街道都市 4
人混みの中、見慣れた金の髪を探して走り回る。
街の中の大きな通りには沢山の人が居て、中には晶と同じ金髪の人もいるけれど、晶みたいに長く伸ばしていなかったり、晶よりもっと背が高かったりですぐに別の人だって判断できた。
もしかしたら移動している途中で手を離しちゃったのかもって、とりあえずここに来た道をたどるような形で探しているんだけど……見つからない!
そもそもここ、人が多くて遠くまでよく見えない。あんまりにも見付からないもんだから、まるで茂みの中で誤射した矢を探しているような気分になってくる。見通しが利かないのもそうだけど、晶の背が低いこともあって、大人の中に紛れていた場合、遠くから見ただけだとますますわからないわけで……ああもうっ! まだるっこしい!
手に持っていた荷物袋に腰のポーチから出した紐を使って背負えるように手を加える。適当に結わえ付けて、でもしっかりと背負えることを確認するのもそこそこに、空いた両手に意識を集中。
体の底から沸き上がる感覚を、衝動のまま解き放つ。
一瞬で《変化》し終えたあたしは、翼に変わった両腕を羽ばたかせ、思いっきり地面を蹴った。
地上から探して見つけられないのなら、空から探してみるだけよ!
少しだけ遠ざかった街の騒がしさを背中に聞きながら、道に沿ってゆっくり飛ぶ。空の上から見た街は、建物とそうでない場所とがよくわかる。まるで蜘蛛の巣みたいに張り巡らされた道の上には人や荷馬車がひっきりなしに移動していた。
空の上から晶らしい姿を探すけれど、やっぱりというか見慣れた晶の姿はどこにもなくて、焦りばっかりがこみ上げてくる。
「晶――」
「オイ、アンタ。そこのハトの嬢ちゃんだ、ちょっといいか?」
羽音に混ざって、人の声。誰かが声をかけてきたんだと意識するのと同時に、こんな時にといらだつ気持ちをどうにか抑えながら振り返る。
そこにいたのは背中に羽を生やした見覚えのない人。空にいるから当然のように|《空人》(シエロ)。なんだけど、目立つ赤い布を左腕に巻いていたり、タカの羽を持つ人をあたしは知らない。
「……誰?」
「誰って、名乗るほどの者でもないさ。それより、嬢ちゃんさっきみたいに飛んだら危ないだろ」
「何? 街って飛んで入っちゃいけないだけじゃなくて、飛ぶのもダメなの?」
少しいらついた口調で返す。口に出してから、自分でもおかしいことだって気付いたけど。
だって、街の中でも空を飛んでる|《空人》(シエロ)の姿、今までに何度も見てるわけだし。……もし街の中で飛んじゃダメなのなら、あの人たち全員ダメなコトしてるって事になるわよね?
「や、そりゃ入るのは当然……なんのために検問があると……。いやそうじゃなくてっ。道を歩いてるとき、急に飛んだりしたら周りのヤツに迷惑だろ? ちゃんと離着陸地点から飛べよってハナシ」
「ゆあん?」
聞いたことのない言葉に、ついいつものように首を傾げる。
「……離着陸地点は離着陸地点だろ」
「だから、そのゆあんってなんなのよ?」
信じられないモノを見たような顔をする男の人に問いかければ、返ってきたのはかわいそうなものでも見るような視線。
……なんか、すっごく腹立つんだけど。
「……どーせあたしはイナカモノよ」
狼たちと旅するようになって、あたしが物知らずなのはよーくわかった。呆れられることだって最近ちょっとは減ってきてるけれど、やっぱりまだまだある訳で。
だからこういう視線には慣れているって思ったけれど――どうも、それは単なる勘違いだったみたい。
「あー……何だ、その。まぁ機嫌治せよ? っと、とりあえずあの辺りの地面にある印が見えるか?」
ふてくされるあたしに気まずげな声をかけ、タカの|《空人》(シエロ)は地面を指さす。促されるまま視線を向ける。
今居る場所は空の上だから、当然足下には街がある。そんな街並みのある場所、沢山の人がとぎれなく行き交う通りの一部がどうしてだろう? なんだか違和感を感じて、あたしはあれと首を傾げた。
んー……、何が変なんだろう……あ!
ちょっと考えて、違和感の正体がなんなのかわかった。道は人でごった返しているはずなのに、そこだけ地面が見えているんだ。つまりそれは人が居ないっていうことで、
「あれが離着陸地点さ。おまえさんの地元じゃどうかは知らんが、ここいらみたいに人が多い場所じゃ、たいてい用意されてる」
踏み固められた、草の生えていない地面に荒縄を埋め込んで作られた×印。印のある通りには露店が沢山並んでいるのに、印の近くだけは露店が無いし、人もあんまり通っていない。
だからこそ、こうして上から見えるんだけど。
「露店や通行人が離着陸地点を避けてるのが判るだろ?」
「うん」
「離着陸地点の付近じゃしょっちゅう|《空人》(シエロ)が飛んだり降りたりするんでね、巻き込まれないよう皆避けてるって訳だ。逆に普通はそこで飛ぶと決めているから、他の場所で飛び立ったりした時は余計驚くって寸法さ」
「……そうなんだ」
ちょっと面倒だとは思うけれど、そういうルールを決めるのは悪い事じゃない、のよね? あたしだって|《空人》(シエロ)の端くれ。飛ぼうとしているときに邪魔が入る鬱陶しさも、着地の時に邪魔が入る煩わしさもよく知ってる。それが無くなるって言うのなら、万々歳だもの。
森の中じゃ、やっぱり空が見えてても翼を広げた状態ですんなりと通れるような隙間って、なかなかないのよね。そう言うときは枝から枝に上って高度を稼ぐこともできるけど、やっぱりどうしても木の葉や細い枝に当たっちゃうし。
「そう言うこと。次からは注意しろよ? ……で、それをさっ引いても随分慌ててるようだが、降下するときは気をつけろよ」
「もちろん……って、そうだ晶!」
「ん?」
「あ、えっとあたしと旅してる子で、姿が見えなくなって……」
首を傾げたタカの|《空人》(シエロ)に、慌てている理由を簡単に説明する。言葉がどうしてもあれになっちゃうのは、もうこの際気にしてなんかいられない。
「ふーん、つまり嬢ちゃんは迷子捜しで慌ててたって事か。ちなみに聞くけど、その子|《空人》(シエロ)なのか?」
「ううん、|《陸人》(ルディ)。空みたいな目と、太陽みたいな髪で……えっと、長さは腰くらいまではあって、《変化》は……してない、と思う。空から探せば、見つけやすいかって」
「ああ、なるほど。確かにそれだけ長かったら十分目印になるな」
あたしから晶の外見を聞いたタカの|《空人》(シエロ)は一つ頷くと、その場でホバリングしたままじっと街を見下ろす。
「……?」
「んー……あれか? 街の北西、結構大きい通りをふらふらしてる……」
「え! ど、どこ?」
タカの|《空人》(シエロ)の言葉に、あたしは慌てて視線をそっちに向けた。あたしが離陸した通りからいくつか先の通り、その上を行き交う人の中に――いた! 見慣れた金色の髪をなびかせながら歩いてるのは、確かに晶だ。後ろ姿だけど、見間違うはずなんてない!
「あの通りだと離着陸地点はあの子の居るもう少し先だ。近いし見失うこともないだろうさ。……慌ててまた離着陸地点以外で着地とかしないようになー」
お礼もそこそこに大きく翼を動かしたあたしの背に、そんな声が向けられていた。
後で知った話しだけど、この人は街の警備員? みたいな人なんだって。腕にまいた赤い布はその印なんだとか。しょっ引かれなくてよかったなー、なんてよく解らないことをあとで狼に言われるんだけど、それはまた別の話。
「晶!」
人混みをかき分けながら大声を出したあたしに、迷惑そうな視線が向けられるけど気にしてなんかいられない。
あたしの声に返ってきた反応はそれだけで、晶からは当たり前のように反応がない。ようやく追いついた事にほっとしながら、いつもと変わらない晶の姿に複雑な思いがある一方で、つい安心してしまう。
だって、今までこんなふうに、知らない間にどこか行っちゃうなんて事、無かったから……
本当に、いったい何があったのかしら? 街に来て、人の多いところに来て、何か感じるモノがあったんだろうか? あたしは怪我の応急手当くらいはできても、それ以上の知識なんて無い。だから晶をどうすれば治療できるかとか、今どういう状態なのかなんて事はまったく判らない。役立たずだと、責め立てる声が聞こえるようだ。
できるのは、これがほんの少しでも良いことに繋がればいいなって、そんな人任せな祈りだけだから。
「勝手に一人で歩いちゃダメじゃない。……うん、まぁそりゃあたしもこんなに人が多いところって初めてだし、ぜんぜん頼りになんてならないのは判ってるけど……」
晶に向ける言葉は、返事がないからどうしても独り言のようになってしまう。
答えのない自問自答。もちろん、晶からの返事はないんだけど。
「怪我も……してないわね。よかった」
こんなところでクマやオオカミが襲ってきたりなんて事はない、それは判っているんだけど、どうしてもつい、確認してしまう。それに晶はいつも歩いていてどこかふわふわって、危なっかしい足取りだもの。転けて膝をすりむいたり、壁にぶつかったりしてるかもって心配してしまう。
まあ、そんなあたしの心配は、全部外れていたみたいだけど。
「それにしても……何で晶一人で?」
問いかけに、もちろん晶は答えてくれない。人形みたいに綺麗な顔の綺麗な目が、どこを見ているわけでもないいつもの表情で空を映している。
あたしは一つ、顔を上げると晶に合わせるようにかがんでいた体を伸ばして周囲を見回す。こうして話していて誰からも話しかけられないって事は、晶をここまで連れてきた人なんて居ないってコトでいいのかしら?
……でもそれだと、晶は一人でここまで来たことになる。普段、何があっても――それこそ危ない状況になっても、身を守ろうとすらしないのに。
空から見下ろしていた街は今では見上げるようにしないといけなくて、でもその外見も雰囲気も、狼達と宿をとるまでに通ってきた場所とそんなに違っているようには見えない。
「ここに来たことがある……って、そう言うわけでもないんだっけ」
確か晶はあの村から出たことがないって、そんなことを言っていたのを思い出して、見覚えの空る場所を見つけてつい……なんて可能性を捨てる。
それだったら――そうだったらどれだけいいか。そんな事がちらりと頭を掠めて、胸が痛む。
「でも、じゃあ何で?」
自問自答。
首を傾げて、でもあたしなんかが考えたところで、晶の行動理由なんて判るはずもない。こんなところでいつまでも考えてたって答えが出るはずもなくて、ともかく狼にも晶が見つかったって事を伝えないと、そう思った、丁度その時だった。
背中に、何か堅いモノがぶつかってきたのは。
「えーっと……これ、どういう状況?」
唐突な衝撃にびっくりして、ものの見事にバランスを崩してしまったあたしの耳に届いたのは、聞き慣れた声で掛けられたそんな言葉だった。
「おい大丈夫か……って、うん? この嬢ちゃん坊主の知り合いなのか?」
「そうだよー。おじさんは?」
「いや、そこで用が済んだんでな。帰ろうと外に出たらこうなって……」
「……あー、扉ぶつけちゃったんだ」
「む……まあ、そうだ」
呆れた気配を存分に漂わせてくれちゃっている聞き慣れた声と、何とも収まり悪そうな聞き慣れない声。
「嬢ちゃん、すまんかったな。大丈夫か?」
「だいじょーぶだよ、風はすっごく丈夫だからね♪」
「~~っ、あのねぇ! 海、アンタあたしのことをいったいなんだと思ってるのよ?!」
あんまりな言いように、がばりと起きあがるが早くくってかかる。予想通り、そこにいたのは見慣れた海。隣には当然のように晶が居て、またどこかにいって迷子になっていなかったことにほっと安心して――
「そんなのもちろん、風は風だよー?」
あたしの気持ちなんて知りもしない顔で、いつものようにんまりと、まるでからかう対象を見つけた肉食獣のように生き生きとした目で楽しげに笑う。
その目はぜーったい、誉めてないでしょ!
「……元気そうだな。その様子なら大丈夫そうだが、どこか痛むところはないか?」
「え? あ、うん。特には……」
「そうか、怪我もないようで何よりだ」
いつものように口論していると、横から声がかけられた。声をかけてきたのはさっき海と会話していたおじさんみたい。ちょっと前晶を探す協力をしてもらったタカの|《空人》(シエロ)とは違って、全体的に太い印象を受ける体つき。逞しい体付きや厳ついって表現できる顔とは反対に、あたしに向けている視線は優しげで、どっちかっていうとほっこりと、安心できる空気がある。
「……?」
「風が転けたの、このおじさんが開けたドアが背中に当たったからでしょ」
何で心配されているのか、首を傾げるあたしにそう説明してくれたのは、言わずと知れた誰かさん。
「そうなの?」
「そーだよ。……ま、風もこんなところに立ってたんだもん、どっちもどっちだけどさ」
「耳に痛いな」
相変わらず遠慮の欠片もない海の言葉に、苦笑いを浮かべるおじさん。狼なら確実怒るだろう場面だけど、おじさんはそんな様子もなくてむしろ海の音場に同意している。
「えっと……こんなところ、って?」
「扉の前だよ扉の前! 風、君もしかして気付いてなかったの?」
呆れた様子で向けられた海の言葉はずばり図星をついていて、あたしはぐっと言葉に詰まる。
晶を見つけることにばっかり頭がいっていて、他のことはおざなりになっていた……という言い訳はあるけれど、扉の前みたいに人の通る場所で邪魔になっていた、その自覚は流石にあるから。
「まあ、こっちもこの街には珍しい扉だったからな。アテが外れるの事もあるさ」
「風の場合はそれだけじゃないと思うけどねー」
「どういう意味よ! ……って、珍しい?」
相変わらずの調子でやれやれって肩をすくめる海に反射的に海に言い返しながら、おじさんの言葉に首を傾げた。
だって、扉に珍しいも何も……無いよね?
「うん? ああ、この街は大抵の建物に引き戸が使われているだろう? けどここの扉は開き戸だからな」
「??」
おじさんの言っていることが判らず首を傾げる。
「ほら、この街って和風様式……あー、そっか風この言い回しも知らないんだよね……」
「悪かったわね!」
呆れたっぷりに向けられた海の言葉に、漏れなく噛み付く。しばらくぎゃいぎゃいと言い合った後説明してもらった話によると、和風装様式っていうのはこの街みたいな建物……木製の建物に土を塗りつけた壁、床は押し固めた土か打ち付けた木の板、草を編んだ畳という敷物。屋根には瓦という物を並べた作りの建物のこと……らしい。
他にも洋風様式とか呼ばれている建物もあって、街によってどんな作りが主流なのかはがらりと変わるんだとかなんとか。
「うーん……説明されても、正直よくわからないんだけど……」
正直言って、何でそんないろいろと違いがあるのかがあたしには判らない。だって、建物ってつまりは家で、住む場所。住むのなら雨風が凌げて簡単に獣とかが入ってこられなくて、家の中にある物が荒らされなければそれで十分じゃないのかしら?
「さあ? その土地の気候、風習、素材の有無……いろいろと説はあるけど、はっきりは判明してないんだよね。同じ地方の同じような環境でも、和風様式の都市の隣に洋風様式の都市があったりするからね。一説には、大昔の閉じた時代に街道都市の中で独自の文化が発展した……で、その影響が現在でも周辺の衛星都市、集落なんかに現れてる――なんてのもあるけどさ」
「とじ……なに、それ?」
会話に上がった聞いたことのない言葉に首を傾げると、海は一瞬視線をこっちによこした後、盛大にため息をつく。
ちょっと、いくら何でもそれはないでしょ?!
「あー……お嬢ちゃん、本当に聞いたこと無いのか? 子供向けに脚色した話も結構あったはずだが」
「あー、ごめんねおじさん、風にその手の常識は通じないから」
「そうなのか……」
おじさんはにわかに信じられないとばかりの目を向ける。……うん、わかってるわよ、世間知らずだってことはっ!
「閉じた時代って言うのは、昔ね、人は野山には住まずに女神の守護によって守られた場所に籠もるように暮らしてた――っていうまぁ、伝説とか言い伝えみたいなものだね」
「ふぅん……。あれ? でもそれってつまり街の中でばっかり暮らしてたって事なの? それじゃ、狩りとかできないし、窮屈なんじゃ……?」
「そこまでは知らないよ。だからこそいろんな人たちが今も文献とか漁って調査してるわけだしさ。ま、今よりもっと人口が少なくて、街の中だけで生きていくのに事足りたって言うのが、今一番有力ない説だけどね」
「へー……って、ちょっと待って。街って。だって街は人が多い場所のこと……よね? 人が少なかったっていうのに、何で街?」
海の説明に耳を傾けながら、疑問に思ったところはつい聞き返してしまう。あんまり話を中断するのはいい事じゃないって知っているけれど、不思議に思うことはちゃんと聞いておかないと……ただでさえ知らないことが多いもの、少しでも減らしておきたいって思うのは、おかしな事じゃないわよね?
あたしの疑問に、海はきょとんと目を丸くし、それからいつもの悪戯が好きそうな――つまりはまぁ、にやりと不適な笑みを浮かべる。
「だって、その言い伝えで言うところの人の住んでいた場所、所謂女神に守られた土地って今で言う街道都市のことだし。街壁もさ、女神の抱擁って街壁の別名で呼ばれる事もあるくらいだもん。風も入るときに街壁を見たと思うけどさ、あれなんてその時代からあるって言われてるくらいなんだ。現に、今の技術じゃどの都市も再現はできないって言うしね。ま、そんなわけで当時の人達が住んでいた場所も街って呼ぶのさ」
「そうなんだ」
「……あれ、反応薄いなぁ。これって結構すごいことなんだよ?」
「そうは言われても……街壁ってあれでしょ、街を囲んでるやつ。あれすっごく堅そうだったし、そう簡単に壊れるようなものじゃないでしょ? 長いこと保つのはすごいなー……って思うけど、他の場合はどれくらい保つかとか知らないし……単に物持ちがいいんだなー……くらいにしか思えないし」
あたしの返答が気に入らなかったんだろうか? なぜかがっかりした様子の海にそう告げると、海はますます眉をしかめるわけで。
「……ああ、これが知識の有無の差……うん、おーけー把握した」
どうしよう、なんだかすっごくバカにされているように思うんだけど?
「へぇ、坊主、よく知ってるな。自分で調べたのか?」
それがいったいどうして海の悪戯っぽい顔に繋がるのか判らなくて首を傾げるあたしを余所に、それまであたしたちの話に黙って耳を傾けていたおじさんが、感心したように呟く。
「受け売りだよー。こういうのが好きで、よく調べる人が近くにいたからね」
「ほぅ、それは是非話してみたいものだ。……その人はこの街に住んでいるのか?」
「ううん、違うよ。青桜。別地方だから会おうと思ったら難所越えもしなきゃだよ」
「そうか……それは残念だ」
本当に残念だって思っているんだろう、おじさんは広い肩を残念そうに落とす。
「……まぁ、あんまり会うのはオススメしないって言うか、いろいろ保証しないケドね?」
「うん? 何か言ったか?」
「いやいや、何も言ってないよー」
ぼそりとなにやら不穏なことを呟いた海におじさんが首を傾げたけれど、海は何でもないとごまかす。
「ところでさ、おじさんこういう話を振ってくるってコトは、こう言うことに興味があるってコトだよね。研究者か何かなの?」
「ああ。そう言えば名乗っていなかったな。俺は猶。さっき言ったように、街道都市の成り立ちや歴史なんかを調べている。ついさっきまでもここの図書館で調べ物をしていてな。一段落して出てきたところだ」
「だよねー。図書館から出てきたみたいだし、そうだと思った」
海の同意に「まあ、道楽だがな」と返すおじさん。
「としょかん?」
「いろいろな文献やら資料、他にも読み物なんかを集めている施設のことだ。小さい町や村では珍しいが、街道都市なら大抵は一つくらいあるぞ?」
「そうなんだ」
イマイチぴんとこないけれど、そんな物もあるんだ……と相づちを打つ。
……うーん、倉庫に干し肉とかを貯める……みたいな感じ、かしら?
「せっかく来たんだし、風ちょっと寄ってったら? 小難しいのもあるけど、わかりやすいよう脚色したのもあるし……それに子供向けに文字を覚えるのに使うのだってあるんだよ?」
「うん?」
「……悪かったわねぇ!」
どーせあたしは字が読めないわよ!
からかうように見上げる空よりも深い青色の瞳。じとりと睨み返してもどこ吹く風の海は、とっちめてやろうと伸ばした腕をするりするりとすり抜ける。
相変わらずの海の様子に、晶を捜したあれこれも忘れて思わず肩をすくめるあたしだった。




