五人の日常風景
「ごえいいらい、を受けた?」
宴の翌日。貸し出された小屋で朝食を取りながら狼が切り出した話に、風は耳慣れない単語だったんだろうね、こてんと首を傾げた。
「それって、何?」
ほら、やっぱり。
「何って……護衛依頼は護衛で……」
「だから、ごえいって?」
「……なぁ、黒」
「ん……護衛というのは対象の警護……今回の場合、街に売りに行く荷物の護衛だと言っていた。それを守りながら移動する」
がっくりと脱力する狼に水を向けられ、黒は眠そうにしながらも噛み砕いて説明した。
ああ、狼も黒も、昨日は結構遅くまで、族長さんと話し込んでたみたいだもんなぁ。まあ黒が朝こうなのはいつものことだけど、さ。
夜行性の獣の力を《変化》として発現する人の中には、その影響で朝が苦手……なんて言う人がいるけれど、実の所宿す獣の力とそういった影響について、詳しいことはあんまり解っていない。同じ夜行性の獣を宿している人の中にだって、夜が苦手な人が居る一方でそうでない人も同じくらい居るからだ。
だいたい、黒の《変化》って夜行性の動物じゃないしねー。……どっちかって言うと夜は苦手だろうしさ。
ちなみにぼくと一緒に集落の人と騒いでいた風は、最後のほう酔いつぶれちゃって酷いものだったんだよね。だからこの小山では狼が肩を貸して運んだんだっけ。
え、ぼく? ぼくはもちろん……あの程度の量のお酒じゃ、酔いつぶれたりなんかしないよー。
「つまりはまぁ、荷物を積んだに馬車と一緒に移動するってコトだよ。んで、道中野生のクマとかオオカミ、あと他にも盗賊とかが出てきたらぶっ飛ばして荷物を守る。他にもあるけど、とにかくそういうのを護衛依頼っつうんだよ」
「へー」
わかっているのかいないのか、風は頷いているけどその内心はよくわからない。何しろ納得した用に見えて、そのまま突撃しちゃうのが風なんだもん。
「でも、それって荷物が多くなる……のよね? えっと、何でその依頼受けたの?」
「荷物を運ぶのはここらの人だっての。ついでに言や、荷馬車使うって話しだ。オレらはその護衛な。確かに小回りは利かなくなるけど、どーせ大きな街に行くってくらいしか決めてなかったんだ、丁度いいだろ? それにこれはこれで利点があるんだよ」
「利点?」
「……これはわかってるんだな」
「ちょっ、あんたねぇ、あたしのことをいったいなんだと思ってるのよ?」
「………。口にしない方がいいだろ」
「どういう意味よっ!」
ぎゃぁぎゃぁわいわい。
いつものように始まった口論。ホント、仲いいよねー。
「えっとね、まずいっぱい荷物を運べるから、隙間があればぼくらの荷物も乗せてもらえるかもしれないんだ。だからその分歩くのがらくちんになるし……たぶんだけど、晶くらいだったら御者席なり荷台の空きスペースになり載せてもらえると思うんだよね。だからその分はちょっと早くなると思うよ。それに疲れたら、交代でだろうけど荷馬車自体に乗せてもらえるかもしれないよね。他にも大勢で移動すればその分気配が増えるから、勘のいい獣は警戒するし。いざとなったら走って逃げる訳だけど、その時も荷馬車を引いてるとはいっても、馬の速度で逃げられるからね、結構早いし……えっと、あと何があったっけ?」
とりあえず思いつく限りのことをいくつか上げてみたけれど、さてはて、これで風は納得するかな?
まあ、それ以前に聞いてるかどうかを心配するのかもしれないけど……ああ見えて結構、こっちの話も聞いてるんだよね、二人とも。
「そうなんだ」
「うんー」
「……大体合ってるな。つーか、それだけ知ってるならお前が説明しろよ」
「え、ヤだ」
「うぉい」
「だってー。放っておいた方が楽しいじゃん?」
「こんの愉快犯っ!」
「はっはっは、ほめ言葉だよ、それー♪」
いつものように不機嫌を隠そうともしない狼をからかう。
そんな光景も、ぼくたちの間ではもうすっかりお馴染みとなっていた。
二頭引きのに馬車に集落の人たちが作った工芸品を積み込んで、ぼくらは集落を出発した。
朝食を終えてそう時間をかけずに出立できたってコトは、昨日の内からある程度段取りを勧めていたのか、それとも元々出荷しようとしていたところにぼくたちが来て、渡りに船って感じだったのか……どっちだろうなぁ?
「えっと、このまま街に行くのよね?」
「いえ、他の集落を回ってからになります」
「他の集落??」
風の疑問に答えたのは、集落の青年だ。まあ、風はますます首を傾げちゃったわけだけど。
護衛はぼくたちがやるけれど、値段交渉とかまではできないからね。だから値段交渉や荷物の管理は集落の人の役目だ。
それにこの荷馬車だって、集落で用意したものだしね。ちゃんと集落まで持ち帰らなきゃならない訳だし。まぁ荷物だけ預けちゃうと、悪い人だとちゃっかり自分の懐に入れちゃったり持ち逃げしちゃったりするフトドキモノがいるから、よっぽど信頼できる人でもない限り荷物全てを任せたりはしない。だから当然だけどさ。
「はい。この辺りにはうちの集落と同じような規模の集落がいくつか点在しているんですよ」
彼の話では、この辺りには昨日立ち寄った集落と同等程度、五件~二十件位の家々が寄り合ったものがいくつも点在しているらしい。そんな集落が集まって、藤跳村という一つの村になっているんだそうな。ここはもう赤籐地方に入ったとはいえ、中街道の内側でまだまだ傾斜のきついところが多い。
つまり、家を建てたり畑を拓いたりっていうのに向いてない土地が多い。だから広い土地の確保が難しくって、村として一カ所にまとまって住むことができない。そこで一族毎に別れて、それぞれ住みやすそうな場所を見つけて集落を作ったんだって。
集落のお兄さんの説明を一通り聞いていた風は、わかっているのかわかっていないのか、だけど真剣にその話に耳を傾けていた。
こういうところ、風ってすっごく素直だけど、割と知られているはずの事情を全く知らないっていうのはよくわからない。そりゃ個人の成長環境は千差万別で、それこそ常識なんて十人十色どころか百人百色――って言っても、さすがに限度ってモノがあるんじゃないかなぁ?
集落のお兄さんの宣言の通り、同じ藤跳村に属する集落を回って街まで売りに行く物を集め終わったのは、ちょうど太陽が空のてっぺんに登った頃だった。
これって、すっごく早い。そりゃ中にはほんの数件しか建物がない集落もあって、そういうところでは売りにいく品物は籐で編んだ大きなかご一つ分だけ、なんてコトもあったけれど。
これだけスムーズに事が運んだのには、訳がある。護衛の話が決まった後、昨日か今朝のうちに他の集落に連絡係の人が走って、売り物を纏めておくようにって指示があったんだって。
うーん、やっぱりこういう土地に根付いた人たちの暮らす場所って連携すごいよねー。なぁーんて事をついつい考えてしまう。
ぼくの育った場所だってもちろん負けないって思うけどさ、やっぱりね、人が多い場所だとどうしても、ほとんど全員が顔見知りって事はさすがに言えないから。
まあ、下町とかだとまた話は違ってくるんだけど――さ。
「ねえ狼、休憩ってそんなに長くはしないんでしょ? 離れちゃっていいの?」
と、風が問いかけたように現在ぼくらがいるのは護衛対象の荷馬車の側じゃなくて、藤跳村のとある集落の外れ。周りに家はなくて、代わりに一年中葉っぱをつけた針葉樹や新しい葉を茂らせる広葉樹が立ち並んでいる。
「向こうも積み直しとかいろいろあるって話だからな、しばらく時間があるんだってよ。それにこっちに行くのは向こうさんも了解済みだっての」
「そりゃ、聞いたけど……」
聞いてはいたけれど、実際に目を離すと不安なのかな? 風の言葉は何となくだけど歯切れが悪い。
うーん、何でも自分でやっちゃう癖があるみたいだね、風って。そりゃあれだけいろんな事ができるのなら他人に任せなくても大抵のことは出来ちゃうだろうけどさ、反面それって他人を頼ることが出来ないっていう欠点でもあるんじゃないかな。
「でもさー、晶のこと相談するっていってたけど……簡単にどうこうできる事じゃないと思うんだけど?」
そう、ぼくらが今向かっているのは藤飛村の薬師が住む場所だ。目的は晶の診察をしてもらおうってトコロ。
人の多い街なんかと違って、こういう小さい村では一つ一つの村に医師がいる事は珍しい。薬草類にある程度詳しい人はいても、薬師として生計を立てていける人もそうたくさんはいない。だから薬師がいるだけでも、ものすごく環境的に恵まれているって言われるくらいだ。
だけど……ぼくが懸念しているのはその事じゃなくて、晶の症状について。
普通の手段で改善させることが出来るのなら、とっくの昔にそうしてる――
「だとしても、専門家の意見を聞いといて損はないだろ?」
「この村にいるのは薬師さんだって、聞いてなかったの?」
「それでもオレら素人が顔つき合わせてるよりはマシだっての」
「わー、それさりげに酷いよ……」
そんなこんなでいつものように、たわいもないことを話している間にぼくらは目的地に到着した。集落の外れ、集落を取り巻く森の中にひっそりと建てられた家。
森に同化するようにたたずむその家の扉を、狼は躊躇うことなくノックした。
「どうぞ、開いてるよ」
中から聞こえてきたのはけだるげな声。ドア越しでくぐもっているけれど、この感じは女の人かな?
なんて考えているうちに、狼が扉を開けたのでぼくらも後に続く。扉を開ける前、それこそ小屋に近づいたときから感じてたニオイが扉を潜ったあたりからいっそう濃くなった。
干した植物、動物の乾物、酒付けにされたもの、鉱石、乳鉢や薬研で粉に、あるいはペースト状にすりつぶされた物、丸薬に加工された物等々――小屋の壁一面を埋め尽くすよう作られた棚に所狭しと並べられたそれらから漂ってくる独特のニオイ。
嗅ぎ覚えのあるそれらのニオイに、同じニオイをまとう良く知った人物の事を連想してしまって、ぼくはつい口元に苦笑を浮かべだ。




