第四話 距離が近すぎる先輩と朝の支度
朝。
息苦しさに目を覚ます。
目を開けても暗くてよくわからない。
でも、この息苦しさの正体は――すぐにわかった。
少し高い体温。薄い布と肌の感触。頭の上から聞こえる、規則正しい寝息。
「……」
――またか。
なんでこの人は、朝になると私のベッドに寝ているのだろう。しかも抱きつき癖で、こうなる。
初めてこの状態になったときは、びっくりしてじっとしてたら、さらに抱きつかれて、窒息しそうになった。
いろいろ試してわかったのは、気にしないこと。
そして、気づいたらすぐに逃げること。
……3回目くらいに学んだよ。
時刻は、午前5時32分
するりと抜け出しちょっと早いけど、今日はクラスメイトとお買い物だから、準備を始めよう。
シャワーを浴びて、髪を乾かす。
中学時代はロブだったけど、今はミディアムくらいの長さかな。ちょっとだけ乾かすのが面倒なんだよね。
ちは先輩は綺麗なロングなんだよね。めっちゃお手入れしてるから、サラサラよ、サラサラ。
うーん。アップにしようかな?今日も暑そうだし、結構蒸れるんだよね。
あ、耳の後ろのとこ赤くなってる。
もう蚊がいるの? 早くない?
「……何悩んでるの?」
声ともに鏡へちは先輩が写る。
肩紐がずれてるし、お部屋だからって無防備過ぎますよ。
「あ、ちは先輩おはようございます。今日はアップしようか迷ってるんですよ。ただ、虫に刺されたみたいで赤くなってて」
「虫……刺され?」
髪を上げて赤くなった部分を見せる。
自分じゃ見づらい位置なんだよね。
「ここ。耳の後ろのところ、赤くなってるじゃないですか」
「……ああ。ふふ、ちょっと待っててお薬を持ってくるから」
くるりと、なぜか上機嫌に、ちは先輩は洗面台から離れていった。
1分と経たずに戻った手には赤いキャップのチューブ。
「塗ってあげるから、じっとしてて。髪も私がしてあげる」
……なんだろう。上機嫌すぎてちょっと怖い。
ひんやりとした指が当たる。少しだけ肌が粟立つ。メントールが香り、ゆっくりと塗り伸ばされ、体温となじむ。。
私は液体タイプよりこのクリームタイプが好きだ。
昔、お父さんに汗疹に塗られたのがトラウマで、液体タイプはずっと避けている。
……ちは先輩に話したことないんだけど。たまたま、だよね?
「さぁ、可愛くしてあげるわ。アップもいいけど、こういうのはどう?」
優しく髪が結われていく。コテで髪を軽く巻き、半分はゆるく三つ編みへ、もう半分は耳の横でポニーテールをつくり、結び目へ三つ編みを巻き付ける。
「……すごい、かわいい!」
普段は髪を結わないから、こういうアレンジは新鮮。
髪が長いと邪魔だけど、こういうのいいな。
「ふふ、似合ってるわ。虫刺されとは逆にしたから、擦れて痛くならないはずよ。赤みはコンシーラーを少し乗せて抑えておくから、触っちゃダメよ」
「はーい。ちは先輩、なんでもできますね」
さすがちは先輩、抜かりがない。メイクもいずれ教えてもらわなきゃ。
「あとこれ、貸してあげる」
そう言って、片耳にイヤリングをつけてくれる。
「黒い薔薇?」
小さな薔薇のイヤリング。……なぜ黒バラ?
「さゆはアクセサリー全然持ってないんだもの。今日はお古で我慢してね。今度一緒に買いにいきましょう」
「はい。それなら、私はちは先輩のを選ぶので、ちは先輩は私のを選んで互いにプレゼントしませんか?」
振り返りながらそういうと、ちは先輩は一瞬キョトンとしてから、なぜか思いっきり顔を背けた。
……なんで?
「……そく……から」
「え?」
「……約束だからね」
あの、そんな乙女な顔をされても困るのですが。
ただのプレゼントですよ?
結局服も、ちは先輩にチョイスしてもらった。
さすがは外面お化け、コーデのセンスもいい。
「では、ちは先輩行ってきますね。髪もコーデも選んでもらって助かりました」
そう言って、ドアを閉める。
すごくすごくニコニコなちは先輩は、ちょっと不気味だったけど。
今日の待ち合わせは、学校の近くにある大型ショッピングモール。なんでもあるから楽ちんだよね。
流石に早かったようで、待ち合わせ場所に友達はいないみたい。
正直ホッとする。人を待たせるの苦手なんだよね。
「ごめん遅れた。みんな早いって」
待ち合わせ時間の10分前、今日集まる4人のうちの最後の1人が到着した。
「大丈夫だよー、スバルちゃん。まだ集合前の時間ですー」
「いやいや、それでもみんなが集まってたら、遅れたも同じじゃない?」
「スバルちゃん。気にしなくていいよ。私も志保もついたのはさっきだし。あ、さゆちゃんは結構早くに来てたみたいだけどね」
カナちゃん、なんでそれをいうかな。
待たせるより待つ方が楽なんだよ? 気持ち的に。
「私も気にしてないよ。たまたま早く来ただけだし、揃ったならいこう。まず何処から見ていく?」
「……さゆり。なんか今日気合い入ってない?」
「さゆさゆはお嬢様に生まれ変わったのさ」
お嬢様って、ちは先輩コーデですよ。
「ルームメイトのちは先輩に手伝ってもらったの」
「さすが……。あの先輩なら納得ね。さゆちゃんは今年の運を使い果たしたかもね」
「ちょっとそれどういうことさ。もう、いくよ。歩いた歩いた!」
私は強引に、カナちゃんの背中を押して歩き始める。
でも、すぐに足が止まる。
スバルちゃんがこんなことを言ったから。
「ねぇ、さゆり。その首筋のってキスマークだよね?彼氏なんて――いつできたの?」
「え、これ虫刺され。……え? キス……マ……?」
「それが虫刺されなら、蜂にでも刺されたの?」
「……たぶん?」
咄嗟に思い出す。昨日の出来事を。
え、キスってあんなに痛いの?




