薬草採取 2
森の中、ぱっと見他と変わらない茂みにしゃがみ込んで生い茂る植物一つ一つを確認しながら目当ての物を探してかき分ける。
「ねえ海、この蔓のやつって葉っぱ? 茎の方もだっけ、実だけだっけ?」
「うん? って、わぁ?! 風、それあんまり乱暴に引っ張っちゃだめだよ茎が痛む!」
「へ?」
「それ、実も葉っぱも茎も利用価値が……って言うか何処でそんなの見つけてきたのさっ?!」
「何処って……ふつーに、そこの木に絡みついてたわよ?」
「いやそんなあっさり……や、風だからあり得るのか……」
顔を上げれば薬師の間で重宝されている稀少植物をぞんざいに扱う風の姿に、思わず目眩がする。
うん、今の台詞、聞く人が聞いてたら目眩どころか憤慨モノだろう。知り合いのそんな姿はすぐに想像出来るわけで。
……いや、憤慨じゃないね……むしろ目を輝かせて誉めて煽ててもっと稀少植物発見させようとけしかけるだろうね……うん……
そんな光景が脳裏にありありと浮かぶだけに笑えない。一応どっちも素材の枯渇に対しては認識しているけれど、方や食べきれる量だけあればいいという認識、方や気にしつつものめり込むと自制が利かない……うん、たちが悪いね。
ぼくらは現在、依頼をこなすためにやってきた採取場所にて絶賛薬草の採集中。これが案外、というか当然というか、野草の王国になっていて苦労してるんだよね。
街道都市からちょっと離れたこの場所は、昔はそれこそ自生していた薬草を集めるための場所として重宝していたみたい。それを長年かけて人の手を入れあれこれし、立派な薬草園にしていたみたいだ。
けれど、今は近場で同じモノを栽培できるようになったり代替品が考案されたりと、少しずつ薬草を取りにくる人の足も遠ざかっていったみたい。この場所を整備していた村もその煽りを受けて移動、もしくは自然解散に至ったか、かつては人の手で手入れされていた薬草園も今じゃほりぼりというわけだ。
人の手が入ってないからかあんまりにもいろいろと入り交じってる上に、薬には利用しない他の草も生えているから、選別するのが一苦労ってワケさ。
まー、いろいろあるから面白いし、いいんだけどね。ここ。見る人が見れば宝の山であるそれを無遠慮に踏み荒らすぼくらはさぞあれなんだろうなぁ、と一人ごちる。ま、野生の植物は強いものが多いし、こんなところにはびこっている以上生命力が強くなきゃ生き残れないだろうしー、そんなの気にしなくてもいーんだろうけどー。
昔採取場所として利用されていたとはいえ、長年人の手の入らなかった薬草園はまさに野草の王国。あっちこっち好き勝手に生い茂る草花木々その他諸々の中から目的の薬草を見つけるのは結構大変だったりするんだよね。これくらい愚痴ったってイイじゃん。
まあ、さっき風が見つけてきたみたいに思わぬ稀少植物を見つけられたりするわけで、楽しくもあるんだけどさ。
「おーい、そっちの指示もいいけどこっちも頼むわ。さっきのヤツ、指示通り葉と根と分けたけど、この後どーすんだ?」
「えっと、狼のはアカネカブラだったから……それぞれ別の小袋に入れて保管、かな。あ、手と切り分けるのに使った刃物はちゃーんと洗ってよ?」
「へいへい、言われなくても」
そう言う狼の手は草の汁で赤く染まっている。アカネカブラはその名の通り鮮やかな茜色の根と葉を持つ植物で、虫除けや殺菌作用が期待できる。ただし、見ての通り採取するときにもその色がやたら滅多といろんなところに付着しちゃうもんだから、結構扱いが大変なんだよね。
「……海、こちらは?」
「あー、うんこっちのは芋の部分だけで、そっちのは葉っぱだけ洗って……」
大きめの布を縛っただけの簡易袋いっぱいに集めた木の実や地下茎、薬草の葉っぱなんかを見て、それぞれすべき処理を指示していく。意外なことに黒の手つきは結構様になっていて、指示さえ出せばその動きに無駄はない。逆に狼は結構乱暴で、せっかく綺麗に採取したモノを適当に扱ってぐちゃぐちゃにしちゃうから、危なっかしいって言うかもたいないって言うか、だよ。
「まったく、狼ってば傭兵だったら草むしりの一つや二つ、受けたことあるでしょ?」
「うるせーな。こんな細かく指定してくる依頼じゃなかったんだよ」
「……指定してなくても、それ絶対後でグチられてるよ」
あの子が依頼主だったら、グチの一つや二つを言いながら恨み辛みを詰め込んで薬を作りそうだなー、なんてところが簡単に想像できる。
ま、ね? 誰だってほら、きちんと整えられていた方が使いやすいし判断しやすいじゃないか。そのあたりちゃんと気をつけないとさー……。まあ、採取専門ならともかく狼みたいに傭兵が臨時で薬草採取をするのじゃワケが違うわけで、こんな注文高望みなのかな。
そのせいかあの子も他人に頼む場合採取専門の人に足りない薬草の採取を頼むことはあっても、傭兵に依頼を出すことはなかったっけ、なんて事を思い出した。
「きーのこキノコ、キノコ鍋~♪ 何が当ったるかキノコ鍋~♪」
「まてい」
「? 何ー?」
「何、じゃねぇよ。てめーなに物騒な歌を歌いながら食事作りすんだよ……」
「物騒? どっこがー?」
「食事作る時に当たるとか言うな! つーかキノコで当たるとかマジ洒落にならんから!」
「えー、いちいち細かいなぁ」
「細かくねーよ。お前が不謹慎すぎるんだっつの」
いつもと変わらず楽しげな海の横で、狼は深々とため息をついた。
放棄された薬草園で依頼の薬草やそれ以外にも利用価値のある物・希少価値の高い物等を海の指揮の下、ある程度下処理しつつ集めた。一通りのものを処理し終えた所で日も傾き始めたため、野営のための準備も交えつつ作業を続けて現在、目下作業は薬草採取から野営準備――夕食作りへと移行している。
上機嫌に鼻歌などを歌いながら本日の夕食であるキノコ鍋をかき混ぜていた海から鍋の番を変わった狼は、恐る恐るといった顔で鍋の中を覗き込む。
鍋で煮られるキノコは採取した薬草類と同じく、元は薬草園で育てられていただろう物が野生化したようで、その一部を拝借している。今、野営のために薬草園の敷地にあった洞窟内であれこれ準備を行っているのだが、これは元々休憩所としても利用されていたのだろうとは海の弁。
ちなみにこの洞窟、完全な土の下ではなく半地下のような作りになっており、キノコなどが奥の方で繁殖していたため、日の光に弱い菌類の養殖にも利用されていたようだ。
「……なあ、これ食えると思う?」
薬草園で収穫した食用に適した野草に同じく食用キノコ、そして道中仕留めたウサギの肉がぶつ切りにされた物が煮える鍋を指差し、狼がそう問い掛けた。
その気持ちも、解らなくはない。なぜなら……鍋の中で煮えるキノコの中には街でもよく食べられている一般的なキノコから、果ては見るからに怪しい、どう控えめに表現してもとても食べることは出来なさそうな……端的に言えば毒々し色合いをした見るからに毒キノコと表現すべき物がいくつか放り込まれているのだから。
「………」
「ん? 何? 火の通り具合見るの?」
「あっ、ちょ!」
微妙な沈黙の中、洞窟内に残されていたゴミや落ち葉などを片付けていた風がひょいと割り込むと、狼の手から杓子を奪い躊躇うことなく味見した。
「お、オイ……大丈夫なのか?」
「? 何が?」
恐る恐る心配の言葉をかける狼に、風は首を傾げる。
一先ず、異常はなさそうだが……
「いや、何がって……」
「なにー? 狼もしかしてぼくが毒キノコ入れるとか思ってたの? ひっどいなー」
「あんな色のキノコ浮いてたら、誰だって疑うわっ!」
むぅと頬を膨らませて抗議する海に、狼は呆れて言葉を返す。
「えっと……狼、なんであんな怒ってるの?」
「……まあ、見るからに食用には見えないからだろう」
「??」
狼の様子が理解できないのか、首を傾げる風。
キノコのことだ、と告げると風は夕日色の目をしばたかせ、
「え、だってこれどれもあたし食べたことあるヤツよ?」
「………」
どうやら実経験から食用可能と知っていたらしい。
しかし……見るからに毒々しいキノコを、一体どのような経緯で口に入れようと思えたのか。
「うん? 普通に美味しそうだったし……変、なの?」
「……どうなのだろうな」
正直に言ってしまえば、積極的に口にしようとは思えない。だが状況によってはそんな物でも口にせざるをえない時もある。
あまり聞かない方がいいだろうと判断し、会話を切り上げた。
「あっ、そうだ黒ー、火の調子どう? 薪とかって足りてる?」
「……ああ」
一通り狼を弄り終えて満足したのだろう、海がふとそんなことを問うて来たので頷いて答える。
「そっか。それならなによりー」
「なにえらそーに言ってんだよ。ったく……けどこのくらいの量だと夜の分もってなると、ちょい微妙なトコか?」
「あ、ならさっきのけたのって使えないかな? ほら、丸太のままだったけどいくつかあったじゃない。邪魔だって端に寄せたけど……」
「あー、あれかぁ……」
風が言わんとする物を思い浮かべ、狼は何とも微妙な声をこぼす。風が言っているのはこの洞窟に放置されていた丸太のことだろう。休憩時の薪か、それとも腰掛けるための椅子代わりにでも使われていたのだろう輪切りにされた丸太や膝丈ほどの岩がいくつも置かれていたのだ。もっとも、それらの大半は風が言ったように、今は邪魔にならないよう洞窟の端へと追いやられているのだが。
「あれ、だいぶ放置されてたみたいでスカスカになってたよな……」
「煙とかすごそうだよね」
「だな。ちっと試してみて、無理そうなら追加、拾ってくるか」
岩はともかく、丸太の方は年月の経過によって風化が激しい。乾燥し、虫が食い荒らしたのか半ば崩れかけの物も少なくなかった。重量だけなら片手で簡単に持ち上げることが出来たそれを思い出し、燃やすにはやや心許ないと判断した狼はそう判断を下す。
「あ、ならぼく拾ってくるよ。狼は試ししててー」
「そりゃいいけど、試してからでなくていいのか?」
「だってそんなことしてたら真っ暗になっちゃうじゃん。今ならまだぎりぎり日があるからね。こっちのがちゃんと使えたとしても、予備があったって問題ないしさ。余ったら置いていけばいいしー……っていうか、使ったのならその分補充しなきゃ。いくら人が来てなさそうでも、さ」
幼い仕草とは裏腹に、至極尤もな理由を述べるが早く、海は洞窟の外に走り去る。小さな背中が洞窟周辺の緑に隠れて見えなくなるまでそう時間は掛からない。
「ったく、行動が早いってーかなんっつぅか……」
「別にいいじゃない、薪って結構要るでしょ?」
「そりゃま、こんだけ大所帯だとな。……つっても、真冬に比べりゃぜんぜんマシなんだけどな」
野営の際の明かりとしてだけではなく、暖を取るために冬季の野営では薪を必要とする。勿論他にも暖を取る方法は他にもあるのだが。
そんな事を説明しながら、石組みの竈に掛けた鍋が煮えすぎないよう適度に調節を行う狼。結局海が帰ってきたのは日もすっかり落ちた頃で、一晩野営を行うには十分過ぎるほどの量の薪が確保出来た。
余談だが、夕食のキノコ鍋があたることはなく、むしろ山の幸の旨みをしっかりと引き出しており、大変好評であった。




