打開策は奇抜の味
「無理だ、勝てない!阻害系の魔法でけん制しながら撤退!」
俺がそう指示を飛ばすと、ユリウス、ミーシャ、ラッツ、ダグラス、俺の順で一列になり、暴牛とは逆の方向に走り出した。
これがウチのチームの逃げるときのフォーメーションだ。索敵が得意なミーシャをフォローするために先頭にオールラウンダーのユリウスを置き、魔法が得意なラッツが前と後ろをフォロー、逃走を想定しているのでなるべく敵と交戦しても逃げ切れる身体能力を持つダグラスが四番目、そしてオールラウンダーかつこの中で最も脚が速い俺が殿。何度かあった危険な場面もこのフォーメーションで何とか切り抜けてきた。今回も、必ず逃げ切る。
「求メルハ行動ヲ妨ゲル床=滑面絨毯」
「求メルハ打チ留メル雷=衝雷」
一目散に逃げていく俺たちを見逃す気のない暴牛が、その巨体からは考えられない速度で走ってくる。一トン近い質量の物体が迫ってくる光景は中々にクるものがあり、段々と恐怖の感情が大きくなっているのが分かったが、恐怖に飲まれたら待っているのは死のみだ。それが分かっているからこそ、ミーシャとラッツは魔法を放った。
「ハイラ!足止めは上手く行ってるー!?」
常に前を向いて索敵と逃走ルートを考えているユリウスから声をかけられる。ちらりと後ろを向くとちょうど滑面絨毯を足から引きはがし、走り始めている所だった。初めて暴牛が走り始めるところを見たが、加速力が異常だ。トップスピードに乗るまでに三秒もかかってない。
「ダメだ!少しは効いてるみたいだけど、速すぎていつか追いつかれる!」
「どうしよう!この先確か見晴らし良くなっちゃうから撒けないよ!」
「あいつの視界を切るから進路変更して!ミーシャ、魔法を合わせて欲しい!大火球を使う!」
「わ、分かった!」
「求めるは大き火の玉=大火球」
「求メルハ大キ水ノ玉=大水球」
暴牛と俺の丁度中間地点で、大火球と大水球が衝突した。すると急激に温度が上がった大水球が蒸発して水蒸気が発生し、お互いの姿が一切見えなくなった。おそらく数秒でその水蒸気を潜り抜けて暴牛が姿を現すだろうが、その数秒あればこの遮蔽物が多い沼地で敵を撒くには十分だ。
「左に逸れるよー」
暴牛に音で感知されないために小声でユリウスから指示が飛ぶ。やや陣形が崩れてしまっているものの、相手の視界から消えることが優先なので気にせずに走る。なるべく後ろから見えないように木と重なるように走っていると、後ろから地鳴りのような音が聞こえてきた。どうやら俺たちを見失った暴牛が怒り狂って木を倒しているようだ。木をなぎ倒す音が大きく暴牛の力の強さが分かるので、あのまま戦っていたらと思うと身体が震えるほど怖いが、逆に考えるとこの音は俺たちが逃げ切れた証拠でもある。その事実を噛み締めながら全速力で走っていると、先頭を走って索敵もしているユリウスから背筋が凍る言葉が出てきてしまった。
「進行方向になんかいる・・・」
脳裏に依頼を受けた時の記憶が甦ってきた。目立つように作られたあの赤い依頼書にはこう書かれていたはずだ。暴牛の『群れ』の討伐、と。
「ユリウス!大体の距離は!?」
「百メートル先!」
「求めるは火の雨=爆雨」
もしこの先にいる何かが暴牛だった場合、逃げれる確率は絶望的だ。そのため、先手を打って魔法を放っておく。この先に居るのが暴牛ではなく別の魔物だったり、もしかしたら別の依頼で来ていた人間かもしれないがそんなことを言っている場合ではない。もし人間だった場合はミーシャにサッと回復してもらってなんとかすることにしよう。
数秒後、爆雨が着弾し爆発音が沼地一体に響く。念のため、やや火力を高めにしたので音が大きい。この音で暴牛が集まってくる可能性があるので急いでこの場を離れたいが、撃った魔法で人が巻き込まれていた場合のために確認をしに行かなければならない。万が一暴牛やその他の魔物だった場合はそのままスルーして逃げる一択だ。もし今の状況がもっとひっ迫していなければ討伐の証拠をいただいていくところだが、そのタイムロスで再度暴牛に見つかったら堪ったものではない。
「うわ、マジで暴牛だったの・・・」
やや開けた広場に転がっていたのは横たわった暴牛の姿だった。俺が放った魔法が上手くクリーンヒットしたようで、見た限り絶命しているように見える。コイツの討伐の証拠を持っていけばまあまあまとまったお金とランクを上げる際に評価されるポイントを貰えるので後ろ髪を引かれるが、それも命あってのものだ。今回は諦めるほかない。
「多分さっきの音で色々集まってくるから、ちょっと遠回りして街まで戻るよー!」
先頭を切るユリウスのその言葉に異論がある人はおらず、進路を変更していく。
心臓がバクバクとうるさい。走りっぱなしで息が上がっているのもあるが、これから街に戻るまでに運が悪ければ死ぬ。その事実が俺の心臓を早く動かしていく。脳裏に蘇ってくるのは前世でトラックに轢かれて全身がバラバラになったうえに、ほぼ即死だったのかすぐに意識は無くなったが、一瞬味わった言葉にできないほどの痛み。その悪夢に気を取られ、意識が散漫になっていた俺を一瞬で元に戻す言葉がすぐそばで発せられた。
「やばい、これ周辺囲まれてる・・・」
「う、うん。抜けられそうな所が見つからない・・・」
索敵能力が高いユリウスとミーシャから信じたくない言葉が出てきてしまった。突破できる所が見つからないという判断を裏付けるように、先頭を走るユリウスが走る脚を止める。
これまでは必死に脚を動かし、逃げることで頭が一杯だったが、脚を止めてしまうとそうはいかない。待っているのは絶望的なこの状況を脳が理解してしまう。そんな中で、精神的にまだまだ幼い人間が、大人しくしているはずもなく。
「どうすんだよ、この状況!」
「うるさいラッツ!元はといえばアンタがこんな依頼を受けようって言ったからでしょ!」
「なんだと!じゃあこの状況全部俺のせいだって言うのかよ!」
「そう言ってんの!そんなことも言われなきゃ分かんないの!?」
「は!?お前がもっと周りを警戒してりゃこんなことにはならなかっただろううが!」
「はー!?じゃあアンタが索敵も全部やればいいじゃない!」
「できもしない願望を俺に押し付けん─────」
「黙れ!!」
シン、と騒がしかったこの空間に静寂が訪れた。先ほどまで耳障りなほど言い争っていた声が急になくなったこともあり、葉を揺らす風の音がいつもよりも大きく聴こえる。
大きな声で一喝したのはダグラスだ。そもそも声を聞かない日があるほど無口な彼がここまで大きな声を出したことに全員驚いている。俺は周りにいるという暴牛の群れに、こっちの声が聞こえて集まって来るんじゃないかとヒヤヒヤしたが、今のところその様子はない。
「・・・ここで言い争っても何にもならん。それに、この依頼を受けることを後押ししたのは俺の意見だろう。非は俺にある」
そう言うと、ラッツとユリウスは俯いてしまった。二人とも別に本気でお互いを責めたいわけではないのだ。ただ、どうすればいいのか分からなくなってしまっただけで。
「とりあえず皆、頭を冷やそう。囲まれてるっていっても見つかってるわけじゃなさそうだし、どうにかして突破する方法を考えよう」
俺のこの発言で、一旦この場は収まった。しかし状況が変わったわけではなく、どんよりとした憂鬱な雰囲気はそのままだ。おそらく、あまり思考も働いていないだろう。実際に周りを見ると、何か策を考えるというより体力を回復させている、という感じだ。まあ、この後のことを考えると体力を使うだろうしそれも仕方ないとも思うが、俺は何より、死にたくないのだ。この状況を突破したいのだ。休んでいるだけでは決して状況は良くならない。こうしてる間にも暴牛がこちらに近寄ってくるかもしれない。そう思えば思うほど震えが止まらなくなる。
そんな震えを振り払うように辺りを見渡すと、ふと木に果物が生っていることに気が付いた。何かの図鑑で見たことがある気がするのだが、どうも思い出せない。
「ラッツ、あそこに生ってる実って何か分かる?」
「ん?ああ、あの奇妙な色合いはガンポの実だな」
その名前を聞いてその実のことを思い出した。
ガンポの実。果物の部類ではあるものの、味は非常に苦く、好んで食べる者はいない。むしろ、ある目的がない限りは嫌うことのほうが多い。ほとんどの人間が食べ終えた数時間後に体調を崩すのだが、その代わりにこの実は食べた者にある作用を起こすのだ。
その作用というのは、一般的には魔力の回復と言われている。だが、実際は元々あった魔力を元に戻すわけではないようで、残っている魔力もとい魔力の絞りカスを集めて使用できるようにするイメージのほうが適している。
「・・・これを使えばなんとかなる、か?」
周りに聴こえない声量でボソッと呟く。そして、死の恐怖を少しでも忘れられるよう、必死に頭を動かす。この絶望的な状況を突破するために。
数分間の中で何度も案を考えては捨て、そのたびに実行不可能な点を洗い出し、代替案を出す。
「ミーシャ、ユリウス。ここから街までの距離って分かる?大体でいい」
「ご、五kmくらいだと思う」
「沼地を抜けるまでは?」
「それだったら三kmくらいかなー」
「ダグラス、仮に俺を担いで暴牛から逃げるってなったら、どのくらいの時間逃げられる?」
「・・・視界の悪いここなら三分、どんなに上手くいっても五分だ」
「距離にしたら、一km弱か・・・。じゃあ、逃げるとかじゃなく、普通に担いで移動するならどれくらい歩ける?」
「十分前後だな」
足りない情報を皆に出してもらい、再度考える。今考えている案を実行した場合、俺は確実に動けなくなる。その際はダグラスに背負ってもらうことになるだろう。だが、いくら筋肉が発達しているとはいえ、街に付くまでずっと俺を背負って逃げ続けるのは現実的ではない。だったら、どこまでの距離を稼げば逃げられるか。
「ハイラ、何か思いついたんでしょ?ボクたちにも教えてよー」
しばらく考えを巡らせていると、ユリウスから不満げな声が上がった。まだ幾つか細かい部分を思いついていないが、その部分は計画実行自体には関係ない個人的な理由だ。作戦を説明している間にも考えることはできるため、ここは皆にも今の策を教えることにしよう。
「確かに、一応の策は思いついたよ。皆にもやってもらいたいことがあるから、協力してほしい」
「もっちろん。てか、この状況は一人でなんとかするの無理でしょ」
「つーか、よくこの状況で色々考えられるな。ちょっとうらやましいぜ」
ユリウスとラッツが少し雑談のように話し始めている。だがそれは気が落ち着いたとか、楽になったわけではない。むしろその逆で、この緊張感を少しでも払拭したいからこそ、気楽そうに振舞っているだけだ。現に、二人の手は震えている。ミーシャとダグラスも行動は違えど似たようなもので、若干体が震えていた。喋っているかいないかの違いだけで、皆似たようなものだ。
そもそも、ここにいる四人は戦闘力はあるものの、心はまだ中学生。命の危機がある時に冷静になれるほど図太くないだろう。実質中年のおっさんくらい生きている俺でも震えるのだ、無理もない。
「今から策の説明をするけど、一旦全ての話を聞いて欲しい。聞きたいこととか疑問とかあると思うけど、最後まで『静かに』聞いてくれ」
そう、精神がまだ出来上がってないからこそ伝えておかなけれならない。今からする話は割と突拍子もない話のため、多少の反発が予想される。その際に大きい声を出されてしまうと、暴牛やらに見つかってしまう可能性があるのだ。それに関しては絶対に避けたいため、『静かに』という点を伝えなければならないのだ。
「今から実行する作戦、それは―――――」
誰かから、ゴクッ、と唾を飲み込む音がする。
「穴を掘る」




