ささやかな宴
夜の帳を退けるよう、うずたかく積み上げられた薪に煌々と炎が燃える。
野営時に獣除けとして持ちいるそれと比較するといささか大規模に作られた焚き火を囲むように集まった住人達は、思い思いの料理を持ち寄って談笑を交わす。また別の炎を囲む者達は芸達者な者が奏でる素朴な音色に合わせて踊る者や、中には木々の間に張ったロープの上を《変化》で強化した身体能力にモノを言わせて跳び回る、などと言った曲芸を披露する者までいる。
大きな街などで披露される演舞などのような洗練された感はないものの、それでも器用にロープからロープへ曲芸めいた動作を交えて飛び移る様は見事なものだった。現に海や風など、軽快に跳び回るリスの《変化》を持つ住人に触発されたか、自分たちもやりたいと名乗りを上げたほどだった。
とはいえ、二人の《変化》は跳び回っていた者達のように身軽な|《陸人》(ルディ)ではない。その事を理由に村人達に止められ、二人そろってすこぶる残念そうな顔をしていた。
そんな二人も今は村人達の中に混じって、旅の道中で見聞きした事柄を身振りを交えながら披露しているのだけれど。
どうやらすっかり機嫌は直っているようで、二人とも実に楽しげだった。そんな姿を遠巻きに眺めながら、俺は晶と共に喧噪とは少し離れた位置で、振る舞われた料理に舌鼓を打っていた。
「よ、なーにこんなトコふけこんでんだよ」
と、そんな声を掛けてきたのは集落の住人ではなく、茶髪の少年――狼。こちらの了承も得ないまま、隣に腰を下ろす。
どうやら彼も宴の喧噪から逃げてきたらしく、手にした木製の大皿には沢山の料理が乗せられていた。
他に酒もくすねてきていたようで、同じく木製のコップに乳白色の地酒を次ぐと、慣れた様子で一気にあおる。
「ん、お前もいるか?」
「……頂こう」
こちらの視線に気づいたのだろう、そう言って勧めてくる。用意が良いことに予備のコップまで持ってきている辺り、元々そのつもりだったのだろうか?
乳白色の液体が注がれたコップを受け取り口を付ける。とたん鼻に抜ける独特の酸味を持つ香り。けして不快ではないそれが持つ素朴な甘みを楽しむよう、舌の上で転がした後に嚥下。つぅ、とアルコールによる独特の感覚が喉を滑り落ちる。
「……なかなか良い酒だな」
「ん、まぁそーだな」
「……?」
ぽつりと口に出た感想に、狼はどこか意外そうに相づちを打つ。
「いや、ほら導師だったっけ? そう言うのの関係者ってあんま生臭とか……酒とかも飲まねぇっていうだろ? だからお前もそうだーって印象あったもんでな」
「……ああ」
そう言えば、普通の導師はまさしく狼が言うとおり、肉や酒などを極力接種しないよう気を使っているのだったか。
これは別に導師の指導者層が偏食家なのではなく、肉や酒などは野菜類など植物と比べて強い力を持っているため、体内に取り入れる事によって人が元々持つ力を乱し、術を使用する障害になる事を防ぐため――だという。
だが、俺が師事を仰いだ人物はそんなことなど気にもかけない人物だった。その上導師としての能力も周囲より頭一つは抜きん出ている……と、他の導師達は評価していた。なので一般の導師の食生活を耳にしたとき、何故わざわざそのような手間をかけるのかと首を傾げたものだ。
ともあれ、そのような師に師事した俺もまた、導師にそのような慣習があるなどつゆ知らず、師その人の習慣に習っていた、と言うだけだ。
「……旅の最中も、別段文句は言わなかったはずだが?」
「や、そっちはほら、選択肢がねぇから我慢させてんのかな、って」
なるほど。確かに狼が指摘したように、旅の道中一々そのような事に気を配れはしまい。食料は持ち歩くにも限度があるし、現地で採取するとなれば選り好む事も難しい。無理にそれを貫こうとすれば、口にできる物が大きく制限され、行動に支障を来しかねない。
特に狩猟を得意とする風が同行しているのだ。いくら彼女が森の中での活動に慣れているからとは言え、果物や茸類、野草などの食料だけを集めてくるのは難しいだろう。
……おそらくは。
何しろ恐ろしいまでの弓の腕を持つ彼女のおかげで、食に不自由するはずの旅の中にあって、餓えや飽きを覚えた事は皆無だ。主に狩ってくる対象が鳥や獣などだとはいえ、他の物を取ってくる事が皆無かと言われればそれは否だ。そのため、もしかするとあの調子で採取もできるのではないか……そんな光景さえ容易に思い浮かべることができる。
どうやら似たような事を思っているらしく、視線を向ければ狼も苦笑を浮かべていた。食糧事情は彼女のおかげで並の旅人よりも恵まれてはいるが、何分それを調理するのは、もっぱら狼が担当している。そのため、同行者の慣習や好みなどにはどうしても目がいくのだろう。
こういった事に気が回る辺り、なかなかどうして狼は他者の事を気遣う。普段の言動や身形こそ粗暴で、それこそどこの街にでもいる素行不良な者達のようではあるのだけれど――
最も、そうでもなければこんな事になってしまった晶の面倒を見る、などと言いはしまい。
それに海や風達女子供に対しても、突き放すような言葉を向ける事もあるが、結局なんだかんだと世話を焼いている。あれだけ拒否していたにも関わらず、最終的に二人の同行を認めた事もそうだ。
結局の所、根がお人好しなのだろうと一人納得する。傭兵などという命のやり取りを身近とする職において、それが良いか悪いかは知らないが――少なくとも、好感は持てるのは確かだった。
「……出された物を残す方が、失礼だろう」
調達や調理した者に対しても、食材となった対象に対しても、くだらない選り好みによって粗末に扱う事こそが、もっとも唾棄すべき事だろうに。
自然とこぼれた言葉に、狼は一瞬きょとんとし、それからなにが面白いのか、くつくつと愉快そうに肩を揺らす。
「……?」
「ああ、確かに同感だ」
「……そうか」
どことなく釈然としない思いを覚えはしたが、追求するほどの事でもあるまい。
喧噪からやや離れた場で、俺と狼はささやかに酒杯を交わした。
「おや、こちらに居られたのか」
宴の様子を肴にしている俺達の元へ、ふと言葉をかけてきた者がいた。
「おっ、族長サン。ご馳走になってます」
「ああ、そのままで構わんよ。どうか楽にしてくだされ」
立ち上がろうとした狼にそう言葉をかけ、族長は正面に置かれた椅子代わりの丸太に腰を下ろす。こうした丸太はあちこちに置かれており、住人達が腰を下ろすために利用されていた。
「向こうにいなくていいんすか?」
「なに、楽しい宴に堅苦しい者は無用。それに祭りの準備は我らの仕事だとしても、そこまでじゃて。楽しむのは皆の役目、各々がそれぞれに勝手にやるだろうよ」
「そーっすか」
放任的ともいえる事をさらりと口にし、族長は呵々と笑う。その顔は一つの一族を纏める貫禄よりも、どちらかというと好々爺とした雰囲気の方が全面に出ている。
そんなことを口にできるほど、彼は集落の者を信頼しているのだろう。それに上に立つ者が息抜きをしてはいけないと言う決まりもない。族長の姿にどこか師のもつ物と同じ雰囲気を感じながら、二人のやり取りに口を挟むことなく静かに耳を傾ける。
「そちらのお二人も、楽しんでおられますかな?」
「……ああ」
水を向けられ、頷きを返す。晶は返答などとてもではないができる状態ではないので、相変わらずの無言のままだ。
晶は食事や最低限の身の回りの事は、それこそ道具などを手渡せば自分で行う。
しかし、それだけだ。
現在の晶はけして自発的にそれらを行おうとはせず、放っておけばおそらく何も口にせぬまま立ち尽くしているのではないだろうか――そんな光景すら容易く想像できてしまう。
今も小皿に取り分けられた料理を口元に運び、無表情のままもそもそと咀嚼している。その姿は何となくだが小動物を彷彿とさせる。
返答をしない晶を特に気に止めた様子もなく、族長は孫を見守る祖父のような優しい眼差しを向けていた。
「所で、皆さんは黄蓮から来られたのでしたな」
黄蓮、というのは島の中央、《神山》とその周辺地域を指す地名だ。北は黒欄、東は青桜、西は白菫、ここ南に相当する地域は赤藤と、それぞれ呼ばれている。
「ああ」
「よろしければ、道中の話をお伺いしてもよろしいかな?」
「いーけど、あっちでも話してるぜ?」
と、狼が指さすのは宴の中心となっている広場の中央付近。煌々と燃える炎の元、海と風が大仰な身振り手振りを交え集落の住人達に旅の様子を語っている。
「ウム。しかしあの人集りに割り込むのは、この老体にはなかなかホネでのぅ」
か弱い老人を連想させる口調でそんなことを言うが、口調とは裏腹に族長の立ち振る舞いはそれほど弱ってはいない。そもそもそんな弱った者に長という役目を任せる事はしないだろう。背も曲がっておらず、ぴんと立つ姿は森の中にそびえる古木を連想させるものがある。
「ははっ、りょーかい。……つっても、オレはあいつら程話が上手くないんで、そこんところは了承してくださいよ?」
「構わぬよ。むしろゆっくり聞ける方が老人にはありがたいて」
「そーですかい」
苦笑を浮かべながら、狼はいつもと同じような砕けた口調で語り始める。年上の者に対して使う言葉としてはいささか失礼な口調ではあるものの、族長はとがめはしない。この辺りは、さすが年の功といったところだろうか?
狼の方も、あまり使い慣れていない改まった言葉遣いをしようという気は更々無いようだが、それでも普段より幾分マシに感じられるよう思うのは、彼なりに改善しようとしているのだろうか?
そのせいで、若干ぎこちないような気もするが、そんな所も含めて長は気にしていない。
「ほう、では御山の近辺はまだ道がぬかるんでおるとな?」
「そっすね。オレらみたいなのならまぁ何とかなりますけど、辻馬車とかはまだまだ石の敷かれたトコ以外は通りにくい感じでしたか。日陰なんかだとまだ雪が残ってる場所も見かけたくらいだから、もう暫くは続くんじゃないですかね」
「ふむ……やはりか。今年は何処も雪解けが遅いのぅ」
「あー、確かにもう春だってのに寒い日が多いなぁ……」
族長の言葉に、確かにと同意する狼。この辺りの春がどの程度の気候であるのか、傭兵として各地を転々としている狼は把握できていなかったようだ。それでも、時期的にはそろそろ暖かくなってもおかしくはない……と感じていたらしい。
ここ赤藤は比較的温暖な気候をしている地域だという話だ。確かに、ここがいくら《神山》に近い場所だとしても、春も中頃になってあちこち雪が溶け残っているのはいささかおかしいのかもしれない。
まあ、偶に春の訪れが遅くなる年もあれば逆に早くなる年もあるだろうから、こればかりは天の気紛れというものなのだろうが。
「……で、族長サン」
「うむ?」
「こうしてわざわざお越しくださったってコトは、話を聞く以外にも何か用があってのこと――だよな?」
「ほっほっほ」
確信を持って向けられた問いに、族長は楽しげに笑顔を浮かべた。
「実はの、主等の都合がよければ、一つ頼みたいことがあるんじゃよ」
ひとしきり笑った後、族長はそう切り出した――




