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第三話 距離が近すぎる先輩とのひととき


 ランチの帰り道。

 

 その途中で立ち寄ったコンビニで、ちは先輩はアイスを買うと半分くれた。あの二つに分かれるやつね。

 

 あまうま〜。甘いものって幸せ……。

 

 食べ歩きはお行儀が悪いって、ベンチで並んで食べたけどね。……清楚キャラは大変だ。

 

 部屋に戻り、ローテーブルを出して本を積む。

 お気に入りの恋愛小説を読み返すんだ。

 ベッドを背もたれに読むのがいいよね。


 ページを開き、活字を追う。ページを捲る。捲る。

 

 トンっと、音がした。


 テーブルへ目線を向けると、麦茶のグラスが置いてある。

 そして、ぽすっと、太ももに重さを感じる。


「……」


 清楚モードを脱ぎ捨てたくっつき虫が、そこにいた。


「ちは先輩。せめて横向きになってくださいよ」


 湿った息遣いが太ももにダイレクトに当たる。


 なんでうつ伏せなのさー。

 私じゃなかったら、悲鳴があがるよ?


「むーりー。さゆ枕はこれに限るのよ。あったかくて、……いい匂い」

「……」


 さすがに気持ち悪すぎないか? 清楚を脱ぎ捨てて変態が出てきた? せめてもの抗議にこうしよう。


 ドスッと。読んでいた本の角を後頭部へ落とす。


「――っ!」

 

 頭を抱えて顔が横を向く。


「ちは先輩。つぎ、変なことを言ったら、もうしてあげませんからね。膝枕だけで我慢してください」


 変態さんはいらないよ。甘えてくるギャップ萌えな先輩はいいけどね。


 ……ん?

 

 おかしいな、まだ一カ月なのに。

 

  ……慣れって怖い。

 

「あ。あと、食べてすぐ横になると牛さんになっちゃいますよ?」

「……」

 

 言ってから、後悔した。

 思いっきり太ももをつねられた。


「――ひぅ!」


 痛すぎて声が出なかった。

 ごめんなさい。牛さんは言いすぎました。

 でも、内腿は痛いです。……ぐすん。

 

「……それで、何を読んでいるの?」


 痛みが少し引いた頃、ちは先輩は頭をこちらへ向けて聞いてくる。


「え。……興味、あるんですか?」

「さゆの好きなものだもの、知りたいわ」


 どういう理屈ですか、それ。


「えっと、笑わないでくださいよ」

 

 一応釘を刺しておこう。もし笑ったら、膝枕の提供は今日限りにしよう。


「この本は、私のお気に入りなんです。普通の恋愛小説って、付き合うまでの過程を楽しみますよね。でも、恋愛って付き合ってからが始まりじゃないですか。そのまま終わりは、納得できなくて――」


 そう、普通は付き合ってからが本番のはず。

 学生の恋愛なら、結婚にだって結びつくことは稀だから。


「つまり、あなたのお気に入りのその本には、それが書いてあるのね」


 テーブルに積んだ本へと手が伸びる。

 本を引き寄せ、パラパラと捲る。


 ――あの、読むなら座ってください。


「……へえ、さゆってこういうのが好きなんだ?」

 

 捲る手が止まる。先輩の視線が、本から私の顔へとスッと上がってくる。


「……告白してからも、毎日『好き』って伝えて、隙あらば触れ合うなんて。ふふ、随分信頼のないカップルね。……気持ちは、わからなくはないけれど」


 本を閉じ、テーブルに置く。

 空いたその手は、私のシャツの裾を、所在なげに弄び始める。


「付き合って、自分のものになったって確信しても、まだ足りない。安心できない。もっと深く、もっと近く。相手を自分だけで埋め尽くしたくなる。ねえ、これって変なことかしら?」


 伏せられた睫毛が揺れる。

 

 ……いや、そんなことを私に言われても困るんですけど。


「……でも、私ならこうするわね」


 くるりと視界が回る。背中が床につき、天井が見える。

 

「え?」


 肩を抑えられて起き上がれない。

 

 距離が近い。吐息が重なる。


 咄嗟に目を瞑り、顔を背ける。


「キスは我慢してあげる。でも――」


 首筋が、——熱い。


 ――チュッ。


「痛ッ!」

「私ならこうして、所有物にマークをつけるわ。誰のものかわかるように」


 ……えーと。え?


「……なにを、したんですか?」

「すぐにわかるわ」


 ちは先輩は、満足げに微笑んだまま、しばらくどいてくれなかった。

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