第五話 距離が近すぎる先輩と勘違い
「……ねえ」
私は首筋を隠すように手を添えながら周りへ問う。
「キスって、痛いものなの?」
「……」
沈黙が痛い。みんなキョトンとしないでよ。
「……えっと、ノーコメント」
「あはは。私は経験ないしな」
「ん〜?さゆさゆはキス痛かったん?私は痛いことなかったよー。歯でもぶつけたー?」
まさかの志保ちゃんが経験者!?
――ん? 誰に? 犯罪に巻き込まれてない?
あと、カナちゃん。……意味深なんだけど。
「あーでも、私とゆきくんも初めてはちょっと失敗してたかも。でもでもー、それも思い出じゃない?」
「やめろよ志保。私だけ彼氏いなくて蚊帳の外になるだろ」
スバルちゃんも彼氏いないんだ。仲間かな?
志保ちゃんとカナちゃんには、後でしっかりと話してもらおう。……こってりとね。
「それで、なんで急にそんな話?見せつけてるそれと関係ある?」
スッと首筋へ指を向けられる。
「それにそのイヤリング、薔薇……だよね。花言葉、一目惚れとか、愛してますとか。私に見せつけないでよ!泣くぞ!」
え、そうなの? なんて物を……。
ちは先輩、貸してくれる物を考えてください!
「スバルちゃん。どーどー。抑えて抑えて。流石に人目があるから移動しようね」
「そーそー。せめてお店入ろうよー」
「お前らに慰められたくねーわ」
2人がスバルちゃんの背中を押して歩き出す。
お店のガラスに写る自分。ふわりとしたサイドテール。
ちは先輩の……薔薇のイヤリング。
軽くて手で触れ、ため息をついてから、みんなに追いつくように歩き出した。
カフェにでも入るのかとおもったら、なぜかカラオケでした。
ほんとになぜ?
「なんで、カラオケ?」
「さゆさゆは、歌いたくなかったん?」
「志保ちゃん、歌がメインじゃないでしょ。ここなら誰にも聞かれないのと、スバルちゃんは発散にもなるかなって」
カナちゃんできる子だ。周りをよく見てる。あと、スバルちゃん。さっそくデンモクいじってる。……なんかごめん。
「それで、どんな彼氏なの?」
曲が流れ始めてから、カナちゃんが聞いてくる。いや、むしろこっちが聞きたいよ。
「……いないけど」
「いないわけないでしょ。そんな位置にキスマークつけてさ、しかもだいぶ重い系……これは自分の所有物だって、自慢してる」
ごめん。なにを言ってるのかがわからないんだけど。
その推理は何処からきてるの?
「羨ましい。私だってまだコウくんにしてないのに……」
まってまって!羨ましいってなに? それに、コウくん?
え、カナちゃんの相手って――何してんの!
「……あの、カナちゃん」
「なに?」
スッと無表情になるのやめて。怖いよー。
「……実の弟に手を出すのは、不味くない?」
「大丈夫。生まれたときから愛してるから」
――ダメかもしれない。
結局カラオケは、ひたすらラブソングを歌うスバルちゃんとそれに悪ノリした志保ちゃん。
そして私は、カナちゃんがコウくんをいかに愛しているかを聞き続けることで終了時間となり、買い物もそこそこに、お開きになった。
……疲れた。精神的に。
帰ったら寝たい。
ちは先輩とお話し合いするのは、明日でいいや。
ぼーっとしてきた頭で、物事を先送りにする考えは甘かった。
扉の前でドアノブに手をかけようと、手を伸ばしたらそのまま中へと引き摺り込まれる。
暗転する視界。
包み込まれる熱と、ほのかに香る香水。
まさか、待ち構えてるとは。……想定してないですよ。
「おかえりなさい。私のさゆ」
頭の上から声がかかる。
「ただいま……戻りました」
なんだろう。寮にたどり着いたからなのか、やっぱり疲れていたからだろうか。
――眠い。
「お買い物どうだった? お友達びっくりしてたでしょ。今日のさゆは可愛いもの」
ダメだ。頭がぼんやりしてて話が入ってこない。
ちょっとだけ、仮眠したい。
「ちは先輩」
「なぁに?」
無防備に微笑む、ちは先輩。
スッと、頑張って背伸びをして、もたれかかる様に白いその首筋へ唇を押し当てる。
――チュッ。
「ちょっと眠いので、ひと眠りしますね」
それだけ言って、私は最低限服を脱ぐと、ベッドへ倒れ込んだ。
「……おやすみなさい」
意識が落ちる瞬間、ゴンッと物音が聞こえた気がした。




