第九話 距離が近すぎる先輩と恋愛映画
「ちは先輩は、見たい映画とかありますか?」
ゴールデンウィークで混み合うショッピングモールを抜け、映画館の前で、ちは先輩へ問いかける。
「……見たい映画があって、誘ったんじゃないの?」
首を傾げ、上映中の映画タイトルを一瞥してから、視線がこちらへ向けられる。
「……えーっと。あるにはあるんですけど、1人だとちょっと」
これは昔からどうにも苦手で。いや、苦手というのも変なんだけど。
「ホラー?」
「違いますよ!」
まあ、普通に考えたらそうだよね。
「なら何?」
ホラーは嫌いじゃない。スプラッタはダメだけど。
でも、そういう事じゃない。
「実は、……恋愛映画なんです」
「……どういうこと?」
ああ。やっぱりちは先輩もわからないタイプだった。
友達のみんなも同じ反応してたし、少数派なのかな?
「なんというか、ラブロマンスというか恋愛というか、そういうものってキスシーンとか、場合によってはもっとすごいシーンあるじゃないですか。
それが、直視できないというか、顔を背けたくなるというか、恥ずかしくなって……」
「……お子様?」
呆れ顔をしながら、そんなことを言われた。
……お子様じゃないやい。
「そ、そんな言い方しなくても、いいじゃ……ないですか」
「とりあえず、恋愛映画でいいのね。チケットを買いましょう」
チケット購入受付へ、スタスタと歩き出すちは先輩を、慌てて追いかけた。
「ゴールデンウィーク舐めてましたね」
ゴールデンウィークは凄まじい。ショッピングモールも混んでたけど、映画館も当たり前のように混んでいた。
「本当ね。まさかほとんど埋まってて、並んで座れるのがここだけとはね」
そう、飛び飛びなら席は空いていた。でも、並んで座れる場所は一か所だけ、しかも割高な設定のペアシートのみだった。
「それはいいんですけど、可愛らしい彼氏さんですね。っておかしくないですか?」
彼氏さんて何さ。店員さん忙しすぎて目が悪くなってるんじゃないかな?
「まあ、カップルシートなんて呼ばれ方もするし、今日の服装的にもね。実際可愛い男の子に、見えなくはないわよ」
「……うれしくないんですけど」
相変わらず、この人は私がこういうことで困ってると楽しそうなんだよね。
「デートみたいでいいじゃない。それに、私もここならリラックスして見れそうだもの」
「デートした事ないから、わかりませんよー」
「もう。むくれないの」
ほっぺをつつこうとする、手から逃げながら周りを見る。
他の席から少し離れ、両サイドには簡易の仕切り、見た目は2人掛けソファー。割高も納得だよね。
あ、過度なイチャイチャはマナー違反らしいよ。
「でも、ここは周りからの視線を遮れるのは確かにいいですね。前に友達ときたら、映画に集中できないって、怒られたんですよ」
「どういう事?」
「それは――」
開幕を知らせるブザーの音。
照明が落とされ、予告が始まる。
「楽しみですね」
小声で、ちは先輩へ話しかける。
返す言葉の代わりに、ちは先輩は手を優しく握ってくれた。
映画が始まってしばらくして、後悔したことがある。
原因は、すぐ隣で子供のように映画を見ているこの子。
始まる前に手を握って、その後離そうとしたのだけれど、ずっと握っていた。
「……」
誤解を恐れずにいうなら、最初は握っているだけだった。
でも、映画が進むにつれ、主人公とヒロインの出会いまで来ると、手を離してくれた。
ただ、そのまま腕組みの形に変わり抱きつくような体勢になっていた。横目でさゆりを観ているとすごく楽しそうに、映画を見ている。
このときは、微笑ましかった。
映画自体は、よくある恋愛ものだったと思う。
でも、隣にいるこの子のせいで、全然頭に入ってこなかった。
映画が進むたびに、さゆりの表情もころころ変わっていく。
2人のヤキモキするシーンでは、ぐいぐいと腕を引っ張られ、喧嘩するシーンでは、怒ったように腕に力が込められ、別れのシーンでは、大粒の涙をこぼし、嗚咽をこぼす。
再会のシーンでは、もう完全に号泣だった。ハンカチがだいぶ重くなるくらいに。
そして、告白のシーン。
この暗がりでもわかるくらいに、顔を真っ赤にしていた。
キスシーンなんて、両手で顔を覆って隙間から観ていたし、濡れ場のシーンでは、腕に顔を埋めて、観ないようにしていた。
――何、この可愛い生き物。
もう、映画どころではなく、さゆりの表情を見続けていたら、エンドロールが流れていた。
「おもしろかったですね」
無邪気に向けられた笑顔。
「……ええ。おもしろかったわね」
そう返すのが精一杯だった。
「さゆ、ごめんなさい。お手洗いに行ってくるから入り口で待っていて」
シアターから出たところで、私はそれだけ言って、早足で化粧室へ入る。
蛇口を捻り、メイクが崩れることを承知で、顔に水をかける。
――可愛すぎる。
顔が熱い。
横目でずっと観ていたからよくわかった。合間ごとに向けられる表情。
嬉しそうだったり、切なそうだったり、怒ったり、楽しそうだったり。
なによりも、恋する乙女のような表情、告白されて、恥ずかしさと嬉しさの混じった表情はダメだ。
私以外に、——あんな表情を向けて欲しくない。
あの状況で押し倒さなかった私を褒めてあげたい。
首筋を滑り落ちる水滴をハンカチで拭く。
ハンカチはだいぶ重くなっている。
「……ふぅ」
いつものちは先輩に戻れるように、呼吸を整える。
最低限メイクを直して、化粧室を後にする。
さゆりは入り口の近くで、壁に背を預けながら待っていた。
「ちは先輩、スタバ寄って行きませんか?期間限定があるらしいんですよ」
何気ない誘い。それが嬉しい。ただ、その無邪気な誘いに整えたはずの呼吸が少し早くなる。
「……いいわね。私はいつもの抹茶フラペチーノのカスタムにしようかしら」
そう答えると、目を輝かせながらこんなことを言ってくる。
「それなら、私の期間限定のフラペチーノを一口あげるので、そっちのカスタムも一口くださいね!」




