いつもの如くえへんと胸を張る海に、呆れずにはいられない。いや海の斥候能力を判っちゃいるんだが……こう腑に落ちないのは、一体全体どうやってそれを把握しているのか、さっぱりわからねぇせいなんだろうなぁ。
……ホント、どうやってんだろな。たぶんオレと同じく宿す獣の力が関係してんだろうけど……あー、わからねぇ! オオカミの嗅覚つったら結構広い範囲を知覚できるはずなんだぜ? それを越える把握能力って何だよ?
とはいえ、その能力の高さは確かだ。多少は鼻に自身があるオレどころか狩猟で暮らしてきたであろう風すら気づかなかった敵性存在の接近を真っ先に関知した、と言えばそれがどれほどか判るってモンだろう。
そんないつも通りのやりとりをやりながら、野営地に戻る。護衛に残った風は当然として、村の連中もまだ眠っていなかったようで、オレ達の接近に顔を上げた。
「あ、お帰り」
「おう、今戻ったぜ」
軽く言葉を交わす。風の顔はほっとする安堵よりも、どうだったかを問いたげな、好奇心を隠そうともしないものだ。
うん、わかりやすすぎだろこいつ。目は口ほどにモノを言うって言葉を体現したような……
「こっちは特に、変化は無し……みたいだな」
「もちろん。なんか来たら追っ払うわよ」
「そーかい。頼もしい限りだぜ」
「狼ひどーい、ぼくちゃんと確認したって言ったのにー」
自信満々に答える風と、不満げにぶーたれる海。いつものことなので軽く流すことにする。
「で、どうだったの?」
「あー、それなんだけどな……」
とりあえず報告として、街道都市の方向に明かりがあったこと、それは村の位置ではなく街道の上辺りにあったこと。野営か宿駅かは判別できなかったこと――などを軽く話す。
「えっと、それじゃあたしが見たのは村じゃなくて……結局何?」
「いや、それがわかりゃ苦労はしないって話だろ」
どうにも要領を得ない風の問いかけは、それでいてこの場にいる誰もが抱いている疑問だろう。
同じように野営する旅人やら隊商なら、まぁ特に問題はない。宿駅ならそれも問題はない。
一番の問題なのは――それが歓迎されざるモノだった場合、なワケだが……
「……まぁ、ンな連中ならあんな位置で火ぃ焚くなんざ目立つマネはしねぇわな」
「?」
多少腑に落ちないモノはあるものの、結局はそう結論づける事になるわけだ。
だってそうだろ? これから襲撃を仕掛けようって連中が、わざわざ自分の存在を知らせるようなマネはしないってな。あの位置じゃ尚更な。
とはいえ、完全にそう談じるのも早計。警戒だけはしっかとしていくとするかね。




