第二話 距離が近すぎる先輩とのランチタイム
今日は思っていた以上に、日差しが強かった。
そのせいもあってか、テラスの席はがらんとしていた。
――まずい。
私の肌がチキンソテーになっちゃう。
「千早先輩、日焼け止め持ってますか?付けてくるのを忘れてしまって――」
ちは先輩の正面へと腰を下ろしながらそう訪ねる。
――が、返事がない。
視線を上げると、先輩はじっとこちらを見ていた。
「……ねえ、さゆ」
視線が、合った。
ほんの一瞬。
けれど、それだけで、空気が止まる。
「なんで置いて行ったの? ……待っててくれてもいいのに」
瞳が伏せられる。
テーブルの上で重ねられた指が白くなっている。
「えっと……」
「……お陰で髪のセットが中途半端になったじゃない」
「……」
えー。
中途半端?完成度高すぎませんか。
あ、本当だ。
――いつもよりはねてる。
「……じろじろ見ないで」
さっと手で髪を押さえ、恥ずかしがる赤みのさす顔。
こりゃ男子は、イチコロだわ。
私だってドキドキするもん。
「ニヤニヤ笑うんじゃないわよ」
怒られてしまった。
素直に謝ろう。
「ごめんなさい」
「よろしい」
しばしの沈黙。そのあと、ふふっとどちらともなく笑い出す。
「あ、ちは先輩」
私は身を乗り出す。
「――こっちも、可愛くはねちゃってますよ」
そっと、少しだけはねたままの髪に触れる。
「……これくらいかな」
手櫛で整えて、再び席に着く。
うん。いい感じ。
あー、ちは先輩の髪は、サラサラで整えやすいなあ。
羨ましい。
「……」
あれ、なんだろう。
沈黙が、長い。
不用意に髪に触ったのが悪かった?
ちは先輩そういうの気にするタイプだったのかな。
「……あの。ちは先輩」
「……」
反応がない。
「ちは先輩?」
あんまりスルーされると、イタズラしたくなるじゃない?
そっと、白い頬に手を添える。
「……千早」
わざと少しだけ、声を低くして呼んでみた。
瞳が、大きく見開かれる。
直後。スパーン!と頭を叩かれた。
普通に痛い。スナップ効いてた。
「……もう。バカなことをやってるんじゃありません」
「……すみません」
叩く瞬間の目がマジでだった。
ちょっとした冗句なのに……。暴力はんたーい。
私の頭がこれ以上悪くなったらどうするのさ。
「……あの。ちは先輩」
「今度はなにかしら?――さゆりさん」
……怖い。涙が出そう。
でも、お肌がこれ以上ローストされるわけにもいかない。
「その……日焼け止め」
「……あ、ええ。そうね。はい、これ」
先輩がバッグから取り出したのは、お高そうなブランドの日焼け止めだった。
……いくらするのこれ? コンビニで売ってないよ。
「ありがとうございます。……これ、塗っていいんですよね?」
「……待って。塗り方があるから、まかせて」
「え、いいですよ自分――」
「いいから。……じっとしてて」
逃げる間もなく、先輩の指先が私の頬に触れる。
ひんやりとして、でもどこか熱い指先。
「……耳の裏も、焼けやすいんだから」
至近距離で囁くのは反則だと思う。
こそばゆいし、くすぐったい。
清楚スマイルを崩さないまま、私の首筋にまで指を這わせてくるこの人は、やっぱり外面お化けだ。
「……はい、おしまい。さあ、お昼にしましょうか」
満足げに笑う先輩。
離れていく指先を目で追ってしまう。この人は人間たらしなのだろう。間違いなく。
……顔が熱いったらありゃしない。
バッグへ日焼け止めをしまい、さっと髪を耳にかける。
清楚モードの、ちは先輩。優雅で、美人で、優しい。
うん。自慢するしかないよね。
――こんな素敵なルームメイト。
ぐー、とお腹が鳴った。
優雅なちは先輩に対して、私はこれだもんな。
別の意味で、顔が熱くなる。
「……ふふ。今日は、おすすめのクラブサンドをお願いしたの」
そう言って、バスケットを開ける。
……クラブサンドか。聞いたことはあるけど、何が入ってるんだっけ。BLTはベーコンレタストマト。なら、……蟹?
いや、違う?
「そんなに豪華なんですか?」
「豪華かは、わからないけど。ボリュームもあって、人気のメニューよ」
包から出てきたそれは、確かに豪華だった。
蟹は、……いなかった。
「なんで、少ししょげてるのよ。
まさか、蟹が入ってないなんて、思ったわけじゃないでしょ?」
……うぐ。いちいち鋭い。
「なんでもないです」
そう返すのが精一杯。
――あ、チキン美味しい。
もそもそと食べ進めていると、ちは先輩の視線?いや圧?をひしひしと感じる。
何を見てるんだろう。
……目? いや、もっと下。
――口?
「あげませんよ。チューもダメです」
「……いらないわよ。ただ、口元にソースがついてるから気になるのよ」
あ、そういうことか。
「ちは先輩。紙ナプキン取ってください」
ちは先輩は、紙ナプキンを手に取ると、そっと私の口元を拭う。
え、なにその恋人ムーブ。
さっきの仕返しですか! ……大人気ないな。
「……さゆは。あんな意地悪、他の人にもするの?」
「……えっと」
答えに少し詰まった。
だって、すごく不安そうな顔をするから。
「しませんよ」
「……なら、よろしい」
なにがいいのさ。
なにが。まったく。




