吊り橋谷
翌朝、いつものようにそれぞれ起き出したオレ達は夜風に当てた薬草の回収や、朝詰みする方が効力が高いということで昨日採取を見送った薬草を集めるなど、いつもよりも忙しく動き回り薬草園跡地を発った。
「ったく……ホント、拘るねぇ」
海の強固な主張によってまだ朝露も乾ききらない内に根本から掘り出したのは、一見何の変哲もない植物。これが決まった時間にしか花を咲かせないだの実を付けないだのだったらあそこまで主張するのも頷けるが、昨日確認したのとぱっと見変化がない以上そんな言葉の一つもこぼれるわけで、
「狼がおおざっぱすぎるんだよ。依頼を受けた以上はさ、ちゃんとやんなきゃって思わないの?」
「そりゃ思うけどな。……生憎こっちは薬草の知識なんざろくにねーんだよ」
「威張って言う事じゃないよね、それ……」
海の言葉にそう返せば、イタズラ坊主は呆れたようにため息をこぼす。
「いいんだよ、応急処置分はそれなりに出来るんだしよ。……つーかおまえが詳しすぎるって自覚しやがれ」
「あー、うん確かにそれは……。ま、環境が環境だったし、ね?」
「どういうこと?」
自嘲気味にこぼれた言葉に反応したのは風。
「好きな人が周りにいれば、自ずとそっちの知識が目に入るから覚えざるを得ないってコトさ」
何やら達観した様子でそんなことをのたまう海に、風は相変わらずイマイチわかっていない様子で首を傾げたまま「そうなんだ」と返す。
そうこうしている間に、特にトラブルもなく例の渓谷に掛かった釣り橋まで戻ってきた。
渓谷には相変わらず強風が吹き荒れているらしく、岩を撫でる風の音が谷の外にまで響いている。
「あれ? ねえ狼、あそこ、人がいるみたい」
「うん? あー、ホント……って、何やってんだ?」
と、風が指差す先に目を向ければ丁度吊り橋の中心くらいに人の姿が。街道都市の周辺なら人とすれ違うこともあったけど、森が深くなってからは人の痕跡すら滅多と見かけなかった状態だ。風が珍しがるのも無理はない。
とはいえ、それだけなら別に風もこんなふうに一々反応したりしねえんだろうが……吊り橋の上にいる奴らは、なんでだか知らねえけど吊り橋の上から動かない。距離があるからよくわかんねえけど、一人がしゃがみ込んでてもう一人がこっちに気づいて手を振ってる、か?
「えっと、あれって?」
「さてな。ま、こっちくんなって感じでもねえし、行ってみるか」
幸いというか、吊り橋はそれなりに幅があるから二人くらいなら余裕で並んで歩ける。お互い反対側から渡り始めても、吊り橋の上ですれ違えないこともないだろ。
「そんで、あんたら何してんだ?」
「ああ、よかった。来てくれたか」
強風の中でも声が聞こえるよう、やや大きめの声量で疑問を投げれば、返ってきたのは安堵の声。
吊り橋の真ん中あたりにいたのは旅装束の男女二人組。体調を崩しでもしたのか、はたまた高所故に腰が引けてしまったのか、吊り橋の上でしゃがみ込む女の傍らに立つ男はほっとした表情をそのままに助けをこう。
「すまないが、少し手を貸してもらえないだろうか?」
「手を貸すって、そっちの姉ちゃん体調でも――って、オイオイ、足!」
どうやら吊り橋の一部が腐っていたようで、運の悪いことに女の方がそこを踏み抜いてしまったようだ。ともすれば昨日、自分たちがそうなっていたかも知れないことを考えると人事ではない。
「ああ……うっかり踏み抜いてしまってね。私一人では支えるので精一杯で」
「そりゃまた盛大に、って暢気なコト言ってる場合じゃねぇな」
だべってる間に下手に強風が吹いて事態悪化なんぞになったら目も当てられねえ。男と協力し、二人掛かりでどうにか引っ張り上げる。幸いにして、腐っていたのは一部分だけだったようで二次災害は発生しなかった。
「助かったよ。ありがとう」
「や、気にすんな。こっちもたまたま通りかかっただけだし、大した手間でもねぇしな」
自分の命に対する責任は全て自分で背負うのが当然の旅において、けれどこうした助け合いは特別珍しいことじゃない。切羽詰まっている場合ならともかく、今みたいな簡単な手助けやお互いが知っている情報の交換とか、場合によっては乗り合い馬車が襲撃されたときに乗り合わせた奴らで協力して追っ払ってみたり、場合によっていろいろだけどな。
「ところで、君たち橋向こうから来たと言うことは、もしかして薬草採取の帰りかい?」
「まぁな。……ってコトは、お宅も?」
「ああ、そうなる。そうか、先発した者達が居るとは聞いていたが。君たちのような子供だとは……」
オレらの顔を見て、男はそんな感想をこぼす。
……いやよ、うん確かにオレらは見た目ガキが多い……ってか晶と海なんか見たまんまのガキだもんな。まぁ海本人は成人済だと言い張ってやがるが、それもどうだか。
「あんだよ、駆け出しにゃ草むしりをって言うし、こういう依頼はよくあるだろ」
とはいえ、オレらみたいな年頃の連中がこういった仕事をしていないかと言えば、答は否だ。オレらよりもよっぽど年下のガキが、下積みと称す雑用係として傭兵達に揉まれながらあっちこっちへ連れ回されたり、気の合う連中同士が一旗揚げようと徒党を組んで、まずは手始めにと薬草採取の依頼を受けるのはよくある光景だ。
「はは、確かにそうだ。いやすまない。……それで、もし良ければ、現地の様子をいろいろと教えてもらえないかな?」
「うん? ああ。了解。……つっても、鵜呑みにしねえでちゃんとそっちでも確認してくれよ」
「当然だとも」
早速、とでも言うように男は荷物の中から取りだした地図を広げる。おー、結構でかい本格的なの持ってるなぁ。
「ね、狼」
「ん?」
と、そんな男の様子を見ているオレの服を引っ張り声をかけたのは風。
「何だ? 狩り場を教えるの、やっぱ抵抗ある系か?」
「いやそんなことは別に……。じゃなくて、ここ風強いし、話をするならもう少し落ち着けるところに移動した方がいいんじゃない? ほら、あの人の持ってるのもさっきからバサバサしてるし」
風が指摘したとおり、さっきから吹き上げてくる谷風に煽られて男の持っている地図は今にも飛ばされそうになっている。
何もそんな広げなくても……要点だけ見えるようにすりゃいいだろうに。さっき仲間引っ張り上げるのに手間取ってた様子といい、不器用なのかね?
「なぁ、話するならいったん岸にいかねぇか? ここじゃ落ち着いて話も」
「――狼、前!」
移動を促そうと矢先、背後から鋭い声。
聞き慣れたはずの声はしかし、普段の悪戯小僧然とした空気はなく、張りつめたもの。
戸惑いを覚えるとほぼ同時、反射的に身構えようとした矢先、腹部に衝撃。
「――っ?!」
警告のおかげか、全くの無防備なところに一撃をもらうことは避けられた。それでもその場に踏みとどまることは出来ず、衝撃を殺すよう背後へ飛ぶ。
無理に飛んだため崩れた体勢を立て直そうとした矢先、
橋桁を踏むはずだった足が、空を切った。
「へ――?」




