薬草採取
街医者と話を詰め、集める薬草の種類や期間などおおよその打ち合わせを済ませた後、急いで消耗品――日持ちするよう固く焼いたパンだの人数分の水袋だの採集した薬草を入れておくための袋だの、他にも諸々の備品――を準備したオレ達は翌朝、開門と同時に街道都市の外に繰り出した。
街門には相変わらず人が集まっていて、出立時は朝方だったからだろう、街道都市周辺の衛星集落から産品の出荷にと入場待ちをする人で長蛇の列ができていた。反対に、街の外に出る人の数はそこそこで、荷物はあれど行商人のように大荷物を抱えているわけでもない身軽なオレらは特に待たされるでもなく、すんなりと外に出られたってワケだ。
「それにしても……結構普通に人、出入りしてるわよね? 街でも特に騒ぎって無かったし」
「まだ目撃例があったのも街から遠いらしいからな。近場なら四の五の言ってられねーし……それに偉いさんが情報規制でもしてんだろ」
マガツなんつぅ物騒なモンが出没したにしてはすこぶる平和な光景に、風が思わずそうこぼしたほどだ。もっとも、その辺り街道都市の統治者達がうまく手を回して、一般住民に余計な不安を与えて混乱を起こさないようにとしているんだろう。
現にオレ達も医者からマガツの出没については言い触らさないようにと釘を刺されたし、な。
「でも、それじゃ狩る時って大変じゃないの? ほら、えーっと……あんたみたいな傭兵って、そういう噂を聞きつけて動くんでしょ?」
「そりゃまぁ、な。つっても、隊商の護衛だのなんだって一定人数は普通にいるからなぁ……そういう連中を集めるんだろ。下手に大人数集めっと刺激しかねねーし」
「そういうものなの?」
「さてね」
不思議そうに首を傾げた風に肩をすくめて返す。森の獣だって大人数の気配を感じたら逃げるだの攻撃だの、とにかく警戒をさせちまう。そう言うトコ、猟師やってるなら解って……て、あー、そーかこいつどうにも一人でやってたからその辺のことはあんまよく解っちゃいないってか。
まあ、例えマガツを刺激しなかったとしても、噂なんぞ使って人を集めりゃそりゃぁ他の街道都市の統治者とかの耳にも入るワケで。
今はそれこそ一昔前の乱世とは違って街道都市同士にらみ合い、なんて事もしちゃいねぇが、イコール何をしても良いという話でもない。年かさの連中どうし、今も仲の悪いところはある訳で、そんな都市からすりゃ、喧嘩相手が傭兵大量に雇い出したー、ってなったら当然警戒するわな。仮に無関係だったとしても、飛び火するんじゃないかと神経を尖らせるだろうしよ。
そんな御上の事情なんぞまったく気づいてもいない様子で、|風(お気楽野生児)は何か納得がいかないよう首をひねる。
「……ま、そのあたりはともかくとして、っと。えっと、集めてきてって言われた薬草、何だったっけ?」
「おまえな、自分で言い出して聞いてないのかよ……。あー、確か……」
「リュウセンゼンマイ、セキショクマダラ、オウモンスミレだよ。ここらだと、全部街から北の方に自生してるらしいね。街全体で薬の量が不足してるから、他にも余裕があったら良さそうなの見繕ってって言ってたじゃん」
「そうそう、確かそんなだった。よく覚えてたな」
「む、頭撫でるなぁ。そーやってすぐ子供扱い……これくらい当然じゃん」
横合いからの声に素直に誉めれば、返ってきたのは不機嫌そうにむくれた声。
「へえ、海あんたちゃんと話し聞いてたんだ」
「風まで?! 何それ、酷いんですけどー」
「や、だってなんかお医者さんと話してるとき、あんた珍しく静かだったじゃない」
風の指摘は至極ごもっともだ。何せいつも喧しい海があの時はほとんど喋らず、医者とのやりとりにも口を突っ込んでくることすら無かったほどだ。
「ぼくだってたまにはそういう時だってあるよ。だいたい、静かだって言うなら黒だってそうじゃん!」
「いや、黒は普段からだろ、おまえは普段五月蠅くて急に静かになってたからな。なんっつぅか……」
「……天変地異の前触れ?」
「そう、それだ! ……あ」
「あ、じゃないっ! 黒も、そんなこと言うなんて酷いよ! ぼく普段なんだと思われてるのさぁ!」
とどめとばかりに飛んだ意外な相手からの追撃に、海は完全にふてくされた様子で抗議する。そういったところが餓鬼と言われる所以だっての、はたして本人は気づいてるのやら……
「つーか、もしかして海おまえ……医者、苦手だったりすんのか?」
いつにもまして子供っぽさが目に付く悪戯坊主に疑問を投げかければ、わめいていた声がぴたりと止まる。
あー……。半分冗談くらいのつもりで言ったんだが……この反応は図星か?
オレと同じ事を思ったのか、それとも珍しく黙り込んだ海を不審に思ってか皆の視線が自然と集まる。
「……別に、今かんけーないじゃん。そんなの」
何とも微妙な空気の中、相変わらずふてくされたように――けれどどことなく気まずげに聞こえてきた海の声は、オレの指摘を肯定するに十分なものだった。
「そりゃ関係はねぇかもだけどな。……しっかし、意外だな、おまえにも苦手なものがあるなんて」
「ほんとに狼達、一体全体ぼくのことなんだと思ってるのっ?! 苦手だなんてぼく一言も言ってないのにっ! はぁ……」
ため息と共に肩を落とす。いつもは生意気ばかりの会からすれば、それはそれは珍しい姿だ。
「? えっと?」
「誰にでも苦手なものの一つや二つはあるってコトだよ。……だいたい毎日毎日血液サンプル採取だの新薬実験だのに付き合ってたらトラウマの一つや二つ……」
やはりというか、いまいち解ってない顔の風に投げやりに答える海。……後半、独り言のように呟いた言葉は小さすぎて風には聞こえなかったようだが、その呪詛のようにどんよりとした雰囲気は伝わったんだろう。風は若干腰の引けた様子で、それ以上を追求しようとはしなかった。
……さすがの空気読まずも、ここは空気を読んだらしい……うん、誰しも好んで藪をつついてヘビを出したかないわな。
「えーっと、それでその草の形とかって、狼知ってるの?」
「ああ、図鑑も見せてもらったし……オウモンスミレとか有名どころもあるしな。だいたいは一応」
傷薬の材料としてよく使われるオウモンスミレはその名の通り黄色い小さな花を付ける植物だ。加工を加えないそのままの状態でもある程度の治癒効果を発揮するため、旅人達の間では重宝されている。軽く揉んだ花びらを患部に当てて上から包帯でも巻いておけば、ちょっとした切り傷打ち身擦り傷くらいはすぐ完治するほどだ。
そんな特徴から、旅人の間で呼ばれる通称は傷薬、治し花である。まんますぎる。
「一応って……それ、当てになるの?」
「つっても、しゃーねぇだろ? つかオレはむしろおまえの方がそういうのには詳しいと思うんだがね?」
普段何かと野生児発言を重ねている風のことだ、その辺りの野外活動知識は有ると踏んでたんだが……この様子じゃ、アテが外れたのか?
「んー……どうなんだろ? そりゃ、あたしも一応利用できるのとかできないのとか、家の周りの分は一応把握してるけど……」
「けど?」
「……名前で言われても、何がなんだか」
「あぁ……」
気まずそうな風の言葉に、心底同意してしまう。
思い返せばこの野生児、移動の最中襲ってきた獣やら取ってきた食料なんかを説明するときも、確か一般的に呼ばれている名称じゃなくて「おっきいオオカミ」だの「おいしいキノコ」だので呼んでいた。……つまり、名前を把握してねぇってコトで。
「どんだけだよ……」
「悪かったわねっ」
改めてため息をこぼせば、風はふてた様子でそっぽを向く。
「あー、風すねさせたー」
「おまえに言われたかねーよ、おまえに。っと、そういうおまえはどうなんだ? 確か知り合いにそういうのに詳しいのが居るって言ってたろ?」
「んー、まあ、それなりには? 流石に一部分を見ただけで種類の判別とかぱっとはできないけど……。それより狼、君こそ依頼受けたくせに、識別できないってどうなのさ? 資料はちゃんと見せてもらってたみたいだし、草むしりは傭兵の仕事でも結構有ることだよね」
さらっと物騒な台詞を混ぜつつ、そんなことを問い返す海。
草むしりってのは今回オレらが受けたみたいな薬草採取依頼、その通称だ。オレみたいな傭兵……つーか商人でもないのに街から街へと渡り歩く旅人向けに、酒場なんかにゃ依頼が集まる。大抵は護衛だの荒事ありきの内容だが、中には荒事関係無しのものも含まれる。
薬草採取の場合、普通はその手の採集を生業にしている連中が居る訳で、酒場の依頼として出されるのは希だ。人手が足りないか、群生地付近に凶暴な野生生物が現れた、あるいは群生地そのものがちょっとやそっとにはたどり着けない場所にある等々、そんな依頼が回ってくる理由は様々だ。
ともあれ、そんな依頼は本来傭兵の受ける仕事内容とはかけ離れている訳で――揶揄する意味も込めて草むしりなんぞと呼ばれているワケだ。
「そりゃな。駆け出しにはいい稼ぎにはなるし、群生地とか特徴とか覚えときゃ、後々役に立つかもしれねぇからな」
酷い通称を付けられる一方で、そういった細々とした依頼を受けることは傭兵にとってメリットもある。薬草採取であればさっき言ったように採取目標の特徴を覚えられるし地元の薬売りなんかと顔をつなげる事もある。それに向かう場所によっては丁度いい腕試しにもなるので、けして軽んじていいものではない。……ま、それは依頼全部に言えたことだがよ。
「じゃあ、なんで?」
「……人に教えるほど、自信はねーんだよ。こちとら普段、体動かしてばっかなんだぜ?」
「ああ、つまり脳筋だと」
「うぉい。……まぁ否定しねーけどな」
相変わらずの的確かつ容赦ない一言にため息をこぼした。
荷車が通るにはちょっと狭いかな? そんなほとんど獣道って言っても問題ない森の中の道を道なりに山の方へ歩いていると、しばらくして森の木々が途切れた。
「あれ?」
「どうしたよ?」
「えっと……もう森の終わりだっけ?」
森の中の道を歩くことしばらく、いつものようにあれこれ言葉を交わしていたあたしは、ふと見上げた前方に緑がないことに首を傾げた。
今通っている道は街道都市どうしをつなぐ太い道じゃなくて、荷馬車が通るには少し厳しいどっちかって言うと獣道の類の道だと思う。まあ、それでもあたしの中では十分大きな道なんだけど――ともかく、そんなわけだから道の横は勿論、上にだって木が枝を張り出している。だから少し薄暗いし、でもそれがあるからあんまり暑くもならないのよね。
「まだ半分くらいしか進んでねぇぞ」
「そうなんだ。じゃあ別の道とでもぶつかって……って、それもないんだっけ?」
今薬草採取のために向かっている場所は、あんまり通りやすい場所じゃなくて道も少ない。だからこそ普段は人が入って行かなくて、質のいい薬草が採れるとは海の言葉。
「そうだよー」
「……なら、何で森が途切れてるの?」
狼達の話では、ずっと森を歩くって言ってたし……うーん?
まさか、道間違えたのかしら?
「なんか失礼な事考えてるっぽいけど、まだ森の終わりじゃない……むしろ真ん中の方が近いくらいだし」
「え? でもあそこ、途切れてるみたいよ……?」
「まーまー、百聞は一見にしかずさ。行けばわかーるっ♪」
首を傾げるあたしを余所に、海はててっと足を早める。
「あ、ちょっと! 待ちなさいよ」
慌てて追いかけるあたしの後ろで、なにやってんだかと呆れた声が聞こえた。
「だから待ちなさい……って、なにこれ?」
海を追いかけて先を歩いていた風は森の切れ目で足を止め、そんなことを呟いた。
「おーい、あんま先走るなっての」
「あ、狼。ね、あれって何?」
「あれ?」
「だから、あの溝!」
「いや溝って……」
見慣れない物を見て興奮しているのやら、何故かやたらはしゃいだ様子の-風が溝と言い張るのは、前方にでんと延びる長く深い谷。少し離れたここからじゃ底は見えねえが、通り抜ける風の音だろう唸りや水の流れる音の反響具合からして、相当な深さがあると知れた。
反対に、幅の方はそれなりなんだけどな。そのあたりを簡単に説明してやると、風はいつものごとく素直に頷く。……やれやれ、毎度のこととはいえまったく、こいつも好奇心が強いってーか知りたがりってかな。
とはいえ、谷は獣道を遮るように存在している訳で――
「えっと……飛んで渡るの? あれ」
「イヤイヤ、確かに幅は大したことねえっぽいけど、気流やらなんやらあって飛び越えるの面倒だからな、あれ」
「そうなの?」
「そうだよ。つか、飛んで越えるとかおまえや黒はともかくオレ達はどうすんだよ……」
「うーん、あれくらいだし狼と海は飛び越えられそうだと……」
「……まあ、距離だけなら無理でもないだろうけどよ」
谷の幅は広いところではそれなりに広くなっているものの、狭いところではせいぜい大人四~五人が寝ころんだ程度と言ったところか。《変化》もすりゃ跳べないこともない距離だが、いかんせんさっきも言ったよう谷には強風が吹き抜けている。それらは谷の側面にある凹凸にぶつかり複雑怪奇な流れを作り出している訳で――うっかり下降気流に巻き込まれでもしたら目も当てられない。
「大体、身軽な行きはともかくとして物持った帰りはどーすんだよ」
「あ」
「あって……おまえなぁ……」
「な、何よ! 帰りも飛べば」
「だから、気流があって危ないんだっての。こう言うところは大抵橋とかかかってんだ、素直にそれを使えばいいんだよ」
「はし? え? あれ、それって……?」
「ん?」
「……確か、食事の時に使う道具じゃ」
「その箸じゃねーよ! 橋!」
「いやそれがわかんないし!」
「だから、手に持って使う道具じゃなくてこういう谷とか川とか普通じゃ通れないところを歩いて渡れるようにする物だって」
「?」
オレの説明にもいまいちぴんとこないんだろう、風はどうにかそれを想像しようと四苦八苦しているようだ。
「口で説明するよりー、実物見た方が早いんじゃないかな?」
「あ、海」
「おまえなぁ……何処行ってたんだよ」
いつものように神出鬼没気味に会話に割って入ってきたのは、言わずと知れた海。
「何処って、橋がちゃんと架かってるかとか確認してたんだよ。こういう僻地だとさ、あんまり手入れされてなくて朽ちてるとか道とずれてるとか結構あるしねー」
「そうなの?」
「そうなのさー」
小さな体でえへんと胸を張る、その姿はホント、端から見れば親の手伝いとかをして誉めて誉めてとねだる餓鬼そのものなんだよなぁ……
「で? どっちにあったんだ?」
「そう慌てなくても、ちゃんと案内するってば。ついてきて」
そう言って、海はいつものほてほてと子供っぽい足取りで歩き出す。しばらくして見えてきたのは典型的な吊り橋と行った体の橋で、それでも人が二人並んで歩ける程度の幅を持っていた。
「へぇ、案外立派なの掛かってんだな」
「それだけ人の出入りがあったって事だよ。ま、最近は近場で薬草栽培とかもやってるみたいだし? 山の方にあった村もなくなったとか移動したとかであんまり使われてないみたいだから、手入れがおざなりっぽいけどね」
「オイオイ……大丈夫なのかよ、それ」
なかなかにさらっと、不吉なことを言ってくれる。飛べる風や黒はともかく、オレや海みたいな羽無しは吊り橋渡ってる最中になんかあったら洒落になんねぇっての。
「それは大丈夫なんじゃないかなー? ……たぶん」
「たぶんかいっ」
つっこみを入れつつ、しかしあの海が晶を危険な道に案内するわけもないかと言う確信もあるわ訳で。結局のところ少々警戒はしたものの、オレや黒が一度に乗っても吊り橋に異常がある様子はなかった。
「わ……ホントだ、結構強い風、吹いてるのね」
「だから言ったろ?」
むしろ時折谷底から吹き上げてくる突風の強さの方が要注意だった。風なんてうっかりさらわれやしないかと思ったんだろう、突風が吹き上げた際、慌てて手すり代わりに張られたロープにしがみつく、なんて姿も見られた。
「風だったら|《空人》(シエロ)なんだしさ、上昇気流に乗ったときはこんな感じなんじゃないのー?」
「それはそうなんだけど……なんかこう、ほらその時は羽出してるわけだし……なんか、つい、体が動いちゃいそうで」
「うっかり飛んじゃだめだよー?」
「わかってるわよ!」
吹き上げてくる突風の中、海は相変わらずの様子でまるで強風の影響なんてないかのよう。いくら小柄で直接風を受ける面積が少ないとはいえ、その分体重も軽いだろうに、よくもまぁ。
……そーいえば空を飛ぶ|《空人》(シエロ)が軽い反面、なんか|《海人》(オセアノ)は見た目の割に重い連中が多い……とか、そんな噂もあったな。
この大風の中、身軽にヒョイヒョイと歩き回る海の姿を見ていると、あながち根拠のない噂ってわけでも無いのかね。
そんなどーでもいいことを考えながら、時折吹く突風に悩まされはしたものの、特にトラブルもなく吊り橋を渡り終え、オレ達は街医者から教えられた採取場所に向けさらに森の深くへ足を進めた。




