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第七話 距離が近すぎる先輩のおまじない


 微睡から意識が浮上する。

 感じるのは、静かな朝の空気と僅かな息遣い。

 

 ……でも、いつもより遠いような。


 瞼を開く。まだ見慣れない天井と、傍の人影。

 ――ちは先輩。


「……なに、してるんですか?」


 いつもならベッドに潜り込んで、私より起きるの遅いのに……。


「あなたの、可愛い寝顔を見ていたの」


 たまに早起きしたと思えば、何を言っているやら。あと、その余裕の微笑みは何ですか?


「それと、バスタオル一枚で、跳ね回る痴女は、どんな顔をしてるのかなと思って」


 え、跳ね回ってないよ!昨日は跨いだだけだよ。


「そんなことしてませ――」

「共有スペースなのだから、ちゃんと準備しないとダメって、言ってあったわよね」


 いや、そうだけど。あんなところに、ちは先輩が座り込んでなければ。


「何か言いたそうね」


 言いたいけど、藪蛇だからやめておこう。

 

「……ごめんなさい」

「よろしい」


 朝からなんで怒られないといけないのさ。

 悪いのは私かもしれないけど、納得いかんよー。


「そのためにわざわざ?」


 お説教のためだけに、起きてきたわけではないよね?


「ええ、要件はそれだけよ」


 なんでよ、ゴールデンウィークの最終日なのに。


「ただ、さゆの寝顔を見にきたのも本当よ」


 どっちにしてもだった。

 

「あー、はいはい。私も、ちは先輩の無防備であどけない寝顔を、毎朝見てましたから、おあいこですねー」


 まぁ、美人は寝てても美人だなぁ。くらいしか思わないけど、羨ましい限りだね。


「まぁ。私の寝顔なんて見ても面白くないですよ?ちは先輩のみたいに美人なら、見ていても飽きないでしょうけど」


 あー、間抜け顔になっていないかは、心配かな。よだれとか、寝言も聴かれたくないよね。

 ……たまに寝癖もすごいし。

 

「ただ、朝からそんな整ってるのは、ずるいですよねー」


 起き上がりながら、ちは先輩の両頬へ手を伸ばす。


 透き通るような白い肌と、少し薄い褐色の瞳。

 黒目大きいなー、天然でこれってすごくない?

 二重だし、泣き黒子まであるんだよね。

 私の平凡な顔とは違いすぎるなぁ。


「あの……。さゆり?」

「なんですか?」


 呼び捨てなんて珍しいこともあるものだ。

 いや、さゆって略されたり、さん付けだったりでバリエーションが多い?


「……そろそろ、離してくれない?」

「……」


 されるがまま、目を伏せがちにしてはいる、ちは先輩。

 

 ……美少女だわ。ちょっと赤くなってるの可愛すぎでしょ。

 ん? また熱出してるのかなこの人。


「……失礼」


 顔を近づけると、ちは先輩は目を閉じる。

 

 ……なんでよ。おでこだよ、おでこ!


 熱は、――普通かな? 体温計何処にあったっけ。


「熱は、ないみたいですね」


 スッと、顔を引き、手を顔から離す。


「顔が赤いから、てっきり風邪かと思いま――」


 ちは先輩の手が私の手の上から重ねられる。


 あれ?


「……さゆり」


 消え入りそうな声。泣きそうな顔。


「え……えとえと」


 うーん。なんで、そんな寂しそうな表情なのさ……。

 仕方ないなぁ。

 ゆっくりと顔を近づけ、唇を重ねる。

 

 ――チュッ。

 

 ちは先輩の、可愛いおでこに。


「……泣かない、おまじないですよ」

「……」

 

 ……むくれた顔をして、何か言いたそうだったけど。

 私はそそくさと、洗面所へと逃げ出した。


 

 扉越しに水音が聞こえる。

 

 やられた。完全に。

 ……何をしているんだろう。私は。


 ルームメイトの後輩に手玉に取られた。

 昨夜のお説教をしようと、がんばって早起きしたのに。

 問題はそのあとだ。寝顔を見られてたのは、まぁ仕方がない。

 

 ……恥ずかしいけど。

 

 でも、頬に手を当てて顔を寄せられたら、そう思うじゃない。

 

 ――好きな人なら、尚更。


「……はぁ。なんでこんな、おどおどしてるのよ」


 いつもの私に戻らないと。

 清楚な、美人で優しい、ちは先輩に。


「……おまじない、ね」


 おでこに手を当てる。

 さゆりが残した印、跡なんて残ってないけど……。


「……ふふ」


 少し大胆だけど、さゆりへのプレゼントは、ジャスミンかペチュニアのアクセサリーがいいかしら。

 そんな物思いに耽っていると、扉が少し開いた。


「ちは先輩。映画に行きませんか?」

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