第八話 距離が近すぎる先輩とのお揃い
「……映画?」
唐突すぎて紡げた言葉は、それだけだった。
「はい。ゴールデンウィークで混んでるかもですけど、いや……でしたか?」
もう!もう、もう!
ずるい。その聞き方はずるい。
「いいえ、是非いきましょうか。折角あなたが誘ってくれたんだもの」
私は必死に微笑みを作りながら、そう答える。
――さゆりのバカ。
そう、心で毒づいて。
映画へのお誘いは、あっさりとOKがもらえた。
ちは先輩、ゴールデンウィーク中の予定だった買い物も、キャンセルしちゃってたから、殆ど部屋にいたんだよね。
部屋に閉じこもってて、ストレス溜めてるみたいなんだよね。私が部屋にいるときは、ずっとくっつき虫さんだったし。私が連れ出してあげなきゃね。
誘ったとき、ほっぺをちょっとだけ膨らませてて、可愛かったなぁ。美人さんなのに、たまにすごく子供っぽい表情するんだよね。
そんなちは先輩は入浴中。
私はシャワー派なんだけど、朝から湯船ってそんなにいいもの?面倒くさくない?
さてと、今日のオシャレさんはどうしようかな。
結局ちは先輩コーデが、最強なのはわかってるんだけどね。たまには自分で選ばないと。
「……どうしようかな」
最近着てないボーイッシュ系にしようかな。
中学校の文化祭で男装してから、候補に入るようになったんだよね。
……高校に入ってからは着てないけど。
アクセサリーはどうしよう。ちは先輩の薔薇のイヤリングでいいかな?
そうと決まれば準備準備。髪は後ろでアップにしておこうかな。キャップも被っちゃうよー。
メイクはナチュラルに最低限。……できてるかな?
出かける前に、ちは先輩にチェックを頼めばいっか。
「……何、その格好」
準備を終えて、リビングで待っていると、ちは先輩の開口一番がそれだった。
「え、変ですか?」
「……」
しばらく無言のまま、ちは先輩は私を見ていた。
「……いいえ、……似合っているわよ」
ほっと一息つく。
オシャレチェックは、怖いかも。
「……それ」
「え?」
伸ばされる手が、耳に触れる。
薔薇のイヤリングをひとなでして、スッと手が離れる。
「また借りちゃったんですけど、まずかったですか?」
「……ううん。でも、いいの?」
いいってなにが?
「……いいんじゃないですか?」
言いおわると同時に、抱きしめられた。
そして――。
――チュッ。
一昨日と同じ場所にキスをされた。
同じくらいか、少しだけ強めで。
やめてー。せっかく赤み引いたのに……。
コテンと、肩に重さを感じる。
抱きしめる力が、少し強くなった気がした。
「……ちは先輩、苦しいですよ?」
問いかけても、先輩は顔を上げない。
私の肩に額を預けたまま、小さく何かを呟いた気がした。
「え、なんですか?」
私の問いを気にした様子もなく、ゆっくりと顔を上げ、耳元で囁く。
「……なんでもないわ。行きましょう、映画」
そう言って離れた先輩の耳たぶが、赤くなっていたのが印象的だった。
結局、メイクのチェックはしてくれないまま、ちは先輩は私の手を引いて、玄関の扉を開いた。
寮を出ると早い時間なのに、日差しが強い。
「今日も暑くなりそうですね」
早くもじりじりと肌を焼かれている気がする。
でも、今日は大丈夫。ちゃんと日焼け止めを買っておいたからね。
「ちは先輩、ちょっと待ってくださいね」
カバンから日焼け止めを取り出して首元へ塗る。結構忘れるんだよねー。
「さゆ貸して、塗ってあげるから。――これって」
「はい。お揃いですよ、お・そ・ろ・い!」
前に借りた日焼け止めですよ。たまたま見つけて、高かったけど買っちゃいました。香りがいいんだよねー。
「……お揃い、ね」
ちは先輩が後ろへ回る。ひんやりとした指が、首筋にあたるのがこそばゆい。
「ちは先輩、くすぐったいですよ」
「ちょっと、動かないで。もう終わるから」
くすぐったさを堪えていると、不意に手が止まる。
……耳の後ろで。
「ちょっと、目立ちすぎるかも。――ごめんなさい」
思わず振り返ると、ちは先輩が目を伏せ泣き出しそうな表情を浮かべていた。
「そう思うなら、頻繁にはしないでくださいね。跡になったら困ります」
あと、痛いからね。後からピリピリするんだよ。
「約束ですよ?」
見上げるようにして、顔を覗き込む。
「……」
ちは先輩は無言で小さく頷く。
その顔は真っ赤になっていて、やっぱり可愛かった。
軽く手を引いて歩き出す。ちは先輩は日傘をさすから、私が車道側。
歩き出してすぐに手は離したけど、ちょこんと、裾を掴まれたままだった。




