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第六話 距離が近すぎる先輩と動揺


 ふと、目が覚めた。

 どれくらい寝ていたのだろうか。肌着が張り付いて気持ち悪い。


 身体を起こす。

 いつもと違う。なにが、違う?


「……あぁ」


 わかった。

 ――くっつき虫さんがいないんだ。


 私が疲れてたから、遠慮してくれたのかな?


「……」

 

 ……違うかも。わかんないや。

 とりあえずは、シャワーを浴びてスッキリしよう。


 ベッドから降りる。扉を開けて歩き出す。

 シャワーは、各部屋にあるからすぐそこだ。


「ん?」


 薄暗い廊下に蹲る影。

 顔を伏せ、微かに何かを呟いている。

 

「ちは先輩?」

 

 ゆっくりと顔が上がる。愁を帯びたような表情。

 

「……さゆり?」


 薄明かりに照らされたその顔は儚げで、視線が合うとすぐに伏せる。


 何をしているんだこの人は、ずっとここにいたのだろうか。


「何しているんですか?」


 問いながら近づき、目線を合わせる。

 顔が赤く、湿り気のある吐息。


 日が沈んでからは、肌寒いのにこの人は……。


 手を伸ばす、髪をかき上げ、おでこをつける。

 吐息が重なり、目が大きく見開かれている。


「……熱は、ないみたいですね」


 スッと離れて立ち上がる。


 あれ、なんかさっきより顔が赤いような?


「風邪かもしれませんから、ちゃんとベッドで寝てくださいね」


 ちは先輩を跨いで、脱衣室の扉を開け身体を滑り込ませる。


 ――扉を閉める。


 寝汗で重くなった肌着を脱衣カゴへ放り込んで、浴室の扉を開ける。


 あ、着替え持ってくるの忘れた。

 うーん。今は、ちは先輩もまだいるし、出るころにはいないでしょ。

 私も風邪をひかないようにしないとね。



 

 カチャリと、扉が閉まる。

 その音で私のボーっとしていた頭が動きだす。


「……」

 

 顔が熱い。思考がぐちゃぐちゃのままだ。


 ――キスマーク。


 つけてしまったのは悪かったと思う。

 でも、組み伏せて顔を近づけたら、目を閉じて顔を背けられた。


 目の前で露わになる白い首筋。それを見たら、我慢ができなかった。

 だから、ちゃんと隠してあげるつもりだった。でも、しなかった。

 

 虫刺されなんて言うから。私との行為をそんなものに置き換えるから。

 イヤリングはおまけ。わかる人だけわかる。そんなおまじない。


 ……なのに。

 

 思わず両手を頬へ当てる。冷え切っていた手の冷たさが心地いい。

 

 ……不意打ちだった。


 まさかさゆりから、キスしてくるとは思わなかった。

 思い出すと顔がまた熱くなる。

 首筋とはいえ、向こうからは想定外。


 しかも、さっきのはなに?


 顔から火が出そうだった。

 ――まだ、おでこが熱い。

 あんなに大胆なことをしたのに、当たり前のようにシャワーを浴びている彼女は、――なに?

 

「……ふぅ」


 深呼吸を一つ。

 落ち着こう。

 顔の火照りが引くのを待つ。

 落ち着いてくると、さっきぶつけた後頭部がじんじんする。

 ……もう一度。


 立ち上がろうと、足に力を入れた瞬間、

 ――扉が開いた。


 目の前には、バスタオルを巻いただけのあられもない姿の彼女。


「あれ、まだ居たんですか。本当に風邪ひきますよ?」


 それだけ言って、私を軽く跳ねるように跨いで、彼女は自室へと消えていった。


「……なんなのよ」


 感情が思考を邪魔する。


「……なんなのよ。 ――もう」


 さゆりが部屋に戻った後、廊下には静まり返った『いつもの学校の寮』の空気が戻ってきた。

 でも、私の頬にはまだ彼女の手の冷たさが、廊下には石鹸の香りが居座っている。

 

 ……あんなに無防備で、あんなに私に興味がなさそうで。

 跨がれたときの、あの、ふわりと浮いたタオルの裾。

 ――目の毒だった。


 心臓の音がうるさい。


「キス。……してきたくせに」


 首筋に触れながら、呟く。ひんやりとした空気。

 微かに聞こえるドライヤーの音。


 頭を切り替えよう。

 

「あとで、……お説教ね」


 小さな呟きは静寂に消える。

 

 私が自室へ戻れたのは、さゆが部屋へ消えて一時間ほど経ってからだった。

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