第十二話 距離の近すぎる先輩と指先に残る熱
小さく一口頬張り、口元が緩む。
揺れる髪、変わる表情やその仕草。
「……」
いつまでも見ていられる気がする。
天音じゃないけど、食べてしまいたいくらい。
「……千早。あなた、これが初恋?」
小声で、天音が囁いた。
「なんのこと?」
「あー、うん。それだけでわかった」
本当になんのことなのか。
確かに男性とお付き合いしたことはないけれど。
それに初恋じゃない。あの時は、一目惚れだったから。
当時は、その人の名前も分からなかった。すぐ何処かに行ってしまったから。
でも、私の初恋はあの時だ。
「千早。考え事もいいけど、早く食べなよ。さゆりちゃん、食べ終わりそうだからさ」
「え?」
視線を向ければ、オムライスは4分の1も残っていない。
対して、私の頼んだ定食は、ほとんど手付かずだ。
「ごちそうさま。それじゃあ、お姉ちゃんはさゆりちゃんのデザート頼んでくるからね。楽しみにしててねー」
そう言うと、食べ終わったプレートを持って立ち上がる。
「……ん、はーい。お願いしまーす」
さゆりに手を振られて、振り返してるし。
デレデレじゃない。
それにしても、天音のお姉ちゃんキャラは、違和感あるわね。末っ子のくせに。
少し冷めてしまった定食に手をつける。
半分程食べ終えたところで声がかかる。
「ちは先輩、ミニトマト貰っていいですか?」
……この子、トマトも好物だったわね。
「まって」
ウェットシートで指先を軽く拭き、ミニトマトのヘタを外す。そして、赤い実をさゆりの口元へ。
「はい。あーん」
「あーん」
なんの躊躇もなく開けられた口へ、軽く赤い実を押して放り込む。小さな咀嚼音のあとニコリと微笑む。
――人のことは言えない。でも、さゆりが可愛いのがいけない。
「はい、もう一個」
飲み込んだことを確認してから、また口元へ。
薄く開かれた口へトマトを運ぶと、パクりと唇が指先を捉える。
「……」
すぐに離してしまったが、一瞬だけ感じた体温が、やたらと生々しい。
さゆりの顔は、少しだけ赤くなっていた。
「おまたせー。さゆりちゃんのご要望のデザートたちよー!」
トレイを両手に、天音が勝ち誇ったような笑みを浮かべて戻ってきた。
テーブルへ置かれる2つのデザート。
学食らしくない本格仕様。
パフェの頂点に座る純白の生クリームが、これ見よがしにこちらを誘惑してくる。
さゆりの視線誘導ならバッチリね。
――それだけだけど。
私はすっと口元を緩め、いつもの調子で茶化してみせる。
「天音。私の分は?」
「……言われると思ったわ。
でも、そういうことは食べ終わってから言って」
つまらなそうに天音が肩をすくめる。
実に面白くなさそう。
「あら。残念」
私は冷めた定食を口に運びながら、小さく笑った。
「あの、天音お姉ちゃん。みんなで食べたらダメですか? ちは先輩も、天音お姉ちゃんも一緒がいいです」
上目遣いで首を傾げるさゆり。
財布を忘れてデザートを2個もねだる図太さを見せたかと思えば、これだ。
天音を陥落させた「お姉ちゃん」という切り札を、躊躇なくシェアしようと言い出す天然っぷり。
小悪魔ってさゆりのことなのかしら?
「そ、そうね。みんなで食べましょうか」
さゆりの攻勢に、たじたじにされている天音の反応が、実に面白い。正面からのあれは、私でもくるものがある。
「……はう。千早、この子。天使かもしれないわ」
天音が両手を頬に当て、本日何度目かもわからない限界オタクのような声を漏らす。完全にさゆりの手のひらの上で転がされている。
「そうよ。イタズラ好きな……ね」
私は、自分の指先にまだ残っている、さゆりの唇の「生々しい体温」を思い出しながら、くすりと笑って同意した。




