街道都市 5
宿への道を歩きながら、晶の姿を探す。ごみごみとした人混みはお世辞にも背の低い晶を探すのに向いているとはいえない。これが探すのが黒みたいに背の高い奴であれば、人混みに中で頭一つ突き抜けている訳で遠目にも判る。が、逆となれば話は別、例えくぼんでいたとしてもぱっと見では判りにくい。
ついでにこれだけ人が多いと匂いの方もアテにならない。元々晶は匂いを初めとした存在感が薄いきらいがある上、これだけいろんな人、物が行き交う通りではそれぞれが持つニオイが混じり合い、よっぽど特徴的なものでもない限り、いくらオオカミの《変化》持ちで鼻が利くとはいってもそのテの訓練を受けたわけでもないオレには追跡は不可能だ。
そんなわけで、通りの店を片っ端から覗いているわけだが……見つからねぇ。
焦る気落ちはあった物の、慌てる何とかは機を逃す、だ。それに注意力が散漫になっていつの間にかすれ違ってたとかなっても笑えない。人探しには不向きな人混みのも、平時と変わらない様子がかえって焦る気持ちを落ち着けるのに一役かった。
お前みたいなタイプは焦るとろくな事がないから、そう言う時はまず深呼吸して順だって考えてみろ――昔世話になった傭兵に指摘されたことを思い出し、呼吸を一つ。気持ちを切り替える。
そもそも、どうしてこうなったか――現状の晶が一人で歩くってところが想像もつかねぇ訳で……何で居なくなったか、そこから考えるべきだろう。
あの事件以来何一つ自発的な行動を取ろうとしない晶が、ここに来て急に行動に出た? 全否定はできねぇけど、それよりも可能性が高いのは外的要因、つまり第三者の手によるもの、だろう。
となると、人攫いやら拐かしの類か、それとも晶の村を襲ったあいつが関わっているのか。
若干飛躍した思考に、それはないかと首を振る。楽観的かも知れねぇけど、村を滅ぼしたあいつが関わっているのなら、行動に出たというのなら、コトはもう穏便に済むはずがない。そう言えてしまうほどの確信を、オレ達はあの日、植え付けられたのだから。
そうなってくると一番考えられるのは拐かしの類だけど、そう言う連中がオレやあの風の感覚かいくぐってわざわざ連れ去るとか、ちょっと考えにくいんだよなぁ……。いくら晶の見目が良いからつって、同行者――それもそれなりの武器を持った――がいる相手に手を出すなんて、何らかの形で報復されるのは目に見えているからだ。
じゃあ何でって話になると、そこがわかんねぇから手詰まりなんだが――もしかしたら、最初に除外したよう自発的な行動なんだろうか? 街道都市みたいな人の多いところに来て何か感じる物があったのかも知れねぇ、そんな期待も抱いてしまう。
……とはいえ、それは流石に楽観しすぎかね。
あの日の出来事は、それこそ晶の心を閉ざすには十分すぎた。育った土地が、見知った人が、家族が、自分を取り巻く何もかもが一変してしまう。自分ではどうすることもできない圧倒的な暴力に晒される、そのストレスは生やさしいものであるはずが無く、そんなモノが付けた傷が何時癒えるかなんて、てんで予想もつかねぇ。
結局答えは出ないまま、ひとまず思考を打ち切って、人混みから晶の姿を探すことに集中する。
これがあの日以前なら、どこに行ったかとかだいたい予想は立てられるんだけどな。
オレ達の中で、一番晶と面識が長いのは一応オレだったりする。……とはいっても、あの日以前の晶についてと言う意味でもあるし、あの時は村の警護ってコトで雇われていたわけだから、今みたいに旅の同行者としてのつき合いは無かったわけで、それほどつき合いがあったかと言われれば、正直微妙なことなんだけどな。
あの頃の……あの日以前の晶を基準に考えるのなら、こんな場所でどんな行動をとるか……。手掛かりらしいモノが全くない現状、そんな所からでもアタリを付けて探すっきゃねぇだろ?
一言でいってしまえば、晶はただの村娘だった。オレのように傭兵家業なんて物騒なモンを目指すでもなく、風みてぇに弓を引っ提げて森の中歩き回るわけでもなく、極々普通の――若干辺鄙な場所ではあったけれど――農村に暮らす、ごくありふれた村娘。
親の仕事を手伝って、森の中に遊びに行って、時には親を困らせることもあったけれど、どちらかと言えば素直で聞き分けの良い大人しいめの女の子。
周囲の環境が環境だっただけに、芋虫相手にきゃーきゃー悲鳴を上げることこそ無かったとはいえ、花やら木の実で作った手作り感たっぷりの飾り、小動物に好かれるタチらしくよく近づいてきたリスや小鳥なんかの小動物を可愛がっている様子は時折見かけた。
いつか街に行くことがあったら、いろんな店を見てみたい――そんな子供らしい好奇心を恥ずかしそうに語っていた訳で。
もしかしたら子供向け、あるいは女向けの小物を扱うような店にいたりはしねぇもんかと店内を覗いてみるものの、それらしい姿は無し。男のオレには立ち入りにくい雰囲気がある店から早々に戦略的撤退をし、また別の場所で晶の姿を探す。
そうこうしている内に宿を取った辺りまで戻ってきたようで、見覚えのある建物が目に入る。
もしかしたら、一人宿屋に帰ったか、あるいは風が先に見つけて連れ帰ってるんじゃねぇか――そんな期待を込めて暖簾を潜る。
「いらっしゃい! ……ああ、兄さんかね。もう用事は済んだのかい?」
「いんや、まだ途中。元々一日で終わらねぇし……っと、それより、連れの連中誰か戻ってきてねぇか?」
来客に気づき、声をかけてきた女性は受付であると同時にこの宿屋《風読み鳥の止まり木亭》の女将でもある。《風読み鳥の止まり木亭》は夫婦二人とその親世代、それから子供たちも手伝う所謂家族経営のこじんまりとした宿屋で、宿泊用の部屋数もそう多くはない。こういった宿の例に漏れず昼間は軽食屋としての側面を持っているため、今ではそれがメインだとか何とか。
ともあれ、軽食屋の忙しさも今は途切れる昼下がり。小休止でもしていたのだろう。カウンターに座っていた女将は投げられた問いに首を傾げる。
「うん? 兄ちゃんたちのお連れさんかね? まだ誰も帰って来ちゃいないがね」
「そっか……」
期待が外れたことに若干肩を落とす。……まあ、黒も海もなんかやることがあるつってそれぞれ別行動取ってんだ。そんな早くは帰ってきてねぇわな。
「何かあったのかい?」
「んー、いや晶……ちっこい金髪の子が居ただろ。ちょっとあの子が迷子になっちまってさ。それでこっちに戻ってきてねぇか――ってあちこち探しながら来たんだけど」
「ちょっと、それ大丈夫なのかい? 拐かしじゃ……見回り組の若いのに声かけてこようか?」
「あ、そっちの方にはもう声かけてあるんだ。それらしい子も保護されてねぇってさ」
「そうなのかい……」
街道都市以外にも言えることだが、自治組織ってのはどこにでもある。でないと血の気の多い連中が好き勝手暴れちまって、一般市民の皆々様が安心して暮らせないからな。
そう言うわけで、腕自慢の連中が見回りをしたり、時には旅の傭兵なんかを雇って巡回したりと治安維持に勤めるのが自警団、所謂見回り組って呼ばれる連中だ。
自警団の主な仕事は平たく言えば治安の維持だ。街道都市の中に入るとき、通行人を改めていたのも自警団の隊員だ。場所によっては揃いの制服を作っているところもあるが、大抵の所では腕や額に印となる布を巻いていて、服装や装備は自由――そのかわり自腹でまかなうコト、という場合が多い。
なんでんなコトを知ってるかっつーと、小さな街の自警団なんかの場合、街の周辺に厄介な獣がうろついたなんかで有事の場合、臨時の戦力としてオレのような傭兵を雇い入れることがある。他にも人手不足で隊員を募集しているところもあって、傭兵家業をしていた人間が腰を落ち着ける場合、自警団に転職するのはそう珍しい話じゃないわけだ。
小さな町や村なら本部一つあれば事足りるようなもんだが、街道都市のように広い街となるとそうは行かない。あちこちに支部っつーか詰め所を作っている。オレが行ったのはそこな。最寄りの詰め所にも声をかけてみるっつってた辺り、ここの連中は真面目なんだろう。
「しっかし、やっぱ拐かしの類ってあるのか?」
「そりゃまぁ、これだけ人がいればねぇ。まあ、大抵はどっかのバカがバカやらかしたってだけさ。……当事者には笑えないけどね」
「確かに、同感だぜ」
女将の口振りからするに、どうやら組織立っての人攫いだのは起こっていないらしい。もっとも、女将の耳に入っていないだけという場合もあるだろうし、それに何より街道都市みたいに人の多い場所にはどうしたって出てしまう身よりのない子供たち――所謂ストリートチルドレンを標的にしていて、表面化していないってだけの可能性は否定し切れねぇけどな。
ま、その場合もやっぱ余所者とはいえ保護者ありの晶に手を出すとは考えにくい訳で。
「それで、アンタはこれからどうするんだい?」
「ああ、これからもういっぺんそこらに聞き込み行ってくるつもりだ。迷惑かけるけど、晶が帰ってきたら部屋にいるよう伝えてもらえねぇか? あ、あと他の奴らが帰ってきたときの伝言も」
「そりゃ構わないけど……ん、ちょいとお待ちよ」
言付けを頼み再び晶を探しにでようとしたオレに、女将は待ったを掛ける。
怪訝な目を向けるオレの前で、女将はいつの間にか《変化》させた耳をピンと立て、周囲の音を拾う。癖のある麦藁のような髪に混じるよう現れたのは、もふもふした短い毛に覆われる長細い耳だ。ウサギの《変化》だと一目でわかるそれでいったいなんの音を拾っているのやら。
オレも一応は耳がいい方だけど、耳を澄ませても特に引っかかるような音は聞こえない。やっぱこういうのは、肉食動物よりも草食動物の方が敏感なのだろうか。
「とうちゃーくっ。……あ、狼だ。今戻ったところ?」
「んなトコだ。丁度いい、おまえも手ぇ貸してくれ」
現れたのは見慣れた悪ガキ。じゃねぇ海だった。長く編んだ三つ編みを揺らす様は無邪気そのもので、子共っぽさを隠そうともしない。……こーいう所を見てると、時折見せる刃物のような鋭さと人をおちょくる事に全身全霊注いでる顔、それに今見せている無邪気な顔、どれが本性なのか判断しかねる。
「ふぇ? 何?」
「晶が迷子になったみてぇなんだ、今近くを探してきたとこだけど見あたらねぇ。今風と手分けして探してるトコだ、おまえも――」
「ちょっと、海あんた一人で先行くなー! ……って、あれ? 狼? こっち来てたんだ」
「よかったね、入れ違いにならなくて」
海に事のあらましを説明しようとした矢先、入り口から新たな人物が顔を見せる。新緑色に染め上げた髪をポニーテールに結った風は、オレの姿を見つけるといつものように首を傾げた。
「入れ違いって……って、え、晶? 見つかったのか!」
風に手を引かれる形でつれられたのは、見間違うはずのない晶の姿。迷子になる前、街に繰り出したときと何ら変わらない姿に思わず安堵の息が漏れる。
「うん、怪我もないみたいだし、元気そのものよ」
「そっか。んっとに、心配さすなよな……」
「二人がしっかり見てないからでしょー。全く、油断しすぎー」
相変わらずの人形のような無表情な晶に、返事はないと解っていつつも声をかけていると、茶々を入れてくれる悪戯坊主。
「うっせ、悪かったな。……つーか、晶どこにいたんだ? 海と一緒に戻ってきたってコトは……海が先に見つけたのか?」
「ううん、そうじゃなくて。……えっと、晶ね、一人で道を歩いてて、あたしは上から探してそれを見つけて、急いで追いかけたんだけど……」
「へ? ……ちょいマテ、それって晶一人で、ってことか? 晶が?」
「……うん」
信じられないとばかりに向けた言葉に、返ってきたのはまさかの肯定。
だって、あの晶がだぞ? 普段何があっても自分から何かするって事をしない晶が……一人で歩いてた、だと?
にわかに信じられないという思いは、風もまた同じだったんだろう。困ったような、何と言ったらいいのか解らない顔で頷くしかできない。
「それにしても二人とも、いくら慌ててたからって合流場所も決めずに二手に分かれるとかないよー。下手したら君たちも迷子になってたんだよ?」
オレ達の内心を知ってか知らずか、海の指摘。
見知った土地ならともかく、見知らぬ土地でんなことをやるのがどれだけ無謀か、解らないはずもなく押し黙る。いや最悪拠点にしてる宿か分かれた場所にでも向かうって手もあるが、それにしたって外れる可能性は十分にあるわけで。
……当時、相当慌ててたって事を改めて思い知るオレと風だった。
「まあ、よかったじゃないかい。あんた達も無事合流できたし、その子も無事に見つかったみたいなんだからさ」
「ははは……。って訳みたいなんで、無事見つかりました。心配させちまってどうも、すんません」
「いやいや、こういう事は空騒ぎの方が何かあるのに比べたらよっぽどいいさね」
「だからって、反省しなくて良いってコトじゃないけどね」
「わかってるわよ! もう海、どうしてあんたはそう一言多いのかしら」
「えー、人聞き悪いなぁ、ぼく事実しか言ってないよぉ」
「だったら何でわざとらしい棒読みするかと……」
いつものようにふざける海に呆れた声で突っ込みを入れる。
一時はどうなるかと思ったものの、迷子騒ぎは無事解決。いつもの空気が戻ってきた。




