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世の中はどこまでも現実の味  作者: 鬼
2章 少年期=学園生活
79/80

弱気な狼は違和感の味

 バキャ、と硬い甲羅が折れる音が響き渡った後、ブクブクブク、と人間が泡を吹いているような音が途切れ途切れに聞こえていたが、数秒後には足元の物質は音を発することを止めた。現在、俺の足音には薄緑色の血を流している蟹の亡骸が転がっている。見回すと木と泥が辺り一面に広がっており、気温は段々下がってきているはずだが湿気のせいか非常に暑く感じるし、泥と木や葉っぱなどの自然の臭いが嫌な感じに入り混じって常に不快な状態が続いている。ちらっと隣を見ると、討伐の証拠になるため、散らばってしまった殻をダグラスが集めていた。他の人たちは周りを警戒しているが、少し弛緩した空気になっている。


 足元にある亡骸はカットクラブだ。殻が体の中心はひしゃげて中身が丸見えだし、その部分からから全体的にヒビ割れており、割れ方から見ても斬られたというより叩き潰された様が良く分かる。カットクラブは元々、殻の耐久度に定評があるDランクの魔獣だ。中等部の生徒の筋力ではヒビ一つ入れられないほど硬く、その変わり魔法耐性がやや低い。横歩きをしているため、視界から外れるように立ち回れば割と簡単に撒けるため、走り回って魔法でチクチク攻撃しながら倒すのが一般的だ。だけど、ダグラスは違った。先に敵を見つけたのは向こうだった。この沼地は動物や魔獣が歩き回っているせいか泥が凸凹していて歩き辛く、泥の中に何かが潜んでいても分かりづらいのだ。それを逆手に取ったカットクラブが泥の中から不意を突いて我がチームの中心にいたミーシャに襲い掛かろうとした瞬間、この動きづらいはずの泥の中でダグラスがありえない瞬発性を見せた。あと数センチでミーシャの二の腕を挟むというところで、一番後ろにいたダグラスがハンマーをカットクラブに振り下ろすして地面に叩きつけると、地面が振動すると同時に襲い掛かってきた哀れなカットクラブは命を落とすことになった。



「何か、思ったより楽勝そうだな」


「はー、アンタはいっつもそうやって楽観視するー」



 おとぼけたように言うラッツと、それを窘めるユリウス。既に親の顔より見た光景だが、長い夏休みが挟まったせいでまだ新鮮なやりとりに思える。

 ユリウスは注意していたが、実際に依頼で沼地に入ってみれば別段いつもと変わらない光景が広がっていた。正直少し気が緩み過ぎな気もするが、何かが起こる気配は全く見えないため特に何も言わない。実際注意したユリウスも口では言っているものの、それ以上咎める気はないようだ。



「まーでも、これならボクらでも何とかなりそーだね。むしろラッキーだったんじゃない?」


「そうだね。皆、暴牛を怖がってこんなオイシイ依頼が残ってるなんて思ってもみなかったし。あ、ラッツ。あと依頼は何を狩れば終わる?」


「後はウッドウルフ二匹で依頼達成だな」



 ダグラスがカットクラブを回収し終えたので、足場の悪い沼地を再度進んでいく。この依頼を受けて早四時間が経過しているが、それもそろそろ終盤のようだ。軽口を言い合ってはいるが全員それなりに疲労しているようで、無言の時間が増えている。そんな疲れで口数が減っているものの、もうすぐ終わりを迎えられるという期待感でどことなく心地よい雰囲気が漂って約三十分、その雰囲気が終わる瞬間が来た。



「・・・な、なんか音がする」



 音を聞いて索敵をしていたミーシャが声を上げる。弛緩していた空気が締まっていくのを肌で感じながら耳を澄まして左右を確認するが、近くにはまだいないようだ。正確な距離は分からないが、やや遠い位置でばちゃばちゃとぬかるみを走る音が複数聞こえる。



「ミーシャ、何体いるか分かる?」


「た、多分二匹。中型くらいで四つ足みたいだから哺乳類かな?まっすぐじゃないけど、こっちに向かってきてると思う」


「ウッドウルフじゃねーの?そしたらそいつら狩れば依頼達成だし、待ち伏せよーぜ」



 ラッツの意見に異論はなく、こちらへと向かってくる獲物の正面にあたる位置の付近にある木の裏や草むらなどへ、離れすぎない距離感で身体を隠せる場所へ移動していく。なるべく音を立てないようやや前のめり気味に両膝と手の平を地面に付けると、少し乾いてきたズボンと袖に水分が染み込んでいく。靴の中はすでに泥だらけでそれよりか幾分マシだが、気持ち悪いものは気持ち悪い。家に帰ったら真っ先にお風呂に入ろう。

 そんな不快感に顔を歪ませながら獲物を待っていると、段々と足音が近いづいてくる。やや離れた場所に隠れているダグラスとユリウスにハンドサインで先に魔法を撃つことを伝えると、意図を察したようでダグラスは武器を構えて前傾姿勢、ユリウスはクラウチングスタートに似たポーズをとった。



「求めるは怯ませる轟音=音花火」



 向こうもこちらも視覚的に身体を認知出来る直前で、俺は魔法を放った。音花火は威力はほとんどないが、やや派手な色をした火の粉が舞うのと大きい音が特徴の魔法だ。攻撃にはまったく向かないが突然これを撃たれるとほぼ確実にびっくりする。そして生物は驚くと、多少なりとも硬直することが多い。



「覇ッ!!」



 その隙を待っていたダグラスは自慢の筋肉を余すことなく活かし、音花火の方向へ走っていく。驚く速度で接近したダグラスはやや茶色っぽい狼のようなシルエットを認識すると、迷いなく持っていた得物をそいつに向かって振り下ろす。ドズン、と鈍い音を立てた後、振り下ろしたハンマーの周りの泥が赤黒く染まっていく。おそらく、ほぼ即死であっただろう。



「キャインッ!」


「ごめん、一匹逃した!」



 ダグラスとほぼ同タイミングで猫の様な俊敏さで飛び出していたユリウスだが、どうやら仕留めきれなかったようだ。ただ、敵さんも無傷というわけではなく、腹から赤い臓器がはみ出している。おそらくそう遠くない内に朽ち果てると思うが、追いかけるのはめんどくさいので仕留めるために魔法を撃とうとするが、ラッツのほうがやや判断が早かったようだ。



「求メルハ打チ留メル雷=衝雷」



 ラッツが詠唱を終えると、文字通り光の速さで被弾した。すると当たった対象の身体が一瞬膨張し、二、三歩ヨロヨロと歩いてから力尽きるように倒れる。死体からはやや煙が上がっており、時折痙攣しているし目や鼻からも血がたれ流れている。本来であれば衝雷は空気圧を含んだ雷が被弾した対象の身体の中で膨張し、衝撃と帯びている電流で動きを止めるほうを重視した魔法なのだが、ラッツのは少し特殊で火力が高いのだ。元々大怪我をしていたとは言え、簡単に絶命するような魔法ではないだけにこの火力には素直に感心する。



「相変わらずラッツの魔法は火力が高くて羨ましいよ」


「そうだろ!?やっぱ俺は天才なんだよなー」


「すーぐ調子に乗るんだから。ハイラもこんなやつ褒めても得しないし、褒めるのは止めといたほうがいいよー」


「うん、なんかウザかったし、金輪際褒めないことにするよ」


「え、酷くない・・・?」



 依頼の討伐対象を倒し、ワイワイとふざけている俺を含めた三人にダグラスからやや鋭い声が飛んできた。



「・・・おかしいぞ」


「え、何が?」



 ラッツが気の抜けた声で返事をすると、入れ替わるようにミーシャが補足をするように話を続けた。



「こ、この二匹、何かに怯えるように逃げてこなかった?わ、私たちを認識しても敵意を向けてこなかったし・・・」


「あ、確かに。何か違和感あったんだけど、ボクたちに気付いても威嚇してこなかったよねー。それに二匹で行動してたのも少し変だし」



 ウルフ系で何故危険度としての役割を果たすランクが低いのかといえば、この狼は単独行動を取るからだ。群れで統率を取りながら攻撃力の高い牙と爪で攻撃してくる知能の高さもウルフ系の一つの特徴なのだが、このウッドウルフは単独行動を好み、しかも敵の技量を測る知能も無いため対峙するとほぼ百パーセント威嚇をしてくるのだが、今回はそれが無かった。



「逃げてくるって、何から―――――」



 俺が声を上げるのと、こちらに向かって木が倒れてくるのはほぼ同時だった。ドン!と何かが衝突したと思われる音がした後、木がこちらに向かって倒れこんできた。意表を衝かれた形にはなったが、曲がりなりにも命のやり取りを日々している五人だ。これには難なく反応し、木を避けると音がした方向に顔を向ける。ただ、そこに居たモノを見た瞬間、空気が冷たくなっていくのを感じた。いや、冷たくなったのは空気ではなく、冷や汗によって下がった自分の体温だろう。



「ぼ、暴牛・・・」



 ユリウスが放心するようにその名を呼ぶと、それに応えるように暴牛が声を上げる。



「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――!!」



 明らかに今まで戦ってきたカットクラブやウッドウルフとは実力が違う敵の咆哮を受けて、半数以上が足を竦ませてしまう。そんな中で、何とか動けたのが二人。




「求めるは怯ませる轟音=音花火」



 一人は俺だ。皆が怯んでいる間にこちらに突っ込まれてこられたらほぼ確実に誰かが死ぬ。ならばやることは相手の足止めだ。

 敵のほぼ顔面にぶつけた音花火は申し分なく効力を発揮した。雄たけびを上げていたのを止め、顔を左右に振っている。おそらく耳も多少潰れていることだろう。もう一人、動いていた人の動きに対応出来なかったのだから。



「憤ッ!!」



 まさに会心の一撃。踏み込み、ハンマーの速度、タイミング、全てが完璧だったダグラスの一撃。だが、そんなダグラスの繰り出した攻撃に対する反応は肉を打つ鈍い音ではなく、まるでコンクリートを叩いたかのような手ごたえがまるでない音だった。その理由は、本来であれば黒い皮膚をしているはずの暴牛が、赤黒くなっている。これが暴牛の能力、『硬化』だ。物理的にも魔法的にも耐性がありえないほど向上するその能力によって、ダグラスの会心の一撃は無効化されてしまったのだ。



「ラッツ!!動け!!お前しか今有効な攻撃がない!!」



 音花火で怯ませられるのはせいぜい数秒。その間に我がパーティーの物理的最大火力をぶつける時間は稼げたが、それが通用しないのが分かってしまった。となれば次は、魔法の最大火力を試すしかない。



「わ、分かってる!求メルハ打チ留メル雷=衝雷」



 音花火の音がいい感じに気付けになったらしく、三人の硬直は解けていた。俺の声に反応したラッツが、先ほどウッドウルフを仕留めた魔法を放つ。思いっきり暴牛の顔をぶっ叩いたダグラスがバックステップで距離を取ると、コンマ数秒後にラッツの魔法が着弾した。



「ダメだ!!もっと強い魔法を撃て!!」



 ウッドウルフには有効だった手段が、コイツには全く通用していない。ただ、多少痛かったのだろうか、元々赤黒くなっていた顔をさらに真っ赤にさせ、ラッツに、自分を攻撃してきた奴に向かって突進をしてきた。だが、ラッツはその場を動かない。それは足が竦んで動かないから、ではない。



「求メルハ行動ヲ妨ゲル床=滑面絨毯」



 魔法を撃ったのはミーシャ、使った魔法は俺が以前オルトロス戦で使用した動きを阻害した魔法だ。オルトロスには通用しなかった魔法だが暴牛には有効だったようで、足にまとわりついている水を強引に引きはがそうとしている。おそらくこれも数秒の時間稼ぎにしかならないだろうが、ラッツには十分な時間だった。



「求メルハ打チ砕ク雷=大雷壊」



 ミーシャが稼いでくれた時間で、ラッツの魔法が完成した。

 大雷壊。雷の魔法の中で中級に位置する魔法だ。中級上位とはいかないまでも、攻撃力という点では中級の中でも一、二位を争うほど破壊力が高い。攻撃力が高いのに上位に位置していないのは、着弾までが遅いからだ。一対一ではまず当たらないため、習得する者は少ない。ただ、チームで動くのであれば当てる方法などいくらでもある。そう思ったラッツが習得した所謂奥の手だ。


 だが、そんな奥の手も。



「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――!!」



 Bランクモンスターには、一切通用しなかった。

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