第一話 距離が近すぎる先輩
高校に入ってひと月と少し、寮生活にやっと慣れてきた。
そんな、ゴールデンウィークの真っ只中。
私。橘花さゆりは、後ろから抱きしめられていた。
「……あのー」
「さゆって、抱き心地がいいのよね。私にジャストフィット」
私の肩に顎をのせて、ピッタリとくっつく、くっつき虫。もとい、同室の先輩。
この学校の寮は、2人部屋だ。基本的に先輩と同室になる。
そして、私の同室になった人が、この暑苦しく抱きしめてくる。
萩原千早。
悪い先輩じゃない……と思う。
学校では、周りから慕われてるみたいだし、
成績も悪いわけじゃない。
寧ろいい部類。
……なぜか部屋だとこうなんだよね。
今は後ろから抱きしめられてるからまだいいが、正面からだと私の生命の危機だ。
「ちは先輩。……暑いんですけど。離れてください」
このところのゴールデンウィークは、気温が高いのだ。
今日だって、半袖でもいいくらいの陽気である。
部屋着のラフな格好な私に対して、このちは先輩はキャミソール姿でくっついてくる。
服を着ろ、服を。
「えー。やだ」
やだってなんだ。やだって。
普段の明るく清楚なキャラはどこへ置いてきた。
「私の癒しを奪おうとするさゆには、こうでぇす」
より押し付けてくる。何とは言わないけど。
……初めの2週間は普通だったのになあ。
清楚なお姉様、素敵だなぁ。って、その頃は思ってたよ。
「あつい、というか鬱陶しいです。
そもそも、今日は出かける予定じゃ無かったんですか?」
そう。
今日5月4日のこの人の予定は外出のはずだ。
もうお昼近いのに、なぁぜかここにいる。
「その予定ならキャンセルしました。ドタキャン上等。夏に向けた水着を買おうなんてさ、いいわけじゃん?ナンパ待ちに誘われてもね。私を餌にするの、やめて欲しいわ」
さいですか。
まあ、目立つものをお持ちですからね。
普通の水着売り場じゃサイズもなさそうですもんね。
……知りませんけど。
「あー、はいはい。そーなんですね」
このちは先輩はモテる。このひと月で3回は告白されている。
ただ、何年生の誰くんに告白された。って、いちいち報告しないでください。
私は告白されたことがないので、どうにもできません。
「そもそも、私の恋人はさゆなんだから、困っちゃうわよね」
あー。勝手に恋人にされてました。
――この人に。
ルームメイトをいきなり恋人にしないでください。
せめて、お友達から始めてください。
いきなり距離を詰めたら、猫ちゃんだって逃げますよ。
「……あ、はい。なった覚えはないですよー。ただの、ルームメイトです」
「いーけーずー」
「……」
むくれられても困りますよー。
というか、いい加減に離れてくれないかな。
にしてもなんで、こんなにベッタリになったんだっけ。
きっかけくらいは覚えてるはずなんだけど。
中学の写真を見せたやつか?部活動?趣味?黒歴史?
――サッパリわからん。
あ、お昼の鐘が鳴ってる。
「ちょっと、すいませんねー」
くっつき虫な、ちは先輩を引き剥がして、さっと薄手のカーディガンをはおり、いそいそと廊下へ出る。
「あ、ちょっとさゆ――」
扉が閉まる。
廊下はひんやりして、静かだった。
清楚キャラのあの人は、キャミソール姿では出歩けまい。
「ふふ、勝ったわ」
別に何に勝つとかじゃないけど、言いたくなるときってあるよね。
さて、お昼は何を食べようかな。
日替わりランチプレートもいいし、軽食をテイクアウトして、木陰やベンチで食べてもいい。
うん。テイクアウトしよう。そして、木陰で読書もしよう。
私は少しだけ早足で歩き出した。
――捕まる前に。
捕まる前にといったな。
――無理だった。
私がメニューボードを見ていると、前から声を掛けられた。
「さゆりさん。今日は天気がいいから、サンドイッチを作ってもらったの。テラスで食べましょう」
サンドイッチの入ったバスケットを手に、
小さく微笑み、髪をかき上げる、ちは先輩。
なんですか、その清楚スマイル。
さっきまでキャミソールだった人が。
「ちは先輩って、双子でしたっけ?」
「何を言ってるの? おかしなさゆりさん。
あと、千早先輩でしょ。
ルームメイトでも礼儀はあるのよ」
この人は、……なんだ?
外面お化けめ。
「……何か良くないことを考えてますか?」
察しも良いようで。
「なんでもありません。
……ご一緒させていただきます。千早先輩」
捕まってしまったなら仕方ない。
でも、いつの間に追い抜かれたんだろう。
そもそも、行き先言ってないのに。
……エスパー?
今日のテラスは暑いだろうか。
日差しが強いなら、日焼け止めが欲しい。
ちは先輩は、持ってるだろうから貸してもらおう。
……借りるついでに、整え方も聞いてみようかな。
ゴールデンウィークは、あと僅か。
のんびり過ごさせては、
くれない気がする。




